アンソロ寄稿のサンプルです。とある永劫回帰でカスライナがファイノンのふりをしてモーディスを夜這いに来る話です。じめっとしたシリアスえっちですが最後はハッピーファイモスオチです。
※寄稿文は成人指定ですがこのサンプルは全年齢パートのみ
分厚いカーテンの下ろされた寝所で微かな物音に意識を覚醒させたモーディスは、音の方向へすぐさま飛び掛かるか、はたまた寝たふりを続けてみるか一秒悩んだ。孤軍時代はさておき、聖都において、賊が私室に侵入する可能性は限りなく低かったからだ。
眠る前に部屋の鍵をかけ忘れた記憶はない。今が何時かはわからなかったが、隠匿の刻は数針過ぎている筈で、来訪者の予定は当然ない。
来訪者はこんな時間に訪れるのに相応しく、随分と静かな足取りで、それでも着実にモーディスの寝台へと近づいて来ている。その足音の正体は既に分かっている。
(バルネアで別れた際には、こんな時間に部屋に来ると言う話はしなかった筈だが)
モーディスは無音で上半身を起こすと、カーテンの向こうを見透かすように瞳を細めた。狸寝入りをしてやってもよかったが、その理由はない。
そろそろと亀のような歩みで進んでいた男の足が、カーテンまであと一歩の所で止まる。このまま何もしないのであれば気づかなかったふりをしてやるか、とモーディスがじっとカーテンを見つめていると、やがて、微かに男が動く気配があった。
「救世主、こんな時間に何の用だ」
カーテンが微かに揺れた瞬間、モーディスはその向こうにいるであろう男へ静かに声をかけた。ぴたりと気配と動きが止まり、沈黙が落ちる。
モーディスは何か言い訳が漏れるであろうことを期待しながら、わざとらしくあくびを一つする。
「用がないのなら帰れ」
数分が経っても言葉を発しない男の相手をするのに飽き、モーディスは起こしていた身を再び寝台に沈ませる。賊であれば部屋から追い出すなり、バルコニーから崖下へと突き落とすなりしただろうが、目的は判然としないとは言え、この男を自室に自由に出入りできるようにしたのは他でもないモーディスだった。
半年ほど前から、この真夜中の来訪者
――ファイノンは一日二度、モーディスをピュエロスへ誘う(と言うのは優しい表現で、実際は有無を言わせず引きずって行くと言うのが正しい)ようになった。
彼はモーディスが昼寝をしていようが読書をしていようがお構いなしに、モーディスが部屋の戸を開けるまで、戸を叩いたり石板にメッセージを十数件も送ったり、コールをしたりしていた。モーディスもはじめのうちは「救世主が来ても追い返せ」と侍者たちに命じていたが、無駄に弁の立つ男に洩れなく言いくるめられてしまい、結局、モーディスが応対する羽目になる。
毎日のようにそんなやり取りをしている内に全てが面倒になり、ついに先日、生体認証鍵を登録してやった。そう言うわけで、数針前も夕食後の読書を楽しんでいたモーディスは、特に連絡もなく来訪したファイノンと共にピュエロスに向かい、くだらない世間話をしていつものようにバルネアで別れていた。
「いつまでそこに突っ立っているつもりだ?」
長い沈黙だった。何故かカーテンの前で押し黙ったままの男の気配を感じながら、モーディスはため息と共に再び身を起こす。カーテンに手をかけて引くと、ミハニの眩しい光と共に、こんな真夜中に訪れた男を寝所の内側へ招き入れる。
「何の用だ」
浮かない顔で黙ってこちらを見下ろしているファイノンに、モーディスは努めて気のないふりで淡々と声をかけた。バルネアで「それじゃあおやすみ! いい夢を」と別れた際は特に変わった様子はなかったはずだが、と男の顔を観察する。
ミハニの黎明がファイノンを眩しく輝かせているせいか、顔の影が妙に濃いような気がしたが、きっと気のせいだろう。新雪と同じ色をした髪の輪郭が眩しく光る姿に、微かな違和感を抱きつつも、その正体に確信が持てない。
「おい、いつまで黙っているつもりだ? それとも夜這いをかけに来たのがバレて気まずく感じているとでも?」
ハ、とモーディスは妙に暗い表情のままの男を鼻で笑う。彼が多少は焦ったり慌てたりしそうな言葉を選んだつもりだったが、ぱち、と妙にゆっくりと瞬いた男は深い溜息をひとつ吐き、「夜這いか」と呟く。
「
……それもいいかもしれない」
随分と掠れた、低い声だった。聞きなれない声のせいか、モーディスは肌をやすりで削られたような、ざらりとした微かな不快感を覚える。
「
……………」
言い表しようのない違和感に、モーディスはファイノンの全身をよくよく観察する。
未だにどういう目的での来訪なのか口にしない男は、確かに自分の知っている顔で、知っている声をしていたが、なにかが違う。愛らしい、歳の割にやや丸く甘い輪郭も、大きな青い瞳も自分の知っているファイノンのそれだったが、瞳は少し暗く澱んで見え、憂いのような、憐憫のような、あるいはなにかに焦がれるような色が浮かんでいる。
「もし僕がそうだと言ったら、君は今すぐ僕を追い出すのか?」
思いつめたような顔をしながら、無遠慮に寝台に膝を乗せるファイノンを見つめ、モーディスは腕を組む。
「どうせ本気ではないだろう」
寝台に手を付き、ゆっくりと近づいてくる男の瞳には、暗い欲の炎がたしかに宿っている。
本気ではないだろう、と口にしたのは、眼前の男が自分に向けている欲を否定しているわけではない。好意を向けられていることにはとっくに気づいていて、何度かそういった視線を露骨に感じたこともあった。しかし、この男が何も言ってこない内は、今以上の関係を望まないのだろう、と気づかないふりをしてやっていた。もしかするとこちらが反応してやるのを待っていたのかもしれなかったが、モーディスからこの男にそうしてやるつもりはなかった。その反応に彼が焦れていたとしても、こんな風に眠っているところを襲うような男ではないと信じていた。
ゆっくりと視線を逸らさずに近付いてきたファイノンの顔が目と鼻の先まで近づき、吐息まで触れそうになっても、モーディスは視線を逸らさない。じろじろとファイノンの顔を観察しているうちに、表情が妙に老成しているように感じた。
「本気だと言ったら?」
肩をそっと押されたような気がした次の瞬間、モーディスの背はいつの間にか寝台の触り心地の良いシーツに触れていた。
ファイノンの両膝は自分の腰を挟むように置かれていて、左手が顔のすぐ隣にある。
「
……お前が?」
モーディスはあくまで挑発するように唇の端を持ち上げる。瞳を吊り上げ、どうやら本当に夜這いに来たらしい、と自分を押し倒している男を見上げた。
唇を引き結んだファイノンは、暗い瞳を揺らし、眉を少し下げた情けない顔をしている。
葛藤するように眉を寄せたファイノンが「冗談でこんなことをすると思うのかい?」と妙に苦しそうな声で呟いた。その声の低さと小ささに、もしかするとこの男は見た目よりもずっと若く、経験が浅いのだろうか、と先ほど感じたのとは真逆の感想を抱く。
裸で眠る習慣のあるモーディスは、来訪したファイノンとは違い服を身に着けていない。緊張したような表情をしたファイノンの視線が、自身の胸や腹、そして薄い掛布の下の股座に向けられているのを確かに感じ、わかりやすい男だ、とファイノンにばれないよう、唇の端を微かに持ち上げた。
モーディスは他人に欲望を向けられるのには慣れている。それは自身の容姿や身分に対する世間の評価をとうに受け入れいている結果でもあり、戦場で敵兵から揶揄されてきた回数の多さの証左でもあった。
今でこそ頑強な長身のモーディスだが、もう少し青年、あるいは少年の頃は散々に容姿を揶揄われてきたものだった。お姫様、お嬢ちゃん、そんなひょろひょろの腰抜け共に奉仕するくらいなら、俺が使ってやるから降伏しろよ。
――思い出すのも面倒になるほどのくだらない言葉が脳裏に浮かびかけ、モーディスは瞼を下ろし、細く息を吐いた。
「お前は冗談ではしないだろう」
瞼を下ろしたのは気分を落ち着けるためだったが、ファイノンの髪が頬をくすぐるのを感じ、ゆっくりと目を開ける。
「
……………………」
瞼を下ろしたファイノンの表情が至近距離で目に入り、冷たい、けれども柔らかな唇が唇に触れる。
この男にそのような気概があったのか、とモーディスは思わず感心してしまう。
バルネアで別れる時や、朝の鍛錬や手合わせで顔を合わせた時、市場で出くわし、昼食に誘って来るこの男は、いつだって何も考えていないかのような、無邪気そうな顔をしていたが、その実、モーディスへの好意を隠しきれていないのを、視線や仕草から感じていた。妙につっかかってくるのは好意の裏返しなのだろう、と考えていたし、それを認めたくないのであればこのままどうにもならないだろう、と思っていた。
数カ月前には、なにかファイノンから行動を起こすのであれば、考えてやらないこともない、とモーディスは考えていたのだが、今夜まで、ファイノンは行動を起こさなかった。だからこそ、素知らぬ顔でこの男とピュエロスに行っていたのだ、とも言う。
「
……メデイモス、」
今夜、部屋を訪れてからこうなるまでの強引さとは裏腹に、ファイノンの口付けは随分と優しいものだった。口付けの合間にぞっとするほど甘く低い声で名前を呼んでくるファイノンに、少しも煽られていない言えば嘘になる。ファイノンに顎をそっとすくうように持ち上げられ、何度も唇の形を確かめるようなキスをされながら、物足りない、と感じていた。男とキスをするのはファイノンがはじめてだったが、口付けがどんなものであるのかはオンパロス中を放浪する間に知っている。
モーディスは布越しに触れ合った胸の熱さにそっと唇を開け、「肌に当たって不愉快だ、脱げ」とファイノンの胸許のベルトを指で弾く。
その言葉に、ファイノンは顔を上げ、切なそうな表情を受かべた。眉をぎゅっと寄せ、モーディスを見下ろす。
「それ、本気で言ってる?」
「なんだ? 無理やり口付けておいて、今更怖気づいたか」
「
……、
…………」
ファイノンは言い訳をするように口を開いたが、しばらく迷って、結局口を閉じた。
沈黙したままモーディスを見下ろすファイノンの瞳には、暗い深海のような翳りが見えた。まるで海の底で誰からも忘れられてしまったまま何十、何百年と生きて来て、感情の全てを失くしてしまったかのような目だ。
ファイノンが時々、過去に囚われて深く悩み、苦しんでいることはとうの昔に知っている。けれども眼前の男の瞳は、そんな風に懊悩していた瞳とは何故か重ならない。ファイノンのことはよく知っている筈だと言うのに、やはり何故か、知らない男を見ているような違和感があった。
「まさか、この俺に服を脱がして欲しいとでも?」
モーディスは呆れたようにファイノンのベルトの留め具に片手をかけ、無理やり外すフリをした。
「いやそうじゃなくて」
慌てるファイノンの表情は、数針前に別れた男と変わらないように見えた。であれば、何故そんな目をしているのかがわからない。
けれども、慌てたファイノンの特徴的な虹彩が、火花がはじけるように強烈に輝くのが見えた。欲情する己をこの期に及んで無意味に押さえつけているように感じ、モーディスはフン、と鼻を鳴らす。
「救世主
――ファイノン。今すぐ部屋を出て行くか、あるいは覚悟を決めるか選ばせてやる。どちらでも構わん、好きにしろ」
え、と間抜けな顔をする男の服を強く引き、モーディスは噛みつくようなキスをした。
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よろしくお願いします!
余談:提出が3.6リリース前だったので3.5をめちゃくちゃ引きずって書いている。
頒布は「西A32ab33a」となります。
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