詠夕れもん
2024-08-29 20:39:10
2600文字
Public
 

狛日版週ドロライ「似た者同士」

未機パロです。一緒に住んでますが付き合ってはいないです。ぼんやり無自覚両片想いくらいの雰囲気です。

外が雨の音に包まれていることに気付いたのは、寝ぼけ眼を擦りながらリビングへの扉を開けたタイミングだった。
それと同時に、普段ならばとうに起きてキッチンを占領している筈の背中が見えないことに気付く。だが、それもこの雨の音を思えば理由に察しはついた。冷蔵庫を開けてミネラルウォーターが入ったペットボトルを二本手に取り、片方に口をつけながら自室の隣のドアをノックする。

「入るよ」

返事は返ってこなかったが、ボトルの蓋を閉めた後、狛枝はそのまま手をドアノブへと伸ばした。静かにドアを開ければ、丁度此方へ寝返りをうった日向と目が合う。

「おはよう」
……はよ」
「具合は……良くはなさそうだね」

ベッドのすぐ脇にあるチェストへペットボトルを置き、床に膝をついて覗き込んだ顔色は青白い。右手を差し出して切り揃えられた前髪を退ければ、はっきりと残る手術痕が存在を主張した。

「痛む?」
「少し」
「少し、って顔色じゃないけど。……というかキミ、熱っぽくない?」
「え? うーん……そう言われると……そうかも」

指先で傷跡をなぞっていた狛枝が覚えた違和感のまま手のひらを額に当てると、平熱の差で説明できないくらいの熱さが伝わって狛枝は顔を歪めた。が、当の本人はそこまでの自覚はなかったらしかったが、ゆるりと頷くと瞳を閉じて狛枝の体温を享受していた。
日向がかつて才能を渇望してひらいたその場所が痛みを覚えるのは、決まって雨の日のことだった。
その程度は日によって様々だったが、今日は比較的重い方に入るだろう。困ったことに日向は多少の痛みならそれを隠して活動してしまうタイプなので、そんな彼が未だにベッドから抜け出せていないということがその証左になる。
シーツの中から出てきた手が狛枝の手首をそっと握る。瞼を開けたその瞳はどこか弱弱しく揺れながらこちらを見やった。

「いつも、悪いな」

迷子の子どもみたいに困り果てたような声で呟かれて、狛枝は小さく笑った。プログラムの修学旅行の中では取り乱したり不安げな様子を見せることは少なくなかったが、あの困難を乗り越えてからの彼は弱っている姿を見せることが殆どなくなった。日向のこんな状態を目にすることがあるのは、ルームメイトの狛枝くらいだった。

「ボクはむしろ、嬉しいくらいだけど」
「?」
「だって、」

息を落として、再度指先で額の傷跡をゆっくりと辿った。刻まれたそれは、時が薄れさせることはあっても、きっと消えることはないだろう。

「こういう時、実感するから。キミが、才能を求めてこんなことをしたくらい……希望を求めてどうしようもないことをしたボクと似た、愚か者なんだって」

それこそどうしようもない理由だった。あのコロシアイが始まったころから日向に感じていた類似性。彼が予備学科だと知った時には同族嫌悪にも似た感情にひっくり返ったが、今は何故か、それを認識すると心のどこかが安堵する材料になっている。きっと狛枝の異常性を真に理解できるのは日向だけなのだろうし、その逆もまた然りだと。はたから見たら気味の悪さすら感じるかもしれない信頼感が、狛枝にとってはひどくあたたかく思えて、もう、手放せないところまできてしまっている自覚がある。
そんな狛枝の心中をどこまで察したかは分からないが、日向は呆れたように笑った。

「そういうの、普通弱ってる人間に言うか? ……まあ、でも、」
「でも?」
「返す言葉はないな。お前の言う通り、俺達は……同じではないけど、馬鹿みたいなところが似ててさ」

一瞬だけ、視線が外される。息を吐く余裕があるかどうかといった間の後、再びこちらを見つめた枯草色はやわく解かれた。

「だから……俺にはお前が必要なんだって思うよ、狛枝」

手首にふれる温もりが、ほんの少しだけ強くなった気がする。……手を伸ばしたのが右手で良かったと、絶句しながら狛枝は考えた。義手ではこの感触を受け取ることはできなかったから。

…………キミさあ……

しかし、彼が天性の人たらしだと重々理解はしていたが、こんな最低な方向でも人をたらしこむ技術を持っていたとは思わなかった。情けなくぼやいてしまったが、しかしなんだかこの状況は癪に障る。そんな子どもじみた癇癪を覚えた狛枝は、左手を先ほど置いたペットボトルの、まだ開けていない方へと伸ばしながら薄く笑って問いかけた。

……ねえ日向クン、水飲む?」
「ん、ああ。ありがとう」

額から離した右手でキャップを外し、それにそのまま口をつける。ボトルを手渡される事を想定していたであろう日向が訝しげに眉を顰めた。その頬へゆるりと両手を伸ばし捉えて、そのまま口唇を重ねた。

「ん、っ?」

戸惑った声が小さく漏れるも、無視して口に含んだ水を日向の咥内へ流し込んだ。眼前に広がる虹彩がきゅうと丸まる様をじっと見つめてから身体を離す。瞠目したままの日向の喉が数秒の間を置いてからこくりと動いた。しかしその後も目を白黒させ続ける日向は困惑でいっぱいになった声を上げた。

……へ、は? な、なに、」
「日向クン、零してるよ」
「ああ、悪い……ってそうじゃないだろ!」

日向が受け止めきれなかった水が口の端から零れているのを狛枝は袖で拭ってやる。されるがままの日向はしかし、少し遅れて我を取り戻し、勢いよく起き上がった。しかし思わず、といった調子で出た声量が頭に響いたのか直ぐさま彼は顔を歪めた。

「何してんの。ほら、ちゃんと寝てなよ」
「い、いや、そんなことよりだな、」
「さっきの、そんなに気になる? 別に、やられっぱなしが性に合わなかっただけだから」
「やられっぱなしって……何の話をしてるんだ?」
「分からないんだったら分からないで良いよ」
「はあっ?」

疑問符を上げ続ける日向の肩を押してベッドに戻す。意味が分からない説明しろと騒ぐ口をもう一回塞いでやろうかとも考えたが、余計火が付くことは想像に難くないので適当に受け流し続ける。まともに取り合わない狛枝の態度にやがて根負けした日向はこれみよがしに大きな溜息をついて、それから瞳を閉じた。
そう、彼にこれっぽっちも伝わらなくたっていいのだ。だって、これがどういう名前をつけるべき衝動なのか、狛枝自身にも分かりかねているのだから。