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zxzx1231
2026-02-01 07:19:57
5794文字
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僕たち、結婚しました(無配サンプル)
2/1無配サンプル。ほぼ隊長と兄
1
メリニに降り立った私は胸を沸き立たせていた。この土地に来るのは三度目になろうか?
弟からは来すぎだと苦言を呈されているが、今回ばかりは見逃してもらおう。あの噂が本当かどうかを確かめたかったのだ。
今や西方の社交界はこの噂で持ちきりなのである。そしてその主役の座する家から情報を引き出せないかと、ゴシップに飢えた貴族たちから、社交界のシーズンでもないのにパーティや食事会への招待状がひっきりなしに届いている。
断りの手紙を書くのも一苦労で、私は使用人たちに全ての代筆を頼み、さっさとメリニへの渡航を決めてしまった。湾曲的で主題をなかなか明らかにしようとしない文章(貴族の文章は皆こうなのだ)は芸術品のようでもあるが、今回は読書を楽しむ時間も返事に掛ける時間も残念ながら足りそうにない。
遠いトールマンの収める土地から届いたニュースをどうして「彼女」が知ることになったのかは、私にも分からない。だけれども彼女のニュースはいつでも人々の話題の種だ。煌びやかな社交界は元より縁が無く、隠居のような生活を送っている私だが、それでも彼女の見事な筆致は読み物として素晴らしかった。
船を降りれば、そのまま馬車へ誘導される。迎えはよく見知った人物だ。自分の屋敷にいた人間を弟の屋敷の使用人として登用したいと申し出た時、弟は眉間に皺を寄せたが、連絡無精な彼に代わってよく彼の近況を知らせてくれている。
使用人の手を馬車を借り、ミスルンの家に到着した時、一人のトールマンの青年が落ち着かない様子で私を出迎えてくれた。
青年の黒い髪の毛を彼に良く似た妖精が引っ張っている。妖精は西方大陸では馴染みの存在だが、他の大陸ではそう浸透していないらしく、あまり見かけない。確かに作成方法を考えれば、短命である彼らには難しい手法なのかもしれなかった。彼らの生活は忙しないのである。碌々世話をする時間もないのだろう。
青年は、少しばかりきまり悪そうに自分の名を名乗ると、「すみません、ミス
…
弟さんは先ほどここへ帰ってきたばかりで
…
。僕が代わりにあなたの案内をさせて頂きます」と頭を下げた。
「あの子のことだ。私が来ることを忘れていたか、待たせても問題ないと判断したんだろう。気にしないでおいて。いつものことだよ」
青年とは初対面だが、彼が案内役を引き渡された経緯は想像するに容易かった。弟には粗雑で横暴なところがあるのだ。
「弟がいつも迷惑を掛けているようで、すまないね」と彼の顔を覗き込むように言えば、青年
――
カブルーは口を引き結んで私を見た。何か言いたげな視線に答えるように、私は使用人に持たせていた鞄から一枚の羊皮紙を引き出して見せる。
「いい文章だった。君も読んだかい?」
「
…………
」
「あれ? もしかして読んでいない?」
そう首を傾げれば青年は、いえ、と額を抑えながら唸るように答える。
「やはりあなたの元へもそれが
…
」
「ミルシリルは今高熱を出して寝込んでいるよ」
「
…………
」
ミルシリルというのは弟が再起するにあたって、よく世話になった女性だ。「この」青年がミルシリルの養子と知った時は、妙な縁もあるものだと思ったものだが、得てして運命とはそういうものなのかもしれない。物語のような伏線じみた関係が一つの線のように繋がって、突然目の前に形を持って現れる。
黒髪に青い目。太陽のような肌色と整った顔立ちは、舞台俳優のような甘さも持っている。北中央大陸の首都では、トールマンが主役の演劇が評判だが、彼はその主役にどこか似ている。年齢はどれほどなのだろう? 短命種の年齢というのは明確に判断がつかない。八十に届くか届かないくらいだろうか、と実際に彼に年齢を尋ねようとしたところで、聞き覚えのある声が名前を呼んだ。
「ミスルン」
二階から現れた弟に顔を上げる。
「お前、ついにメリニの王様にでもなったのかい。彼は宮殿の子だろう。なのに、こんなことをさせて
…
」
いくら親しい者同士であっても召使いのような扱いをすることはないじゃないか、と溜息を吐きながらいうのに、ミスルンがまた私の名前を呼ぶ。平坦だが、その声の意味は分かる。からかわないでください。という、私を諫めるための言葉である。
「恥じることはないよ、自由恋愛の時代だ」
頷く私にミスルンの眉間の皺が深まる。素直でないのだ。
元より貴族社会に身を置いている立場ではあるが、西方で根深く癌のように根付いている差別的な考え方はもうそろそろ捨て去るべきだ。新生メリニ。トールマンを王としたこの国は、多くの人種を受け入れようとする寛容さがある。伝統を重んじながらも、私たちは新しい変化を受け入れていくべき段階にきているのだ。
「お前がこの青年といい仲なのは知っている」と笑えば、ミスルンは「
………
」といつも通りの無表情で階段を降り、私の前に立った。
「過去、私はミルシリルとの仲を疑われたこともありましたが」
「そういえば、そんなこともあったね」
「あの噂が本当であれば、今頃私はこの男の養父になっていたでしょう」
「
…
ああ、確かにそうだね」
途中、「え?」という声が青年のほうから上がるのに構わず、私たちは会話を続ける。
「あの時も同じように、彼女と私に関する噂をまるで真実のように記者が書きたてていました」
「そうだね。
…
あれは悪質だったよ」
まったく、と私は腕を組む。彼女は弟が立ち直るために彼の面倒をみてくれた、いわば恩人なのだ。だのに、そんな二人の仲を邪推して、あることないことを書きたて、弟の再起に横やりをいれたあの記事には、私も悔しい思いをしたものだ。
「
……………
」
弟はジと私の顔を見上げたまま、また平坦な口調で続きを口にする。
「
…
あなたは、病床で夢か現かも分からない意識を漂う私の耳元で『お前がミルシリル嬢といい仲なのは知っている』と言いましたね」
「よく覚えているね。あの時のお前は暴れて大変だった。
…
まあ
…
でも、今回は一段と熱が入っているじゃないか。あの宮殿の雨上がりの中庭でのお前と彼の逢瀬なんて、その光景を見たことがない人間でないと語れないでしょう」
「
……………
」
恋物語というものはいい。昔の私はその生育環境や、自分の身体の状態から物語の世界に逃げ込むことが多かった。
不自由な足は野を駆け、くすんだ金色の髪は豊かな銀髪へ、家族は皆食卓について食事を囲み、兄弟たちは無垢に感情をさらけ出し合う。そんなフィクションの世界に私は殊更憧れたものだ。
そして恋物語
――
特に立場の違う者同士の恋というのは、私の好奇心を刺激した。貴族というものは自身の決めた相手と婚姻を結ぶことは殆どない。だからその中で、あらゆる障害を乗り越えた二人が結ばれるというのはとりわけ「運命」のように思えたのだ。
確かに記事に書かれていることは大衆受けのために脚色されている箇所も多くあるだろう。しかし、書かれていることは大方が真実だと私は確信している。そして、これが真実であることに胸が震える思いがしていた。一度は全てを失い廃人のようになった兄弟が、こんな運命的な出会いをしたのだ。当事者でないにしろ、その事実は、一応は家督を継いだ人間が、全ての予定の調整を他の人間に任せて、この遠く離れた土地への訪問を決意させるに十分すぎるほどの理由だったはずだ。
弟は私の言葉にやっと納得し、警戒を解いてくれたようだ。溜息を一つ吐いたあと、「分かりました。全てお話ししましょう」と私を別室に連れて行こうとした。
待って、と顔を青ざめさせたカブルーという青年を振り返って、ミスルンが何事か小さく呟く。それに青年は「
…
まあそれなら」と頬に手を当てて、皮膚に宿った熱を冷ますように息を一つ吐いてみせた。
「彼、気分が悪いようだ」
「気にせず。いつも通りです」
「部屋へ」と廊下へ顔を向けたミスルンに「うん」と返事をした後、「またゆっくり話をしよう」と青年に笑いかける。まさか、あの弟がトールマンを恋人に選ぶとは思ってもみなかった。しかし彼が迷宮から助け出されてからというもの、その足取りは全て自分の想像には及ばないものばかりなのである。予想外も予想通りと言えた。
応接間に通された私と弟を追うように、使用人が飲み物を持って部屋のドアを叩く。
ウイングバックの一人掛けの椅子に前屈みに座って私と相対する弟は、使用人が机に紅茶を置き、部屋を退室するまでたっぷり沈黙した後、私が「この紅茶、おいしいね」と声を掛ける頃になってやっと口を開いてみせた。
膝の上に手を置いてこちらを少し見上げる姿勢はこちらを尋問でもするようだった。
「私たちの馴れ初めからお話しするべきでしょうか」
「うん、ぜひ頼もうか」
まさかこの年齢になって兄弟同士で膝を突き合わせて、色めいた話をすることになろうとは。ウイスキーの一つでもあれば、と思いつつ背筋を伸ばせば思いがけない言葉が、弟の口から飛び出す。
「初めに断っておきますが、記事に書きつらねているような事実は殆ど偽造されたものです」
「
…
ああ、確かに脚色された部分はあるだろうね。私もお前が涙を流していたというのは信じ難い。あれはさすがに」
「それは事実です。しかし、それ以外は虚偽といって差し支えないでしょう。彼と私は知人や友人の域を出ない関係で、あなたが想像するような関係性ではありません」
「
……………
」
無言の弟の視線は強い。私は弟と同じように前屈みの姿勢になって、彼と視線を合わせれば、黒い瞳がこちらをジと見つめる。
「嘘を言っているようには
……
いや、どちらかはちょっと分からないな。お前って昔から嘘をつくほうだし」
「
…
信じられないと言うのであれば、あなたが私につけた使用人に聞いてみるのが早いでしょう。私の近況はあの者が最も知っている」
「
………………
」
ため息を吐いた弟の言葉に、私は一切が勘違いの上に起こったことなのだと、嫌でも理解するはめになる。胸に宿った熱がさめざめと温度を失っていく感覚に、私は体の力を抜いて背中をソファにつけた。
「なんだ
…
」
「今後も記事は出るでしょうから、あなたがまたうっかりそういったものに傾倒することのないよう、彼との関係をはっきり話しておきます」
それから
…
。そこは割愛しようと思う。
なにせ弟の話は長いので。
「なので、私と彼の間にはなにもありません」と言い切った弟に、私は持ち上げていたソーサと共にカップを机に置く。
「それにしては妙に記事が詳細だったように思ったんだけどなあ」
「ありもしないことを事実のように語るのを生業としている集団です。どのような内容のものが興味関心を引くのかを熟知しているのでしょう」
それは確かにミスルンの言う通りだった。人は信じたいものを信じるというが、私はまた滑稽にも「彼ら」の手のひらで踊っていたのだ。まったく、温室育ちの貴族たちの趣向をよく理解しているものだ。
「まあそれならと思うけど、お前これをどう収拾つけるつもり?」
「
…………
」
弟は無言の後、口を開く。
「知っての通り私は悪魔の甘言に誑かされ、調査隊に入らなかった、もしもの未来を見せられました。正しく私は家の正統な血を引いた後継者となり、憧憬を抱いていた女性を妻にし、仲間たちに慕われ、仇なされることに恐れを抱く必要のない世界は心地よかった。
…
しかしその間悪魔は私の中の欲望を食べ、私の中にあった凡庸な欲望は呆気なく十年と掛けずに失われました。後はあなたの知っての通り。私はこうして今、この国で悪魔の痕跡を追っています。失って初めて気づくことは多かった。あなたを含め、私を支えてくれた周囲に感謝をすることはあれど、もうそういったことに心を割くことは慎重にしようと想っています」
「へえ」
回答になっていないな、と思いながら相槌を打つ。ご丁寧に自分に胡麻を擦りながら、弟はこの話を煙にまこうとしているらしい。「まあ私は自由な生活を満喫しているけどね」と付け足したが、特にそれに対して返事はなかった。
「でも女王がこのことに乗り気らしいじゃないか。私はお前たちの結婚にヘイメア様も出席なさると聞いているよ。
…
おそらくこの混乱に乗じてメリニとの国交を確かなものにしようとしているのだろうとは思うけど。お前のところに連絡はないの?」
そう言えば、黙り込んだ弟に回答を察する。
弟は駐在員という立場でメリニに席を置いている。本来であれば西方に戻されて、一生を監視されて生きることになってもおかしくない立場である。だがそれが許されているのは、まだ西方の末端として彼が機能することを見込まれているからであることに他ならなかった。
「お前、好きなことをして暮らしたいといった私に昔言ったことを覚えている?」
「
…
忘れました」
「そう、都合の良い頭だこと。お前はね、鼻を鳴らして『お兄様らしいですね』とにっこり笑ったんだよ。それくらいの皮肉は分かるさ、私でも」
「
………
」
「お前がここにいられるのは恩赦でもあるし、役割を与えられているからでもあるでしょう。別にこっちに帰ってきてもいいさ。一緒に一つ屋根の下で暮らして周りに『あの変な二人はどういう関係?』と言われながら一生を終えてもいい。それも楽しそうだ。でもお前はここでやりたいことがある。なら優先すべきことがあるんじゃないのか」
「
……
もう分かった」
腕を組んで難しい顔をした弟に私は頷く。賢い彼だ。やること分かっているはずだ。
「どうでしょうか」とそろそろとドアの影からあのカブルーという青年が登場する。
「もう諦めたほうがいい。結婚しよう」
「ちょっと」
肩を掴まれても顔色ひとつ変えず言う弟に、青年が話と違うじゃないですか、と顔を青くして言う。
青年をミスルンがなんと言って宥めていたかは知らないが、まあ50年ほどの契約だ。短命種である青年には申し訳ないが弟の婚約者としての役に収まってもらいたいと思う。
それにあの記事通りの関係でなかったとしても兄弟が、それもミスルンが結婚するなんて。これほど胸踊ることはないだろう。
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