流れザメ
2026-02-01 23:06:49
4415文字
Public ビマヨダ
 

まるで夢のような話

常々イチャイチャビマヨダを書いている私ですが、イチャイチャさせる度に(ヨダと仲良く出来ても、ビマは嬉しさよりも先に『どうしてあの時こうならなかったんだ』っていう悔しさみたいなものが出てきてしまうのでは?)と思ってたものを形にした物です。

 懐かしい香りがした。
 美味しそうなその匂いに誘われるまま、近くの部屋へと入る。
 中は広く開けており、テーブルと椅子がいくつも置かれていた。部屋中に漂う匂いから察するに、きっとここは食事を取る場所なのだろう。
 カウンター上部に掲げられたメニュー表をぼんやりと眺めていると、厨房で何やら作業をしていた男がこちらを振り返った。
「何の用だ」
 男は水晶のように澄んだ瞳を剣呑に光らせ、険しい顔で睨みつけてきた。
 どうやらあまり歓迎されていないらしい。
 広さの割に自分以外の人影が無いところを見るに、まだ準備中なのかもしれない。
「すまない。どこか懐かしい匂いがしてな。思わず入ってきてしまった」
 謝罪の言葉を述べると、男は切れ長の瞳を見開いて固まった。
 思わず魅入るほどに澄んだ瞳が、まじまじとこちらを凝視してくる。
 あまりにも見つめられるので、少し不安になった
の顔に何か付いているか?」
 そう問いかけながら自分の顔を触る。
 つい先程まで戦場に出ていたから、拭き残した土汚れや返り血などが付いたままになっているのかもしれない。
 顔を汚したまま出歩くなど、人の上に立つ者として恥ずべき事だ。
 顔に手をやる俺を見て、男は二度ほどその唇を開閉させた。そして強く両目を瞑ると、少し頬を引き攣らせながらぎこちない笑みを浮かべた。
「何でもねぇよ。気にしないでくれ。ミッションを終えた帰りか?」
「あぁ」
「なら腹が減ってんだろ。ちょうど今、軽く摘める物を作ってたんだ。食べてくといい」
「だが、今はまだ利用出来る時間では無いのでは――
 空腹を感じている今、男の申し出は有り難かったが、同時に相手の態度が一変したのが気掛かりだった。
 もしかしたら、余計な気を使わせてしまったのかもしれない。
 躊躇いを見せる俺に、男は首を横に振った。
「良いんだよ。ここは誰でも飯を食える所なんだから」
そう言って歯を見せて笑った男の表情は、やはりどこか強張っていた。

 言われるまま適当なテーブルに座って待っていると、数分も経たずに男がトレーを持って現れた。
 トレーには、柔らかそうな丸いパンが二つと、豆を煮込んだ黄色いスープが載っていた。
 パンは初めて見る形をしていたが、スープの方は良く知っている。生前口にしていた故郷の料理だ。
 廊下で嗅いだ懐かしい香りは、このスープのものだったらしい。
 男が俺の向かいの椅子に座り、申し訳なさそうに眉を下げた。
「悪いな。パンがこれしか無くてよ。チャパティは今仕込んている途中なんだ」
「なに、構わんさ。準備中に入ってきてしまったのは俺の方だ」
 異国のものではあるが、スープと共に出されたということは、このパンも俺が知っている方法で食べるのだろう。
 早速パンをちぎり、湯気と共にスパイスの香りを立ち上らせているスープに浸す。
 具材を上に載せるようにしてパンを潜らせ、そのまま口へと運んだ。
 最初に感じたのは、豆や小さく刻まれて入れられていた玉ねぎとトマトの甘さ。その後からニンニクの香りがスパイスと合わさって鼻を抜けていく。
 今の自分は、手元すら見えないほど深い霧の中に立っているようなものだった。
 自己の形すら曖昧で、自分の名前と己が戦士であるという事、そして何かと戦う為にこのカルデアに召喚されたという事しか覚えていない。
 それでも、この刺激的な香りは、この料理が自分にとってとても馴染み深い、それこそ魂に刻まれて消して忘れる事が出来ないものであると、そう直感させた。
 先程の口振りからして、このスープを作ったのは目の前の男なのだろう。
 ということは、この男も俺と同郷の者なのだろうか。
 チラリと男を伺い見る。
 きちんと着込まれた清潔そうな白い衣服に隠れてはいるが、男の身体付きは明らかに戦士のそれだ。
 無骨な指先にも、武術者特有のタコがいくつも出来ている。腕の太さからしても、中々に力が強そうだ。
 これほどの者が、どうして厨房などに立っているのだろうか。
「どうした?」
 見られている事に気付いたのか、男が声をかけてくる。
「お前は戦士だろう?その立派な身体付きをみれば分かる。本来戦場にいるべき筈のお前が、此処で料理を作らされている事が不思議でな」
 俺がそう言うと、男は軽く目を見張った。そして横を向き、数分前のようにまたもや口をハクハクと開閉させる。
 どうやら返す言葉を考えあぐねているらしい。
 男は一度口を引き結ぶと、何かを堪えるように目を閉じ、再びこちらを向いた。
 その顔は、努めて柔らかな表情を作っていた。
「強制されてる訳じゃねぇよ。自分がやりたくてやってんだ。好きなんだよ、料理を作るのが」
「そうなのか。お前ほど恵まれた体躯の戦士を戦場に出さないとは、勿体無い」
「戦ってない訳じゃないぜ。時々戦場には呼ばれてる。まぁ、カルデアには俺以外にも強ぇヤツが沢山いるからな。戦場よりもここに居る時間の方が多いのは事実だ」
「戦力には事欠いていないと言うことか。贅沢な事だな」
 会話を区切り、食事を再開する。
 空腹だった事もあり、食べることに集中していると、あっという間に皿は空になった。
 汚れた指先を布巾で拭きながら、ずっと俺が食べるところを黙って眺めていた男の方を見る。
「なぁ、お前の名は何という」
「ぇ、あーー……、ビーマだ」
「そうか。ビーマ、お前の料理はとても美味しかった。俺専属の料理人にしたいぐらいだ」
「ふ、そうかよ」
「後で何か礼をしよう。何か欲しい物はあるか?」
「要らねぇよ。これも仕事の内だ」
「うーん、そうか」
 俺が残念そうにそう返すと、ビーマは少し困った顔で笑った。その笑顔は珍しく、引き攣っていなかった。
 席を立ち、廊下に出ると、ビーマに呼び止められた。
「これからどこに行く気だ」
「疲れているし、自室に戻るつもりだが……?」
「なら医務室に寄ると良い。あんまり調子が良くないんだろ。居住区画に向かう通路の途中にあるから、診てもらえ。休息のために眠りたいと言えばベッドも貸してくれる」
 なるほど。そこでなら、この頭にモヤが掛かったような状態も直してくれるかもしれない。
「分かった。そうする。何から何まですまないな。やはり後日礼をしよう」
「ははっ、お前が覚えてたらな」
 ビーマがまたもやぎこちない笑顔を浮べる。
 そんなビーマに見送られながら、俺は医務室に向かって歩き出した。

◇◆◇

 遠ざかる背中を見つめる。
 厨房に戻らなければと思うのに、足は床に根を張ったように動かない。足だけではない。手も目も頭も。身体の全部がまるで石になったかのように重く、僅かに動かすのすら億劫だった。
――マ、ビーマ!」
 どれほどその場に立ち尽くしていたのか。遠くから逼迫した声に呼ばれ、緩慢な動きで後ろを振り向く。
 見れば、マスターとブーディカが、廊下の向こうからこちらに走ってきていた。
「ドゥリーヨダナ知らない!?霊基のメンテナンスしなきゃいけないのに、急に管制室から居なくなっちゃってて!」
「さっきまでここに居たぜ。部屋に戻るって言ってたから、医務室に寄るように言っといた」
「ありがとう!」
 食い気味に礼を言い、マスターが俺の横を通り抜けて走り去っていく。
 一ヶ月前に起きたとある事件以来、ずっとあの調子だ。
 残されたブーディカがおもむろに声をかけてくる。
「彼、どうだった」
「変わらねぇよ。何もかも忘れて、まるで別人だ」
「そう。初めて霊基グラフとの接続不良って聞いた時はあんまりピンとこなかったけど、いざこうやって目の当たりにすると少し辛いね。外側はそのままなのに、中身が伴ってないってのは」
……そうだな」
 一ヶ月前、とある事件が起きた。
 カルデアに召喚されたサーヴァントのデータを保存している霊基グラフ。それが特異点での敵の攻撃により、重大な損傷を負ってしまったのだ。
 霊基データに傷が付いてしまったのは、当時特異点にレイシフトをして敵と交戦していたサーヴァント達。その中に、ドゥリーヨダナが居た。
 霊基グラフは、戦闘で退去してしまったサーヴァントを再びカルデアに再召喚させる、いわゆるセーブポイントのような物だ。それが損傷してしまった為に、ドゥリーヨダナを含めた一部のサーヴァント達は、不完全な状態で再召喚されるようになってしまった。
 毎回という訳では無い。 三回に一度の頻度で、ドゥリーヨダナは先程のように『自分はドゥリーヨダナである』という全体の五%にも満たない情報だけを保持した状態で再召喚される。
 今のドゥリーヨダナには、忌むべき敵である俺の事はもちろん、親友であるカルナやアシュヴァッターマン。そして血肉を分けた弟達の事すら記憶に無い。
 色が付いただけのシャドウサーヴァントのような状態。
 いつだかダ・ヴィンチが彼らをそう形容していたが、まさしくその通りだった。
「ねぇ、大丈夫?」
 ブーディカの声で思考の海から引き上げられる。
「あぁ、平気だ」
「嘘。酷い顔してるよ」
半ば反射で口にした言葉は、あっさりと打ち破られた。
 気遣わしげに見つめてくる彼女の瞳には、無表情の俺の顔が映っていた。
……すまない」
「良いから良いから。あとの作業は私が引き継ぐから、今日はもう部屋で休んでなよ。ね?」
 レイシフト帰りであろう彼女に仕事を押し付けるのは気が引けたが、有無を言わさずに背中を押され、半ば無理やり自室への帰路に着かされた。
 自室に入り、その場に立ち尽くす。
 明かりを付ける気力も無い。
 頭の中は、先程のドゥリーヨダナとやり取りで埋め尽くされていた。
『すまない。どこか懐かしい匂いがしてな。思わず入ってきてしまった』
『お前ほど恵まれた体躯の戦士を戦場に出さないとは、勿体無い』
『ビーマ、お前の料理はとても美味しかった。俺専属の料理人にしたいぐらいだ』
 ドゥリーヨダナの言葉が脳内に木霊する。
「どうして……
本来喜ぶべきものの筈なのに、胸の内に広がるのはドロドロとしたどす黒い想い。
「なぜだ……
『後で何か礼をしよう。何か欲しい物はあるか?』
 脳裏にアイツの笑顔が過ぎる度、身を焼くような怒りが心の奥底から噴き出してくる。
「そんな事を言うぐらいなら、どうしてあの戦争の時に俺達の手を取らなかったんだお前はッ!!」
 怒りが口か溢れ、轟音となって部屋の壁に反響した。
 怒号は俺自身の鼓膜をつんざき、痛みと共に耳鳴りが襲う。
 薄暗い静寂の中、自分の荒い呼吸の音だけが聞こえる。
「どうして、いまさら……
 震える唇から溢れ出た声があまりにも情けなくて、瞳から一滴、雫が落ちた。