詠夕れもん
2019-02-11 18:08:42
3352文字
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叶うならば輪郭をなぞって(カーリシュ)

2部7章後のカーリシュです。ぼんやりポエム。7章プレイしてすぐ書いたものなので設定もぼんやり。

寒い。
目が覚めてまず一番、イヴリーシュの意識はそう訴えた。そんな訳があるはずもないのに。
つい数日前まで降り立っていた未開惑星なら話は変わるが、一時的にではあるが自分たちの艦に戻ってきているのだ。念のためベッド脇のパネルを覗き見てみるが、表示されている室温は適温そのものだった。
そうなれば身体の不調かとも思えるが、それも直ぐ否定される。寝転がったままスキャンの文字に指先を重ねてみたところ、数秒ののちに緑の文字が広がった。

……分かっている。こんなもの、言ってしまえば気持ちの問題でしかない。情けない、そう溢れそうな息を一つ飲み込んで、緩慢な動作で起き上がった。
薄手の毛布を一つ手にとって、ぼんやりとしたぼんやりとした間接照明だけが照らすラウンジへと足を運ぶ。
ガラス一枚を隔てて輝く星の粒を、当てもなく指でなぞった。見慣れたようでいて、未だに目が絡むような広大な世界へと伸びる指先が震えているのは、寒いからでもなんでもなかった。否、それを或いは、寒さとも呼ぶのかもしれないけれど。

(ティカにまで気を遣わせて、本当、情けない)

数日前、心優しい、けれど芯の強い少女が、震える声で辿々しくイヴリーシュを慰めながら伸ばしそうとした手。それは結局届く前にまた躊躇いがちに彼女の胸元へ戻っていったけれど、それさえ彼女の気遣いでしかない。
自分から手を伸ばし返して応えることも、……ごめんね、と謝る事すら出来なかった。
目眩がしそうな恐怖と不安が、泥のように纏わりついているせいで。

……何だ、先客がいたのね」

かつん、と硬い靴音と共に、辛うじて視認できる人影が、指の隙間から窓に反射した。思わず目を丸くする。

「カーリン?」
「何、狐につままれたみたいな顔をして。おかしいかしら? 私が夜中にうろうろしてちゃ」

……そんなに大仰な反応をしていただろうか? 自覚はないけれど、わざわざ指摘されたということは自分の反応は些かおかしかったのかもしれなかった。
しかし彼女の言葉通り、他の誰でもなく彼女が、というのは確かに意外だったのだ。否、夜更けに出歩くのがおかしいという意味ではなく、だ。

……声をかけてくるとは思わなかったから」

そう正直に溢すと、今度はカーリンの方が僅かに目を見張った。けれど直ぐに、嘲るように、というよりかはどこか自嘲するように薄く笑う。

「ま、それはそうかもね。お節介は私の趣味じゃないから」
「ちょっと、私が貴女を薄情だと思ってるみたいな言い方やめてよね」
「あら、違うの?」
「そんな訳、……ないじゃない」

スピーカー越しに聞いた、彼女の悲痛な叫び声。聞いてからそう時間は経っていない。突然変貌してしまった部下たちを彼女がただの部下だとは思ってなかったであろうことは疑いようがない。
そもそも出会いが最悪で、敵対していたからこそ良い印象は無かったが、成り行きで同行している間に彼女の人間性は理解できた。……理解できてしまった、と言うべきなのだろうか。もしかしたら分かることなく敵対しあったままであった方が気が楽だったのかもしれない。イヴリーシュにとっても、カーリンにとっても。
兎も角、酷薄な魔女であろうとするカーリンが、その実温かい気質を抱えている事はもう否定しようがなかった。

「けど、こういう時に慰めてなんとかしようってタイプじゃないでしょ?」
……

少しだけ面白くなさそうな顔をされる。図星を突かれてぶすくれるのはどこか少女然としていた。
それに苦笑しながら口をついた言葉は、揶揄のつもりだったのだけれど、

「カーリン、……寂しいの? 貴女も」

最後に自然と出た余計な数文字に、自分自身で驚愕した。
寂しさと、……孤独と、そう名付けてしまうのを、ずっと自分は恐れていたのに。この胸に巣食う、不安と恐怖の源を。

怖かった。
発端は分かっている。ジヴェレーゼだ。彼は、イヴリーシュ自身すら知らないイヴリーシュの何かを知っていた。そしてそれを狂気すら感じる様相で求めた。
その姿に相対した時、堰を切ったように溢れ出たのは孤独感だった。

今まで自分は、自分のルーツを知るために艦長と共に歩いてきた。けれどそれを知ってしまった時、果たして自分は自分でいられるのだろうか? 今こうして、艦長やコロ、ベルダやユーインたち、そして自分の声に応えてくれたクルーと過ごすことで形成されたイヴリーシュというものは、知ってしまった時に全て消えてしまうのではないだろうか?
きっとそれは、何の根拠もない杞憂でしかない。幻想と断言しても良い。けれど、実体を持っていなくても、それは確かに生まれてしまって、イヴリーシュの心を埋めてしまったのだ。そしてそれがイヴリーシュの存在そのものに疑問を呈した瞬間からこの地についているはずの足はふわりと浮いてしまって、まるで、ここにお前の居場所はないとでも言われているようで。
そんな焦燥にも、名を与えず浮かせたままにしてやればまだ痛みを生まずに済んだのに。けれどきっと限界だったのだ。遅かれ早かれこうなった。自分の感情を誤魔化すことなんて、そう上手くできることではないのだから。

そんなイヴリーシュの心情を、カーリンはどこまで感じ取っているのだろう? 問いかけに少しだけ瞳を伏せた彼女は何か思案しているように見えた。細く、薄い傷跡が見え隠れする指先が鳶色の毛先を弄んで滑る。いつも結わえている髪が真っ直ぐおろされていることに、そこで漸く気がついた。
カーリンが口を開くまでには些か長い間が空いたが、じくじくと痛みを訴え始めた胸の底は不思議とそれに焦燥を覚えることはしなかった。
ゆるりと視線が絡まる。イヴリーシュの虹彩より薄い色は氷を思わせたが、それでもそこには何か、温度があった。

……分からない。今の私は、怒りを抱えるので精一杯だから」

裏切られたのだとわかってもこれまで捨てずにいた敬意を全て燃やした声色は、静かだが確かに熱量があった。ともすれば、カーリン自身をもそのまま燃やし尽くしてしまいそうなくらい。
かつん、とまた硬い音とともに足が踏み出される。ガランとしたラウンジを、しかし彼女は慎重に、綱渡りを思い起こさせるような足取りで踏み出していく。

「だから、……そうね。私は貴女に会いたかったのかもしれない」

イヴリーシュの目の前へとたどり着いたカーリンはそう言って息をついた。そう大袈裟なものではなかったが、その呼気は微かにイヴリーシュの口唇に触れた。目の前には薄氷の様な蒼。そこにイヴリーシュの虹彩が反射したところで少しだけ眦がゆるく下がった。

「人間が自分を認識するには、鏡が不可欠よ。他人に認識してはじめて、なんて言うけれど……それこそただの虚像だわ」

穏やかに、けれど力強く指が絡められる。生温い、人間の手。やっぱりちっとも寒さなんて感じていなかったのだ、この身体は。

「きっと私を映す鏡は貴女、……貴女を映し出すのは私しかいない」

イヴリーシュが感じる孤独とカーリンが抱える孤独はきっと全く別のものだ。それでも彼女は、そう断言した。燃えてしまいそうな彼女の指先を震えるイヴリーシュのそれに触れさせることで、鎖の様にふたりを繋ぎとめた。
そしてそれは多分、間違いではなかった。友情すら育んでいないふたりを結びつけるものなんて作為的な偶然しかないのだけれど、それでも、手を取り合って繋ぎとめられるのはイヴリーシュにとってカーリン以外には存在しないのかもしれない。カーリンにとってのイヴリーシュが、そうであるように。
そう思った時、漸くイヴリーシュは小さく笑む事が出来た。少しだけ勇気を出して、絡められた指先に力を込める。

「うん、きっと不器用なんでしょうね。私達って」
「私は貴女よりはマシだと思うけど」
「えっ、ちょっとカーリン、ここで抜け駆けはナシでしょう?」
「ふふ、冗談よ」

無造作に肩にかけたままだった毛布が床へと滑り落ちる。手を伸ばす気にはならなかった。
気づいたらあついとすら思いはじめてしまっている自分に気づいて、今度こそイヴリーシュは声を出して笑った。