青色
2026-02-01 20:07:40
9489文字
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燭鶴「恋人の食べ方」

相互さんのツイート(https://x.com/okometomt/status/2008869203064090992?s=20) がかわいかったので書きました。
光忠くんと鶴さんは相手がかわいいあまり、おいしそうとも思ってるかな〜と思います。おいしそうなら実際にキスしたり食べたりすればいいと思います!初めから終わりまでずっといちゃついているだけ(ややすけべ、かな?)。
光忠くんの髪型的につむじは2個あると思ってる派閥に所属しているのでそのような描写になってます。

 入浴を終えた鶴丸が部屋に戻ると、同室の光忠が文机に向かって何やら書き物をしていた。もうそれなりに遅い時間だが、彼はまだ内番着を着ている。

「おぉ、光坊。きみは湯浴みがまだだったか、一緒に行けばよかったな」
「あ、鶴さん、おかえり。うん、これが終わってからお風呂は行こうと思ってて」

 顔を上げた光忠はこちらに片手を挙げて応じた。彼の手元に開かれている手帳にぼんやりと見覚えがあって、おそらくだが何かのレシピをまとめている最中なのだろう。

「そうか、邪魔したな」
「ううん、大丈夫だよ」

 鶴丸の言葉に気にしないでと光忠は首を振って、しかしすぐに書き物に彼の意識は戻った。きちんと正座をして机に向かい、しゃんと背筋を伸ばしている様子は光忠という男の生来の生真面目さを示しているように感じる。

 寝る前に光忠とじゃれてから寝たいと思っていたけれど、この調子だと少し難しいかもしれない。
 残念だが、そういうこともある、と鶴丸は一人で頷くと、書き物に集中している彼を邪魔しないようにしようと思って、その背後を静かに通り過ぎようとした。
 通り過ぎようとしたのだが、鶴丸の視線はふと、なんとなく光忠の後ろ姿に向かった。今の彼は床に腰を下ろしているので、いつもより数段、頭の位置が低い。鶴丸が光忠を見下ろしている状況だ。

 普段は鶴丸が光忠を少々見上げるばかりなので、こうして彼の頭頂部を眺めるという状況はとてもめずらしかった。

 きちんとセットされた黒髪は、一日の終わりのこの時間でも、どの角度から見ても、乱れている部分はない。それが燭台切光忠という男が伊達男であることを体現しているように思えた。だから鶴丸はその後頭部を感嘆を持ってそっと眺めた。

 正面から見たときの髪の流れでもうっすらとは分かるが、こうして頭頂部を見ると光忠にはつむじが二つあることがよく分かるのだ。つむじが二つあるという事実は、光忠の穏やかさや落ち着きに反してなんだかわんぱくな印象があって、なんとなく愛しい。
 愛しさがつのって彼の頭を撫でくりまわしたい衝動に駆られた。いや、しかし、作業の邪魔をしてはいけない……、と思って鶴丸は自制することにする。

 とはいえ、せっかく光忠の頭を観察できる機会だから、などと鶴丸は内心で言い訳をして――彼が作業に集中していることがやっぱり寂しかったのかもしれない――、一歩だけ光忠の真後ろに近づいた。真後ろに立って頭を眺めているのも十分邪魔をしていることにはなりそうではあるけれど、光忠はこちらを気にしていないようなので、たぶん、大丈夫なはず……

 彼の真後ろに立って、つむじが二つ渦を巻いているのをかわいいと思って眺めていると、それが別の何かを思わせるような気がしてきた。なんだろう、伊達巻、とか、なると、とか、そういう渦を巻く食べ物。どちらかといえば伊達巻か?伊達男だし。……???

 そんな連想ゲームが鶴丸の脳内で行われて、光忠のつむじへの形容は「かわいい」に加えて「おいしそう」というものにもなった。とても、おいしそう。

 そう思った瞬間、鶴丸は身を乗り出して彼のつむじに唇を寄せていた。吸い寄せられるみたいに。

 衝動的にそこへ口づけたことに鶴丸は自分で驚いたけれど、不思議なことに奇妙なことをしているとはまったく思わなかった。むしろ、このつむじはこんなにかわいくておいしそうなので、とても正しいことをしている、と感じる。

 おいしそうに感じたつむじからは伊達巻のように甘く香ばしい香りはもちろんしないけれど、代わりに光忠が普段使っている整髪料のほのかにすっきりとした匂いが鼻腔に満ちた。それに加えて、つむじに顔を埋めたことで頬に感じる少し硬い、艷やかな黒髪の感触。

 それらがとても光忠そのものという感じがして鶴丸は嬉しくなった。彼を五感で感じられているように思えて。

 唇を離して、もう一方のつむじにも口づけた。ついでに頭を撫でてやり、そのまま指をすべらせて耳の形も指先でなぞる。少し冷たい耳の縁。

 作業の邪魔をしないつもりだったけれど、もううっかり口づけてしまったので、なし崩しである。

 まぁ、怒られることはなく、許してもらえるだろうという光忠への信頼と甘えがあった。ということで、鶴丸はしばらく彼のつむじを啄んでいた。

 そうやってしばらく好き勝手に光忠を味わっていたのだが、当の本人からの反応はまったくない。おや?と思った鶴丸は彼の頭の上から顔を覗き込んでみた。

 すると、光忠ははにかんだように淡く頬を赤らめていて、その表情は驚きと照れ、そして愛しさのようなものを示している。

「えっと、鶴さん、さっきからどうしたの、……?」

 光忠の声音は確かに困惑をこちらに伝えてくるけれど、それよりもはるかに彼の(愛のある呆れを伴った)嬉しさのようなものを伝えてきて、鶴丸はそれを受けてとても満足な気持ちになった。

「いや?きみのつむじがうまそうだったから味見したのさ」

 鶴丸は上から光忠を覗き込んだままどことなく得意げに言って、再び彼のつむじのあたりに顔を埋めた。すん、と頭の匂いを嗅いでいたら光忠は慌てている。

「わーっ、待って、匂いを嗅がない!まだお風呂入ってないから!」
「光坊はいつでも清潔で紳士的な匂いだぞ?」
「そんなわけないでしょう!」

 光忠が悲鳴に似たつっこみをしている。鶴丸は動揺する彼に構わず背後から腕をがっしり首元に抱きつくように回して動けないようにすると、光忠のつむじをまた啄んだ。さながら猫吸いならぬ光忠吸いである。
 彼の頭を吸うと清潔な香りと少し高めの体温をした肌の匂いがほんのりとして、鶴丸はそれをとても気に入った。落ち着く。肌を合わせているときの肌の匂いに少しだけ似ている。

 それを堪能していたらやや無理やり腕を振りほどかれた。けっこうがっちりと掴まえていたはずなのだけれど、光忠と鶴丸のあいだにはどうもこうして力の差がある。解せない。
 腕を振りほどかれたと思った瞬間にこちらを振り返った光忠の腕が鶴丸の身体に回って、ぐい、と引き寄せられた。

「っ、ぅわ、!?」

 バランスを崩してよろめいた鶴丸の身体は、光忠の手によって彼の正座した足の上に向き合うように(半ば引きずられるように)座らされた。光忠の膝の上で正面から全身で抱きつくように向き合わされたので、寝間着の浴衣の裾はすっかりはだけてしまった。距離がとても近い。光忠の肩越しに机の上にあったノートの中身が見えて、やっぱりレシピをまとめていたようだ。

「こーら、!人の頭をそんなに嗅がないよ?そんなに構ってほしかったの?」
「いや、そういう、わけでは――、きみのつむじが伊達巻のようでうまそうでな」

 構われたかったのは確かなのだが、それを素直に言うのは少々の羞恥心があり、鶴丸は誤魔化して言った。

「伊達巻?」

 光忠はおかしそうに笑ってこちらを見上げた。膝の上にこちらが乗っているので、鶴丸のほうが彼より少し目線が高いのだ。

「伊達巻はよく分かんないけど、……ふふ、まぁ鶴さんが構ってほしいかはともかく、僕は鶴さんを構いたくなったかな。すごくかわいいから」

 よく分からないけれど、つむじを啄んでいたことは彼にとってかなりかわいいと感じる行為だったらしい。光忠は機嫌良さそうに言って膝の上に座らせたこちらの頬を両手でぎゅっと挟む。

「む、」
「やっぱり、鶴さんのほっぺってもちもちですべすべだね。お風呂上がりだから余計に」

 光忠は嬉しそうに言うと、そのまましばらく鶴丸の頬を手のひらでこねくり回した。かなり大胆に光忠が頬を揉むので鶴丸はかなりくちゃくちゃにされていたのだが、まぁ、作業を先に邪魔したのは自分であるし、自分も自分で彼のつむじを好き勝手啄んでいたという背景があるので、されるがままに揉まれておく。

「僕のつむじが伊達巻かはともかく、……
「んむ、……
「鶴さんのほっぺはお餅だと思うんだよね……さらさらですべすべでもちもちで」

 光忠は鶴丸の頬をこねくり回すのをやめて、今度は両頬をそれぞれむに、とつまんだ。

「今、ちょうどいくつか新しいお餅のアレンジレシピをまとめてたんだ。それでなんとなく鶴さんのほっぺのことを連想してて」
「ほうか(そうか)」

 頬をつままれているので上手く喋れない。光忠がつまむ力は優しいけれど、そうやってしばらくのあいだつままれて引っ張られていると少し頬が痛くなってきた。

「みつほう、ひと、いひゃい(光坊、ちと、痛い)」

 頬をつままれたまま訴えたら、光忠は目を丸くしてごめんと言って、ぱっと手を離した。つままれていたところがじんわり熱を帯びている。

「ごめん、鶴さんのほっぺがかわいくて、つい。どのくらい伸びるんだろうって思って」
「はは、餅ほどの弾力はなかったみたいだな。さすがにあれ以上は伸びないぜ」
「うーん、でも、すごくもちもちだよ。あぁ、でも、ごめんね、ちょっと赤くなっちゃった」

 光忠は両手でそれぞれの頬を撫でてからこちらの後頭部に手のひらを回して、自分の方へさらに鶴丸を引き寄せた。そして、ほてった部分をなだめるように、両頬へ丁寧にキスをする。繊細な触れ方。頬はうっすらと熱を帯びているので、光忠の唇のほうがほんの少しだけひんやりとしている。

 互いの唇での口づけは二人のあいだで日常的な営みだけれど、こうして丁重に頬に口づけられるのはなんだか照れを覚えてしまう。正面から密着して膝の上で彼に抱きついている(抱きしめられている)という状況も相まって、そう感じるのかもしれない。なんというか、庇護の対象となったみたいで。
 どこに視線をやればいいのか分からなくて、鶴丸は視線をそらしながら目を伏せていた。

「あのさ、鶴さん」

 一度唇を離した光忠が上目でこちらをうかがうので鶴丸は視線を戻した。

「なんだい?」
「鶴さんのほっぺ、食べてみてもいいかな、……
「食べる?」
「食べるというか、齧るというか、……。すごく、おいしそうで」

 だめ、かな……?と彼は困り笑いをしてこちらを見上げる。きっと痛いし、だめだよね、とも光忠は言った。

 鶴丸は、先ほど自分が光忠のつむじをおいしそうだと思って啄んだことを思い返した。おいしそうなので口に含んでみたく――啄んでみたく――なる気持ちはよく分かる。だいたい、鶴丸は無許可で彼のつむじを啄んでいたので、齧りたいと申し出てくるのはむしろ紳士的と言えよう。

「いや、いいぜ。さすがに食いちぎられるのは勘弁だが、多少齧るくらいなら光坊が好きにしてくれていい。これはきみの餅だ」

 これ、と鶴丸が自分の頬を指差したら光忠は力の抜けた表情ではにかんで、またこちらを引き寄せた。先ほど口づけたときと同じように彼の唇が鶴丸の頬に触れる。ただ、今回は唇が触れるだけではない。肌の表面で唇が開いて、その内側の歯が、かぷり、と頬を食んだ。

「、ぅ……

 光忠の歯は、唇で食むのとほとんど変わらないくらいの優しさで鶴丸の頬を齧った。痛みというほどの感覚はないが、硬いエナメル質がやわい頬に食い込む感覚はなんだか変な感じがあって、思わず声が漏れる。

 何かを感じてしまったみたいでなんとなく恥ずかしい。いや、そういうわけではないのだけれど。

 光忠はそうやって歯を立てたまま、もぐもぐと実際に餅を食べるように甘噛みを繰り返した。ぎりぎり痛みを覚えない範囲で、歯が頬に食い込んでは離れる。
 こうして甘噛みされている限りではじゃれあいの範疇だと思うけれど、何かの拍子があれば光忠の歯はずぶりと鶴丸の皮膚を突き破りそうな刺激的な感覚もあって、鶴丸は歯を立てられているあいだ浅く呼吸をしていた。
 甘い感覚と刺激的な感覚が入り混じっているこの感じが、何かに似ているような気がして。

 緊張している。いや、これは緊張ではないのかもしれないけれど。なんだかどきどきしている。

……鶴さん、やっぱり少し痛い?」
「ん、いや、……大丈夫だ」

 鶴丸が浅く呼吸をしていることに気づいたのか光忠が歯を立てるのをやめて、心配そうにこちらを見上げた。歯が離れていってしまって、なぜか少しだけ名残惜しい。

……そう?」
「あぁ、痛みはほとんどないからな。こっちの頬だけでよかったのかい?餅は反対側にもあるが」

 名残惜しさから鶴丸が先ほど齧られていなかったほうを指差すと、光忠はきょとんとしてから微笑んで、食べる、と言った。齧りやすいように反対側の頬を彼へ向けてやる。そうやって差し出された無防備な鶴丸の頬に、光忠は再び歯を立てた。

……、っ、」
「らいりょーぶ(大丈夫?)」

 頬を齧りながら光忠が尋ねたので、鶴丸は軽く何度か頷いた。うっかり息を詰めてしまっただけだ、大丈夫。別にこう、何かを感じているとか、そんなことは、なくて、本当に……、その、本当に。

 おかしいな、と鶴丸は頬を食まれながら考えた。自分が光忠のつむじを啄んでいたときはいうなれば健やかなじゃれあいという感じだったのに、光忠に齧られている今は、何か違うような……

 頬の上で咀嚼するような動きが繰り返されて、歯は深く食い込んだり離れたりする。そうされているとやっぱり何かが落ち着かなくて、変な感じだ。なぜだろう、彼に無防備に身を委ねているときと同じような感覚がある。優しくされているのに、どこか獰猛というか、野生的なものを感じるというか。
 このまま食べられてしまいたい、と思ってしまう。食べられたいって、どういう意味で?

 その落ち着かなさをやり過ごそうと鶴丸は目を瞑ったのだが、それは逆に皮膚の感覚を鋭敏にしてしまったので、効果がなかった。皮膚の表面を発端とした痺れのような感覚が四肢に広がっていってしまう。光忠の本能めいた気配を感じているような気になるというか……

 しばらく頬を食まれながらその奇妙な感覚と鶴丸が戦っていたら、不意に光忠の歯は頬から離れていった。視線を下ろすと、こちらをまっすぐに見つめている彼と目が合う。
 その金の瞳にはなんだか面白がるような気配が浮かんでいて、そうやって見つめられると鶴丸は何かを言わないといけないような気持ちになった。

「いや、光坊、これは違、」

 言いながら、何が違うのだろう、と鶴丸は自分に尋ねた。いや、それは自分でも分からないけれど、でも、何かを否定して言い訳しておかないといけないような気がして。

「ふふ、何が違うの?」
「う、……

 光忠が面白がっている調子のままでにこやかに問うから、鶴丸は言葉に詰まってしまった。黙った鶴丸を光忠は相変わらず面白そうに見上げている。

「鶴さん、僕に齧られてる時、痛かった?」
「いや、そんなことはなかったが」
「そっか、じゃあ――、どきどきしてた?」
「それは、……

 鶴丸が再び口ごもってしまったのは事実そのとおりだったからなのだが、それを正直に認めるのはどうもまずいような気がして――たぶん、光忠にとってはじゃれあいの範疇じゃないかと思うから――、どう答えたらよいのか困ってしまう。

 視線を合わせているとこちらの他意が光忠に見透かされるような気がして、鶴丸はすい、と目を逸らした。光忠が指先で頬を撫でる。

「どきどきしてたでしょう?ちょっと赤くなってる」
「光坊が齧ったからだろう」
「そうかなぁ」

 するすると指先が頬の上をすべっていてくすぐったい。鶴丸がちら、と光忠の方へ視線を戻したら彼は微笑んで続けた。

「僕は鶴さんのほっぺを齧ってるあいだ、どきどきしてたけど」
……、きみ、傷跡をつけたいみたいなそういう趣味があるのか?」

 ある種の嗜虐癖のような?と鶴丸が怪訝な顔で首を傾げたら、光忠は困ったように笑った。

「いや、そういう趣味とかではないよ。基本的には鶴さんに傷をつけたくないしね。でも、なんていうか、僕が齧りたいって言ったら鶴さんはためらいなくほっぺを差し出してくれるんだなぁって思って、その無防備さにどきどきしてた」

 かわいいと思って、と彼は少し照れたように笑う。
 鶴丸はその表情を見下ろしながら少し黙っていた。この男を相手にしたときに自分が当然のように無防備であることに、多少の、自覚がある。先ほどもだし、そういうとき――肌に触れられるとき、も。

「僕がどきどきしてるとき、だいたいいつも鶴さんもどきどきしてるから、だから鶴さんもそうなのかなって思ったんだけど……

 違ったかな、と光忠は鶴丸の頬を指先で撫でたりつまんだりしながら微笑んで尋ねた。この顔は、分かってて言っている顔だ。

「分かっているくせに、きみはすぐそうやって俺を困らせようとする」
「してないよ」
「じゃあ、なんだっていうんだい」
「うーん、あえて言うなら、困らせてるというよりはかわいくさせてるって感じかな」
……
「鶴さんが照れたり困ったりしてるの、かわいいから」
……きみな、」

 鶴丸は呆れた調子で言ったけれど、光忠はちっとも気にせずににこにこしている。その笑顔に気が抜けてしまって、鶴丸は苦言を呈すのをやめた。

「それで?鶴さん、どきどきしてた?」
「まぁ、その、……多少は、」
「ふふ、どうして?」
「どうして、いや……、」

 鶴丸は答えるのをためらったが、しかし、上手く誤魔化す言葉が見つからなくて困った。これはあまり素直に認めたくないのだけれど、誤魔化しようもなく。

「齧られている時、なんというかこう……、なぜかは分からんし言いにくいんだが、……
「うん」
「床できみに身を委ねているときのような感覚に近いものがあったからというか、……

 言いながら目を合わせていられなくなった鶴丸は、視線を光忠の肩越しの文机の上の方に逸らしたのだが、その瞬間に光忠にぎゅっと抱きしめられた。単に抱きしめられただけでなく、彼が体重をかけてきたので、それを受け止めきれずに鶴丸は膝の上に乗った状態で大きく後ろに傾く。最終的にそのまま背後に押し倒された。

「っ、こら、光坊」
「かわいい、鶴さん、そういう意味でも僕に食べられたくなったんだ」
「いや、そういうわけじゃ――、きみの齧り方がすけべなのが悪い」
「齧り方にすけべとかあるかなぁ」
「あるだろう、優しいくせに妙に本能的で……っ」

 反論を言い終える前に光忠が押し倒されている鶴丸の首筋にやわらかく歯を立てたので、息を詰めた。かぷかぷと歯を立てては離して首筋を食んで、齧った部分を最後に舐める。この行為は先ほどよりも色を孕んでいて、力が抜けてしまう。

「ふふ、鶴さん、期待してる」
……してない」
「本当?食べられたいって顔してるのに」
「どんな顔だ、そりゃ」

 鶴丸が顔をしかめてみせたら、光忠は笑っている。

「かわいい顔かな」

 鶴丸を組み敷いたままの光忠が、こちらの頬を手のひらで撫でて、そのまま親指で鶴丸の下唇をなぞった。

「僕のつむじを啄んでた鶴さんがかわいかったから、ちょっとだけ先に鶴さんを味見してから身体綺麗にしてこようと思ったんだけど、今すぐ食べたくなってきちゃった」
「おいおい、最初から今晩抱く気があったのかよ」
「うん、だってちょっかいかけてくる鶴さんがかわいかったから。鶴さんもそういうつもりだったんじゃない?」
「俺は光坊が忙しそうだったから誘いを控えたんだぞ。きみを啄むだけにしようと思っていたのに」
「それってもう誘ってるのと同じなんじゃないかな……

 光忠はおかしそうに笑って、また鶴丸の頬を軽くつまんでいる。触り心地が気に入ったらしい。

「まぁ……、そう、だな、そもそも俺が誘ったということにしておくとして……。当然きみは誘われてくれるんだよな?光坊」
「うん、それはもちろん、こんなに食べ頃になってる鶴さんは、食べちゃわないとね」

 光忠は鶴丸の首筋にするりと指先を這わせた。そのまま寝間着の浴衣を解かれると鶴丸は思ったのだが、光忠はちょっと困ったように手を止めた。

「ごめん、でもその前に身体綺麗にしてきても、いい、かな……、身体流してくるだけだから……
「あのな、光坊。きみはいつでも清潔で紳士的な身体だ。汚くもないし、匂いもない」
「さっきも言ったけど鶴さん、絶対にそんなわけないからね」

 光忠が発言を譲らないようだったので、鶴丸は口をへの字に曲げた。このままいけそうな雰囲気だったのに相変わらず生真面目というか。そういうところも好ましいけれども。

「きみが風呂に行ってるあいだに俺は寝てるかもしれないんだぜ」
「そんなことはないと思うな、だって鶴さんはとっても期待してるし」
……

 光忠の言うとおりこのまま一人で寝る気にはまったくなれないので、彼の正しい指摘に鶴丸は黙った。

「さっき手帳に書いてたお餅のレシピはね、食べる前に少し寝かせる手順があるんだ。時間を置くことでより美味しくなるんだよ。だからね、僕が身体流してくるあいだ、鶴さんは寝かされてて。そして、美味しくなっててよ」
……やれやれ、降参だ。調理人がそう言うなら仕方ない。光坊の紳士的なところは好ましいしな」

 光忠が鶴丸の上から身体を退けたので、起き上がりながら鶴丸は肩をすくめた。乱れた寝間着を少し整える。

「じゃ、きみはさっさと身体を流してくるんだな」
「うん、すぐ戻るよ」

 立ち上がりかけた光忠の胸元を掴んで引き寄せて、鶴丸は彼の唇に軽く口づけてからその表面をぺろりと舐めた。

「すぐ、だぞ。きみのせいで早く食われたくて仕方ないんだ、手早く頼む」

 じっと焦がれるような視線で中腰の光忠を見上げたら、彼は困ったようにも嬉しそうにも見える表情をしている。喉仏が少し動いた。

「あんまり煽らないでほしいんだけどな。もう」
「ほら、さっさと行った行った」

 鶴丸が急かしたら光忠はぱたぱたと急ぎ足で部屋を出ていこうとする。かわいい男。障子戸を開けて出て行きかけたところで、不意に光忠がこちらへ戻ってきた。

……?」

 困惑した鶴丸が見上げたら、身を屈めた光忠はこちらの頬を少しだけ齧り、そのまま同じ場所をぺろりと舐め、口づけて、唇を離した。

「いい子で待っててね、とびきり美味しくいただいてあげるから。……ふふ、これが言いたかっただけ」

 光忠はにこりと微笑んでそう言い残して今度こそ部屋を出ていった。部屋に残された鶴丸は今しがた齧られた頬に指先で触れながら困ったように微笑んだ。

「光坊、きみ、料理が上手いな……

 期待するだろう、とため息混じりに鶴丸は独り言を呟いて大の字にごろりと転がった。
 まんまと寝かされて美味しくなる餅にされたわけである。餅になってしまったからにはほかの場所も齧られてみてもいい、とぼんやり思った。

 齧られた瞬間の刺激的な感覚を無意識に気に入っていた鶴丸が、戻ってきた光忠にほかの場所にも噛み跡をつけてもらう夜になったことは言うまでもない。