詠夕れもん
2025-04-21 21:00:39
3164文字
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I need/You want(火黒)

4年ほど前にBOOST御礼に書いたものです。(その時の出した「RE:calling」という本と地続きの設定ですが単品で読めます)
未来捏造、二十代後半くらい。同居してます。火神くんがプロになってます。

「ただいま帰りま、……

リビングの扉を半分ほど開けたタイミングで、黒子の言葉は中途半端に途切れた。
その視線の先で、大きな体躯が突っ伏すのに近いかたちで床に転がっていた所為だ。白いシーツがその下敷きになってしまっている。その傍らには、取り込んで畳まれるのを待っているのであろう洗濯物が籠に詰まったままになっていた。

「またですか」

溜息ひとつと共に呟いて、荷物を一旦床に置いてから寝こけている火神の元へ向かう。黒子の足音にも何ら反応を起こさない背中を軽く叩いた。

「火神君」
…………んあ」

間の抜けた呻き声が上がる。それと共に開いた虹彩はぼんやりとしていて、二、三度瞬きを繰り返してから漸く此方を向いた。窓から差し込む夕陽の光に少し目を眇めながら。

……寝てた」
「見ればわかります。シーツぐしゃぐしゃになってますよ」
「あ」

黒子の指摘で自分が潰していたそれに気づき、連鎖的に放置された洗濯物も目に入って、やってしまったとばかりに火神の顔が歪んだ。
まあ、シーツに皺が多少寄っているとかそんなことを気にする性質じゃない黒子にとってはどうでもいいことだったが。そういったことにまで目を向けるのはどちらかといえば火神の方だ。黒子が口を出したいところは、本質的には全く別のところにある。

「というか、床で寝るのやめてくださいっていつも言ってるじゃないですか」

身体が資本ってこと分かってるんですか、と付け加えながらも手を差し出す。正論を突き付けられた火神は、その指先を決まり悪げにじっと見つめて、しかし黒子の手を取ることなく上半身を起こした。

「それくらい分かってるっての」

どんな意地のはり方だ、と思わなくも無い。が、何も言うことなく黒子も手を引っ込める。

「分かってるなら気を付けてくださいよ」
「しょうがねえだろ、気ィつけても寝落ちてんだから」
「しょうがないって……大体、前はこんなことありませんでしたよね?」

黒子も海を渡って、こうして火神と暮らしはじめてから五年は経ったか。長いとも短いとも言い難いその期間で、黒子は色々と変化した自覚がある。変化を余儀なくされた、と言うべきか。言語も違えば文化も違う土地で、変わるなという方が難しい。
けれど火神にはさして変化する理由は無い筈だった。元々こちらの環境には馴染みがあるのだから。

「寝落ちするのもそうですけど、何かこう、色々と隙ができたというか。何かあったんですか?」

黒子が続けた問いの通り、火神に起こった変化はこうして時たま寝こけるようになっただけではない。黒子が事前に帰りが遅くなると連絡していた日にも間違えて二人分の食事を用意してしまったとか、買出しに行った筈が財布を忘れてとんぼ返りしてくるとか。ひとつひとつは大したことのない、ちょっとしたうっかり程度の事だけれど、それがこうして積み重ねっているのは火神のパーソナリティを鑑みると不可思議なのだ。
生活面に関しては黒子より余程きちんとしていて、同居を始めた当初なんかは火神の小言から喧嘩に発展するのが日常茶飯事だったというのに。だらしがなくなった、とまでは言わないが、抜けていると思うことが以前より格段に増えた。
試合が立て込んでいて忙しない時期ならまだしも、今はオフシーズンだ。だから余計に理由が分からない。しかし黒子の問いにも火神は視線を逸らして、歯切れ悪く答えるだけだ。

「別に、大したことねえって」
……本当に?」

疑念を込めてその緋色を見上げる。本当に彼の言う通りならば構わない。別に、彼の失敗そのもの自体はそんなに目くじらを立てるようなことではない。けれどあまりにもらしくないせいで、身体かあるいは精神面か、何かしらの不調の兆候なのではないのか、という不安が黒子の中には燻り始めていた。
再度黒子の様子を窺った火神は、黒子の視線に糾弾ではなく憂慮が込められているのを見て取ったのか、余計にばつが悪そうな顔になった。

「オマエが思ってるようなのじゃねえ」
「じゃあ何なんですか」
「それは、……

言葉が詰まる。沈黙の中互いの視線だけがものを言った。――こうした根競べで、黒子が負けたためしがないが。
今回も例に漏れず、それでも火神も多少は健闘したかもしれない。いつもよりかは根負けして溜息を吐くまでの時間がいくらか長かった気がする。それだけ後ろめたいのか、と逆に疑わしくなるばかりだが。ちょっとだけ心構えをして、火神の口唇が開くのを見つめた。

……オマエが」
「ボクが?」
「オマエがいると気が緩む、っていうか。……そういうことだよ」
「は、え? そういうことって、どういう……

これだけ勿体ぶって返ってきた答えすら漠然としているというか焦点がつかめず、反射的に問い返そうとした黒子の言葉は、しかし結ばれることなく中途半端に途切れた。夕陽が屋内に差し入っている所為で良く分からなかったけれど、火神の顔が何故か真赤になっていることにそこで気付いたのだ。
明らかに羞恥を示すその変化は、しかし唐突でこれまた意味が分からない。分からないながらにその言動を繋ぎ合わせてみる。黒子の存在で気が緩むと言っていて、それをこうして指摘されるのは、彼にとっては羞恥に値するのだと。そしてその気の緩みとやらが、ここ最近の火神の抜けた挙動に繋がっている?
……ひとつだけ、それらしき解答に思い至る。彼がそれだけ居た堪れなくなっている理由。

「火神君」
「何だよ」
「間違っていても合っていても怒らないでくださいね」
…………

黒子の前置きに、物凄く苦い顔をしながらも一応火神は頷く。その反応に信頼性はあまりないが、黒子は言葉を続けることにした。

「キミってそんなに甘え下手だったんですか?」
…………
「もごっ」

その指摘に言葉での返答はなく。完全に居た堪れない沈黙を僅かに経た後、黒子の視界が白で覆われた。

「悪かったな!」

投げつけられたシーツの上から、こちらが「嘘つき」と詰る暇もなく自棄気味に吐き捨てられる。

「別に悪いだなんて言ってないじゃないですか」

殆ど想定と違わない反応に、シーツをはぎ取って苦く笑う。

「こっちとしては悪い気はしませんし。もう少し分かりやすく甘えてくれても、って思うくらいです」
……そういうモンか?」

 なおも探るような声色に、苦い息を落とす。視点を変えて考えてみれば、そう勘ぐることでもないと分かるだろうに。

「そういうものです。というか、これ位でそんなこと言ったらボクなんてどうしようもないじゃないですか」

自分で断言するような事ではないけれど、日頃自分の方が甘やかされている自覚はそれなりにある。黒子に振り回されることに慣れた結果なのかは知らないが、火神が今となっては半分楽しんで甘やかしているような節もあるのが、なんとも趣味が悪いと思わなくはないが。
それにしても、なまじそつなく何でもこなせてしまう分甘え方がよく分からないとは。そうと分かってしまうといじらしく思えてくるあたり、自分も大概の趣味の悪さなのかもしれなかった。
未だ居た堪れないと言わんばかりの顔をしている火神の頭を抱き寄せて、ゆるくその背を撫ぜる。

「これからはちゃんと言ってくださいね。ちゃんと甘やかしてあげますから」

その言葉に是という返答は返ってこなかった。しかし、黒子の背に火神の腕が回って、普段彼が抱き寄せてくるときよりもずっと弱い力でシャツの裾を握られた感覚は、多分彼にできる最大限の譲歩なのだろう。

…………
…………
…………
…………って、言ってる傍からオマエが寝るのかよ……