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もろ餅
2026-02-01 18:48:10
7047文字
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ケーキバース途中
⚠︎︎日本語が下手
__満たされない。
そんな空虚に苛まれながらも腰が動くのは、人間の本能か、投げやりな心境の現れか。わざとらしい嬌声を受け流しながら、鴨志田は諦観するしかなかった。
◻︎
思春期のある日、突如として味覚を失った。
口の中の無味な物体が気持ち悪くて、食べては吐いての繰り返し。鴨志田は縋る気持ちで病院に罹かった。
「特発性味覚障害ですね」
ストレスや風邪が原因、時間が経てば治ると、常套句であろう口ぶりで医者は言った。
治るなんて何を根拠に?ならば何時頃治る?確信を得る鴨志田の質問に医者は言い吃る。意味のないストレス解消法で話を逸らされ、味覚障害なんて表向きの診断だと思春期ながら理解した。
次回の検診予定もなく、処方箋すら出ない現実は遠回しに不治の病だと告げるかのよう。無駄に高い領収書を眺めながら鴨志田は絶望した。
この世界には「フォーク」と呼ばれる人間が僅かながら存在している。フォークの大半は突然味覚を失う後天性なもの。身体は栄養を欲しているというのに無味無臭の物体を口にする感覚がどうも気持ち悪く、極度の栄養失調や命を絶つ者が多いとされている。
そんなフォークにとって極上の甘露ような人間もまた、僅かながら存在した。フォークとは違い先天的に産まれる「ケーキ」は、その肌や体液がフォークにとって唯一味のするものだった。自分自身がケーキだと気付くことは出来ないが、ケーキを捕食したいというフォークの猟奇的殺人に巻き込まれることも少なくなかった。
フォークの巻き起こす犯罪が後を絶たず、いつしかフォークは犯罪者予備軍と噂されるようになった。害を加えないフォークでさえ忌避される世界で、鴨志田もその一員になってしまったのだ。
(
……
なんで)
なんで俺なんだ。好きでなった訳じゃない。やり場のない怒りをどうしたらいい。無味単調な毎日は涙も枯れるほどに窮屈極まりない。
フォークであることが公になれば、興が乗ってきた演技の仕事も来なくなるだろう。ネットでは非難され続け、外に出れば避けられる。
隠さなければ。
何かで補わなければ。
食欲に負けたフォークが罪を犯す。ならば食欲に勝る何かを。欲求を。娯楽を。
人間には三大欲求というものがある。食欲が失われた今、残された二つで補うんだ。
顔の良さとコミニュケーション力には自信がある。手始めに口の硬い同業者の女へ話しかければ、すぐに甲高い声で寄り付いてきた。大手事務所の女優。胸のでかいグラビアモデル。顔の良い地下アイドル。繰り返せど繰り返せど、胸に巣食う蟠りは埋まらぬまま。ならばより抱いて性欲を、頭痛がするほど寝て睡眠欲を。
そのうちにクズだのヤリチンだのと噂されていることを知り、乾いた喉で笑った。笑って、仕方ないだろと諦めた。
快楽でバカになってる時は、フォークだのなんだのを忘れられるんだ。
つまらない人生だとは思う。けれど、演技をしている時は満たされるため、嫌気は差さなかった。
自分よりも上手い俳優と対峙する稽古。ありったけの実力をぶつける本番。涙ながらに送られるカーテンコール。全てが素晴らしく鴨志田を満たす。
(あぁ、)
もっと力強く手を叩け、いつまでも耳に残るくらい。
舞台の上ではフォークの鴨志田朔夜ではない。今は一人のキャラクターとして生きている。
(終わってしまう)
まだ演じていたい。忘れさせて欲しい。
早く次の演技がしたい。芝居をやりたい。もっと大きな箱で、実力が伴う役者と!
舞台袖へ退場する最中、鴨志田は最後の一人が見終わるまで演じ続けた。
◻︎
「やっぱ鴨志田の演技やべぇわ。キャラ本人。何回見ても慣れない」
「はは、そりゃどーも」
「なぁ、今度稽古してよ」
「えーやだよ」
自分の技法を同業者に、しかもタダで教える馬鹿がどこにいる。こればっかりは可愛い女の子でも譲れない。
やっぱりだめかと肩を落とす同業に背を向けて席に戻った。
ウィッグを外してメイクを落とし、鴨志田は少しずつ現実へと戻されていく。それでも舞台の熱は冷めない。良い舞台だった。しばらくは満ちた生活が送れるだろう。そう一人で感嘆していると、目の前のスマホが震え出した。マネージャーからの電話だ。
「余韻もクソもねぇな
……
」
「はぁーい」とぶっきらぼうに応答すれば、少しばかりお咎めを食らう。邪魔したのはそっちだろうと不貞腐れていてもガン無視を貫かれ、さっさと本題に移される。
どうやら新しい舞台のオファーが来たらしい。演技が出来るならどこでもと話半分で聞いていた鴨志田は、原作タイトルを聞いた瞬間に胸が昂り出した。
◻︎
累計発行部数5000万部突破の大人気漫画、『東京ブレイド』。原作を追っていた鴨志田は鏑木からのオファーを二つ返事で承諾した。
待ち望んでいた大きな舞台でも、鴨志田には不満が1つあった。主人公率いる新宿クラスタではなく、渋谷クラスタの匁役だということだ。匁が嫌いというわけじゃない。むしろ表裏の激しいキャラで演じ甲斐がある。しかし、登場シーンが対して多くはないのだ。どうせなら主人公サイドのブレイドやキザミを演じたかったのが本心である。
ブレイド役に姫川大輝の名前を見て納得した。あの人に勝てるほどの実力を、鴨志田はまだ持っていない。それでも並んで演技をする楽しさを味わいたい気持ちから、キザミ役への執着が増した。
「キザミ役を務めさせていただきます。ソニックステージ所属、鳴嶋メルトです。」
それなのになんだ、誰だコイツは。
調べてみると、ろくに演技も出来ないモデルの端くれ。顔だけで仕事を取って、苦労を知らない青二才。
どうしてコイツが姫川さんと並ぶんだ、どうして俺がそこに居ないんだと、鴨志田の鬱憤は溜まるばかり。発散しようと女の子を引っ掛けたらメルト本人に止められる始末。
「俺たちはプロなんだから。一応
…
」
癪に障りすぎてもはや笑いすら出てくる。
「プロて、」
コネで
舞台
俺
の仕事を取ってくくせに。
「ろくに演技出来ないやつがプロ語るとか笑う。なぁ、自分が一番下手なの自覚してる?お前が作品の質落としてんだけど」
どうせ血反吐が出るような努力なんてしたことがないのだろう。適当に生きて、苦労も知らない。フォークの生き難さなんて以ての外。
睨むように見上げれば、悔しさに歪んだ顔が見えて滑稽だった。
「説教してる暇あんなら練習しろ。お前に合わせるこっちの身にもなれってもんよ」
「っ、」
「
…
あーあ、あの子胸でかかったのになー」
「
……
」
「それとも何?お前が相手になる?」
渇いた性欲からくる怒りで、鴨志田は嘲笑いながらメルトを揶揄う。悔しそうな顔に拍車がかかればいいと思っていた。
「えっ
……
ゃ、俺、」
けれど、返ってきたのは酷く怯えた表情。瞳孔の開いた瞳は仄暗く、口元を抑える指先が震えている。
「
…
は?何マジになってんの」
「ぁ
…
ちが
……
っ、」
言葉に詰まり、浅い呼吸だけを繰り返す。鴨志田の言葉でメルトは軽いパニックを引き起こしたのだ。まるでこちらが悪いみたいな感覚に鴨志田は何となく居心地悪くなった。ふざけるな、フォークが発覚したあの日からずっと、被害者は俺なのに、と。
「ほ、ほっとい、て
…
いい
……
」
「
……
あっそ」
どっかいけということなのだろう。女の子を捕まえられなかったうえに説教されて、鬱憤晴らしもままならない。
どうしたものかと思考を巡らせ、思い出す。
(おっぱいの子は誰かを待ってるようだったし、もしかしたら他に女友達がいんのかも)
トイレか、あるいは忘れ物か。彼氏待ちという可能性はないことを願う。
(一番可能性あんのはトイレだな)
俯いたまま固まっているメルトを一瞥し、鴨志田は踵を返す。あの程度なら大丈夫だろうが、一応女の子を探して戻ってきた時にあのままだったら声をかけよう。
(めんどくせ~
…
なんかトラウマ持ちかぁ?)
考えても答えは出てこないし、大して興味もなかった。それよりも丁度良くトイレから出てくるルビーを見つけた鴨志田は(ビンゴ!俺ってば名探偵~)と気分上々に、駆け足でメルトの元を去った。
◻︎
───東京ブレイド初日公演。
最大規模の箱でも埋まってしまうほどの客入り。姫川の演技により観客の興奮と期待は最高潮のまま第一幕は終わった。
そんな中での第二幕、キザミと匁の決闘から始まった舞台の空気は、不穏に包まれていた。
「負けねぇぞコラァ!!」
ちょっとはマシな芝居をしたかと思いきや、すぐにド素人が顔を出す荒波な演技。メルトの場ミリミスに鴨志田が合わせ、弱々しい蹴りのアクションを大袈裟に受けてカバーする。鴨志田が普段通り演じればメルトの下手さがより浮き彫りになるため、抑えながら刀を振るっていた。
合わせて、補って、本領が発揮出来ないまま見せ場は着々と潰れていく。
(マジで素人に毛が生えたレベルじゃねーか
…
こっちが合わせなきゃダメかぁ?)
苛立つ気持ちが抑えられず食いしばる奥歯に力がこもる。
(うぜー
……
早く消えてくれよ)
ろくに演技ができない下手くそなんか、舞台上から消えてくれ。
恨みつらみを込めて振りかぶった一撃は重く、メルトは受け止めきれなかった。ふらふらとよろけた足取りに鴨志田は呆れながら、脚本通り足元に流水死命を振りかざす。
(受けきれねぇだろ、素人のお前には!)
しくじったらカバーはしてやるが、大恥をかく羽目になる。あぁ、なんて惨めで愚かなんだ。もう舞台には立てないだろう。メルトの焦る表情を見て口角が歪んだ。
__途端、覚束無い両足を数歩の後退と共に元へ戻し、すぐにしっかりとした体幹になった。
極楽天女を持ち直した勢いのまま流水死命を受け流したメルトは、鴨志田がたじろいでいる隙に体勢を整える。
(
…
へぇ)
形勢逆転まではいかないものの、持ち堪えてみせたのだ。
(息も上がってねぇし、思ってたよりかは稽古してたみてぇだけど
……
)
それでも演技自体は下手くそのまま。客席をチラリと見た鴨志田は、想像通りの反応に嗤いが出た。
諦観、失望、不満、退屈。観客席の中に晴れやかな表情はただの一つも無い。メルトは気付いているだろうか。いや、この重怠いプレッシャーに耐えられるわけがない。第一、芝居でいっぱいいっぱいの奴に客席を見る余裕はないだろう。
鴨志田の乾いた笑いを訝しげに見るメルトが尚のこと可笑しかった。
「お前を倒して、極楽天女は我ら渋谷クラスタが頂く!!」
「
…
ぅあ゙っ」
ゲネプロと同じように殺陣を続けていく二人。下から振り上げた一撃を受け止めたはずのメルトは刀から伝わる振動に苦痛な声を漏らした。掴む力が弱まったのか、そのままガキンと大きな音を立て極楽天女が遠くへ突き刺さった。
あーあ、やっちまったな。そこからどう巻き返すんだ?説教した相手からカバーしてもらうのはさぞ屈辱じゃないか?鴨志田は流水死命を持ち替え、反射を利用し客席を写す。
目に焼き付けろ。脳裏に刻め。
そして、もう二度と舞台上に立つな。
予想通り流水死命に目を向けたメルトは観客の反応を目の当たりにし、整った顔をくしゃりと顰めた。
そして、客席が見え続ける角度のままメルトに突っ込んでいく。
(ほら、客はお前を__)
下手だと思ってるぜ。
◻︎
いつだったか。確かじっとりと蒸し暑い雨が降り、偏頭痛が酷かった日。遠い昔なのに鮮明に思い出せる、そんな憂鬱な記憶。
あの日の殺陣相手も新人で、ペアの鴨志田が立ち回りを教えることもあった。その時は鴨志田自身も歴が浅く教えられることも多くはなかったけれど、素直に吸収していく彼に好感を持っていた。
「鴨志田先輩ってぇ、いつからこの業界にいるんですかぁ?」
聞き馴染んだ声がする。だが妙に甘ったるい。物陰に隠れて様子を伺うと、例の新人が監督と話し込んでいるではないか。
「割と最近だな。2年
…
いや3年だったか」
「えぇ!俺とあんまし変わんないじゃないですかぁ!俺の事いっぱい使ってくださいよぉ」
これはまた凄い場面を見てしまった。
甘ったるく媚びへつらっていたのか。なんだかボディタッチも多い気がする。
「器用な演技をするし、顔も声も悪くない。ただ愛想がなぁ」
「愛想なら俺の方が上ですよぉ」
「あぁ~
…
そうだな」
するり、若々しい手が荒れすさんだ頬を撫でた。愛想というより枕に近い。新人のくせに賺し癖は1丁前らしい。気色の悪いものを見た鴨志田は気分を害し、帰ろうと踵を返した時だった。
「お前があの演技を盗めたら、仕事は全部お前に行くかもな」
なんだ、そういうこと。
だから俺の元へ来たのか。合ってほしくない辻褄も、納得したくない事実も、認めてしまえば呆気なかった。
鴨志田には十分な処世術が無かったらしい。競争率の高いこの業界では重要なことなのに、芝居に集中しすぎて疎かになっていた。仕事を取られる前に知れてよかった。むしろ清々しい気分だ。
「じゃあ、これからもいっぱい盗んできますね」
残念。もう誰かに芝居を教えることはないし、なるべく話したくもない。指導係は誰か他の人に任せよう。
「期待しているよ」
あんなクソ野郎にケツを差し出さなくても仕事が入るくらい、腕を磨こう。
頭痛も吐き気も飲み込んで、なんて事ない顔で鴨志田は歩く。
新人も含めだか下手な役者はろくな奴がいない。コネだの枕だのを使って、かと思えば胃もたれレベルの自信に満ちている。血反吐を吐く苦労の末身につけた鴨志田の技を、いとも簡単に盗んでいく。
(事後の苦労しか知らないんだな)
醜く意地汚い私欲ばかり。馬鹿にしたはず言葉が、何故か胸糞悪くて堪らなくなった。
愛のないセックスは事後に疲れしか残らない。余韻もクソも無い。最悪なことに、それは鴨志田も知っていた。
いつかの情夜でキスを強請る女の影に新人が重なる。先程の監督と大差ない手のひらを見つめ、空っぽの己を自傷した。
あぁ、本当に、満たされない。
◻︎
刀を追っていた瞳が鋭くなり、鴨志田を捉える。
不安や焦りなど想像していた感情は一切ない。覚悟の双眸。
(なんだよ、今から本気出すってか?)
つまらない芝居をしていたくせに、根性だけはあるのだろうか。まぁ、残り少ない殺陣で何も出来はしない。嘲笑いかけたその時、
(
……
は、)
鴨志田の振り下ろした流水死命を既の所で交わし、靱やかに後退する身体が落ちていた極楽天女を蹴り上げる。宙を舞った極楽天女は、持ち主の元へ帰るように弧を描いた。
手を収まった極楽天女をくるくると弄ぶ技術は一気に観客を魅了し、一際大きな歓声と拍手が湧き上がる。メルトの原作再現は、ここまでの舞台の中でも圧巻の出来栄えだ。
スポットライトどころか主役の座をも掻っ攫うメルトに、舌打ちをすんでのところで飲み込んだ。
(妙な大道芸覚えてきやがって、ズレてんだよ!客が求めてんのは演技だろ!)
全観客の気を引くメルトが気に食わない。大きなアクションで目を惹いたって、演技の腕は変わらないから。マイナスがゼロになっただけじゃないか。実力で勝負してる俺を何故見ない。
しかしながら、ここからが見せ場と言わんばかりの気迫に鴨志田はだんだんと押されかけていた。
「ぅぁあ゙あ゙あ!!!」
目から指先の一つまで届くほど膨大な悔しいという感情。客席の最後列まで届く感情演技を真っ向から浴びた鴨志田は、言い様の無い焦燥感に駆られた。
ただがむしゃらに叫んでいるように見えても、その節々に込められた思いが抑揚や声の震え方で分かった。キザミ本人と対峙しているような感覚に身の毛がよだつ。
「おぅれは!誰にも負けねぇぇえ゙え!!」
泣き叫ぶような悲痛な叫びがこだまし、観客全員がメルトの演技に魅入る。負けて欲しくないと願いながら。呼吸をするのも忘れるほどに。
激しい殺陣の末、致命傷を食らったキザミは台本通り倒れ伏せた。皆が唖然とした後、張り裂けんばかりの拍手に箱が包まれる。目を見張るほどの見事な芝居に涙を流すものもちらほらと居た。
「よくやったわ!あとは私たちに任せなさい!」
有馬の溌剌とした声が、殺陣終了の合図のごとく響き渡る。
(おわっ、た)
終わってしまった。やけに疲れた。
ゲネプロの時とは違う動きを咄嗟に判断し、合わせて動いていたのだ。消耗が激しいのも無理もない。疲れているはずなのに、興奮が収まらない。
大きく息を整える鴨志田とは反対に、メルトの背中は浅く上下している。鴨志田と同等か、もしくはそれ以上に動いていたくせに。ポテンシャルが高いのか、それとも純粋に体力馬鹿なのか。何でもいいけれど。
(
……
鳴嶋メルト、ねぇ)
見定める視界の先、前髪に隠れた顔が微かに笑っていた。
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