フリンズさんに訳あって保護して貰う話

※トリップ夢です。ご注意下さい。

 気がついたら、私はどこかの窓のない部屋で寝ていた。
……は?」

 目が覚める前の記憶を思い出そうか。確か――会社に行こうと自宅の玄関を出た所までは覚えている、よし。いや、全然良くないけれど。
 これはもしや……俗にいう異世界転生、いや死んでないと思うから異世界転移というやつでは?
 頭が混乱しすぎて逆に冷静になってきた。まだ地球上のどこかと言う可能性も否定できない……。しかし、見聞きしたことのある小説や漫画の世界とかかもしれない。そうだとして、知ってる世界だったら立ち回りやすいと、そういった漫画で読んだことはあるけれど。うーん。
 ようやく現在の自分について考える気が湧いてきた。利き手を持ち上げてみると、服装は自宅を出た時のパンツスーツのままのようだ。部屋には窓がないようで照明はランプが使われており、地下室のように見える。他にも、ひとまず手を動かして寝ていたフカフカのベッドの触り心地を確認し、先程から見えている知らない天井をもう一度観察してから、首を動かして部屋を見渡してみようと思って――

「お目覚めですか?」
…………
 
 いや、誰ぇ……
 首を傾けて捉えた視界に映ったのは、ランプの灯りに照らされた一人の成人男性だった。装飾の多い黒色の服を着て、綺麗な長い青髪を携えた美男子。そう言った第一印象だった。
「失礼ながら、僕の駐屯地近辺に『落ちていた』ので一時的に保護しました」
……落ちていた」
「はい。あとでその場所にご案内しましょうね」
 思わず繰り返してしまった彼の発言。人が倒れているのを『落ちていた』と表現するのは些か気になる点ではあるが、まずは――やるべき事を思い出す。
「えぇと、助けて頂いたようで……? ありがとうございます」
「どういたしまして。会話ができるようで安心しました」
 彼はそう言うと、口元を緩ませてニコリと微笑んだ。私の方は寝かされていたベッドから身を起こす。たしかに、会話できると言うことは安心材料である。それと、五体満足のようで助かった。
「ざっくり言うと、おそらく記憶喪失のような物なのですが――ここはどこですか?」
「記憶喪失になった方は、ご自分ではそのように認識されないと思いますが……まぁいいでしょう」
 目の前の美男子は、少し怪訝そうな顔をしてそう言った。

 彼は様々なことを少しずつ教えてくれた。この土地のこと、ここに一人で住んでいること、外には魔物や野生動物などが居るため危険であること。そして、今いる場所については地図を広げて見せてくれた。……地球上では見たことない、ね。
「うーん……全然知らないところみたいですね。でも文字は不思議ですが、読めますね」
「そうでしたか。まぁ、そのようなケースもありますよね」
「そのようなケースもあるんですか⁈」
「えぇ、僕の親しい友人に一人いらっしゃいます。機会があればご紹介しましょう」
 それは心強い。もしその人が同じ境遇だとしたら、何か分かる事があるかもしれない。

 ――あ、そういえば。
「私を見つけた所に、私以外に荷物……鞄とか何か、ありましたか?」
「ありました、ね」
「良かった。どこにありますか?」
 そう聞いてみた所、彼は口を開きかけては閉じ、少し目を伏せて困ったように何かを言い淀む。
「あの……?」
「申し訳ありませんが、その――貴女の荷物を検分させて頂きました」
「あぁ、なるほど? 別に構いませんよ。明らかに怪しい人物ですもんね、私が」
「えぇ、はい」
 そこはすぐ肯定しちゃうんだ。この人、実は素直だな?
「それで、……実は、気になる品がありまして」
「はい。え、何か怪しい物とかありました? いや、怪しい物だらけかもしれませんが」
「そうではないのです」
 彼は伏せていた顔をバッと上げて、それを否定する。ふむ、では何が気になるんだろ。というか、私は今日の鞄に何入れてたっけ……

――こちらの荷物で合っていますか?」
「そうそう、これです。回収して頂いてて助かりました。……それで、気になる物とは?」
 少し薄汚れた鞄をガバッと開けた状態で、彼に向けて差し出すと――財布を指差した。……財布?
 愛用している財布を手に取り、留めていたボタンをはずすと、ポロリと何かが零れ落ちる。床に当たってコンっと小気味良い音が鳴る。それを見た彼は、「あっ」と小さく呟くとそれを急いで拾う。
「どうぞ、大切な物なのでしょう?」
 そう言って、手袋を着けている手を彼が差し出す。その手に乗っているのは――日本円の硬貨だった。まぁ大事な物ではあるけれど……と思いつつ受け取ろうとした途端、硬貨は彼の手の中に握り込まれてしまう。
……ん?」
「このような硬貨は初めて見ました。こんな品が存在するとは……僕は長年、硬貨や古銭を集めてきましたが、見た事がない品でして。貴女を発見して荷物を確認させて頂いた時に偶然見つけてしまい、思わず手に取って長い間眺めてしまった程です」
 いきなりめっちゃ饒舌になるじゃん。え、実はこの硬貨がすごい価値があるの……? となれば、あれが出来るかもしれない――
……その硬貨と他の硬貨も合わせて、良かったら差し上げましょうか?」
「いいのですか⁈」
 握り込んだままの日本円の硬貨は手放さず、勢いよく私に顔を寄せる。ち、近い近い。美人がそう言う事をするんじゃあない。
「ただし、条件があります」
 少しだけ身を引いて彼の顔から距離を取り、私は彼に告げる。
「一定期間で構いません、私をこのまま保護して下さい」
 
 さて……この交渉が上手くいくかで、私の今後が決まる気がするが――
「分かりました」
――即答ですか?」
「えぇ、元々そのつもりでしたので。渡りに船とはこの事ですね」
「それを言うのは、保護してもらう私の方では」
「ふふ、そうかもしれません」
 彼は握り込んでいた自身の手を開き、乗せていた硬貨を嬉しそうに眺める。その硬貨は、もう彼の物として存在すると言って良い。
 私の方は、財布に小銭があと何枚あったかなぁと思案しつつ、この千載一遇の機会を楽しめるように、私もこの世界への向き合い方を考えることにする。

 彼は少し身を屈めながら、私へ手を差し伸べる。
「僕は、キリル・チュードミロヴィッチ・フリンズです。フリンズと呼んでください。どうぞよろしく、お嬢さん」
 ――彼のその、綺麗な所作は私の目に焼き付いた。
 私も続けて名乗ると「稲妻出身の方のようなお名前ですね、ふふっ」と、彼――フリンズさんはそう言いながら笑った。
 
 

『穏やか会社員の休暇のすすめに、なり得るだろうか?』