詠夕れもん
2025-11-08 16:54:05
4086文字
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狛日版週ドロライ「勝負」「悪夢」

未機パロです。くっついてるし同居してます。毎日日向くんを殺す夢を見てる狛枝の話です。

「ボク、連日キミの死に顔ばっか見てるんだけど」
「は?」

向かいに座る日向が一度目を丸くして、しかしその表情を眉を顰めるかたちに変えるまでは直ぐの事だった。狛枝が何の脈絡もなく切り出した話は生きて自分の目の前にいる彼にとっては当然身に覚えの無いことなので、その反応は当たり前と形容することができるだろう。その疑問が具体的な言葉になる前に、狛枝は答えを返すことにした。

「夢で。と言っても、殺してるのはボクなんだけど。ご丁寧に殺し方も毎回違ってさ、直近だと刺殺に撲殺、毒殺とか、昨日は水に沈めて溺死させてて……あ、性的暴行を加えた上に絞殺した後の朝は久しぶりに、ボクって死んだ方が世のためなんだなって思ったよ。ああ、いつも殺す前にキミと何か話してるから、それを覚えてればもう少し夢の意味が分かったかもしれないけど……話の内容は起きた時には全部忘れちゃってるんだよね。だから、ただひたすら目覚めが悪いだけで困ってるんだ」
……何でお前は飯の時間にそんな話題を出そうと思ったんだ?」
「こういう話で食欲が減退するくらいの繊細さをキミが持っていたら控えたかもね」

気が知れない、という顔をして殆ど苦言と同義の疑問を言葉にしながらも、しかし狛枝が子細を説明している最中に彼の手が止まるなんてことは無かった。批難がましい目をこちらに向けたまま、箸で切り分けたハンバーグの最後の欠片を口にし、いくらかの咀嚼の後に嚥下するまでの動きには何の躊躇いも無かった。
電子の海の中で出会った頃の彼ならば、或いはその手が鈍っていたかもしれないけれど。彼がここまでの図太さを獲得したことを成長と表して良いのかは、よく分からない。本人にとっても迷う所だろう。
はた、と瞬いて、そしてまじまじと自分の手元を見つめた日向は、苦い表情を浮かべるとそれを流すように麦茶を呷った。

「第一お前にそこまでの殺意を持たれる謂れは、…………いや、無い事も無いか?」
「何でそうなるの? キミさあ、ボクが殺したいと常日頃から思ってる相手と、相互監視期間が終わった後も好き好んで同じ屋根の下で暮らして、あまつさえ手を出すほど頭おかしい奴だと思ってる?」
「そうは思ってないけど、そもそもそんな積極性のある殺意じゃなくて……消極的なやつの話だよ」

一瞬目を伏せる形で逸らしてから、改めてこちらに向き直った枯草色が揺らぐような波を伴ってやわらいで、それから眉が落ちる。自嘲が揺蕩う彼の苦笑は、狛枝が常日頃から内心で「悪癖」と詰っているものだった。

「こう見えても、お前をひどい目に遭わせてる自覚は結構あるんだ。だって、」
「ボクが、希望だけを見て生きていくことができなくなったのが……キミのせいだから?」

続きを口にしようとした彼の言葉を、しかし先んじて狛枝が奪い取る。否定の言葉は、返されなかった。
別に、何もかもが変わった訳じゃない。狛枝凪斗は今だって希望の信奉者であるし、絶対的な希望というなにかを探し続けているのには変わりない。けれど、自分の視界がそれひとつで埋まらなくなってしまったのは、確かだった。
誰にも理解できず、寄り添うことができなかったからこそそれまでの狛枝の目には希望と呼べるものただひとつしか映らず、一途でいることができていた。けれど、……日向創にはそれができてしまった。彼の内にある歪みは自分のそれと同一の形ではない。だから、彼は共感にも肯定にも至らなかった。けれどその代わり、彼は狛枝の在り方を完全ではなくても理解して、そして、それを受容してみせたのだ。いっそ肯定をしてくれたのであれば、彼の存在は自分の盲目さの枠組みを補強してくれるだけのもので終わったかもしれない。
肯定することは無いまま、けれどただ受け止めて寄り添ってくれるひとの存在を、どう扱えば良いのか狛枝には分からなかった。分からなかったこそその存在を無視できなくなり、理解できないものをほどいてみせようと初めて自分はひとりの人間と向き合って、……その末に、その温度を手離せなくなってしまった。それは狛枝凪斗という人間の在り方の根本からしたら些細な変化で、けれど、どうしようもなく致命的だった。
だって。視界を狭めて疑いなく、たったひとつの正しさを信じて歩くだけで良かったそれまでの人生は、これっぽっちも苦しくなんてなかったのだから。自分という存在が結果的に狛枝を「そう」いられなくして、時に戸惑い、息苦しさを覚えながら道を選ぶ歩き方を迫ってしまった。日向創がいなければ、狛枝凪斗は自覚の上ではもっと楽に生きていくことができた。その、「いなければ」という仮定を、消極的な殺意として彼は受け取っているのだろう。彼自身に狛枝を変えてやろうなんていう魂胆はなかったからこそ、余計に遣る瀬なくなるのかもしれない。

……まあ、その、なんだ。そう思えば、別に、お前がそんなに気にすることは無いんじゃないか? それかいっそ、夢で鬱憤腫らして現実で行動に移さずに済んでるだけましだと思うかだな」

狛枝に言い聞かせているのか自分自身に言い聞かせているのか判別しがたい声色で呟くと、日向は空にした食器を重ねて立ち上がり、話を切り上げた。流しに置いた食器に水をためて――今日の食事を用意したのは彼なので、片付けは狛枝の役目になる――から、先に寝る、と声を落として廊下へ足を向ける。食事の直後に就寝するのは健康的とは言えないが、業務を終えて帰宅できる時間と起床時間を思えば、ここを妥協するしかないというのが常だった。
その足が、廊下の扉の前で不意に止まる。こちらを振り返って、それから躊躇うように口元を小さく震わせる様を見て、狛枝は首を傾げた。

「どうかした?」
…………

眉根を寄せて、逡巡する素振りを見せて。決して長くはなかったのに何故か焦れるような沈黙の後、彼は恐る恐るといった調子で、口を開いた。

……良い夢を、って言ったら流石に怒るか?」
…………ボクがそれを嫌味でも皮肉でも無いって理解してあげられることに、キミが感謝してくれるなら大目に見てあげる。おやすみ」

それが本心であるという方がいっそ始末が悪いということには恐らく自覚が無いだろうが、少しだけ嬉しそうに口元を緩めた日向にそこまで求めるというのは高望みだろう。



現実味を伴わない意識の揺らぎは、ここが夢だと自覚させるには充分だった。
どこかで見たような、それとも一度も訪れた覚えはないような。暗がりの廃墟の中、数歩先に立つ日向が何の感情も伴わない無表情でこちらに問いかけてきた。

「ルールは思い出せるか?」
……うん、大丈夫。起きた瞬間、いや、寝た瞬間って言う方が正しいかな? とにかく、ここに立った瞬間にちゃんと思い出したよ」

目の前の彼は、自分から問うた癖に狛枝の返答にも全く興味が無いかのように表情が揺らがなかった。現実で日向のこんな顔を見た試しは一度として無いが、目の前のひとの中身は日向創という人間の人格を模して作られてはいないので、当然かもしれない。
その輪郭の内側にあるものは、狛枝の人生にずっと寄り添ってきた、振り切ることのできない影だ。

「ボクがキミを殺せている限りはボクの勝ち、耐えきれなくなって自殺したら負け。……結局、日向クンの推理は的外れだった訳だ」

狛枝がこんな夢を見続けている理由は、結局のところ自分から切り離すことのできない幸運という性質にあるのだと、いつもと同じように思い出す。それはいつだって自分のそばにあるものを理不尽なかたちで奪い続けてきて、けれど日向は今のところ五体満足で狛枝のそばにいる。……夢の中とはいえ、今の自分が唯一手離せないものを自分で壊すという選択肢を何度も取り続けることで、奪われずに済んでいた。

「いつも思ってたんだけど、もうちょっと日向クンらしい言動でもしてみたら? そうすればボクが負ける確率も上がるんじゃない?」
「別に、お前の『負け』が俺の『勝ち』になる訳じゃないからな。この夢が意図した通りに機能している限りは、お前が死ぬまでお前が勝ち続けたって構わない」

つまり、狛枝が日向の殺害に苦痛を感じて内側をすり減らすことが変わらず「不運」と定義できるようであれば、それ自体が彼の、「幸運」というシステム自体の勝利という事になる。そう理解するとこれを勝負と言い表すのも馬鹿馬鹿しくなってきて、狛枝は思わず仰々しい溜息を落とした後に力なく笑った。

……『負け犬』って言葉がボクより似合う人間は多分、地球の裏側まで探したっていないだろうね」

知らぬ内に右手に握っていた銃を、目の前に立つひとの眉間に突きつける。枯草色の虹彩は震えることなくこちらを見据えていた。
腹の底からせり上がってきた、焼けるような不快感を飲みこみすらせず黙殺して、引き金へと指をかけた。

「でもさ、…………

言葉を続けようとして、止める。かたちを真似ているだけで彼ではないものにこんな言葉を手向けてしまうのはなんだか癪に感じてしまったから。とはいえ、狛枝の性質であるそれが狛枝の内心を理解していない訳がないので、結局のところはただの悪足掻きに過ぎないのだけれど。
明確な意志をもって、引き金を引く。寸分違わず眉間を撃ち抜かれた身体は真直ぐ後方へと倒れていった。強い意志と、それから内面のやわらかさを示すような光が虹彩から失われる様を見るのは、これで何度目だったか。数秒間の静寂によって一人きりになったことを認識して、自然と口唇が先程止めた言葉の続きを辿る。

「結局さ、負け続けることなんかより……ボクがどれだけ惨めに足掻いてでも日向クンを手離したくないんだってことを、当の本人がこれっぽっちも気付いてないことの方が、よっぽど『不運』だと思わない?」

問いかけても、答えは返ってこない。当然の結果に肩を竦めた狛枝は、早く覚めないかなあ、なんて呑気に呟きながら銃を後ろ手に放り投げた。