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手紙

輝薫



 ――
 大変不本意ではあるが、君に対して言うべきでない感情を愚かにも口走ってしまう前に、この文章を書くことにした。
 僕自身の思考の整理のためであって、間違ってもこれを誰かに読ませるつもりはない。今だけの気の迷いで、もう書き連ねることもないかもしれない。そうであればいいと願う。
 さて、本題に入るが、僕は君が心底気に入らない。今更ここに書くまでもないことなので詳細は割愛するが、僕は君の年齢に見合わない暑苦しい言動に毎日辟易させられているし、聞くに耐えないダジャレに付き合わされるのにもうんざりだ。ヒーロー気取りは勝手だが、僕のことはいい加減放っておいてほしい。
 そうでないと、
 ――

 読点を置いた後、暫し言葉が空を彷徨って、僕は息を止めるように消しゴムをその一語の上に滑らせた。そうでないと、なんだと言いたいのか。消しゴムもシャープペンシルも横に退けて、ノートの半分も埋まっていないその頁を眺め見る。
 便箋なんてものは当然なかったし、天道輝様、と書いた最初の頁は破りとった。丸めてもうゴミ箱の中だ。
 手紙の形も成していない、ただの書きかけのノートの一頁目。こんなものを書くに至った経緯はバカバカしいの一言に尽きる。尽きるのだが、吐き出せない感情が自分の腹の奥で倦むように積み重なり、ふとした瞬間に押し込めたそこから顔を出そうとして止まなくなってしまった。ほとほと困り果てた末に、苦肉の策でこうして文章とすることを選んでみたのだが、失敗だったかもしれない。体重をかけた背もたれがキィと鳴った。
 思考の整理として、書き出すということは有効な手段の一つであると言われている。煩雑なまま溢れ出しそうな思考の群れを言語に落とし込み、アウトプットすることで自分の中に溜まったそれを客観視して消化する。どこまで効果があるかは分からないものではあるが、何もしないでいられる余裕はもういつかの時点になくしてきてしまった。
 もう一度シャープペンシルを握る。次の行の先頭に芯先を置いて、空白に思いを寄せた。言いたいことも、言いたくないことも、山ほどあるはずだった。だが、いざこうして形にしようとすると、そのどれもを陳腐に感じた。
 
 ――
 君に対して、不要な期待をしたくない。他人に期待するということは、ひどく愚かな行為だと思う。自分一人ではどうしようもないのに、それを制御することすらままならない。
 僕を見ろと思った次の瞬間には見るなと思うし、こっちに来いと願った瞬間には後悔している。君に対して理不尽なことを言い立てている自覚はある。少なくとも、君に押しつけるべき感情ではない。
 だからせめてここに綴ることを最後にして、このくだらない感傷は終わりにする。
 君が好きだ。
 ――
 
*

 「書いたことあるのか?」
 「目的語がない。何をだ」
 「ラブレター」
 目を剥くという表現を、文字通りに体現したと思う。まさか本気で言ってるんじゃないだろうなと疑ったが、天道は真面目くさった顔を変えないでいる。どうやら、そのまさからしい。
 「……ただのエピソードトークだろう」
 新曲の披露をした歌番組。収録を終え、帰り支度を始めたところだった。柏木は次の仕事の兼ね合いで、一人先にこの現場を後にしている。
 今回の曲は恋愛をテーマに据えたものだったので、それにちなんでいくつか恋愛に纏わる質問があった。好意を伝えるなら、という問いだったはずだ。天道がやっぱり直接言いたいよな、という主旨の発言をしたため、僕は違う角度からの話題を提供した。ファンレターを貰う機会も増えたから、と添えた僕の話におかしな点はなかったはずだ。
 「書いたことあるニュアンスだったかなって思ったんだけど」
 「君の勘違いだ」
 「そっか」
 そう言いながら、天道はどこか浮かない顔をしている。まだ何か気がかりがあるような、僕の様子を遠目に窺っているような。それぞれ帰り支度を進めて、いざもう楽屋を出られる状態になっても、天道の様子は変わらなかった。
 「言いたいことがあるならはっきり言え」
 苛立ちのままに持っていた鞄をドンと置き、視線を彷徨わせる天道を見据える。天道はそれでもまだ躊躇を滲ませて、「あ〜……」と言葉を濁していた。困ったようにして頬を掻く。
 「さっきの話はさ、自分が伝えるならって話だっただろ」
 ようやっと腹を決めたらしい天道が口にしたのは、そんな言葉だった。そんなに引きずるような話題でもないだろうと思いながら、ひとまずは肯定の言葉を返しておく。
 「そうだな」
 「桜庭は、伝えられる方も手紙が良かったりするのか?」
 「……は?」
 怪訝な顔を隠さずに言うと、天道は僕の反応も分かっているというふうに表情を変えずに受け入れた。ますます天道の意図するところが分からなくなり、僕はそのまま口に出す。
 「君は一体何の話をしているんだ」
 「いいじゃねえか、気になったんだよ」
 「何故だ。僕に聞いたって仕方がないだろう」
 「何故って……気になるのに理由なんかないだろ。気になったもんは気になったんだよ」
 気まずそうに目線を逸らす天道は、駄々をこねる子供のような口調でそう言った。
 「言いたくなきゃ別にいいけどよ……
 それでもそう付け加える辺りは、辛うじて理性の欠片が見えるだろうか。それにしたって、全く未練が隠せていない。何にここまで引っかかっているかは僕の知ったことではないが、そもそも、と僕はため息混じりの言葉を置いた。
 「君の場合、そうやって必要以上に相手の受け取り方を考えるよりも、君らしく真っ直ぐに感情を伝えることを優先させる方が手段としては有効だと思うが」
 「へ?」
 「そのむさ苦しい言動を真っ向から受け止める気のある相手なら、という前提の話だ。君のことを多少なり知っている人間なら、君のそういう部分に好感を覚えるのだと思うが、違うか」
 口頭だろうと文章だろうと、手段の違いにさして大きな意味は無い。どういった方法を用いようとも、伝えるという行為が重要なのだ。そのために最適な方法は、人によって、あるいは時と場合によっても変わってくるだろう。
 相手に合わせるというのも一つの方法だが、天道に限って言うなら、それよりも彼自身の純粋な言葉を伝えるにはどうすべきかという視点で考える方が合っている気がした。彼の言葉や姿には、人を惹きつける力がある。それは長年同じユニットとして活動してきた中で、身に染みて感じていることだった。
 「桜庭は、そう思うのか?」
 「僕の話はしてない。今のは一般論だ。それから、市場調査をするならちゃんとしろ」
 「ははっ、そうだな」
 そう笑った天道は、先程までの様子から一転して、憑き物の落ちたような顔をしている。いっそ機嫌が良くなったようにも見えて、鼻歌でも歌い出しそうだ。
 「さっ、帰ろうぜ、桜庭」
 「君のせいで無駄に時間を食っていたんだ」
 「悪い悪い。でも桜庭のおかげで自信ついたぜ」
 「何の自信だ。君を助長させたつもりはないぞ」
 「さぁ。何でもいいだろ」
 そう嘯く天道の後について、楽屋を出る。話し終えて、頭の片隅にいつかしまいこんだノートがよぎった。伝えないために中途半端な文章を綴った僕には、天地がひっくり返っても無縁の話だ。
 「そのニヤケ面をやめろ、みっともない」
 「なっ、みっともないことないだろ!嬉しいから喜んで何が悪いんだよ!」
 「今の話のどこに喜ぶ要素があったんだ……
 天道はまだ何かギャンギャンと言っているが、聞く気にもならない。いつかこの男が誰かに好意を伝えようとするときは、バカ正直に好きだとか何とか言ってしまうのだろうか。そんな場面を一瞬でも想像してしまって、顔を覆いたくなるほどの後悔が押し寄せる。聞きたくない、と閉じたノートの奥で呟くような声が聞こえた。
 「んじゃ、また明日な」
 「あぁ」
 別れてから、数メートル。立ち止まって振り返ると、何故か天道は別れた地点から少しも動いておらず、そして同じようにこちらを向いていた。パチリと目が合うと、天道は嬉しそうに表情を崩して大きく手を振った。僕は要らんと手を払うようにしてから、また彼に背を向けて歩き出した。彼がいつまでこちらを見ていたかは、知らない。