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ほねこめ
2026-01-31 23:09:11
5773文字
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テリサイ/留守番
盜學/留守番
※🍎📖
※かっこいいテリオンさんはいません。
※楽しんでいただければ幸いです!
「カチャリ」という音を立ててトレサが扉を閉めると、村の外れに位置するこの小屋は、たちまち静寂に包まれた。残されたのはサイラス一人だけである。
一行がここへ到着した際、宿屋が満室だという知らせを受けた。森の中で二週間近く野宿を続けてきた旅人たちにとって、それはまさに晴天の霹靂である。学者と薬師が気合を入れて聞き込みに回り、酒場のマスターに何回お金を払って、ようやく住まいを提供してくれる住民を聞き出した。
この木造の小屋は農民が使わなくなった倉庫で、広大とは言えないまでも、疲れ果てた八人の旅人が休息をとるには十分すぎる空間だった。
しかし、大門の鍵はひどく錆びついており、まともに施錠することができない。これでは、トレサが商品の盗難を心配するのはもちろん、サイラスでさえも大切な書物が泥棒に荒らされるのではないかと気が気ではなかった。 とはいえ、藁の上で眠るほうが野宿よりは遥かにマシである。話し合いの結果、宿に空きが出るまでは交代で留守番をすることに決まった。
サイラスは本を読み終えたい一心で、初日の留守番を自ら名乗り出た。
仲間たちを見送り、サイラスは振っていた右手を下ろすと、椅子を引き寄せて机に向かった。そして、待ちきれない様子で栞の挟まったページを開いた。 この村の規模は小さいながら、書庫の蔵書には驚かされた。まさか神話時代の歴史を記した書物がここで見つかるとは。 今日は、この素晴らしい物語の続きを読み終えるために、わざわざ早起きをしたのだ。
ーー戦火が迫る前、アレファンとエベルはリンゴ園の扱いを巡って激しく争っていた。一人は飢えた民のために園を開放すべきだと主張し、もう一人は果樹が荒らされるのを防ぐために施錠すべきだと譲らなかった。エルフレリックが錫杖で二人の頭を叩き、ようやくその争いは一時的に収まったという。
神であっても、理念の異なる者同士は争うものか。その点は人間とさほど変わりないようだねと、サイラスは内心で独りごちた。
それからしばらく読み耽った後、サイラスは満足げな表情で本を閉じ、冷めた紅茶を一口啜った。この本の著者は、この地方に伝わる数々の伝承を整理しており、その多くはこの村に関連するものだった。もしかすると、アレファンとエベルが争ったというリンゴ園も、案外この近くにあるのかもしれない
――
。
「読み終えたか?」
不意に響いた声に、学者はびくりと肩を揺らした。激しい揺れで紅茶がこぼれそうになり、サイラス慌ててトレイに戻すと、大きく息を吐いた。
「テリオン、何度も言ったはずだ。そうやって音もなく現れるのは、私の心臓にあまり良くないよ」 文句を言いながら顔を上げると、ちょうど自分を覗き込む緑の瞳と視線がぶつかった。
「ああ、言ったな」
テリオンは退屈そうに片手で頬杖をつき、学者の小言などどこ吹く風といった様子だ。
サイラスは眉をひそめた。
「テリオン
――
」
「ふん、説教の前にそれを見ろよ」
テリオンは彼の言葉を遮り、サイラスの背後を指差して言った。
「学者先生は、俺たちの荷物があそこに置いてあったことを忘れ?」
サイラスが指された方を見ると、皆の荷物が積み上げられていたはずの隅は、今やもぬけの殻だった。数秒ほど慌てた学者が、すぐに床に重いものを引きずった跡があることに気づいた。
その跡を追っていくと、荷物は消えたのではなく、より死角になる場所に移動されているだけだ。
荷物の無事を確認し、サイラスは安堵の溜息をついた。
「君が全部動かしてくれたのかい?」
「いつ気づくかを知りたくてな」
テリオンは眉を上げる。
「結果は予想内だ。あんたは俺が会ってきた家主の中で、一番カモにしやすい相手だぜ」
ぐうの音も出ないサイラスは、気まずそうに咳払いをした。
「
……
助言に感謝するよ、テリオン君。君の言う通り、私の警戒心が薄すぎるようだね」
サイラスの珍しい困り顔を見て、テリオンの強張っていた表情が少し和らぎ、口角がわずかに上がった。盗賊は立ち上がり呆然とする学者の脇をすり抜け、半開きになった扉へと歩み寄る。
「この辺りの治安は悪くないが、あんたは無防備すぎる。午前中ずっと、置物みたいに座り込みやがって
……
俺が戻ってきて正解だったな」
テリオンは錆びついた古い錠前を掴むと、さらに深く眉を寄せた。
「入ってきたのが強盗だったら、荷物どころか、ご自慢の頭は体とおさらばだぞ」
テリオンは錠前を外しマントの下から(サイラスはそこが異次元に繋がっているのではないかと常々疑っていたが)重そうな金属の塊をいくつか取り出した。
好奇心に駆られたサイラスがテリオンに寄って見ると、床に置かれたのすべて「錠前」だった。
中には見覚えのあるものまである。あれ、これは数日前に洞窟で宝箱を漁った時テリオンが外したものではなかったか?
「これ、全部君が取った物かい?数がずいぶんとあるね」
「 こんなもん、いくらでもある」
テリオンは少し得意げに顎を向けると、その中から金属の装飾が施された、ひときわ豪華な錠前を選んでサイラスの目の前で振ってみせた。いかにも名家から持ち出されたような代物だ。
俺を褒めろと言わんばかりの表情に、サイラスは思わず笑みがこぼれた。普段冷淡な盗賊がこの不意に見せる子供っぽさが、年相応に可愛らしく見えた。
「流石はテリオンだ。この世に君に開けられない鍵など存在しないだろうね」
サイラスが心からそう告げると、あまりに真っ直ぐな称賛にテリオンは顔を背けた。
「
……
当然だ」 ぶっきらぼうな返事には、気恥ずかしさが滲んでいた。
照れ隠しのためか、テリオンは唐突に立ち上がる。部屋の向こうに大きなバックパックの元へ歩み寄って、その中見を引っ掻き回された(後にトレサに怒られそう)。テリオンは金槌と釘みたいな道具を取り出したのを見て、サイラスようやく察した。
「ドアに鍵を付けるのかい?」
「念のためだ」テリオンは鼻を鳴らした。「あんたの読書姿見てこっちが冷や冷やするんだ。留守番に人手を割くくらいなら、鍵をつけて役に立たせた方がマシだ」
「え、これからちゃとすると約束するから、そこまで手間をかけなくても
――
」 情けない姿を見せてしまったことに恥じ入りつつ、サイラスはなんとか反論したが、テリオンに鋭い視線に射抜かれ、大人しく口を閉ざした。 まあ、鍵があることに最低限の安全は確保できる、反対する理由はないだろう。
サイラスは席に戻り、読んだ本を記録しようとしたが、テリオンのことに気にしすぎてなかなか筆は進まない。旅の道中、テリオンが厳重な警備の屋敷をいかに潜り抜けたとか、難しい鍵を掛かってる宝箱を解錠したという話を何度も聞いていたが、この盗賊が「鍵取り付け」の技術まで心得ているとは知らなかった。
盗賊に鍵取り付けられるとは、これこそ「泥棒を招き入れる」だね。サイラスはそれを見ながら、カツン、という小気味よい音聞こえた。錠前が扉の中央に正確に固定されたようだ。
うむ、あの鍵は少し派手すぎる気がするね、ドアに似合わないな。それともテリオンはああいう華やかなデザインが好みだったのかな? サイラスうんうんと評価するが、盗賊の手は床にある別の鉄の鍵を扉の上部に取り付け始めたことに気が付いた。
「テリオン、それは二つ目なのかい
……
?」 テリオン返事はしない。しゃがみ込み、扉の下部に三つ目の鍵を取り付けた。
そして四つ目
――
金庫から外してきたそうな巨大な鍵がテリオンの手に握られた時、サイラスは床に落ちた羽毛筆も構わずにテリオンのそばに駆け寄った。
「ちょっ、ま、待ってくれ! テリオン!」
「なんだよ?」
「鍵
……
いくらなんでも多すぎやしないかい?」 これでは学院の禁書庫並みじゃないか。テリオンの肩がびくりと震え、金槌の音が止まった。
彼はゆっくりと学者の方を振り返って、薄緑色の瞳をぱちくりとさせる。まるでいたずらを見つけられた子供のように、彼は後ろめたそうに体を動かして扉遮て、手にあるものを背後に隠そうとした。
テリオンは顔に一瞬の気まずさが走ったが、すぐにそれを取り繕う。
「ちょうどいいだろ。これであんたの大事な本が盗まれる心配もなくなった」
サイラスは額を押さえた。皆が戻ってきて、順番待ちをしながら解錠する光景が目に浮かぶ。
「テリオン、これらの鍵は
……
全部違うものになってるだね?」
「当たり前だ。同じ鍵で開くなら、防犯の意味がないだろ」
「しかし、内からも外からもこれだけ施錠されたら、私も出られなくなってしまうよ」
サイラスが鍵穴の場所を指差すと、テリオンは黙り込んで、錠前を握る指先が白くなるほど力が入っている。
二人の間に沈黙が降る数分後、テリオン絞り出すように言う。
「
……
ストーンガードのこと、もう忘れたのか?」
サイラスは言葉を失った。
忘れるわけがない。あの時のサイラスはひたむきで辺獄の書を追うことに、身近な悪意を見落としていた。仲間に何も告げず、一人で地下牢行き、突き落とされたのだ。テレーズが皆を連れて助けに来なければ、今頃どうなっていたか分からない。 学者は扉を見つめ、それから目の前の若い盗賊へと視線を戻した。あの時、いつも余裕を崩さないテリオンが、どれほど険しい顔をしていたか。 自分は思っている以上に、彼を心配させてしまったらしい。
「
……
すまない」 サイラスはでの声は穏やかだ。
「あの時は確かに、私の考えが至らなかった。自分のことだと思ってしまった、これは私一人の旅ではなかったのだね」
「考えが至らないどころじゃない、危機感がなさすぎるんだよ。あんたの脳みそは知識は詰め込めるくせに、『一人で行動するな』ということは入らねえのか?」
言い終えると、テリオンはサイラスを向く。銀髪の下にある翠の瞳には、隠しきれない不安が揺れていた。
「いいか。知識を追おうが、後世に何かを残そうが、俺は知ったこっちゃねえ。だがな、また前回みたいに黙って消えたり、今日みたいに座って喉を掻っ切られるのを待ってるような真似をするのはやめろ
……
」 テリオンは言葉を切り、声を微かに掠れさせた。 「俺だって、毎回間に合うとは限らねえんだぞ」
外へと繋がる門に鍵さえかけてしまえば、鍵が多ければ多いほど、サイラスが自分の目の届かない場所で窮地に陥ることはない。孤独な人生を歩んできた彼なりの、不器用な親愛の情だった。言葉よりも行動で示すのが、いつもテリオンのやり方なのだ。
「テリオン」 サイラスは手を伸ばし、傷跡の残るテリオンの手にそっと重ねた。微かな震えが伝わってくる。
「ストーンガードのことも、君が助けに来てくれた時のことも、忘れてはいないよ」 サイラスの少し止まる、何か思いつくように声を上げた。
「
……
ああ、そうだね。君と私に必要なのは、自由を縛る『鍵』ではなく、いつでも声を掛け合い、互いを安心させられる『相棒』なんだろう。」
『鍵』という言葉を耳にした瞬間、テリオンの表情に複雑な色が混じった。
揺れ動く緑の瞳を見つめ、サイラス慎重に言葉を選ぶ。
「留守番も大切だが、君がそれほど心配してくれるのなら
……
もし嫌でなければ、私も一緒に町へ行かないかい? 本も大体読み終えたところなんだ」
「
……
」
「君の隣にいれば、どんな鍵があるよりも、私は安全だろうからね」
サイラスは安心させるような笑みを浮かべた。
「だから、一緒に行こう。部屋に閉じこもるより、この村の神話の遺跡を見て回りたいんだ」
テリオンはしばらく沈黙していたが、やがて妥協したような小さな舌打ちをすると、打ち付けようとしていた大きな錠前を放り出した。金属が床に落ち、「ガラン」と重い音が響く。彼は傍らにあった鍵束を掴み、腰にしっかりとぶら下げた。
「ついてくるならさっさとしろ。もたもたしてんじゃねえぞ」
口調は相変わらず強気だが、テリオンは自ら扉を開け、入り口で待っていた。その手は常に腰の短剣に添えられている。それはサイラスもよく知る、周囲を警戒する時の立ち姿だった。 サイラスはその姿を見て微笑むと、素早く本と羽毛筆を片付け、椅子に掛けていた上着を手に取って駆け寄った。
「テリオン」
サイラスは彼の隣に並んで歩き出す。
「なんだよ」
「いや、今日の陽光はとても心地よいと思ってね」
サイラスは穏やかに笑った。
「先ほど言った神話の遺跡はリンゴ園のことだよ。君もきっと興味を持つはずだ」
「
……
まあ、それは見たいかもな」
隣から伝わる体温を感じながら、こうして隣り合って歩くはどんな時よりずっと心強かった。しかし、そのこと長くは続かず、遠くから響いた騒ぎ声によって無残にも破られた。
「な、何なのこれ!?」
トレサの驚愕の叫び声が響いた。買い出し終えた仲間たちが帰ったらしい。ハンイットとトレサが、荷物を抱えて小屋の前で立ち尽くしている。隣でパンを抱えたオフィーリアが扉を押してみるが、木門は大樹のように微動だにせず、華麗で精巧な錠前たちが、陽光を浴びて無慈悲に輝いている。
「サイラス?テリオン?」
ハンイットが辺りを見回し、遠くに並んで立つ二人の姿を見つけると、眉をひそめて叫んだ。
「お前たち、一体この扉に何をしたのだ!」
サイラスの顔から笑みが瞬時に凍りついた。彼は隣にいる「元凶」を見たが、当の本人はどこ吹く風といった様子で、遠くにある平凡な形の雲を眺めてしらばくれている。
黙って見ていられず、サイラスはため息をついた。そして、テリオンのあの目立つ紫のマフラーをぐいと掴むと、強引にハンイットたちの待つ方へと引きずっていった。
どうやら、リンゴ園を訪れる前に、まずは疲れ果てた仲間たちを家の中に入れてやる方法を考えなければならないようだ。
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