詠夕れもん
2025-03-27 22:34:59
1768文字
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狛日版週ドロライ「温もり」

未機パロです。ギリ付き合ってないです。

日向が脱衣所の引き戸を開けたのと、すぐ近くで玄関の扉が開かれたのはほとんど同時の出来事だった。

「おかえり、……って、どうしたんだよ、それ」

廊下へ顔を出し玄関を見やった日向は、その先に立つルームメイトが正しく濡れ鼠といった状態になっているのを見て取って目を丸くした。思わずそちらへ駆け寄ってそのひどい有様をまじまじと見つめる。うんざりした面持ちの狛枝は、しかし慣れた様子で浅く溜息をついてみせた。

「ただいま。これは……まあ、いつものって感じかな。支部を出た瞬間土砂降りになっちゃって」

扉一枚隔てた向こう側からからはそれらしき音は聞こえてこない。けれど彼の言葉が与太話ではないのだろうということは分かる。狛枝の持つ異質な才能はいつだって理不尽で、彼が支部を出てから宿舎につくまでのたった五分の道のりだけ信じられないような雨風に襲われる、なんて、むしろかわいいものだと言えるかもしれない。とはいえ、春先とはいえまだ日の暮れた時間は冷えるこの季節にこんな状態でのんびりしていたら風邪のひとつやふたつ引いたっておかしくはない。日向は苦笑を落としながらすぐに踵を返した。

「タオル持ってくるからちょっと待ってろ、……ッえ、うわっ!?」

すぐそこの脱衣所へ戻ろうとした足は、しかし手を取られたことで止められた。そのまま無遠慮に引かれ、突然の事にそのまま後ろに倒れ込む日向の背中を受け止めた狛枝が、左腕をこちらの腹の辺りにまわしてぎゅうと力を入れる。抱きすくめられるような形になれば当然、着替えたばかりのスウェットがみるみるうちに濡れていく感触が伝わったが、日向の頭には怒りよりも困惑が先立った。

「お、おい、狛枝?」
「ごめん、ちょっとだけでいいから、……寒くて」
「ッ……

肩口に顔が埋められ、その冷えた感触で反射的に身が竦む。
タオルで多少水気を拭う時間なんて数分にも満たないのだからとっとと済ませて浴室に向かう方が余程有意義だろう、なんて正論は浮かんだけれど、しかし口にするのは躊躇われた。きっと、彼が払拭したいのは身体的な寒さではないのだろうと分かってしまったから。
出会った当初の狛枝は、自身に襲い掛かる不運を欠片も恐れてはいなかった。その原因の中には感覚の麻痺もあったのだろうが、失うことを恐れるようなものはとっくに彼の周りから奪われきっていたということが一番の要因だっただろう。
しかし、今は自分が彼にとっての「それ」になってしまったのだという自覚が、日向の中にはあった。とは言っても、狛枝から直接何かをかたちとして示された訳ではない。だからこんなのは自惚れであってくれれば良いと、……思うのだけれど。

……日向クン、子どもみたいな体温してるね」
「そりゃ、風呂から上がったばっかだからな」

取られたままの右手に、狛枝の手指が深く絡められる。冷え切ったその指先は、自身の才能の影を拭うべく存在を確かめるための口実にするにはあまりにそれらしい。
次第に衣服に水が侵食していく感覚ははっきりと不快と形容できるものだったけれど、そんなことよりもずっとその冷たさの方が気にかかった。その温度は、生を感じさせないくらいだと思わされるくらいになっていたから。けれどそこから不安が湧いてくることは無く、日向の胸中にはぼんやりとした生ぬるさが漂うばかりだった。

……変な感じだ」
「何が?」
「これだけ冷たいのに、お前が生きてるって分かるから」

プログラムの中とはいえ、自分は死体の温度も感触も知っている。けれど、思い返してみれば、狛枝の死体からは冷たさを受け取った記憶が無い。彼が命を落としてから捜査が開始するまでに時間が経過していなかったからなのだろうけれど、あの時の彼からはまだ温もりが失われきっていなかった。
今触れている生身の右手の方があの時より余程冷たくて、それでも、彼は生きている。次第にこちらの熱が奪われていく感覚が、何よりの証明になっている。たったそれだけの現実に泣きたくなるくらいの安堵を覚えながら絡められた指をやわく握り返せば、狛枝はどこか擽ったそうな喜色を滲ませた呼気を小さく落としたけれど、きっと彼には日向がどんな気持ちになっているかなんて事はこれっぽっちも伝わっていないのだろう。