syanpon
2026-01-31 01:35:43
2048文字
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喉を鳴らした

ししょすば
現パロ


 スバルの恋人は潔癖症である。と、思う。
 だって手は何度も洗いすぎてカサついているし部屋の至る所に除菌シートとスプレーが置いてある。仕事から帰ったら真っ直ぐに風呂に直行するしベッドは別々だ。ハグをした後は除菌スプレーをスバルに吹きかけてくる。
 そしてキスは一瞬触れるだけのものしかしてくれない。ぬくもりを感じる暇もない刹那の接触。スバルはその薄い唇の感触を精一杯覚えようと努力しているが全く覚えられない。
 
「今までしたキスの時間、合わせても1分にもならないよな」

 好奇心旺盛な中学生の方がいかがわしい口付けをしているんじゃないかと思ったりもするしもちろんスバルにもそういった欲はある。が、恋人の価値観に口を出す気はスバルにはなかった。だって嫌われたくないし。
 満足していると言えば嘘になるが不満があるかと聞かれれば否であった。

 ――そしてそこで諦めるのかと問われたらそれも否である。

「風呂にも入った。服も新しいのを買って洗濯したのを着たし歯磨きも完璧……

 指折り数えて今日のために作ったTo Doリストを確認する。人と人がわかりあうには歩み寄ってくれるのを待つのではなく自分が変容した方がいい。オットーは潔癖症なのにスバルを壊れものを扱うかのように抱きしめてくれてキスまでしてくれる。
 それ以上を望むのならばスバルも彼に更に歩み寄る必要があるというものだ。

「もう帰ってくるな。……うし!」

 ***

「帰りました」
 
 扉を開けて触れたノブを消毒する。リビングにいるであろうスバルに声をかけるが返事は返ってこなかった。いつもなら賑やかな声と足音がオットーを迎えてくれるというのに。
 
……? ナツキさん?」

 珍しいことだが待っているうちに眠ってしまったのかもしれない。その可能性に行き着く前に玄関にスバルの靴があるかどうかを確認してしまった自分に嫌気がさす。

「おふぁふぇひ」
「は?」

 リビングに入るとソファに座ったスバルの両頬が膨れていた。
 手にはオットーが買いだめている除菌シートがあって――

「っ、あんた何してるんだ!」
「ん、んー!!! あ、ばか!」
「バカはそっちでしょう! こんなもの口に入れて小学生ですか」

 スバルの口に指を入れて口内の異物を無理矢理引きずり出す。オットーの指を噛まないようにか思った以上の抵抗はなくスバルの口の中に大量に詰められていた除菌シートは唾液を伴ってかき出された。スバルの行動の意図は読めないまま、手のひらにあるゴミを握りしめると慌てたようにスバルがオットーの腕を掴む。
 
「ば、ばっちいだろ! ほら早くそれ捨てて手を洗ってこい!」
「あんたの口の中に入ってただけで汚くはないでしょう。それよりもなんでこんなおかしな真似をしたんです」
「とりあえず手を洗ってこいって」
「理由が先です」
「お前潔癖症だろ! 俺の唾とか嫌だろ理由おしまい手を洗う!」

 オットーは驚いたように目を見開いた。
 
「潔癖症では、ありませんが」
「潔癖症ではありませんが……。ありませんが!?」
「あとナツキさんの唾液は別に汚くないですよね」
「ちょいまちオットー」
「はい」
「あ、でも手は洗ってきて。それ捨てて」
……
「洗ってこい!」

***

 ソファに2人並んで会話をする。拳ひとつ分空いたスペースがいつもなんとなく寒く感じる。
「オットーって潔癖症じゃないの」
「あなたと屋台のご飯食べに行ったことあるじゃないですか」
「確かに。え、じゃあこの除菌グッズたちは何!?」
「それは」
「それは?」
「僕が、汚いので」

 眉を顰めて首を傾げるスバルを視界に収め、オットーは眩しいものを見るかのように目を細める。いつみてもスバルは眩しかった。眩しくて綺麗で汚してはいけない存在であった。オットーだけに縛り付けておくことなんて到底できないくらい自由で綺麗で清らかな存在。
 スバルに照らされるほど、近寄るほどに己の穢らわしさが目につく。

「つまり俺を汚したくなかったってこと? 俺そんな純粋培養じゃないんだけど」
……
「おい、沈黙で反論するな」
……
「なぁオットー、好きだよ」
……なんでいきなり、そんな」
「好きだよ、愛してる。超好きだからもっとくっつきたいしエロいキスもしたい。だから口の中消毒したらキスしてくれるかなってモンダミン使って除菌シート詰め込んでみた」
「は、」

 ぐ、とオットーの胸ぐらを引き寄せる。驚きでほんの少しだけ空いた唇を見てニヤリと笑う。
 いったいこの男のどこが汚いというのだろうか。
 雨が降ったあとの陽が差し込んだ時の雲の色をした髪の毛だって深い海を閉じ込めたような両の瞳だって白磁のような肌だってどれをとってもこんなにも美しいというのに。
 
「お前は汚くなんてないけどそうだな、お前がそう思うんなら俺を、俺を汚してよ」