部室でふたり、練習方法の検討会をしていた。外はもう暗い。古い空調しかない部室棟は肌寒いくらいだ。秋の大会も終わり、相談は穏やかに、雑談をはさみながらまったりと続いていた。
「要くん、メジャーも好きやったら、そのうち一緒に本場まで行こうや」
俺の話を、うんうんと調子よく頷いて聞いていた桐島さんは、閃いたとでもいいたげな顔をして切り出した。瞳孔が丸い。怪しい目つきは胡散臭いが、楽しげだ。
「俺らがオフシーズンの時は向こうもオフシーズンじゃないすか」
「ほな、アメフト見るか。イケイケの興業スポーツ!」
「急になんなんすか?」
「要くんと旅行に行きたいって話やん」
「は?」
「あかん?」
急な展開に戸惑う俺に、桐島さんは首を傾げてみせる。ついでに上目遣いで俺の顔を覗いた。可愛くはない。でも、絶妙に人を惹きつける愛嬌がある。視線が合うと、もう目が逸らせない。結局のところ、俺はこの人のお願いに弱いのだ。投手としてはもちろんだけど、そうじゃない時もなぜだか。
「アメリカは流石に遠すぎません?」
一応の抵抗は口にしたものの、拒否ではないと悟った彼は目を細めて笑った。満足したらしい。
「じゃあ、海外繋がりで海に行こか?冬の海もけっこうおもろいで」
「海?とは?」
「佐渡ヶ島とか」
「佐渡ヶ島って何があるんすか?」
「知らん」
なんの躊躇いもなく言い放った桐島さんは悪い顔で声なく笑う。くっそ。楽しそうだな。
「いや、知らんとか言われても」
「したら、北海道行く?海も雪も見れんで」
「ああ…雪ね…滑るとやばいですよね…」
口に出した声は、自分で思うよりも弾んでいた。北海道。行ったことがない。雪野原も映像でしか見たことがない。
「雪合戦したことある?」
揺れる気持ちに追い打ちをかけるように、彼が問う。
「あります。小学生ん時?かな?」
「清峰と?あいつの投げる雪玉ヤバそうやな」
「夏彦の方が怖そうですけど」
「それがなあ、桐島さんは雪合戦したことないんや。可哀想やろ?」
桐島さんは、いかにも残念そうに眉を下げて笑った。少々わざとらしいが、嘘の雰囲気はない。最近はさすがに、この人の嘘と真が区別できるようになってきた。
「そうなんですか?雪合戦したことない?」
「大阪て、積もるほど降らんのよなあ」
「へえ」
そうなんだ。俺は大阪のことを何も知らない。
「なあ、俺、初めての雪合戦は要君としたい。俺の球、捕ってほしいんやけど」
な?ええやろ?
彼は笑って、架空の雪玉を投げる。ふざけて軽く振っただけでも、腕なしなりと繊細な軌道が俺の胸をくすぐった。この人の投球はどんな時でも気持ちいい。腕を上げた流れで彼は俺の手を掴み、軽く握った。いつも、ボールを通じて繋がる投手の手。ようやく馴染んできた器用な指。
「ふっ……ふはっ……なんすかそれ……はははっ。いいっすよ。バッテリーですからね」
まあ、正直に言えば、俺だってこの人と知らないものを見てみたい。俺は日本のことも、この人のことも、まだ何も知らない。
ホテル、ここでええ?予約するから。
隣で彼の弾む声が聞こえる。
よく分からないんでお任せしたいところですけど、そんなに金ないですよ。
だいじょぶだいじょぶ俺も金はない。
歌うように答えながら、彼は予約のボタンを押した。
そうして選んだその部屋がどんな部屋だなんて、俺は現地に行くまで何も知らなかった。
ダブルベッドだなんて知らなかったんだが。
〆
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