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詠夕れもん
2025-06-03 22:21:00
3328文字
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狛日版週ドロライ「頭痛」
未機パロです。メンタルがべこべこ気味な日向くんとちょっとでも唯一になりたい狛枝の話です。
「ちょっと待ちなよ。それ、さっきも飲んでなかった?」
じゃらりと音を立てて錠剤が手のひらに乗せられるのを見てとり、思わずその手首を掴んで制止した。自らの手元に目を落とした日向の表情ははっきりとは視認できなかったが、それでもどこかぼんやりとした様子であることは分かる。
「
……
そうだったか?」
数拍遅れて返ってきた言葉も、普段の通る声の調子からは随分とかけ離れていた。草臥れている、とでも形容するのが最もそれらしいだろうか。絶望の残党が潜んでいるらしいと噂の山奥を調べに向かっている最中に酷い雷雨に見舞われ、駆け込んだこの無人の小屋から身動きできないでいる状態が数日続いている現状は、確かに精神的な疲労が積もってもおかしくはない。けれど、それだけを精彩を欠いた彼の様子の根拠とするには些か説得力に欠けるのも確かだ。
「そうだよ。一時間も経ったかどうかってくらいなのにもう忘れたの?」
その手の中にあるのは大した特徴もないが見慣れたもので、外勤時に配布される鎮痛剤で間違いないだろう。この状況で怪我をしているとは思えないから、こんなものを必要としている理由は大体絞られてくるが、副作用が強くないとはいえそんなに短時間の間に飲む物ではない。
日向は押し黙るばかりで狛枝の問いに対し肯定も否定もしなかったが、その沈黙が如実に答えを示していた。掴んだままの手が逃げるように引かれて、しかしこちらも逃すまいと力を込める。常であれば狛枝のそれは悪足搔きにしかならないだろうが、しかし今の日向には狛枝を振り切る体力か、或いは気力もないようで、結果的に狛枝の手が振り払われることは無かった。
真白な錠剤が転がる手のひらが、緩やかに握りしめられる。
「頭が
……
痛いのが、おさまらなくて」
自由な方の手が、日向自身の額に添えられる。それはどうしてか、狛枝の視線から表情を隠そうとする仕草にも見えた。
「時間の感覚も無くなるくらい酷いってこと? 一旦横にでもなれば?」
「
…………
いや、そうじゃない」
力なく首が横に振られる。彼が小さく息を落とすと同時に近くに雷が落ちたが、何故かその呼気が落ちる音は狛枝の耳まで届いた。
「別に、痛み自体は大したことないんだ。薬を飲まなくたって耐えられる」
「
……
キミ、今自分が結構意味不明な言動をしてる自覚はある?」
耐えられる程度の痛みなら、今しがたの彼の行動に理由がつかなくなる。だから狛枝の疑問は至極当然なものだったけれど、日向は意に介した様子もなく、綺麗にその疑問符を無視して自分の言葉を続けた。
「ただ、」
殴りつけるような雨音に紛れてしまいそうな声。ここにいるのが狛枝と日向だけで、狛枝の目の前で日向の口唇が小さく動いているから、辛うじてそれが彼の発した言葉なのだと理解できた。
「
……
不安に、なるから」
彼の指先が切り揃えられた前髪の内側をゆるくなぞったのは、果たして意識的な行動だったのだろうか。
……
この天候に影響されての症状だろう、なんて、真っ当な当たりをつけていた頭を横から殴られた気分だった。嫌な予感がする。そう辿り着いた思考が、性急に答え合わせを求めていく。
「
…………
ねえ日向クン、もしかするとその頭痛って
……
今に始まった話じゃないよね?」
「
……
何でそう思うんだ?」
「外を見てみなよ。こんな状況で頭痛なんかしたら、真っ先に疑う原因は天候でしょ。でもキミはそうじゃなかった。
……
いくらキミの『事情』があるって言ったって、突発的な症状をすぐにそれに結びつける程の妄想癖がキミにあるとは思えない。なら、『突発的』っていう前提がそもそも間違ってるってことになる」
肩を落とすような軽い溜息が向かいから落ちた。諦念のような何かを滲ませて。
「こんな状態じゃ、誤魔化そうって思っても無駄か」
ようやっと日向が顔を上げた。薄く笑みを浮かべてみせた彼は、しかし、その枯草色の虹彩をどこか頼りなさそうに揺らめかせていた。その中に湿っぽさを感じる程では、なかったけれど。
「いつから?」
「コロシアイから起きた後
……
どれくらいだったかな。最初は才能を使った後に時たまってくらいだったけど、気付いたら暫く使ってない時もするようになったし、頻度も随分増した。今はする時としない時でどっこいどっこいかも」
「
……
普段はこんなになってるの、見たこと無いけど」
「痛み自体は大したことないって言っただろ。あとは、まあ
……
席立ったタイミングでバレないようにこっそり薬飲んでたから」
「
…………
」
「
…………
」
あからさまに眉を顰めると、思い切り目を逸らされた。わざとらしい沈黙の間、強い雨音が狛枝の無言の詰問を鋭くしているかのように感じられる。
辺りをうろついていた日向の視線が、言い訳がましく細められてこちらに戻るまでにはそれなりの時間が経過していた。
「
……
検査では報告してるから、医療部とか上はちゃんと把握してるぞ」
「月一でやたら長い時間拘束されてるやつ? 見解は出てるの?」
「プロジェクトの影響なのは間違いないだろうって。ただ根本的な治療ができるかは分からないし今後どれだけ悪化するかも予測がつかないから、才能を使うのはできるだけ控えろってだけ」
専門家でなくても想像に容易い結論しか出ていないらしい。彼の窮状を見れば建設的な答えは出ていないだろうと分かってはいたけれど。
肩を竦めた狛枝を、日向が困ったように眉を落として見つめた。
「皆には秘密にしておいてくれないか? どうにもならない以上、心配かけるだけだし」
「そういうことされたら自分は怒るだろうに、勝手な話だね」
「それは
……
」
「でも、まあ、良いよ。キミが見返りをくれるなら」
「見返り?」
「うん、見返り」
訝しげに日向が目を細めた。一体どんな無理難題をふっかけてくるつもりなのかと見定めるような視線を受け止めて、狛枝はただ小さく口角を上げた。
「そんな大層なものは求めたりしないよ」
ただ。と、付け加えた言葉は、自分が思っているよりも少しだけ甘く響いた。握っていた手首を解放する代わりにその先の握りこぶしを開くよう手指で促して、互い違いに指を絡める。その拍子に日向の手の内にあった錠剤が卓上へ散らばり、その内のひとつは床まで落下したけれど、ふたりの視線は互いから逸れることは無かった。瞬きひとつの間に、日向の枯草色に浮かんでいた疑念か少しだけやわらかな疑問符に移り変わったのは、まだ生身でいられている手の生ぬるさのおかげだろうか。
「キミが不安になった時に、こうして手を握らせてくれれば」
「?」
「別に、手を握るんじゃなくたって良いんだけど」なんて宣いながらも、右手に伝わる生ぬるさにどこか離れがたさを感じながら狛枝は続けた。「自己の証明なんて、他人を通すのが手っ取り早いでしょ」
「
……
つまり?」
「日向クンがちゃんと自分でいられているのか不安になったら、ボクがいつでも証明してあげる。こんな欠陥だらけのポンコツがカムクライズルな訳がないって」
とんだ気休めだ。そんなことは十分理解している。けれど、同じ気休めならば無機質な錠剤からその役割を奪ってしまいたかった。だって、例え気休めであったとしても、それは日向の内側にあるなにかを守るためには不可欠なものだろうから。どれだけちっぽけで、細やかでも、それは狛枝が喉から手が出るくらいに欲していたものだ。
きっとそんな内心は欠片も理解していないだろうけれど、狛枝の言葉を二、三度ゆっくりと瞬きながら飲みこんだ後、日向はどこか擽ったそうに笑んでみせた。
「見返りって言うのか? それ」
「キミには分からないかもしれないけど、ボクにとっては見返りなんだよ」
なんだそれ、と笑いながらも日向が拒否することは無かった。握り返された手指から、焦燥感とは少し違うけれど、縋るような温度がほんの僅かに伝わってくる。
どういう転がり方をしたのか、床に落ちた錠剤が狛枝の靴先にぶつかったのを、くだらない優越感のままに踏みつぶした音は丁度響いた雷鳴にかき消された。
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