珍しくスタンと平日休みが重なったものだから、僕達はティーンエイジャーの頃よく訪れた遊園地まで、朝から小一時間ほど車を飛ばして行った。たどり着いた駐車場は予想通り空いていたし、入場ゲートで微笑む、でもどこか悲しげなバルーンを持ったピエロも暇そうだったが、僕は結構満足していた。それくらい思い出に浸るのは心地良かったのだ。客の入りが少ないのは遊園地には気の毒だったけど、そんな日もあるだろう。それに、今はまだ朝だ。ここが賑わいを見せるのは、まだ先のように思える。
でもそれでも、日曜日よりも閑散としていたって、幸せそうな親子連れは沢山いた。眠そうな目をこすってカメラを構える親達、満面の笑みを浮かべて色とりどりの、でもどこか古びた回転木馬に乗る子供達。僕達はそんな家族連れを眺めて、鉄製の白いテーブルに席を着き、カフェラテとカラフルなドーナツを食べ、乗り物にも乗らずだらだらと過ごした。入場チケットについていたアトラクションの券の使い道は、昔はあんなに魅力的だったのに、僕には良く分からなかった。
僕たちはそれから長いような、短いような時間を過ごし、カフェラテを飲み干した。カラフルなドーナツも食べた。生憎空は曇りだったが、彼と共にいられるのならば、そんなことは気にならなかった。
そんな時だったろうか、最新式のカメラを持った家族連れが、僕らをちらちらと見たのは。足元には母親の足に腕を絡める幼い子供、その少女はスタンが気になるのか、しきりに母親のズボンを引っ張り、父親を見上げている。僕はなんとはなしにそれを眺めていたが、スタンはすぐに遊園地の椅子から立ち上がると、父親に声をかけ、折角なんだ、写真を撮ろうか? と微笑んだ。
僕はそれを、まるで昨日のことを忘れたみたいじゃないか、って思った。僕らは昨日散々寝て、つまりファックして、あまり眠らないまま思い出の遊園地に来ていた。ボストン近くの、古びた遊園地に。
スタンはカメラを構え、父親と母親と、そして娘の写真を何枚も撮った。しまいには回転木馬に乗る家族を専属カメラマンみたいになって撮り、きゃあきゃあとはしゃぐ少女にウィンクをした。僕はそれに絶対にあの子の初恋はスタンだって思って誇らしくもなり、残念にもなった。僕の初恋は彼で、全てを捧げたのも彼で、それは僕だけの特権のように思えていたから。
それからしばらくして、僕はカメラを返すスタンを見つつ、カフェラテの入っていた紙コップを潰した。生ぬるさが残ったそれは、まるで彼の口の中のようだった。甘くて、温かくて、夢中になって口付けてしまうくらいに。
——そう、僕は昨日、散々彼とキスをしたのだった。お互いに息が止まるくらい、隙間なく彼と寝たのだった。なのに、スタンはそんなの素知らぬふりで写真を撮ってやった家族に手を振っている。僕はそれを複雑な思いで眺めながら、ぼんやりと椅子に座ったまま、甘い口の中をそろりと舐めた。
「何、真昼間からキスでもしたいん?」
僕の視線があからさまだったのか、スタンはそんなふうに、からかうように言った。回る色とりどりの回転木馬、はしゃぐ子供達、カメラを構える親達、空は曇り、太陽は見えない。でもそれでも、空が曇って宇宙すら僕にそっぽ向く時でも、君がいるんだって思ってね、スタン。それでいいとすら思ってね、あんなに宇宙に焦がれてるっていうのにさ、君がいればそれでいいとすら思えるんだ。そんなこと、君には絶対に言わないけどさ。
「君がしたいんなら良いよ。幸いここには知り合いもいない。さっきの少女は残念がるかもしれないけど
……」
「何、嫉妬してんの?」
スタンが笑う。僕も笑う。
そして僕達は遊園地の椅子に座って、短くキスをする。僕達を見る人はいるが、誰も何も言わない。みんな幸せの中にいるから、何も言わない。
回る回転木馬、僕はそれに古い歌を思い出す。
——季節はぐるぐる回り、色鮮やかな馬達は上下する。
——私達は時のメリーゴーランドに囚われている。
——過去には戻れず、後ろを振り返ることしかできない。
——そしてまた、ぐるぐる回り続ける。それがサークル・ゲームだ。
でも、過去に戻れなくたって、僕は幸せだ。スタン、君がいるから、宇宙が見えなくなったって、僕はきっと幸せなんだ。回転木馬でぐるぐる回る人生でも、僕はそれすら幸せなんだ。
僕はスタンから唇を離し、そして立ち上がってくしゃくしゃにした紙コップを手に遊園地を歩く。僕らにもかつてあった、もう戻れない日々を懐古するために、後ろを振り返って、今この時を愛するために。
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