はらす
2026-02-01 13:27:05
1643文字
Public 忘バ
 

20251111桐智 キースっ!キースっ!キースっ!

桐智 2025/11/11 大学生 
同じ大学、野球部。ポッキーの日の話。
たまにはこういうのもいいかな。

キースっ!キースっ!キースっ!
さほど広くない部室に野郎どもがひしめき、揃って部屋の真ん中を見つめては囃し立てていた。中世の見せ物や処刑場ってこんな熱気だったのかもしれないが、俺たちはなんの悪事もはたらいてないし、芸で金をとるわけでもない。
ポッキーの日にじゃんけんトーナメントで負け越した間抜けなバッテリーだというだけだ。ペアで敗れたわけでなく、それぞれが、それぞれの立ち位置から駒を進めて、ゴールの底辺で再会しただけ。だからなんだというわけでもないのに、この盛り上がりようだ。仲良くしろよ新米バッテリー、ってヤジが飛ぶあたり、単に後輩を弄って遊びたい先輩たちがいるんだろう。要は、なんというか、弄りがいがあるしやな。
部室の真ん中で皆に囲まれながら、ふたりで向かい合って立つ。大会の時だって球場の真ん中たるマウンドで、ふたりで作戦を練ることだってあるのだから、このくらいのギャラリーの多さなんて今さら怖くはない、とは思うものの、熱気が伝わる距離感に笑いがこみ上げる。盛った鳥みたいに騒ぐなや。
向かいの要の肩に手を置くと、男どもは口笛を交えて囃し立て、「キスしろ!」「キスだろ」と野次を重ねた。
一年坊のピッチャーが素早く俺の脇に寄り、ポッキーを一本差し出して逃げるように去っていく。速いな。虫より速い。そんなに走れるなら走り込みもっと真剣にやれ。
俺は受け取ったポッキーをわざとらしく掲げて見せ、口に咥えた。ついでにぴこぴこと上下に揺らすと、棒の動きに合わせて、周りも揺れて騒いだ。なんか指揮者みたいでおもろいな。
正面を向けば、要は真面目な顔でこちらを見つめていた。こういう時でも、こいつはコレや。真剣さを失わへん。遊びなんやから、もっと適当にしてもええんやで、と思わんでもなかったけれど、こいつの最もオモロいところの一つはこの訳わからん真面目さやったから、気持ちを上げて見つめ返した。茶色の垂れ目にえっちな黒子。こいつの目の周りは俺の好きなところが詰まっとる。
きゅ、と棒を差し出すと、要は躊躇いなく口付けた。思ったよりも顔が近い。ふわ、と要の汗の匂いがする。同時にチョコの甘い香りも。人のにおいと、チョコのスパイスみたいなにおいが溶け合って、なんだかすごくお腹が空いた。全部食べたい。
キースっ!キースっ!キースっ!
外野は向こうで騒ぎ続ける。
はいはい、そろそろ始めてあげますよ。
カシュ、と自分たちしか聞こえない咀嚼音と共に、少しだけ要に近づいた。
キースっ!キースっ!キースっ!
ゲームが始まったことで喧騒を増す男たちの声を聞きながら、要にまた一口、また一口と近づいていく。
キースっ!キースっ!キースっ!
まあ、あんたたちは童貞やから知らんやろうけど。
キースっ!キースっ!キースっ!
俺らはキスなんて毎日でもしとるんやで。
キースっ!キースっ!キースっ!
付き合ってることは誰にも言うてへんから、分からへんやろうな。
キースっ!キースっ!キースっ!
だからって、お前らに見せるほど安くないんや。
キースっ!キースっ!キースっ!
いちばんええところで寸止めしたる。
キターーー!
大歓声の中、唇に感じた柔らかさに俺は戸惑っていた。
内弁慶な要が、みんなの前で最後までいくとは思わへんやん。
「みんな事故だとおもってますよ」
誰にも聞こえない小さな声で要は囁き、にやっと笑って、すぐに真面目な顔に戻った。
「これ、どこで止めるのが正解だったんですか?」
本当にわかりません、といった風情で周りに問う。こいつが言うと真実味が増すのが狡いところだ。
聞いた男どもは大いに笑い、要の肩や頭を抱えて弄り倒す。延長戦を勝ちぬいた時のような盛り上がりようだった。
くっそ。覚えとけ。
家に帰ったら、やり直しや。
ふたりで口周りも顔もチョコでベタベタにしたんねん。
お前と俺とチョコの匂いで満ちた部屋のことを想いながら、机に転がっていたポッキーの箱を掴み、鞄に詰めた。