詠夕れもん
2025-04-21 21:08:20
2772文字
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彗星のあなた、恒星のわたし(火黒)

3年程前にBOOST御礼に書いたものです。本編後、二年生くらいを想定してます。

「泣いているんですか?」

なんて言葉が、自分に向けられたのだと気付くまで5秒はかかったか。反応としては些か鈍いと言える時間の後に、チーズバーガーをひとつ嚥下した火神は目の前の座席に座る黒子へと怪訝な顔を向けた。

「何をどうしたらそう思えるんだよ」

強がりでもなんでもなく、涙の一粒どころか、眦に濡れたような感触すらまるでない。ふたりが何となしにいつも決まって座るマジバーガーの窓際、すぐ横の窓ガラス越しに見える景色も静かなもので雨の気配はない。鏡に映る虚像に雨粒が重なって、とか、そんな理由があったというならば百歩譲って理解できなくもない(それにしても突飛な発想だとは思うが)けれど、想起させるようなものはこの場にはひとつもない。
そんな唐突で脈絡のない疑問を呈した黒子はと言えば、特段自分がおかしなことを言った自覚もない様子でのんびりとバニラシェイクを啜っている。そして、

「まあ、泣いている、というのは誇張表現ですが」

と、けろりと自分の言葉を否定してみせた。ますます意味が分からない、と火神は更に渋面を深くしたが、一言突っかかる前に「ただ、」と先手を打たれた。

「気分的にはそれに近いのかな、と」

疑問を投げかけておきながらカップの外側を手慰みになぞる自身の手へと視線を落としていた黒子が、じ、と火神を見やった。その黒目がちな瞳は、普段と何ら変わらない火神の仏頂面を反射している。それでも彼の言葉はどこか確信じみた重さを持って火神の耳まで届いていた。それに、と言葉が続く。

「否定しないということはそういう事でしょう」

そう言及されて火神に返す言葉は無かった。沈黙という名の返答は即ち肯定を示すものでしかなくて、つまり黒子の突拍子もない問いは確かに事実に近い部分をついていたのだ。
何故。と、目線だけで今度は火神の方から問う。自分のトレーにはいつも通りチーズバーガーが山盛りになっている。傍から見たらいつもの火神でしかない筈だった。
けれどそれに対しても、黒子はなんてことないといった風にすぐ答えを返した。

「さっきから、全く目が合わないので」
「は? ……目?」
「普段はうるさいくらいにこっちを見てくる人と一切目が合わないんですよ。何かあったと思う方が自然じゃないですか」
「視線がうるさいってなんだよ」
「火神君もキミ自身に一回熱視線を送られてみれば分かりますよ」

それはつまり一生理解できないということではないか。と突っ込む暇もなく、黒子は再度口を開く。

「キミ、怒ったりとか外に向ける感情はすぐ表に出す癖に、困ったりとか、そういう内に向けるものは態度に出さない……いえ、出せないタイプでしょう。頼るのが苦手というか」
……オマエのその、こっちのことなんか何でもお見通しって態度、たまにムカつく」

腹が立つということはつまり図星だという証拠に他ならない。負け惜しみでしかない言葉は虚しく店内の喧騒の中へと埋まっていった。
……大体は彼の言葉通りだった。泣いてしまいたい、という程大層なものはない。切掛け自体は言葉にするまでもないような些細なもので、それが不意にこころの片隅に影を落としたとか、その程度のことだった。普段そんな風にセンチメンタルな気落ちの仕方をすることがないから、些細なことでも少し重たく感じるだけで。
そんな感情の機微すら言い当てた癖に、当の黒子は得意げになるどころか、「心外です」と、僅かに眉を顰めてすらしてみせた。

「ボクにとって火神君は宇宙人みたいなものですよ。理解しているなんてとんでもない」

話の流れからすれば皮肉ともとれるような発言だったが、彼は本心からそう言っているらしいということは、声色から伝わった。が、どうにも釈然としなかった。

「宇宙人はオマエの方だろ」

よく分からない生き物、の比喩表現として宇宙人という言葉を持ち出したのであれば、火神にとっての黒子こそまさしく宇宙人だ。どれだけその在り方を見つめて探ろうとして、その一端を知ったところですぐにその理解を越えた言動が飛び出てきたりする。どれだけかかっても到底理解しきれるとは思えない。
火神の反論を聞いて、黒子は少し面白くなさそうな表情を見せた。といっても、更にほんの少しだけ口元が曲がったくらいで、顔そのものに大した変化はなかったが。火神を真正面から見据えるそらいろが何となく物語っていたというくらいだ。

「その宇宙人の本音をやたら見透かしてくる人が、よく言いますね」

彼はそう言ってからストローを咥えるも、中身は先程飲み切っていたようで空気を吸い込む、何とも形容しがたい音が響くのみであった。随分と軽くなっているであろうカップを神妙な面持ちで見つめて、黒子は小さくため息を吐いた。それが空になったカップに対するものなのか、その後に続いた彼自身の言葉に対するものなのか。そんな些細なことすらも、火神には判断がつかない。

「特に、隠そうとしていることには目敏い癖に」

糾弾するような物言いだった。つい、とその視線が窓の外へと移る。

…………それが、」

少し躊躇って、それでも火神は言及することにした。黒子が握ったままのカップに浮かんでいた水滴が緩やかに滑り落ちていく様が、いやに目についた。

「本気で触れられたくねえようなことなら、見なかったフリくらいするっての」

火神が触れようとするということは、つまりは奥底ではそうではないように見えるだけだ。その判断に特段根拠はないけれど、重苦しい黒子の沈黙は火神の言葉を否定しているとは言い難かった。

…………ほら、どこが宇宙人ですか」
「逆だろ。全然分かんねえから、大事そうなところは見逃さねえようにしてんだよ」

再びこちらを見据えた黒子の虹彩は、今にも「信じられない」とでも言いだしかねない色をしていた。

「やっぱり、ボクには火神君のことなんて全然わかりません。キミはどこの星から来たんですか」

ぱこ、と少し間の抜けた音がする。黒子がカップを潰した音だった。またひとつ小さく息を吐いて、彼は呟く。

「まあ、別に火星から来てようが金星から来てようが良いんですけど。キミのことが分からなくたって、ボクにとってキミが何なのかだけは分かってますから」
「あ? 何だよ、それって」
「さあ? 何でしょうね」

濁された言葉を追求してみるも、すっかりいつもの無表情に戻った黒子はとぼけてみせた。彼がどこか挑戦的な色すら声色に乗せて示した何らかの認識を、火神にはそれらしき言葉ですら思いつくことはなく。目と鼻の先に座る宇宙人が涼し気な面持ちで歪に曲がったカップをトレーに真直ぐ立ててみせる様を、眉根を寄せて見つめることしかできなかった。