詠夕れもん
2024-08-05 21:48:08
2073文字
Public
 

狛日版週ドロライ「虚勢」

未機パロです。西園寺もいますが他CP要素はありません。

……吐きそう」

日向が漏らした声はそう大きなものではなかったが、昼時で殆どの職員が出払ったフロアにはいやにはっきりと響いた。他にこの場にいるのは先程まで日向と同じ会議に出席していた狛枝と、今しがた出張から戻り、こちらに提出する必要がある書類を持ってきた西園寺だけだ。自分のフロアへ帰る道すがらに日向の短い言葉を聞き留めた西園寺は足を止め、苦虫を嚙み潰したような顔で声を掛ける。

「ちょっと日向おにぃ、吐くならトイレ行きなよ。ここで吐いたりしたらおにぃのこともゲロブタって呼ぶから」
「無視して良いよ、西園寺さん。これ、いつものことだから」
「はあ? いつもって……脳みそを一回おかしくした以外の部分は健康、ってことだけが取り柄の日向おにぃが?」

とんでもない言い草だが、これくらいは西園寺にとっては通常運転と言えるだろう。その証拠に、机に突っ伏している日向がその棘のある言葉に反応する様子はない。ただ説明する気力もないのかだんまりを決め込む彼を西園寺がほんの少しだけ心配そうな面持ちで見つめているので、代わりに狛枝が答えてやることにする。

「身の丈に合わない役割を請け負っては裏でこうなってるんだよ、ここの所ずっとね。今回だって大がかりなプロジェクトのリーダーなんかほいほい受けちゃってさ、お偉方に対して針の穴を通すみたいなプレゼンをこなす羽目になって、まあ運よく上手くいったはいいもののストレスでこのザマだよ。……本当にキミさあ、いい加減自分のキャパシティってものを理解したら? キミが虚勢を張ってるだけだって気付きもしないくらい目が節穴な人たちに『日向さんって頼りになりますね』ってちやほやされて承認欲求を満たすのがそんなに楽しい?」
…………

西園寺に向けていた筈の言葉は、気付けば日向を詰るそれにすっかり切り替わっていた。日向はうんともすんとも言わない。西園寺は若干引き気味の目でこちらを見ていた。なんでだ。弱っている人間にかける言葉を考えろとでも言いたいのか。この滅茶苦茶になった世界中の誰を差し置いても彼女にだけはそんなことを指摘されたくないが。

「西園寺さんの言うようにキミは脳みそおかしくした結果ありとあらゆる才能を手に入れた訳だけど、それだって結局全部失ってるんだよ? 今のキミはただの平凡な能力しかない元予備学科なんだから、いつまでもカムクライズルって名前の幻影に対して皆が求めてる期待に応えようとしてたらいつか痛い目見るよ」
…………
…………何?」

辛うじて、といった様子で日向は狛枝を見上げた。じい、と無言のまま見つめてくる日向の顔色は悪く、力ない表情をしている癖に、その瞳にはなんだか無性に居心地を悪くさせるような何かがあってほんの僅かに狛枝はたじろいだ。しかしそれを気取られるのは癪に障るので、誤魔化すように短く問う。狛枝の声色は言葉を急かすような刺々しさを持っていたが、日向はそれを意に介した様子もなく、こちらが焦れるような沈黙の後にやっと口を開いた。

…………お前のその、予備学科がどうこうってやつ」
「まさかやめろって? 事実を伝えるのを止められる謂れは無いと思うけど」
「そうじゃなくて。……そういうこと言ってくるのはお前くらいだけど、それだけお前には気を遣われてないってことだろ。俺はそれにちょっと安心してるのかも、って」
「は?」

喋りながらみるみるうちに顔を青くしていった日向は、狛枝の上げた疑問符なんて気にも留めずに「本当に吐くかも。悪い狛枝、トイレ行ってそのまま休憩でるから、電話番頼んだ」と言い残してふらふらとフロアを後にした。あとに残されたのは呆けたままの狛枝と、引き気味どころか冷めた目を狛枝に突き刺してくる西園寺だけだ。

……狛枝おにぃ」
「西園寺さん、待った。何となく何を言いたいのかは察したけど、できれば口にはしないでほしいな」
「日向おにぃにどんな形であれ特別って言われたのが嬉しい~って顔やめなよ。その我慢できてない微妙なにやけ面、キモすぎ」
「あれ? 西園寺さん、ボクの言葉聞こえてない?」
「大体さあ、虚勢張ってるのはどっちだろうねー? 日向おにぃのことがだぁい好きでおにぃを誰より心配してる癖に、優しい言葉ひとつかけられない狛枝おにぃが使っていい言葉なのかなあ? てか本ッ当、成人男性のさっむいツンデレを見せつけられるこっちの気持ちにもなってほしいんですけど」
…………

見事にぐうの音も出なかった。優しい言葉がどうたらというくだりについてはやはり彼女にだけは言われたくないが、西園寺が許されるだけのかわいげというものが狛枝には備わっていないという明確な事実を鑑みると、反論したところで「おにぃがわたしと同じ土俵に立てると思ってるとか、ふざけてんの?」なんて冷たい言葉で言い負かされるのが落ちだろう。
うなだれるしかない狛枝を見てご満悦らしい西園寺は、にこやかな笑顔で「キモ」と再度吐き捨てると、軽い足取りでフロアを出ていった。