詠夕れもん
2025-02-09 23:27:56
3606文字
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狛日版週ドロライ「本音と建前」

未機パロです。本編後、アイランド経由の設定です。ギスってそうな出だしですが特にギスギスではないです。

「気色悪いな」

端的にそう吐き捨てた狛枝の視線の先で、すぐ隣の席にかけていた日向は重ねた書類の端を叩いて揃え、そしてそれを卓上に置いてからこちらへ目を向けた。
就業時間を告げるチャイムが鳴ると同時に会議が終了し、自分たち以外の人間が全て会議室を後にした直後の発言だった。喉元まで出かかっていた言葉を、それでも人気がなくなるまで吐き出すことなく我慢していた自分を褒めてやりたい。
この場にはもう狛枝と日向しか居らず、日向に真直ぐ視線を向けた上での発言が彼に矛先を向けたものだということは当然伝わっているだろうが、それでも日向は嫌そうな顔ひとつせず、ことりと首を傾げてみせた。

「何の話だよ」
「決まってるでしょ。キミの態度の話」

新世界プログラムから叩き起こされて約一年。身体の一部が欠損しておりそれを補う処置があった分、狛枝のリハビリは他より長い時間がかかった。未来機関御仕着せのスーツに初めて袖を通したのはつい一週間ほど前の話で、暫くは日向について回り仕事の流れを覚えることになっている。会議というものに出席したのはこれが初めてのことだった。
――ここ数日でずっと日向に対して覚え続けていた違和感。それがこうして他者との対話を主軸にする場面ではっきりとした輪郭をもって、込み上げた不快感を狛枝は日向へと隠すことなく投げつけた、という訳だ。

「態度? 別に、変なことはしてないだろ」
「これまでの日向クンを思えば十分変だよ、キミが他人の建前をそのまま受け流すなんて。気味が悪い」

この環境下において自分たちはかなり微妙な立場にあるが、日向はその中でも一等面倒な立ち位置だと言える。それはひとえに、彼がかつて倫理にもとる方法を受け入れて手に入れた後天的な才能の存在の所為だ。日向に向けられるのは狛枝たちと同様の、絶望の残党であった過去に対する嫌悪や不信だけではない。規格外の力に対する羨望、不安、それを利用しようとする思惑、……あるいは悪意。そんなものを表立って言葉にしてくる者はいないけれど、それでも彼に向けられる声色の端々に、視線の温度に、隠し切れないものが滲んでいるのは隣にいるだけの狛枝にも伝わってくる。
日向自身がそれに気付いていないとは思えない。けれど彼は、それら全てを涼しい顔で対応しきっていた。それは狛枝が認識している日向創というひとの人となりからしてみれば大きな乖離があって、だから自分は不快感を覚えずにはいられなかった。しかし日向は、狛枝の言葉に対してどこか呆れたように息を落としてみせる。

「当たり前だろ、そんなの。学級裁判じゃないんだから、いちいち本心を探って言い当てたって話が進展するどころか角が立つだけだ」
「それが当たり前のことでも、キミはそういうことが器用にできる人じゃなかったでしょ」

他者とのコミュニケーションという点においては確かに彼は長けていると言えるだろうけれど、それはあくまで健全な方面での話だ。負の感情を向けられた時の対処は、そんなに上手くはなかった。困惑や怯え、悲しみ、あるいは敵意や怒り。率直な反応がその顔に顕著に浮かんでいたのは、悪意の類が渦巻いていたあの修学旅行の中で強く記憶に残っている。

「それは、否定はしないけど」と、少しだけ眉尻を落とす日向の顔は、なんだか聞き分けの無い子どもを宥めるようなものに映った。「いつまでもそのままではいられないだろ。成長したって褒めるどころか、言うに事欠いて『気色悪い』かよ」
「だって、人はそんなに簡単に変われないから」

ひとつ息を吐いて、現に、と続ける。

「ボクはこの前滅茶苦茶になった街をこの目で初めて見て、……気分が高揚した」

――この絶望的といって差し支えない世界から、一体どんな希望が生み出されるのか、と。
それが健全な思考でないことを、自分は正しく理解している。希望というものは、もしかすると絶望なんてものを辿らなくたって形を得ることができるのかもしれない、ということも、少しだけ分かりはじめている。それでも、今まで狛枝の中に深く根差していた思想はそう簡単に崩れたりはしていなかった。
狛枝の言葉を聞いた日向の視線は人気が無いことを再確認するかのように狛枝の背後にある出入口に向けられたけれど、彼が驚いた様子は見受けられなかった。その代わりに、嗜めるような温度が狛枝へと戻った瞳に浮かんでいる。

「お前な、俺相手なら別にいいけど、そういうのは周りに迂闊に言うなよ」
「分かってるよ。その辺は流石に弁えてるって」

肩を竦める狛枝を日向は尚も疑わしげな目で見つめ続けていたが、それを無視して狛枝は少しだけ語気を強めて無理矢理話を戻した。

「とにかく、キミの変化は不自然なんだよ。だって人の悪意に対する昔のキミの反応って、突き詰めれば劣等感由来のものだったでしょ? そういう根本的なものがちょっとやそっとで変わるとは思えない」
……お前の言う通り不自然だとして、それで上手くいってるなら何が問題だって言うんだ?」

あからさまに論点をずらしてきたのは、つまり反論の余地がないということだ。それでも日向はまだ涼しい表情を保ったままだった。

「お前の知ってる俺と今の俺がズレてたって、お前に不利益はないだろ」
……あるよ」
「不愉快だからってことか?」
「違う。困ってるから。キミの事が分からなくて」

即座に出た否定の言葉に、日向の表情がここにきてはっきりと変わった。きょとりと目を丸くして、薄く開いた口は恐らく疑問符をあげようとしたのだろうが、それが音になることはなくただ呆けた様相を呈している。

「今のキミからは、本心が見えてこない」

作り物の左手の指先が、とん、と、真直ぐ垂れ下がるタイの上から日向の胸に触れた。その内側にある筈の、現実に目覚める前は言動に素直に表れていた筈のその心中は、けれど今はその真っ黒な布に阻まれているかのように何も伝わってこない。その事実が自分の胸をざわめかせてやまない。最初に示した不快感は、そのざわめきの副産物に過ぎなかった。
そんな狛枝の心中は、日向にどこまで伝わっただろうか。困ったように、或いは誤魔化すように笑った彼が狛枝の言動をどう受け取ったのかは、よく分からなかった。

「変な気分だな。プログラムの中では俺の方がお前を理解できなくて、理解しようと必死だったのに」と、曖昧な温度の呼気を落として、でも、と日向は続ける。「お前が俺を理解できなくて困ることがあるのか? 俺みたいに、理解できないものが怖いとか思わないだろ、お前は」

それは正しく狛枝凪斗という人間への理解を示していたが、しかしその指摘自体はとんだ見当違いだった。狛枝の言葉にあった真意は、もっと単純なものだったから。そんな事すら伝わっていなかったという事実に、思わず口の端を曲げて発した声色は拗ねた様な響きを持って日向へと向かった。

…………友達のことを理解しようって思うのは、当然じゃないの」
…………、へ?」

頓狂な声が上がった。二、三度、やけにゆっくりと枯草色の瞳が瞬く。その目元以外は完全に硬直した日向はどこからどう見ても驚愕を示していて、その反応に思わず狛枝は目を細めて、指先で触れていた胸元を少しだけ力を込めて突いた。

「何、その反応。やりなおしでの事はその場限りの建前だったってこと? とんだ薄情者なんだね、日向クンって」
「違ッ、その、そうじゃなくてだな!」
「じゃあ何?」
…………

逃げるように視線を泳がせた日向は、しかし誤魔化すための言葉を選んでいる様には見えなかった。時折狛枝の内心を伺うようにちらちらとこちらに視線を投げながら、普段のはっきりした物言いとは正反対の細さで言葉を並べた。

「だって……あの時はお前、俺に才能が無いって知らなかっただろ? それにコロシアイのことだって覚えてるし、だから、その、お前が今も友達だって思ってくれてるって、思わなくて……

だから、と息を落とす様にささやかに繋いで、それから。

…………嬉しくて」

揺らめかせていた視線を真直ぐ狛枝へと向けて、眦をやわらかくあたためて、突き付けられていた手を両手でそっと包んで。そして日向は、密やかに笑んでみせた。
……曇り硝子の向こうにあった筈の心情がこんなにもあっさりと表に出たことに対し、今度は狛枝が目を丸くする番だった。それと同時に、これまで差し向けられたことのない、やわらかな喜色を見てとった瞬間に指先の内側から熱が上がるような感覚を覚えたけれど、その反応がどういった感情からくるものなのかはよく分からない。ただ、思考が感覚に追いつかないながらも、日向の手が触れているのが温度の介在しない左手で良かった、と何故か安堵する自分が居た。