キレて壁でも殴りたいような気分の夜に電話する奴がいる。女にかけると鬱陶しい。同期や後輩は愛想笑いであしらおうとするか、おべんちゃらを言うて擦り寄ろうとするから腹が立つ。誰も俺の話なんか聞く気ないねん。先輩なんか論外や。あいつら話を聞く前に俺の顔を見た瞬間に説教説教また説教やからな。「ちゃんとせえ」以外、他に言葉を知らんのか。俺が教えたろか。あー!いー!うー!やぞ!!あいうえおから出直せアホンダラ。
あいつはこういう時にうってつけの相手やった。なんせ電話をしても、まず出ない。留守電を吹き込めば二回に一回はメッセージを送り返してきた。「テレビ見たら生きてるんは分かるんやから、わざわざ生存確認連絡いらんねん」みたいな。そういうやつ。電話に出るのは五回に一回。その時は決まって酒が入ってる。上機嫌にせよ、不機嫌にせよ、俺の言うことは右から左に受け流し、適当に弄り、たまには笑い声をよこす。最後は呆れた声で「おまえ、ええ加減友達作れや」と言って電話を切った。友達ぐらいおるわカス。でも、凪や白旗にしけた話をするのは愚痴を言うみたいで嫌だった。秋斗やったら、まあ、適当にいい感じに聞き流してくれるし、一番いいタイミングで「ええから寝とけ」って言うからな。子供ん時からそうや。正直なとこ、あいつはかしこい。絶対絶対誰にも絶対言わんけど。
だからその日、秋斗に電話したんも大した意味があったわけやない。年末やし、実家帰るんか聞こうと思ってたような気がするけど、もう忘れた。どうでもええ。どうせ母ちゃんが後からめっちゃ電話してくんねん。
そう、電話や。問題はそこや。
いつも留守電ぎりぎりにしか出ないくせに、この日は三コールもしないうちに通話に切り替わったから、おかしいなって思ってん。あの瞬間に俺の方から切るべきやった。
「もしもし?」
聞こえてきたのは秋斗の上機嫌な「はいはーい!」という声でもなく、不機嫌な無音でもなく、しごく丁寧で落ち着いた中低音やった。高い店を予約する時の店員みたいな話し方やったから、思わずスマホの画面を確認したが、そこには大きな文字でカスアニキの五文字が並んでいた。おかしい。あいつがこんなお上品な話し方をしたらきしょすぎる。頭おかしなったんか。
「あ?なに?」
「何って、電話してきたのはお前だろ」
誰が話しているのか気がついた瞬間、俺は電話をぶん投げそうになった。
おまえ!なんで!そこにおんねん!ふざけんな!
こいつは大学で秋斗とバッテリーを組んでいるいけ好かないキャッチャーで、体は小さいくせに補球も送球もそつがなく、なにより多彩な配球と緻密な采配に定評があった。小難しいことを言いそうなところが秋斗と気が合いそうで腹が立ったが、実際、こいつと組むようになってから、秋斗の勝率は跳ね上がった。気に食わない。
なにより気にくわないのが、東京で飯を食う流れになっても、必ずこいつがついて来るところだった。なんでやねん。お前が来るって言うたら、聞きつけた凪やら藤堂やらが来たがるからうるさいねん。団体割引ちゃうぞ、ふざけんな。
「……おまえ、なんでそこにおんねん」
「別に、俺が桐島さんちで研究会していてもおかしくないだろ」
「おかしくはないけど、おかしいだろ」
「なんだよそれ」
言い返したかったが、腹の奥がじわじわ煮え、言葉が出なくなった。じっと黙るしかなく、かといって電話を切ることもできず、通話は続けど沈黙も続いた。
「なあ、桐島」
決して穏やかとは言えない空気の中、相手の声は不思議と軽やかだった。なんやねんこいつ。
「ああ?」
「この電話なんだけど」
「……なに?」
「桐島さんが代わりに出てくれって言ったってことにするのと」
「ああ?」
「俺がこのスマホを勝手に使っても怒られないって思ってるのと」
「はあ?」
「どっちだと思う?」
ははっ、とクソを煮詰めたような笑い声を放ち、それきり何も言わなくなった。ここで通話を切ると俺が負けたみたいになる。そう思っただけで腹の奥から煮えくりかえる怒りが沸き上がった。クソボゲダラチンカス野郎が何をスカして笑ろてんねん。
「かなめくん、なんやったん?」
遠くから、今、いちばん聞きたくない声が聞こえた瞬間、俺は電話を切った。
クソが!
〆
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