要と関係をもったのは酒の勢いだったと思っているのは俺だけじゃないはずで、だって最初は俺の部屋で前の日の試合動画見ようやっていう話だったし、本当に動画を見たのは事実なのだけど、酒を飲みながら勝ち試合の動画を見ていたら興奮したのか、いつの間にか要と裸で床に転がってたんだから俺のせいじゃなくて、酒か試合のせいだと思いたい。ええやろもう。勝ったんやからあの日はええねん。その時の要はひと眠りしてから「帰ります」と呟き、酔いか疲労か睡眠不足か分からんけれども普段は見ないおぼつかない足取りで俺の部屋から出ていった。次の日の朝練には現れず、午後練も風邪気味だといって休むので不安になってラインをすればたったひと言「大丈夫です」といって返事があった。天邪鬼なくせに変なところで嘘がつけないある意味素直な要が大丈夫といえば大丈夫なのだろうが、風邪なんかひいてないことを知ってる自分としては何がどう大丈夫かいまいちピンとこなかった。はあどうしよう。明日もあいつが来んからったら誰が俺の球を捕るんや他のやつはあかんやろ。そもそもあいつはどんな様子で家におんねん押しかけて様子を見た方がええんかな。気を緩めると床から立ち上がり出かけそうになる尻をそわそわとさせたまま次の日の朝練を迎えたが、グラウンドにはいつも通り要の姿があり、顔を合わせれば「おはようございます」と変わりなく挨拶をした。はあ、まあ、元気なんやったらよかったわ。
こんな気まずい思いをするくらいなら、あの夜のことは無かったことにしたらええ。要の方かて特に何も言ってこないし、態度を変えることもない。なにもないなにもないなにもない、要は俺の部屋で動画を見た後酔って床で寝たから風邪気味になっただけなんや。そう思おうとすればするほど、あの日の要の火照った顔が瞼にちらつく。ああ、あれは、えろかったな。
瞼の裏にあいつを貼りつけたまま、サブリミナルみたいに映し出していたのがあかんかったんかもしれん。翌週、部の飲み会の帰り道、要と二人で夜道を歩きながら、最近の道ってどこもかしこも明るいやんな夜や言うたかてなんの悪さもできんやん、て言い合っとったら、要が俺の袖を引っ張って「桐島さん、あそこの街灯壊れてますから、悪さするならあそこですよ。ははっ」つって笑うもんやから、気がついたら要をその暗がりに引っ張り込んで、頬を掴んでキスをしていた。酔ったせいなんか、肉を食ってきたせいか、お互い唇も舌も丸飲みしそうなくらい強く噛み舐めては擦りあっていた。はあ……そんなん我慢できひんやん。二人で部活の延長みたいに俺の家まで走っていって、やることやってもおかしくない。当然で必然やった。気持ちいいのも当たり前やし何度やったか覚えてへんのは不可抗力やん仕方ない。えろい要のせいやねん。
次の朝、目が覚めたら隣の要は消えており、漂う爛れた空気だけが昨晩の狂乱を匂わせていた。あいつは今日は練習には来るんか来ないんかという不安を胸に抱えながらもやもやを振り切るように走って朝練に顔を出せば要はおらず、動揺から再度走ってあいつの家まで確認に行こうかとしたところで要は遅刻ぎりぎりに現れて、朝練も授業も午後練もこなしてから家に帰った。そうか。なんや。大丈夫なんか。
二度もやってしまうと歯止めは効かず、次は明確な下心で要を呼んだが、あいつは特に嫌がることもなく、素直に俺の部屋に来て、まったり飯を食ってはふたりで他校の研究をして、部屋が暗くなり始めたところでキスをした。キスの最中に押し倒すから、がたん、と大きく床の音がしたのを覚えている。それきり、なんだかすごく良かったことしか記憶にない。
それからは要は毎週部屋に来た。行為は麻薬のように俺を駆り立て、呼び出したくなる衝動は毎週から数日おきになり、数日から毎日になったが、野球の合間に毎日やるには無理があり、押さえ込まれた俺の欲望は膨らんでいくばかりだった。だってこれまでの誰よりもおもろいし、えろいし気持ちええし、楽しいし、なんならかなり可愛いし、どうにもこうにも次が待てへん。はやく夜にならんかな。そうはいいつつ気掛かりは、こいつがなんて思ってるか分からんことで、明日にはやっぱりこんな関係やってられないって言い出すかもしれないやんか。
だからといって、わざわざ中学生みたいにお付き合いをお願いするイベントを用意するのも違う気がした。恋人になって街でデートをしたりクリスマスを一緒に過ごすなんてまるで想像できなかったし、要がそんな無駄な時間を過ごすとは更に考えにくく、何よりお互い好きかどうかもよく分からなかった。バッテリーとして、チームメイトとして、先輩後輩として、ツレとして、信頼できて興味深くておもろくて変なやつなのは確かなのだが、果たして彼氏彼氏の間柄になるのが適当なのかはどうにもしっくりこないし分からない。とりあえず今日もあいつに部屋に来いと連絡をする。
要はほとんどの場合は何も言わず部屋にきて、野球やチームの話、授業の話や、通りがかりに見た変な出来事の話をして、飯を食ってえっちをしてから帰っていった。まれに泊まっていくが、ほとんどの場合はちゃんと家に帰っていく。それまで熱っぽく騒々しかったベッドが急に冷たく静かになる瞬間が俺はあまり好きではなかった。周りのイメージはどうか知らんがひとりの時間は好きな方だと思っているが、布団が冷たいのはよろしくない。男なら誰だってそうだろう?寒くて元気になるやつなんてペンギンくらいだろう。あたたかなベッドを求め、どうにか朝までいてほしいと、つい強く責めたててしまう夜もあったが、それも成功する日と敗ける日があり、どうにもこうにも規則性が読めずにすごした。対戦相手ならかなりの強敵の方だ。どうしていいか分からず、何度もやったり、終わった後に話しかけたり、飯や酒を用意したりとしているうちに、徐々に要は部屋に泊まる回数が増え、俺の隣で布団をあたためるようになった。懐かない猫に餌をやっているような気がしてきたある冬の朝だ。フローリングに足をつけると思わず引っ込めたくなるような寒い日だったことを覚えている。
「桐島さん」
「あ?」
ヒーターの前で動けなくなっていた俺が呼びかけられて振り向くと、そこには歯ブラシを咥えた要が立っていた。座ってないで早く着替えろと小言でも言われるのかと思ったが、すみませんけど、と要は前置きした。
「歯ブラシ、置いておいてもいいですか?買い直すのもったいないんで」
「ああ、うん、好きにし」
なんでも置いとけ、全部置いとけ、ついでに要もずっとここにおってもええねんでと言って抱き寄せ、ベットに再び連れ込みそうになったが、歯ブラシを使っていることを思い出してぐっと堪えた。歯磨き粉で泡だった白いよだれを口端からゆるりと漏らす要を妄想して興奮しなかったと言えば嘘になるが、オフシーズンとはいえ怪我したらどうしようもない。
寒いはずなのに体があつい。頭がぼんやりするから着替えたくない、と思っているうちに、要は「じゃあ帰ります」といって底冷えする街に出ていった。朝ラン代わりに一駅走っていくのかもしれない。ちょっと屈伸してから靴を履く要をええ尻やなと思いながら声も出さずにずっと見ていた。
あいつがおらんようになってから、俺はのろのろと起き出した。ヒーターの前を過ぎれば、辺りはまだ氷のように冷たかったが気にならず、洗面台まで進むとそこはさらに冷えていた。たぶん築地の冷凍庫よりも寒い。
でも俺はそんなことはどうでもよくて、コップにふたつ並んだ、青と黒の歯ブラシを眺めていれば寒さなんてまったく感じなかった。気づけばスマホを握りしめ、レンズ越しに歯ブラシたちを眺めていたし、最高の画角を確認しては、そっと、撮影のための白ボタンを、じんわりゆっくりやさしく押した。
べ、別に待ち受けなんかにしてないんやからっ。
〆
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