詠夕れもん
2026-01-01 21:56:40
2764文字
Public
 

狛日版週ドロライ「誕生日」

未機パロです。割と長らく待たされてた狛枝に対して日向くんが腹を括って認める話です。

ようやっと騒々しさが終わりを迎えた。
長い間発砲音に爆発音、怒号や悲鳴の最中にあった耳は訪れた静寂をうまく飲み込むことができず、空気の奥底にちりちりとしたノイズを走らせている。
一年の中で世間が最も賑わいを見せるこの時期を、絶望を求める人間達が黙って見過ごす訳がない。除夜に入ってから各地で起こった暴動を収めるために招集されてから、気付けば日が昇りそしてまた沈んでいき、夜が深まっていた。作戦の途中に仮眠を取りはしたものの、稼働に見合う休息では勿論ない。突き刺すような冷たい外気の中でも、身を起こすのは酷く億劫だった。
自分が落とした白い呼気のゆらめきを暫くぼんやりと見つめていると、懐のあたりから振動を感じた。端末を手に取ると、一連の戦闘の最中に内部が損傷したのか、一部の表示が歪んでしまっていて着信元を確認することはできなかった。が、通話開始の箇所は問題なくタップすることができた。

「はい」
「ねえ、決まった?」

聞き慣れた声がスピーカーを通ってきた。音声には異常はないらしい。
しかし、聞き慣れてはいようと今回の招集には関わっておらず予想外の相手からの、それも何の脈絡もない切り口に日向は眉を顰めた。

「いきなり何の話だ?」
「欲しいものがないのかって。前訊いた時、考えとくって言ってたでしょ」
……あー」

尋ねられたのは、確か丁度一ヶ月程前だったか。すっかり忘却してしまっていたのは、忙しさにかまけてのことだったのか、それとも忘れた体を装ってやりすごそうとしていただけなのか。自分自身のことなのに、どちらとも判断がつかなかった。
曖昧な相槌は我ながらあからさまだった。その様子は当然向こうにも筒抜けで、呆れたような溜息がノイズ混じりに耳に届いた。

「まさか何にも考えてないとか言わないよね?」
……悪い、忘れてた。えっと、今考えさせてくれ」
「良いけど、早くしてよ。もうそろそろ日付変わるんだから」
「ん」

頷いて、目を閉じる。身体のあちこちが鈍い痛みを訴えていることに今更ながらに気付いた。どれも取るに足らない傷ではあったが、それらが冷たい空気に撫でられる度に滲む痛みは、自分の内側にあるなにかをゆらめかせるような気がした。先程まで見つめていた白い呼気のようなゆらめき。
それはきっと、名前をつけるならばさみしさとでもするのが相応しいのかもしれない。

…………
…………

スピーカーを通じて風の音が聞こえてきた。どうやら相手も外にいるらしい。
同じ場所にいる訳でもないのに、この冷えた空気を同じように享受しているのだと感じるだけで、今しがた抱いていたゆらめきの波が漣のような心地の音を立てて引く。それが安堵を示しているのだなんて事実は認め難くて言葉を探してはみたけれど、否定することはかなわなかった。
そんな風に思えてしまうのならばもう、いい加減に向き合わないといけないのかもしれない。自分の胸の内にも、これまで手渡され続けていたものにも。
……ずっと目を向けることを拒んできたのに、どうして今更こんな気持ちになったのだろうか? 分からないまま、それでも勝手にこの口は答えを選んだ。

…………風呂」
「ふろ?」
「熱めの風呂と、硬めのベッドと、味が濃すぎない飯」
「ねえ、誕生日の話だってわかってるよね?」
「それで、」

苦い笑みに似た溜息が落ちる。やはりまだ躊躇いは消えないけれど、それでも、踏み出す勇気が持てたのは、自分にとってまだ今日という日が少しだけ特別なものでいられているからだろうか。それとも、どれだけ待たせていても向けられるものが変わらなかったからだろうか。

「毎日……おかえりって迎えてくれるか、ただいまって帰ってきてほしい」
…………、それは、」

ふと、突然声がブレて聞こえた。二重になったと言うべきか。その片方は耳元で聞こえて、そしてその数瞬前に、頭上から。

「?」

閉じていた目を開けると、こちらを見下ろす鈍色と視線が重なる。一帯の建物がほとんど崩れている中では人工的な光は互いに耳元に当てた端末のそれしかなく、遠くから注ぐ星々の光の下、どこか困ったように小さな笑みを浮かべる様を見ていると、何故かこの寒空の下にありながらもあの仮初の夏の始まりを思い起こした。
その手元が端末に触れて、すると耳元から通話の終了を示す電子音が鳴る。自分の手にある端末にロックをかけると、聞こえてくる声は頭上からの肉声ひとつになった。

「本当に、今の質問に対する答えなの? それとも……
「両方だよ。プレゼントにほしいものでもあるし、あの……何日前だったっけか?」
「248日前」
「即答かよ。毎日数えでもしてたのか?」
「これだけ待たせてた人には何も言われなくないけど」
……それは、まあ、そうか」

普段だったらここで長ったらしい嫌味が飛んできてもおかしくはなかったけれど、今はただ静かな空気が蟠るばかりだった。冷たい空気を吸い込んでその隙間を受け止め、それから、小さく笑みを浮かべた。

「まあ、とにかく……あの日お前が『キミの隣がほしい』って言ってくれた願いと、両方に対しての答えだよ。……遅くなって、ごめん」

少しの間、空白だけがふたりの間のわずかな隙間を埋めた。白い呼気すら、互いの口元から漏れることはなかった。

…………そう」

時を進めたのは、いっそつまらなさそうな相槌だった。けれど、その声色に反して、見上げた先の相貌はゆるやかにほどかれていった。暗がりの中ではあったけれど、それが薄い笑みと呼べるかたちになっていることははっきりと分かった。

「今帰っても、シャワーしか使ってないからお風呂は沸かしてないし、マットレスは柔らかいやつだし、ご飯もレトルトかカップ麺しかないけど……

目の前に手が差し出される。手袋を纏った、作りものの手。

「とりあえず、今日のところはこれだけで勘弁して。……おかえり、日向クン」

ここは家でも何でもないとか、こちらに辿り着いたのはそちらの方だろうとか、そういえばそもそも何でこんなところにいるのかとか、言うべきことはいくらでもあった。
けれど、そんなことはどうだってよかった。帰る場所を定義づけるものなんて、自分の中では決まりきっているのだから。
それをそうと、認める勇気がずっと出なかっただけで。

「ただいま、……狛枝」

差し出された手を取る。人の感触とは遠く離れたかたいそれをとった手のひらが、傷がついた時のような熱を持った気がした。
そばにいてほしいという一番の願いを、聞く前からどうして叶えられたのかと尋ねたくなって、けれど、何だか悔しく思えてきたのでその問いは飲み込むことにした。