匣舟
2026-02-01 22:57:28
5784文字
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左手の薬指をあげる

冬リクで頂きました食満乱を書かせて頂きました。ひょんなことから留に指輪を送ることになった乱の話です。
リクエストありがとうございました〜!!!


 十一月の季節外れの暖かさが十二月になるとどんどんとなくなって冬らしい空っ風が吹いて日が経つにつれて寒くなってくるこの頃。乱太郎は今日、恋人に似合うマフラーを買いにここらで一番大きい百貨店へと足を向けていた。
 恋人に見つからないように何度も彼に似合うマフラーを探して、ようやくこの百貨店の中にある店舗にそのマフラーの在庫があるということを聞きつけ、その場ですぐさま取り置きをしてもらい、今日それを受け取りに行くのである。
 レザージャケットを好んでよく着ている恋人に似合うマフラーを選ぶのにシンプルめの服が好きな乱太郎はどのマフラーが似合うのだろう?と考えるのに大変難儀したが、ファッションセンスのある友人や母親の意見も聞きながら乱太郎が選んだのはシンプルな無地のグレーのマフラーだった。
 最初はレザージャケットと同色である黒や、チェック柄の赤でもいいんじゃないか。という意見もあったが、乱太郎が彼に似合う色でしっくり来たのがグレーのマフラーだったので、その色にしたのだ。お目当ての店舗はメンズファッションの店舗が集まる五階。乱太郎はドキドキ、ワクワクしながらエスカレーターに乗って五階を目指した。
 店に着くとすぐさま店員さんに取り置きをさせて頂いてた猪名寺なんですけど。と言うと、準備させて頂きますので少々店内をご覧になってお待ちくださいと言われたので、そのまま店内を見渡す。
 シンプルめな服をよく着ていた乱太郎だったが、留三郎の隣に見合う人になりたいという一心で耳にピアスを空けてから少しずつ服の系統が変わり、シンプルめの服からストリート系や留三郎のようなレザージャケットを着ることも増えた。好きな人の色に染まるとはこういうことなんだろうか……。と乱太郎はふと思い、つい少しだけ口元が緩む。口元が緩んでいるのをマフラーで隠しながら店内を彷徨いていると、アクセサリーを置いてあるコーナーの、ショーウィンドウに飾られている指輪に目を奪われた。
(うわあ、これ、絶対に留三郎さんに似合うだろうなあ……。)
 そう考えながら、乱太郎はショーウィンドウに飾られている銀の指輪を眺める。シンプルでゴツめのデザインに真ん中には大きな十字架が施されている。デザイン性はもちろんのこと、あの大きくてごつごつとした指に嵌めてもらったらそれはもう映えるに違いないし、これは絶対に留三郎さんも好きな系統だ。と乱太郎はまだ見ぬその光景を頭の中に思い浮かべて、ほうっとため息をついた。留三郎がその目の前にある指輪を嵌めていることを想像しただけで思わず顔が紅くなってしまう。
 するとその様子を伺っていたのか、先ほど準備すると言って一度裏へ下がっていた店員さんが戻ってきた。
「お客様、もしかしてお付き合いされている方へのプレゼントですか?」
「すっ、すみません、勝手に見入っちゃって……。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。あ、こちらお取り置きしていた品物になります。ご確認をお願いしますね。」
 店員さんは爽やかな笑みを浮かべながら紙袋を乱太郎に差し出す。まだ封がされていない紙袋の中身を見てみるときちんとグレーのマフラーが綺麗にラッピングされていた。はい、これで間違いないです。と言って店員さんと目を合わせると、またニコリと微笑まれる。
「お指輪もご一緒にプレゼントされてはどうでしょうか?」
「へっ!?」
 店員さんが示した方角を見ると先ほど乱太郎が目を奪われたゴツめのシルバーリングがあった。どうぞ、と促され、店員さんはショーウィンドウから指輪を取り出し、乱太郎に見せてくれた。思っていたよりもずっしりとしていて、ますます留三郎がこの指輪を付けている姿が頭の中でだんだんとはっきりとしていって、乱太郎はますます指輪から目が離せなくなった。
 ああ、どうしよう。指輪という大層なものを贈ろうって考えたこともなかった、贈ったら重たいかな……。でも、買えばよかった……。と後悔するよりはマシか。という思いが乱太郎の中で交錯する。そして、悩み抜いた結果乱太郎は指輪を買うことに決めた。
「あ、あの、この指輪も一緒にお願いしてもいいですか?」
!お買上げありがとうございます、では、こちらもラッピングさせていただきますね!」
 店員さんは先程と変わらず爽やかな笑顔を見せながらその指輪を乱太郎から受け取ると、それを持ってとまたバックヤードに下がっていく。乱太郎はその様子を見守りながら、自分の心臓の鼓動が高まっていくのを感じた。
 自分の心臓が煩いのには衝動的に買ってしまったことを少し後悔しているのもあるし、この指輪を彼が受け取ってくれるだろうか、似合うと思ってくれるだろうか。喜んでくれるだろうか。そんないろんな想いばかりが溢れてきて、そわそわとしてしまう。
 ああ、どうしよう、どうやって渡せばいいんだろう。きっとプレゼントを渡す時に顔が赤くなってしまうだろうな……。と考えていると、先ほどの店員さんがすぐに戻ってきて、それじゃあ会計を……。と案内されたレジに向かい、支払いを済ませ、店員さんからふたつのプレゼントが入った紙袋を受け取った。
 店を出る時に、ありがとうございました〜!と大きくお礼を言われるが、なんとなく照れくさくてぺこりと会釈だけをしてそそくさとその場を後にした。
……うう、買っちゃったぁ。」
 紙袋に入ったプレゼントを大切に両手で抱えながらエスカレーターに乗り込み、出口に向かう。何はともあれ、プレゼントを買うことができて良かったと思うが、問題はどう渡すかである。丁度今週の土曜日に会う約束をしているのだが、その時どんな顔をして渡したらいいんだろうか、どんなリアクションをされるんだろうか。
 ああ、もう一体どうしたら良いんだ。と悶々と考えながら百貨店を出て、電車を乗り継ぎ、最寄り駅の改札を通り過ぎていつもの道を歩いていると、突然後ろから腕を掴まれた。
「へっ?」
「乱太郎じゃねぇか。こんなところで会うなんて奇遇だな。」
……とっ、留三郎さん!びっくりしたっ!」
 そう、そこに立っていたのは今の乱太郎の悩みの種である恋人である留三郎だった。ここは乱太郎の最寄り駅なので、こんなところで留三郎に会うとは思わなかった乱太郎は驚きのあまりぴゃあっ!と飛び上がった。
「会えたらいいな。とは思っていたが、乱太郎に会えるとは思ってなかったぜ、運命感じちまうな?」
「もぉ……からかわないでくださいよ……!」
「ははっ、冗談だ。あ、それ前言ってた俺へのプレゼントか?」
……ひ、ひぇ!?」
「なんだよ。気付かれたくなかったのか?」
 留三郎は訝しげな顔をして乱太郎を見る。まさかこのタイミングで会うことになると思わなかった乱太郎は咄嗟にどう反応すればいいのか分からなくなり、言葉に詰まった。
 だって、その紙袋の中には今日買った指輪が入っている。まだ渡す準備も勇気も自分の中で整ってないのに!と乱太郎は内心焦っている。
……い、いや、こんな偶然に会うと思わなくて、ちょっと動揺しちゃいました……。」
「なんだ、そういうことか。まあ、そういうこともあるよな。……それ、今日受け取りに行く予定だったんだろ?」
「え、えっと、そんなところですね。」
「で、その紙袋が受け取った俺へのプレゼント?」
はい、そうです。」
ふぅん。」
 留三郎は不思議そうな表情で乱太郎が両手で抱えている紙袋をじっと見てくる。その視線に耐えきれず、乱太郎はそわそわしながら紙袋を両手に抱えて紙袋が皺にならない程度に握りしめた。
……、何だよ、そんなに動揺して。」
「す、すみません。」
……別にいいけどよ。」
 留三郎は少しムッとしたような顔で呟くと、乱太郎の腕を引っ張って歩き始めた。
「あっ、ちょっ……!」
「家、来いよ。ここで会ったのも縁だしな。」
「えぇ!?あ、あう……はい……。」
 抵抗した所でどうにもならないことは分かっている乱太郎は素直に従うしかなかった。腕を引かれるままに留三郎の後をついていく。その間、二人は無言だった。
 ただお互いの足音だけが響くだけの空間で乱太郎はドキドキして仕方がなかった。ずうっとどうやって指輪を彼に渡そうか?と乱太郎の頭の中はそれしか考えられなかった。
 どうしよう、本当にどうしよう!という言葉しか出てこないため、いくら考えても乱太郎の脳内から答えが出ることはなく、気が付けば彼の住むアパートまで辿り着いてしまった。
「ほら、入れよ。」
……お、お邪魔します……。」
「ん。」
 留三郎に促され、乱太郎はいつも通りを装ってリビングへと進む。緊張した面持ちでいると、ドカッと勢いよくソファに座った留三郎が徐々に口を開いた。
あの紙袋、なんか大層なものでも入ってんのか?」
「えっ!?」
「さっきからお前、ずっとソワソワしてるし。」
「そ、そんなこと……ないですけど……。」
「嘘つくなよ。」
「うぅ……。」
 終いには留三郎に手を掴まれて言い逃れできない状況になってしまい乱太郎は項垂れるしかなかった。どうしよう、どう切り出せば。そう思いながら下を向いて俯いている乱太郎を見て、留三郎は小さく溜息を吐いて乱太郎の方をチラリと見た。
……何だよ、早く言えって。」
ぅ、」
「言ってくれねぇと分からないだろうが。」
「っ、そ、その……、」
おう。」
「あの、えっと……。」
「早く言えよ。」
「~っ!!これっ!受け取ってくださいっ!」
 もう我慢の限界だとばかりに乱太郎は持っていた紙袋を彼の目の前に突き出した。突然の行動に驚いたのか、留三郎は一瞬目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻し、紙袋を受け取った。
……開けてもいいか?」
「ど、どうぞ。」
 留三郎は丁寧に袋を開けると、中からラッピングされた箱を取り出して開け始める。そして中身を見た瞬間、驚きのあまり目を見開いて固まってしまった。
……と、留三郎さん?」
 固まってしまった留三郎を見て乱太郎は彼の名前を呼ぶが、反応がなく彼の頬をちょんちょんとつつくとハッとした表情で乱太郎を見て、次の瞬間、乱太郎のことを力強く抱き締めた。
 急な出来事に驚いた乱太郎だったが、彼の嬉しさが伝わってくるとなんだか擽ったくなってきて、乱太郎も留三郎の背中に手を回してギュッと力を込めた。
「っハハハ、めちゃくちゃ最高だな!乱太郎っ!ハハ、めちゃくちゃ嬉しい。ありがとうな」
「こっ、こちらこそ、喜んでもらえて良かったですっ!」
それにしても指輪、どういう風の吹き回しだ?指輪なんて買う柄じゃねぇじゃん。」
「え、いや、ほら、クリスマスも近いですし、クリスマスプレゼントとしていいかなぁと思って…………。」
 本当はあの店で彼に似合うと一目惚れのようなものをしてしまったから衝動買いしてしまったというのが理由なのだが、恥ずかしくてつい誤魔化してしまう。それを察したのか、留三郎は面白くなさそうな顔をして乱太郎を見つめてきた。
……本当は?」
「えっ!?えっと……そのぉ……っ。」
ちゃんとした理由を乱太郎の口から聞きたいんだよ。」
「うぅ……っ。」
 彼から期待の眼差しを一身に浴びてしまい、居た堪れなくなった乱太郎は目を伏せてボソボソと小さな声で話し始めた。
「えっと……ぉ、じ、実はマフラーを受け取りに行った店でその指輪を見つけたんです。それで、留三郎さんに似合うなって思って、買わなきゃ後悔するなって思って、買っちゃいました……。」
「もう、ほんと、お前なぁ……。」
「ご、ごめんなさい!重かったですよね!?」
「馬鹿野郎、なんでそう考えんだ。」
「わぷっ!」
 留三郎は優しい声色でそう言うと、乱太郎の頭を自分の胸に押し付けるように抱き寄せた。苦しいやら何やらでジタバタともがくが留三郎は一向に離してくれない。
 しばらくしてようやく満足したのか、身体が離されるとそのまま軽く唇にキスを落とされる。唐突なことに驚きつつも、留三郎からの愛情表現に自然と頬が緩む。その様子を見た留三郎は愛おしそうに目を細めると再び口づけを落とした。
「なぁ、乱太郎。」
「なっ、なんですか……?」
「この指輪、嵌めてくんねぇか?」
 そう言って彼は左手を差し出して、左手の薬指に嵌めてくれとでも言うように右手で薬指を指し示した。留三郎は乱太郎をどろり、とスプーンから蜂蜜が垂れるような愛おしい瞳で見つめた。
 そんな眼差しを向けられたら断れるわけもなく、乱太郎は恥ずかしそうに顔を逸らしながら恐る恐る留三郎の手を取り、左手の薬指にゆっくりと指輪を嵌めてあげた。
……ど、どうですか?」
「おう、悪くないぜ。」
「そ、そうですか!良かった……!」
 ああ、良かった。気に入ってくれて。と乱太郎はホッと安堵の息を吐いた。そんな彼を尻目に留三郎は自分の薬指に嵌った指輪をしげしげと眺めていたが、何か思いついたように乱太郎の名前を呼んだ。
「なぁ、乱太郎。」
「はい?何ですか?」
「今からお前の指輪も買いに行こうか。」
へ?」
 思わず素っ頓狂な声が乱太郎の口から出てしまう。だって、お礼が欲しくて指輪を買った訳では無いからだ。ただただ、留三郎に似合うだろうなあ。と思って買っただけだからといや、いいですよ!と乱太郎が言う前に留三郎が彼の左手の薬指に口付けを落とした。
お前は俺のものだって証が、俺にも欲しいんだよ。」
……!?!」
 そうか、指輪を送る意味ってそういうことなのか!と今更、乱太郎はその事を考えてしまい顔が爆発しそうだった。ただただ留三郎に似合うだろうなあ。と思って買っただけだったので、そこまで意識がいってなかったのだ。真っ赤になりながら下を向いている乱太郎の顔を留三郎が覗き込む。
「嫌か?」
「い、いえ、全然嫌じゃないです!」
「ハハ、じゃあ決まりだな。」
 留三郎は満足げに微笑むと、乱太郎の頭のてっぺんにキスを落とす。乱太郎も照れくさそうに嬉しそうに笑うと、その手に自分の手を添えたのだった。