詠夕れもん
2024-10-06 20:14:16
2133文字
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狛日版週ドロライ「噛む」「夕暮れ」

未機パロです。かなりライトですが言動は若干不穏かもしれない。

「何を悠長に油売ってるんだよ。事後処理も終わったしさっさと帰るぞ」

建付けの悪い扉が開く嫌な音に振り返ると、うんざりした面持ちの日向の姿が映った。先程沈静化したばかりの戦闘中にエレベータは当然のように破損していて、彼が担当していたのは下層だったことを思うと、わざわざ階段で20階の屋上まで上がってきたのだろうと予測が立つ。実際、遠目でも分かるくらいにその肩は大きく上下していた。

「ごめん。夕焼けがきれいだったから、つい」

自分でも驚くくらいに薄っぺらい温度で謝罪の言葉が飛び出る。当然、そこに全く誠意がないことは日向にも伝わっていて、彼は殊更わざとらしい溜息を落とすと、こちらへ緩やかに歩みを進めた。こつ、と、なんだか彼の生真面目な気質をそのまま形にしたような硬い音が徐々に近づいてくるのを感じながら、狛枝は再度外の景色に目を向けた。一時は汚染されて真赤に染まっていた空も、徐々に以前の色を取り戻しつつあった。それもまだ、完全とは言えないが。

「夕焼けを見てると、たまに思うんだよね。このまま世界が太陽に焼かれて終わるんじゃないかって」

馬鹿げた空想だと分かってはいるが、その感覚は時たま妙な現実味を心中に抱かせた。現実問題、世界は一度終わりかけたのだし、そんな突拍子もないことがある日突然起こっても不思議ではないのではないか、と。
靴音が、狛枝の直ぐ後ろで止まる。返答を期待している訳では無いが、言葉が返ってくるならば揶揄か、それとも一周回って同意だろうか。けれど日向が投げかけたのはそのどちらでもなく、問いかけだった。

「もしお前の言うようにこの後世界が終わるなら、お前はどうしたい?」

振り返った先、狛枝の傍らで足を止めていた日向は真直ぐに狛枝を見据えていた。その眼差しは冷めた声色に反してどこかやわらかく、吊り気味の瞳が僅かにほどかれている様が、なんだかひどく眩しく感じた。
少しだけ詰まった息を呑みこんで、それから狛枝はへらりと薄っぺらい笑みを浮かべた。そう上手くかたどれているかは、今だけは少し自信が無かったけれど。

「そうだなあ……終わりを待つのも癪だけど、ひとりは寂しいから、日向クンと心中でもしようかな」

狛枝が返した答えに、眼前の虹彩がどこか意外そうに丸まった。けれど数拍の後、それをどう受け止めたのかは分からないけれど、微苦笑を零し、彼は重ねて問うた。

「俺で良いのか?」
……うん。日向クンが良い。最後に一つだけボクのものにできるなら、キミが良いな」

現実味の無い仮定とはいえ、彼にはそんな提案を受け入れる義理もないだろうに。何故か日向がその眦にほんの少しの喜色を浮かべたりするから、狛枝は無意識に手を伸ばしていた。
日向の手を取って、そのまま一歩後ろへ下がる。狛枝が立っていた場所は転落防止の柵が跡形もなく破壊されていて、何の障害も無くその足は宙へ投げ出された。
背が傾く。抗うことなくそのまま身を投げ出す。狛枝にかかった重力に引かれるままに、日向の身体も宙へと投げ出された。もう片方の手をその背に回して引き寄せると、ぬるい体温が重なる感触がする。
鼻先が触れそうな距離でまたも日向は目を丸くしていたが、やがて可笑しそうに破顔してみせた。どう考えても死は免れない高さから落ちているのに呑気なものだと思ったが、呑気なのは自分も同じで、その証拠に抱き寄せた日向の身体から伝わる心音と自分のそれは互いに普段と全く変わらない速度を保っていた。
不意に、日向の懐あたりからかちりと物音がした。それが何かと訝しむ前に何本もの紐が宙を舞い、そしてふたりの頭上に大きな布を張った。ぐん、と強く引かれる感覚と同時に落下速度が一気に緩やかになる。
何事かと瞠目して見つめた先の日向も訳が分からないと言わんばかりの呆けた顔で頭上を見上げていた。が、少しの間をおいて、その表情は得心がいったようなそれに変わる。

「そういえば、半年くらい前に左右田が何かポーチに仕込んだって言ってたな。緊急用だって」
「ボクは左右田クンに感謝すればいいのかな? それとも恨むべきかな」
「恨み言の一つでもぶつけてみろ。あいつ、二度とお前と口きかなくなるぞ。……それに、これが無くたって、多分結果は変わらなかったんじゃないか?」

そう言って下を見るよう促す日向に従って視線を下方へ向けると、そこにはプールが広がっていた。いっぱいに水が張られた状態で。こんなご時世にプールが機能していることなんてあるのかと訝しんだが、そういえば昨日まで連日大雨が続いていたのだった。
まあ、どうせこんな結果に終わるだろうとは思っていたが。狛枝が諦念をこめた溜息を重く落としてから暫くの後、ふたりの身体は揃って水中へと沈んだ。
視界が一気にぼやける。揺らぐ頬の輪郭に手を伸ばし、捉えて、引き寄せた。重ねた口唇の感触は水の温度に紛れてよく分からない。ただ、日向が抵抗する様子は無いことだけは分かる。
このまま互いの呼気を途切れさせるのも悪くはない気がしたが、どうせ上手くはいかないのだろう。確信めいた予感に何だか苛立ちが湧いてきて、触れている肌を衝動のままに強く噛んだ。