8話 【みう まわる】

8人目の少女は頭を回した

世界を知るには 大きなキズ

肉体はもういらないね

気付いた未来はもうすぐそこに

ひだりのまなこはつきのまなこ
嘆くなら後にして今はただ失って。

「海の、向こう側……
何故今まで疑問にすら思わなかったのだろう。
ヒメと共にエメリーが口ずさんだ言葉をなぞり黒聖の国に残る情報を調べた次の日。1人で沈黙と向き合い思考を巡らせていたティアはふと、黒聖の国地図を見て疑問符を抱いた。

多くの物語には世界が広がっている。国を跨いで旅をする冒険譚、きっとこう言ったお話はヤヨヅカ君やアザリー君の方が詳しいのだろう。そう言った物語の中ではいつだって広大な世界の記録が語られていた。だがこの海に囲まれた黒聖の国ではその『外』に関する記録も歴史も何も存在しない。少なくとも学校の授業では教わってこなかったはずだ。だとすれば、この国は僕たちが知らないだけで外を受け入れずに鎖国状態に陥っているのだろうか、それとも……

今夜は天の魔法少女達が一同に集まって渡鳥型の敵を討伐するトリ狩りがある。それまでの時間はやっと気付いた世界の歪みを、最早真理にも近いそれを探求するべくティアは 駅を目指した。

(他に、誰か気付いた人はいないのか)

喧嘩をしても次の日には何もなかったかのように仲睦まじく話す学校の生徒たち、やけに死に対して無関心な大人たち。一つ、歪に気が付いたら黒聖の国を形作る概念そのものが崩れていく。僕が生きた14年間それを指摘するものはいなかった。今になって気になり始めたのは何故。

思い返せば最近は国に大きな波が齎されている、巨大な敵の出現も、復活祭で起こった奇妙な現象も。もしかしたら僕が知らないところでも何か大きな力が蠢いている、とでも言うのだろうか。

ぐるぐると、止まぬ思考を繰り返していたらいつの間にか駅の入り口付近にまで辿り着いていた。エレベーターのボタンを押して、箱の中に乗り込んだ時でさえ、降りてくる人に気づかずにぶつかってしまいそうになるくらいには思考に引っ張られていた。

改札を通り国の内周と外周のちょうど中間地点を円を描くようにして走る電車に乗り込む。考えすぎたのか、少し、頭痛がして眉間を抑えながら視線を上へと持ち上げた。十四時の電車には通勤、通学ラッシュのようなごった返して人の波に揉まれるような混雑さはなく、まばらに人が並んでいる。空いた席がポツポツとあり、人々は隣の人と距離をおくかの如く一つ飛ばしで座りながら本を読んでいたり、耳にイヤホンを刺しながら携帯を眺めて各々到着駅までの時間を潰していた。一つ目の、黒い影たち。

…………

一つ目の黒い影……

いや、何も疑問に思うことはない。眼前に広がるのはただの日常だった。影など何処にも存在しない。

兎にも角にも、黒聖の国にある歴史資料館へと向かおう、国の歴史を遡れば何か手掛かりが得られるかもしれない。車内に響くアナウンス音を聞きながら目的地への到着を待った。
 

 
歴史資料館にはこの国の成り立ちや像に関する資料、古い時代に使われていた道具や周辺の海域に纏わる情報まで多くの歴史的資料が残されている。学校の授業で誰もが一度は訪れる建物は古ぼけた外装の割には清掃が行き届いていて国の住民から大切に扱われている場所だった。受付で入館料を払い、部屋の内部へと足を踏み入れると広がる薄暗い部屋。暖色の蛍光灯は資料の経年劣化を防ぐために最小限に室内を照らす。大きな音を立てては注意を受けてしまうのであくまでもゆっくりと、勇足になりそうな車輪を制御して国の資料のある場所へと向かい、いくつかの分厚いファイルに手をかけた。表紙には『黒聖の国の歴史』『女神像に纏わる研究記録』『周辺海域の調査記録』と書かれ全てを読み切るにはとても1日では足りないだろう。だが今回は、要点だけ掻い摘んで調べればいい。一冊目のファイルを手に取り、目次を開く。目に留まるような目新しい情報は載っていない。この国の建国歴史……神々がまだ健在だった頃に一柱の女神が生み出したのがこの世界の始まりなのだという。そしてそれを祀っているのが国の中心部にあるあの女神像の跡地。最初の住民達は神様が流した涙によって作られた水溜まりから生まれた泥を捏ねて作られたというのが大まかな概要だ。そういった経緯もあるからか、この国は唯一像を直す手段を持つ魔法少女への活動支援に手厚い。次の像に纏わる研究記録を開いて見ても、女神の像である、という記録と歴史研究家らが各々想像した復元図が載っているだけでまるで図鑑を眺めているようだった。最後の海域についてのファイルを開こうとした時、取った手が滑り床に滑り落ちる。ファイルに損傷があったらいけない、焦って手に取ろうとした時偶然に弾みで開いたページ書かれていた記述を読んで目を疑った。

「どんな人間も国の外にたどり着けた記録はない……?」

国の外からやってくる生物は存在する、それこそ海産物が取れるのは確かに続く海の先があるからだ、漁船も出ていたはず。空だって同じ、僕達が飛び立つあのどこまでも続く自由の象徴のような場所は決して途切れたりはしていない。だというのに人間は国の外に出る事はできないなどそんな奇妙な話があっただろうか。外に関する資料が見つからなかったのも、それ故か。

「海へ……
海へと、国の外に一番近い場所へと向かってみよう。もうすぐ夜が来る。今日の警備の集合場所も浜辺の付近だった筈だ。そこには真実に近づくための鍵が眠っているかもしれない。資料を急いで片付けて歴史資料館を飛び出した。
 
「早く、早く向かわなければ……!!」
 車椅子の車輪がガタガタと音を立てて凸凹な砂利道を下っていく。行きは慎重に向かってきた道だからか気にならなかった細かな石の破片が嫌に纏わり付いた。徐々に速度を上げて転がっていく輪は幾つかの石を巻き込んでぐらり、ティアの身体を大きく揺らしながら傾く。

「っっ!!!」
大きな音を立てて車椅子が揺れた瞬間身を守ろうと手を前に出したが遅かった。少女の身体は前へと投げ出されて勢いよく投げ出され、中に放り投げられて床に転がり落ちた。跳ね返った石ころが捲れたスカートの下に隠された膝小僧に擦り傷をつくり、横転した車椅子は足の上にのしかかるように鎮座して身動きを取れなくする。

「う、っっどうして、こんな……こんな時にっ」
痛みに呻き声をあげながら真っ赤な血の滴り落ちる自分の足をみて表情筋を引き攣らせる。ティアの顔には身体全身に広がる痛み以上に言うことを聞かない二足の重りへの悔恨がひしひしと積み上がっていった。

俯いていると、遠くから駆け寄ってくる小さく乱れた歩調の足音が聞こえ、動けなくなったティアの頭上に一つの人影が降りかかる。
……ティアちゃん……!?大丈夫……
泣きべそをかいた少女が一人。
 
・ ・
 
 時は少し先に進み、太陽は目を閉じて月が私たちに笑いかけている。夜の訪れと共に魔法少女たちの活動は始まりの鐘を鳴らした。
 
「ふむ、ティアちゃんが来ないね彼女が今日のトリ狩りを忘れていることはないだろうに。話したいこともあったんだけど」
 
天の魔法少女達をまとめていたユウマが不思議そうに首を傾げながら手元に握った『それ』を転がした。天の魔法少女らが年に一度、一同に集い空から飛来する渡り鳥の性質をなぞる敵を狩る、恒例行事となった警備を魔法少女らは通称トリ狩りと称していた。普段であれば時間やスケジュールに正確に動き、約束を破るようなことはしないティアが今この場所にいない事は、集った天の魔法少女の誰もが不自然に感じていた。1人の少女の行方が気になれど、敵は待ってはくれない。例年通り海の果てから風に流れて黒い雲のような、トリたちの羽ばたきの音色が聞こえる。次第に近づいてきた群は魔法少女たちを優しく包み込む月の光を遮って敵に優位に働きかけるかの如く暗闇の世界をもたらした。固まって動くトリたちの動きが完全にまんまると輝く月と重なった時、黒聖の国から見た光景はまるで、新月のようだった。

「おっさき〜!!!ユーカちゃんが雑魚共一番狩って一番勝つもんねぇ」

「やれやれ、お転婆なお姫様だ、僕もうかうかしていられないな」

ユララ、そしてティアの不在は魔法少女達にとって大きな痛手だった。だがユウカが先陣を切って凸撃していったのを区切りに続くようにして他の天の魔法少女たちもトリ型の敵へと向かっていった。

「ねね、」「うん?」「なんだかさ」

 ヒソヒソと魔法少女の声が聞こえる

「今回のトリ狩り、数が多いよ、絶対」「えぇ、本当?」

 私、実は今回が初参加だから全然わからないや。
 そう嘆いた魔法少女の一瞬の隙をついて敵が鋭い嘴で喉笛を掻き切らんと突進してくる。驚いて思わず身を引いた魔法少女との間に流れるようにサッと入り込み、ユウマは手に握られたボトルで敵を殴りつけた。

「あんまり手荒な真似はしたくないんだけどな」

ばりんっ

振りかぶったシャンパンボトルは割れてガラス片と吹き出した液体は意思を持ったかのように敵に降り注ぐ、キラキラ黄金色に輝いて炭酸の泡とともに敵が消滅していった。

「危ないよお姫様達。夜はまだまだ始まったばかりさ、厄介なお客様には気をつけて」
 
「は、はい有難うございますヒメ先輩……!!」
 
頬を赤らめて見上げる視線の先にはフッと凛々しく微笑み唇に指を当て微笑みを浮かべる
 
「今はユウマって呼んでほしいな」


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見つけた 見つけた!!最後の力、宝石の一欠片
闇夜に生きる敵は皆、夜目が効く、ユウマの懐に収められたそれの輝きを見逃さなかった。
何処からか声が聞こえた途端、突如として敵の攻撃は止み、トリ達は一箇所に集まり始めた。瞬間内側から目も眩むような眩い光が溢れ出す。

ざわざわと空気が変動していく

 【それは
 両の目にこびりついた残光
 天翔る天狼
 ムービー88.6は電子の海を泳ぐ】

ユウマが懐に持っていた宝石が光の中央に引き寄せられていき、光の中に現れた魔法少女の頭部にティアラと共に飾られた。

【私は翼を持ち、金剛に輝く躯体を孕んだ。
扉はすでに開いている】

「これは皆んなで作った私を呼び出す呪文の言葉でしょう?」

「ご機嫌よう、魔法少女の皆さん」

黒い、赤い太陽が月を喰らって訪れた。