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やまだ
2026-02-01 23:02:14
2497文字
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羅小黑戦記
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2021.05.16 web版32話視聴後に書いた師弟
小黒が執行人になると告げたとき、无限はそっと嘆息した。
いつものように微笑んでもくれなければ、そうか、とも言わない。六歳のころから一緒にいる小黒でなければわからないほど僅かに肩を落とし、小黒にはわからない感情を込めて吐息をこぼしたのだ。
けれど小黒は前言を撤回しなかった。
なりたいのではない。小黒はもうなると決めたのだ。
「師匠、ぼくどうしたら執行人になれるの?」
「
……
小黒」
「なに? 師匠」
じいっと見上げると、小黒を呼んだくせに无限は黙りこんでしまう。軽く眉を寄せて、この人が露骨な優悩を見せるのは珍しい。
細く長く息を吐ききり、やがて无限は目を伏せた。
「
……
先に移動してしまおう。夜になったら真面目な話をしようか、小黒」
「
……
うん」
小黒が頷くのを確かめた无限はさっさと先に立って歩きだす。
それから日が暮れて小さな町のビジネスホテルに部屋を取るまで、无限は一度も小黒を振り返らなかったし、本当に最低限しか口をひらこうとしなかった。
「師匠はぼくが執行人になるのが嫌なの?」
「嫌というわけじゃない」
狭い正方形の部屋にベッドがふたつ、風呂とトイレがあって、申し訳程度のクローゼットがある。薄いカーテンは外の街灯を少しも和らげてくれないものだから、窓を隠すくらいにしか役立ちそうになかった。
窓際のベッドはこういうときいつも小黒のものだ。今夜も遠慮なく定位置に飛びこんで、振り返りながら胡坐を組む。无限はまだ、バスルーム前の二歩ぶんほどしかない通路に立ちつくしていた。
「じゃあなんでそんな顔するの」
无限は本当はよく笑う人だ。四年近くともにいて、小黒は无限の笑顔を山ほど見てきた。
そんな師が今日に限って、正しく言うなら小黒の執行人宣言を聞いてから、にこりともしないのだ。何も思わないほうがおかしい。
「
……
小黒」
「うん」
「おまえが執行人になると言いだしたのは、私のせいか?」
「
……
はぁ?」
ぽかんとしてしまう。
師のしかめっ面を仰ぎ、言い返そうとした小黒の向かい正面に、ゆらりと无限の影が落ちた。もうひとつのベッドがのんびり軋む。
「そこまで私に合わせようとしなくていいんだ。今こそおまえは私の弟子だが、自分で生きるすべを身につけたらおまえはおまえの望むように生きればいい。執行人になることだけが妖精の生きる道じゃない」
「
……
やっぱり嫌なんじゃん」
珍しく多弁な无限を半日で睨む。小黒がちぇっ、と舌打ちすると、久しぶりに无限が微笑んだ。
「昔おまえに執行人のことをなんて説明したか、覚えているか?」
「雑用係」
「そうだ。おまえは雑用係になりたい?」
「全然!」
「だったら」
「ぼくは執行人になりたいんだよ、師匠」
自分のせいで、と无限は言う。
そんなわけがない。
この小黒が、无限の弟子の小黒が、そんな理由で未来を決めるつまらない妖精であるはずがない。
「師匠のせいで執行人になるんじゃないよ。ぼくは師匠みたいな執行人になりたいんだ」
はっと広がった无限の目を見る。
「妖精も人間も関係ない。弱い人、困ってる人を助けて間違ったことをするやつを懲らしめる、そんな執行人になりたいんだよ」
憧れて何が悪いのだ。強く優しいこの人のようになりたいと思って何が悪い。
強く優しいからこそ孤独なこの人に守られるだけでなく、肩を並べともに戦えるようになりたいと思うことの、何がいけない。
「
……
いいことばかりじゃない。苦しいこと、つらいこともたくさんある」
「だろうね」
知っている。敵意剥き出しの小猫に絡まれつづけたり、最後の最後まで手を差し伸べ救おうとした妖精に拒絶されたり、同類のはずの人間に怖がられもした。
最強の執行人、なんて褒めそやすのに、同じ口で妖精たちは无限を疎んじるのだ。
そういうもの全部が、小黒はいやだ。
「だからさ、師匠。ぼくが師匠と同じくらい強い執行人になって、師匠のそういうの、半分持ってあげる」
とうとう无限の目は見開かれすぎて満月のようになった。口まで少し開いている。その顔がおかしくて、小黒はへへっと笑った。
ずっと、ぼんやりと考えていたのだ。
妖精館で耳にするひそひそ話や、小黒が一緒にいるのにひとりで空の果てを見つめる无限の姿だとかに触れるたびそわそわしてたまらなくなることがあった。
その何かが、最近やっと小黒の中ではっきりと形をつくるようになったのだ。
「ぼく、師匠のとこまで行くよ。行きたい。師匠とおんなじものを一緒に見たいから」
もう小黒は六歳の無知で小さな子どもじゃない。それを、无限に突きつけたい。
小黒にだって元限を助けられるのだと証明したい。
无限にも今の小黒をじてほしい。
「だから、ね、教えて師匠。執行人になるにはどうすればいいの」
ベッドの上で身を乗りだす。瞠目して固まっていた无限が、長い沈黙のあとふっと落とした吐息は、日中のものよりだいぶやわらかだった。
「
……
小黒」
「はいっ」
「本当に、どれだけつらくとも、執行人になりたいんだな?」
「はい!」
「あの无限の弟子か、と、どこの館に行っても後ろ指をさされるぞ」
「そんなの」
これまでだってそうして小黒をからかう妖精はいた。
无限の弟子なのは小黒から自慢したいくらいだから、外野が騒ごうがどうでもいい。ベッドの上で胸を張る。
「大丈夫。ぼくが執行人になったら、今度は師匠が言われるようになるよ。あの小黒の師匠か、ってさ」
ふ、と无限の唇が微笑んだ。微笑んで、さらにふくらむ。
「はは。......そうか」
无限が声をたてて笑うところを初めて見た。ぎょっと目を剥く小黒の皇先に、元限は三本の指を立ててみせる。
「なら、あの小黒がと言われるようになってみろ。
……
館から執行人だと認められるようになるには、先達から与えられる三種の任務を
……
」
穏やかな声に耳を澄ませる。一言一句とて聞き逃せない。
今この瞬間から、小黒が望む未来を掴みとるための挑戦は始まっているのだ。
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