詠夕れもん
2025-03-13 00:06:49
2718文字
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狛日版週ドロライ「いじわる」

未機パロです。詳細な描写はしてませんが日向くんが重傷を負ってるので苦手な方はご注意ください。

しくじった。
その一言に尽きる。溜息のひとつでも吐きたい気分だったが、しかし少し息を吸うだけでも軋んだように痛む身体がそれすらも許さなかった。結果、大小さまざまな傷が入った壁に背を預けなんとか座り込む姿勢を保っている日向は、ただ細い呼吸を繰り返すにとどまった。

(まずいな、これ、本当に……死ぬかも)

身体中を駆け巡っている痛覚は明らかに異常の域に達していた。加えて、思考を霞ませる痛みに、身体のあちこちに走る傷から自分の血液が伝う不快感が混ざっている。燃えるように熱いとも感じたし、しかし一方で血の気が引いて背筋を寒さが突き抜ける感覚も覚えていた。あまりまともに動いていない思考にも、死を予感させるには十分な状態と言えた。
ただ、そんな中でさえ自分の頭にはどう対処すればそれを回避できるかという方法は組み立てられていた。日向創としては全く覚えのない知識が、生還するための術を手繰り寄せてきている。ただし、それを自分が実行できる状態かどうか、といえば、否という答えを弾きだすしかないのだけれど。右腕は深い切り傷、左肩には貫通した銃創。そこから走る痛覚が両腕を動かすことを儘ならなくさせている。
或いは。自分がかつてのように日向創としての人格を失っている状態であれば、痛みに対する恐怖や忌避感を覚えることなくこの有様の腕を動かすこともできたのかもしれないけれど。いや、そもそも、規格外の才能を詰め込まれておきながらここまで追い込まれているのは日向個人の感情や性格に基づく判断の所為だったのだから、人格がなければこんな窮地には陥っていなかったに違いない。そう思えば、あのカムクライズルプロジェクトにおける、被験者の人格を消すという処置は成程理にかなっていたという訳だ。
逃避するようにこの場では何の益にならない思考を巡らせる。あとできることは精々祈ってみるくらいだ。「運良く」代わりの手足になってくれる誰かが自分を見つけてくれないだろうか、なんて。
……そんな祈りを馬鹿にできないところが、自分に残された才能の末恐ろしい一面ではあるのだけれど。
すっかり戦闘が沈静化したのか辺り一帯が静まり返っていたところに、徐々に誰かの足音が響いてくる。速いリズムのそれは次第にこちらに近付いてきて、そして程なく部屋の出入り口が勢いよく開けられた。その打音はひどく耳障りで、加えて言うならばその衝撃に伴う微かな揺れが全身の傷口に響いたが、扉を壊すかのような勢いで開けた男の表情を見てしまえば文句は喉元で引っかかり、そのまま胸の奥に帰っていった。とはいえ、引っ込まなかったとしても気軽に口を開けるような状態ではないのだが。

…………ッ」

数歩離れた距離でも狛枝が僅かに息を詰めて空気を揺らす音が耳に届いた。こちらに駆け寄る際の振動もまた傷口に障って僅かに口元を歪めたが、そんな日向の様子に気付かないまま彼はすぐ傍らに膝をつく。鈍色の虹彩が戸惑うように一瞬揺れたが、それでもそう間を置くことなく彼は端的に問うた。

……ボクは何をすれば良い?」

上着と手袋を足元に投げ捨て、袖を雑に捲り上げながらもその眼差しはこちらを真直ぐ見据えていた。彼の中にはこの状況を何とかするための答えはなくとも、日向の中にはあるのだろうと確信している様な色をしている。日向は差し出された問いに答えようとするも、痛みで呼気が空回り言葉に詰まった。

「っ、……

はくはくと言葉にならないまま口を開閉させる日向を見て、狛枝は髪を無造作に結わえると日向の口元に耳を寄せた。互いの動きが止まれば耳が痛くなるくらいの静寂だけが広がっていく。この状況なら、きちんとした音になりきならくても言葉を伝えることは可能だろう。
日向の、端的で、殆ど吐息に近いような掠れた声で落とされる指示を狛枝は零すことなく拾っていった。日向を見つけたのが何事もそつなくこなすことができる狛枝だったということもそうだが、ここが病院だということも幸運だと言えた。それなりの期間絶望の残党の拠点とされていたが、しかし拠点となっていたが故に荒らされていることは無く、多くの備品が揃っている。この環境であればいくらだって打つ手はあった。
それなりの時間はかかったものの大体の応急措置を済ませ、最後に小さな傷の走る左頬へとガーゼを貼り付けようと手を伸ばしながらふと、狛枝が小さく呟いた。

「もし、このままキミが死んだら」

日向の呼吸が大分安定してきたことは分かっているだろうに、すぐにでもそうなることを大真面目に危惧しているかのような言葉であり、声色だった。独特な肌触りの布を傷口に押し付けて、彼は力なく笑ってみせる。

「後を追うくらいは……許してくれる?」

その笑みは不思議とどこか祈りを示しているようにも感じられて、日向はゆっくりと瞬きを繰り返した。そうして見返してみても、自分が受け取った感触は変わらずそこにあって、きっと錯覚ではないのだろうと理解する。その祈りは、先程自分の脳内で起こった結果ありきの投げやりなそれに比べて余程真摯な温度が滲んでいた。
その事実に指先が僅かにあたためられるような感覚を覚えて、けれど、日向はゆるく首を振った。

「俺が、ゆるそうと……どうしようと、できないよ。お前は」

全身は未だ悲鳴を上げているものの、漸く言葉をまともな音にできるようになった。日向の選んだ回答は前提の否定だったけれど、狛枝の表情は崩れない。きっと、彼だって分かっているのだ。

「だって、俺は、お前の……希望じゃ、ないし。後を追うってことも、お前にとっての希望には、ならないだろうし」

ただ、分かっていて、それでも、と。日向の口唇をなぞる指先の動きは、その言葉を咎めるような力がこもっていた。しかしそれに気付かぬ振りを決め込んで、日向はやっとの思いで笑みをかたどってみせた。

「それに、……俺がお前に、生きてほしいって思ってるのを……お前は、無視したりできないだろ」

続けた言葉を受け止めて、とうとう狛枝は表情を歪めた。それでも彼の口から否定の言葉が出ることは無く、ただ、遣る瀬無さを孕んだ呼気がふたりの間を揺らしてみせた。

……昔は、人の願いを叶えようとするばっかりで、キミ自身の望みなんて碌になかった癖に」

苦々しく吐き捨てながら、それでもその眦は僅かに喜色を滲ませるように緩む。あからさまな矛盾の中で、その歪みが痛みを生んでいるかのように鈍色の虹彩に影が落ちた。

「やっと持ってくれたと思ったら、ボクの望みはゆるしてくれなくなるなんて、……意地が悪いな。キミは」