詠夕れもん
2024-10-27 17:11:21
3402文字
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狛日版週ドロライ「こだわり」

未機パロです。狛→(←)日くらいの感じです。

宿舎へと帰る道すがら、軽自動車の助手席で狛枝の意識は微睡んでいた。時折任務として向かう復興作業は肉体労働を多分に含んでおり、そこまで体力に自信のない狛枝は大抵帰路につく頃には疲労からくる睡魔に襲われていた。そのまま眠りに落ちることもそう珍しいことではないが、今日はギリギリ繋ぎとめられているといった具合だった。
そんな意識をはっきりと現実に引き戻したのは、そういえば、という、隣でハンドルを握る日向が発した言葉だった。

「この前出先でインスタントコーヒーを貰ったんだけど、量が多くてさ。いくらか貰ってくれないか」
「そうなの? ならありがたく貰おうかな」
「なら、ちょっと俺の部屋寄ってくれ。……あ、ついでに夕飯食ってけよ。放っといたら何も食わずに寝そうだしな、お前」

付け足された言葉は正しく図星を突いていたが、明確に肯定するのは躊躇われたので、沈黙で同意を示した。寄る、と言っても隣室なので大した手間はない。
程なくして宿舎に辿り着いた二人は駐車場のある地下からエレベータで2階に上がる。普段だったら階段で登るところだが、重労働後の肉体は少しでも楽な道を自然と選んでいた。
均等に扉が並んだ廊下が常より少しだけ長く感じる。角部屋が狛枝の部屋で、その隣に日向の部屋が割り当てられていた。狛枝の幸運が悪い方に作用した際に被害が少しでも小さくなるよう自分が端を宛がわれているのだろうと思うと、その隣に入れられている日向は運が無いと言えるかもしれない。
ただ、これだけ近くにありながら、日向の部屋に狛枝が足を踏み入れるのは初めての事だった。日頃からちゃんと飯を食えだのなんだの口うるさい日向が朝晩を問わずに狛枝の部屋に上がりこむことは少なくないが、逆は無い。

「片付いてなくて悪いけど」

そう言いながら出された来客用のスリッパを履いて日向の後に続く。と、踏みこんだワンルームの様相に狛枝は思わず数度瞬いた。

……意外。雑多だね」
「片付いてないって言っただろ」
「いや、散らかってるって意味じゃなくて」

どちらかと言えばシンプルな部屋を想像していたのだが、現実はその真逆と言っても良いかもしれない。
整頓はされているのだが、目に入るものに統一性が全く無かった。棚ひとつに注目してみても、ダンベルの横に扇子が広げて置かれていたかと思えば、その隣はデフォルメされたハムスターのヌイグルミが陣取っている。その下段には模造品の短刀とやたら大きな救急ボックスが隣あっていた。それらを住まわせる棚は高級感のある意匠が施されていながら、その直ぐ隣には奇抜な形と派手なペイントが目を引くギターが立てかけられている有様だ。
観察すればするほど、方向性の全く異なるものが目に入ってくる。ひとつの部屋だとは思えないくらいに、まるでバランスが取れていなかった。加えて言うならば、それら全てに日向の趣味趣向が反映されているとも思えない。日向の部屋である筈なのに、そこにある何を見ても彼ではない別の誰かの顔が浮かんでくることに、何だか胸騒ぎすら覚えてしまいそうだった。

「キミ、好みとか趣味とか……こだわりみたいなのって無いの?」
「無いな。昔から無趣味だし」
……全部とは言わないけど、ほとんど人から貰ったものとか勧められたものでしょ? もうちょっと自分の意思みたいなものを持ったら?」
「別に、俺が俺の部屋をどうしようがお前には関係ないだろ」
「あるよ」
「は?」

まさか否定の言葉が返されるとは思ってなかったらしい日向が訝しげに眉を顰めたが、対して狛枝はいっそ諭すような声色をつくって言葉を返した。

「例えば、明日不慮の事故で日向クンが死んだとする」
「いや、勝手に殺すなよ」
「例えって言ったでしょ。それにそんなに非現実的な仮定でもないと思うけど。ボクの幸運が誰かを選ぶなら、キミ以外にいないから」

その意味については言及を避ける。言いたくない、というよりかは、言葉にするのが難しい、というのが正直なところだった。日向は何か言いたげに口元を歪めたものの、黙ってこちらの先を促す。そうして狛枝が続けた言葉が次第に温度を失っていくのを、彼はどう感じただろうか。

「そうなった時に、こんな、キミの物が何もない部屋だけ残されたりしたら……キミのことなんて、すぐに思い出せなくなる」

姿かたちも、声も、思い出も。忘れたくないとどれだけ願っても、どうしたって記憶は褪せてしまう。それを狛枝は身に染みて理解している。だからせめて、それを少しでも長く繋ぎとめるだけのよすがとなる何かが欲しかった。――けれど、この部屋には、それが何ひとつ存在しない。
そんな狛枝の言葉を受け止めた日向は、僅かに目を伏せて何か考えるような素振りを見せる。けれどそれは少しの事で、ひとつ瞬きを落とした後に、彼は緩く笑んで首を振ってみせた。

「だったら、なおさらこのままの方が良い」
「何でそうなるの。ねえ、人の話聞いてた?」
「聞いてたよ。なら逆に訊くけど、お前は何でそうまでして俺の事を覚えておこうとするんだ?」
「何で、って、そんなの……だってキミは、日向クンは、ボクの、」

そこまで口にして、しかし狛枝はその後に続く言葉を見つけることができなかった。急に思考が役割を放棄してしまったかのようにふつりと、不自然に止まる。

(日向クンはボクにとって、…………何だ?)

狛枝には、正しい形容の仕方が分からなかった。けれどそれも当然かもしれない。だって狛枝はあのプログラムから目覚めてから――或いはあのコロシアイ修学旅行の最中からずっと、彼に傾けている感情の出所を把握できないままでいるのだから。
その手を掴んで離さないでいたいと感じる時もあれば、目眩がしそうなくらいに憎らしい気持ちになることもある。好きとも嫌いとも言えるようで、けれどそのどちらも正しくないような、その全て鮮烈なはずなのに曖昧な感情。たったひとつ明確なのは、どうあったって彼には無関心でいられないということくらいだった。
言葉を失くした狛枝を見て、日向は眦を更にゆるめる。まるでその狛枝の態度こそが答えだとでも言いたげに。

「他の誰が俺を忘れなくても、お前だけは俺をすぐに忘れた方が良い。お前はもっと真っ当に執着して……大事だと思えるものを見つけた方がきっと、幸せになれるだろうから」
……なにそれ」

彼の言葉に胸の奥が急に沸騰するかのような感覚を覚えて、思わず眉を吊り上げた。衝動的に日向の両肩を引っ掴む。右手は兎も角左手の力加減ができていなかったのか痛みに日向が顔を歪めたが、それに構う余裕は無かった。

「何でキミが勝手にボクの幸福を定義するの」
「別に決めつけようなんて思ってない。ただ、お前にもまともな道を選ぶ権利くらいは、」
「誰がいつ真人間になりたいなんて言った? ボクはこのままで構わないし、今更当たり前が欲しいだなんて思ってない。それに、……それに、ボクは……

怒りにも似た激情が次第に形を変えた。足元が温度を失って揺らぐような心地のまま、日向の肩口に顔を埋める。それは何だか縋ってでもいるような態勢で、……否、事実自分は縋っているのだ。

……キミを奪われた時、流されて終わりにしたくない……

無意味な抵抗だと、充分に理解している。どう足掻いたって記憶は薄れていくもので、失ってしまえばこうして触れている体温もいつかは欠片も思い出せなくなる。そうと分かっていて、しかし日向を失った後にそうなる自分を、狛枝は認められなかった。こんなのは馬鹿げた矛盾なのに、それを愚かだと自嘲することすらできなかった。
だって、その致命的な矛盾を……どうしようもないくらいのいとしさだと錯覚してしまっている自分がいるということに、気付いてしまったから。

…………

日向の沈黙の意図が何なのか、その表情を窺っていない狛枝には予想ができない。が、不意に背中へやわく手のひらが乗せられる感触があった。
忘れられたいというのならば突き放して距離を置くべきだと、彼が理解していない筈が無い。そう思えば日向の中にもひどい矛盾があると言えたが、しかしその事実を彼の眼前に突き付けてその奥にある意味を辿る勇気は、狛枝の中にはまだ存在していなかった。