はらす
2026-02-01 14:01:32
3123文字
Public 忘バ
 

20260101 桐智 今年のはじめては

2026/01/01桐智 大学生 お正月用 3120字
大学生で付き合っている桐智の大晦日年越し。桐島さんは大阪に帰省しています。

階下で笑い声がする。テレビのガヤガヤとした歓声と、母さんの弾んだ大声と。
大晦日の番組はあれが見たい、これも見たい、あっちも外せないし、忙しいけど圭ちゃんも父さんも一緒に見るのよ、と賑やにその場を仕切る母さんをおいて、逃げるように二階に上がったのは正解だったかもしれない。あの人の明るさは、少し距離をおいて受け取るくらいちょうどいい。まだ十代の難しい年頃の息子が真正面から浴びるには、やや恥ずかしさが勝るから。
メジャーの試合映像にしようか、トレーニング動画を見ようか、と考えたものの、いやせっかく大晦日なのだし、部屋でも片付けるかと思い立つ。
何も予定がないのは珍しい。何をしようか迷ってしまう。
野球と授業と友達との予定の隙間に、気づけば桐島さんが用事を入れてくるから、彼と付き合いだしてからというもの、手持無沙汰になる瞬間はまったくなかった。
毎日毎日、呆れるほどくだらないことから、感心するような熱いことまで、ありとあらゆることを思いつき実行するバイタリティが、本当のところは大好きだ。憧れでもある。本人に言えば調子にのるだけでなく、なにかしらの実害をうけそうなので黙っているが。
だって、あの行動力は凄いけれども、あれやらこれやらそれやらで、危うく俺までキャンパスのど中心で恥をさらすところだったのだ。もう忘れたい。
まあでも、刺激に満ちた日々であることは否定できない。あの人とバッテリーを組み、お付き合いまでするに至ったことは、間違いなく今年いちばんの出来事である。
その桐島さんは今、大阪に帰省している。
そして俺は暇を持て余している。
不思議な感覚だ。
急に暇になったからと、葉流火に連絡してみれば、あいつはあいつで先輩に連れられ、半仕事半私用のような用事があるという。葉流火がプロとなりすなわち社会人となって、野球以外のことをまともにこなせるのが心配していたが、野球さえできればなんとかなるのがプロ野球選手らしく、先輩やスタッフに可愛がられてやっているようだ。大型新人の初年度はイマイチと言われがちだが、ちゃんと結果も出したしな。
山田はどうしているだろう。千早は、藤堂は。みんな何をしているだろうか。
小手指時代は、冬休みに皆んなで走ったり、バッセン行ったり、ファミレス行ったり、そういえば昨年は初詣にも行ったんだよな、と思うと急に胸が苦しくなった。胸の奥が締めつけられるようだ。やばい。これ、不整脈とかじゃないよな。
いやいや、寒い部屋でスマホいじってるのが悪いんだろう。
思い直して掃除を始める。
机の上、椅子の下。鞄置き場に、荷物置き。グラブや道具は昨日手入れを終わらせているから整えるだけにして、本棚の雑誌を処分する。普段から整理整頓を心がけているから、さほどやることもない。片付けが嫌いな相棒は、最近は寝静まってとんと表に出てこないしな。寂しい、と思う気持ちを奥に押し込め、ベッドの脇に物が落ちていないか確認した。
掃除はあっという間に終わってしまう。
時間はたっぷりあるというのに、どうしよう。あとはクローゼットか。
普段使いの棚はルーティンで着る私服とジャージ、練習着や下着が仕舞われていたが、毎日使うものなので確認するまでもない。奥の衣替え用の棚まで確認するべきか。
さすがにそこまで見る必要があるのか迷い、少しだけ覗いてみる。
あれ、床に光るあれは何だ?
拾い上げてみると、蛍光ピンクの小さな布切れだった。照明を反射して、ぼんやりと輝いていたらしい。
ああ、あれか。
夏に桐島さんが、買ってくれたやつ。
海なんか行きたくないと怒り、水着なんて持っていないと逆ギレする俺を引きずり、買うのは嫌だと拗ねて壁の花になった俺に桐島さんが一方的に買ってくれたショッキングピンクの花柄水着。恥ずかしいから着るわけないと、散々文句を言った挙句に、他の水着がないと言い訳しながら着た水着。海に着いてみて初めて、桐島さんの水色の水着と色違いだと気がついた。ほとんどペアみたいなものだったけれど、それすらどうでもよくなるほど、青く広がる海と空が綺麗だった。
やばい。
胸が痛い。
心臓が止まりそうだ。
やっぱり俺、不整脈なんだろうか。
息が詰まり、視界が滲む。舞い上がった埃のせいか、涙まで出てきた。
なんだこれ。
なんだこれ。
なんだかよくわからないけど、夏の思い出は俺の胸をめぐり、締めつけ、気づけば寒いはずの部屋で、じんわりと熱を帯びたまま立ち尽くしていた。
だめだ。
訳が分からない。
今日はもう眠るしかない。

そうして俺は水着を握りしめたまま、布団に入った。
目を閉じて、水色の水着を着た人を、ユニフォームでマウンドに立つ人を思い出す。
おやすみなさい。

よいお年を。




「いま、地元のやつらと初詣来とんねんけど」
夜の早い時間に布団に入り、ひと眠りして起きると、ちょうど年が切り替わる瞬間だった。
新年か。
そうしみじみとする間もなく、かかってきた電話に飛びついたのは、彼に内緒だ。
「初詣。そうですか」
言われてみれば、後ろの方で賑やかな音がする。神社なんだろう。行きたい、という本音を隠そうとして、つい素っ気ない返事になる。気を抜けば「俺も一緒に行きたいです」なんて口走りそうだから。
「今年一番最初に話す相手は、要くんがええなと思って電話してん。寝てへんくて、よかったわ」
「寝てたら、どうするつもりだったんですか?」
「要くんが寝てたら、このあと誰とも喋らんまま家に帰るところやった」
「なんで?」
「だから、今年最初の会話は要くんと話したいから、朝まで誰とも喋らんとこう、と思ってたってこと」
「うそ、無理でしょ。今、友達といるんですよね?」
「いけるいける」
「家に帰ったら、お母さんたちもいるんでしょう?」
「母ちゃんのお喋り攻撃はちょっとやばいけど、どうにかなるって」
無理ですよ、と笑うと、桐島さんも嬉しそうに笑った。
よかった。離れていても、同じ笑いだ。
「一回寝たんですけど」
「はやっ。ほんまに寝とったんかい」
「でも、なんか、虫の知らせみたいな感じで、起きた方がいい気がして」
起きた直後に、桐島さんから電話がありました。
伝えると桐島さんは「うん」とだけ返した。すごく小さな声で、向こうの人込みにかき消されそうだったけど、満足した様子だけは、電波を通してありありとこちらに伝わってきた。よかった。
「年明けからええ感じで伝わっとるやん。野球もそれでいこ」
「いい感じ、とかじゃなくて、ちゃんと理論で野球しますよ」
「あほ、野球の最後は気合いやんか」
「ええ?もしかして思い魂とか言い出すやつですか?」
「ふはっ、それもええけど」
「けど?」
聞き返すと桐島さんはひとつ呼吸した。それから、低く重く響く声で唱えた。
「愛な。野球の愛」
「は?」
思わず突っ込んだ俺の声に、彼は小さく笑う。電話の向こうで初詣の喧騒が聞こえるのに、桐島さんの優しい笑い声だけは、なぜか綺麗にくっきりと聞こえた。ふふっ。
そして囁くように言い残し、一方的に電話を切った。

愛してる。ほなな。

野球のことを愛してるのか、俺のことを愛してるのか、よく分からない言い方だった。
いや、嘘だ。
分からないことにしたいだけだ。
新年早々暗い部屋で枕に抱きつく。
部屋には誰もいない。誰も俺のことなんて見ていないのに、顔を隠したくて仕方がない。枕にうつ伏せ、手で押しつけて、うんうん唸る。
だって。耳まで真っ赤になっているところなんて、誰にも、彼のほかには誰にも見せたくはないのだから。