後学の果て


交流SS
登場人物:ティツィフーリーさん

ティツィがとある出会いを経て様々考える話。当事者達にしかわからない言い回しが存分に含まれています。詩を読む感覚でふんわりと感じ取ってください。
サムネイルはジョンさんからお借りしています。ありがとうございます!





共に呪われてほしかった。



それはいつしかそこに在って当たり前だった。窓の外を眺めるだけの日々に現れ、その存在を強く示していた。
曲線を撫でる指先。たまに大袈裟な口調。どこか懐かしむような、それでいて無機質な瞳が、行き場を失くしたこの体を興味深げに見下ろしていた。

全てをどこかに取り落としてきた器の内側へ、それは無遠慮に踏み込んでくる。食事、服、香り、愛。拾い上げられるものはどれひとつとして残っていない。虚無で満たされた空洞に最初に置かれた記憶。あなたはそれら全てを知っているということ。



「君の飛んでいる姿が見たい」

夕暮れに溶け混ざったあの日、この背の赤色の存在意義を知った。
初めて必要とされている気がした。
命の輪郭が形作られたように思えた。
求められているものは地上には無いと悟った。

「空を舞える時まで待とう」

応えたい。ただそれだけだった。
落ちる度に知る痛みが、自分だけのものではないと信じて。


いつの間にか手の中にあったひとつの鍵。この目で見えていた範囲だけが世界ではないことを教わった。全てが真新しく、歪で、血と硝煙の匂いとはかけ離れていた。触れたことのない色濃い非日常、平穏。指先から少しずつ、着実に染められていく。

この体は内側に押し込まれるものを糧として飲み下すことしか知らない。何のためかもわからないまま、余すことなく全てに口を開いて。疑うことなんてできなかった、疑うことを知らない時から注ぎ込まれていたのだから。

あの無機質が時折見せる優しげな色を、いつの間にか追い求めていた。何者も寄せつけない声が、言葉が、穏やかにこぼれ落ちる瞬間があることを知ってしまった。ほんの僅かな隙間、この身を置く余地があることを見せつけられていた。それら全てが都合良く飼い慣らす餌だったとしても。拾い上げる姿をその瞳に映してくれるのなら、何度でも手を伸ばせてしまった。最初に踏み込まれた時点でもう手遅れだったのだろう。だってあなたは拒み方を教えてくれていないから。

見える場所が広がるにつれ、隠されたままでいてほしかったものが浮き彫りになった。
あの部屋が、
あなたが、
自分だけのものではないことを。
割って入って、掴んで、引きずり込まれて。一方的に荒らされるのが許せなくて、同じだけ掻き乱してやりたいと思った。結局は思っただけだ。
何もかも見えていないふりをすれば、この縁が途切れることはないだろうから。全て素直に受け入れ続ければ、また笑ってくれると信じていたから。他の誰よりも従順でいれば、代わりは必要無いはずだから。
音が鳴るおもちゃでもかまわない?
きまぐれでも見放されないならそれでいい?
俺はあなたにとって必要?
真実を知るのが怖くて、何ひとつ言葉にできない。ぐらつく足元の不安定さも、湧き出るばかりで止まらない弱さも、全て喉奥へ投げ落とし、飲み込む他なかった。恐怖も悲観も何もかも、見えないところに沈めてしまえば、存在していないも同然だから。目の前にあるものだけを捉えられれば、今はそれでいい。今は、それで。



「自分に意味は見出せそうか」
「ンー……

風が止むのと同じように、時間も都合良く止まってほしかった。あの日の夕暮れはいつしか昇る朝日になって、いつまでもここに留まれないことを見せつけてくる。ああ、まだもう少し、もう少しだけこのままでいさせて。

「どっちかってーと、見出さないようにしてる」

そう答えれば、まだ教えてくれることがあるはずだって。
離さないで。断ち切らないで。本来ここに必要なかったことを自覚させないで。

「アンタには色々感謝してる。これからもまだ世話になっていい?」

繋ぎ止めるのに必死だった。いつまでも俺の居場所でいてほしい、ただその一心で。
だって、それは、最初からそこに在ったはずだから。いつだって辿れる足跡が見て取れていた。それが簡単にかき消せてしまうことを、今更突きつけられたって。

「何か困ったら来るといい、君の変わりようと飛ぶ姿はいつ見ても気持ちがいいものだからな」

あなたのいない世界を俺は知らない。



あの場所で息をしていた痕跡が何ひとつ残らないことを恐れていた。この体は多くを刻みつけられているはずなのに、部屋の中身は何事も無かったかのように全て元通りで。自分はそこに置かれていた、本当にそれだけだったことを痛感させられてしまった。
ただひとつ、返す必要はないと手の内に留まった鍵。あの世界で同じ時間を生きていたことを証明する、手に取れる互いの記憶。
唯一、俺が、残せたもの。
潰えないように、解け落ちないように。血が滲むまで握りしめて、あの世界が他の誰のものにもならない未来を願った。

────願うだけで終わらせられたなら。

浅黒く染み出す度に飲み込んで誤魔化し続けた歯がゆさ。触れたいと伸ばした直後に自ら咎めた腕。見たことのない表情。聞いたことのない声。知り得ることのない過去。どう足掻いても手に入らない心、あなたの全て。この身が行き着けなかった場所に、他の誰かが到達する将来を受け入れられるだろうか?

……だめだ。考えてはいけない。

「ねえ」

これ以上は許されない。

「誰に対してもこうやって世話焼いたりすンの?」

今まで守ってきたものが崩れ落ちる前に。

「誰のものにもなってほしくねえなって……

いつも通り飲み込めばいいだけなのに。

「ちゃんと好きだよ」

ああ。

「あの部屋に俺以外が居座ってほしくないし」

最悪。

「俺が言われたこともないようなことを他人に言ってほしくない」

もう戻れない。

「俺をフーリーの一番にして」

どうしても受け入れられなかった。俺だけが呪われているなんて。


誰よりも近くに居たかった。
誰にも侵害されない特別が欲しかった。
あの日の自分が応えたいと願ったように、応えたいと願われる自分でありたかった。
執着、所有欲、独占欲、それら全てをひとつにまとめて生まれた、稚拙で陳腐な好意。Bastard俺たちの生きる場所にこんな感情は必要ない。わかってる。わかっているのに、濡れる頬を拭うことしかできない。

目の前にいるのに遠く離れていくような感覚。
焦がれ燻った熱が闇夜に漂い冷えていく。
見上げる位置に浮かんだ無機質な二つの赤。
そこに湛えられているものは何?



「君の世話を買ったのも随分と俺らしくないことをした、人間ならまだしもバスタードなどの面倒を見てもメリットがない」

「ティツィ」

「君が見ている“俺”は随分と優しかったろう?」

「それは俺が人間を模倣したものだからだ」



「君が愛したのは模倣だ」



……

模倣。

その言葉が指し示しているのは。
この目で見てきたあなたは、
誰かの真似をしていただけだから、
あなた自身が自ら望んで、
俺を受け入れていたわけではないということ。
今まで与えられてきた恩恵の裏側。
そこには何か別の理由、目的がある。そう言いたいのだと悟った。

ずっと目を背け続けてきたもの。目の前にありながらも、暗い影の奥に押し留めていたもの。正体はこれだったのかもしれない。見られていたのは俺じゃない、俺の先にある何か別のものだって。最初から理解していたはずだった、理解したつもりになっていただけだ。どんな形でもそばに居られるならかまわないなんて、一時しのぎの暗示をかけ続けてしまっていた。
手懐けるための餌付け。
自ら逃げ場を捨てて繋がれることを望んだ鎖。
全て本心なのだと信じる他なかった見知らぬ誰かの残像。
あの無機質が時折見せる優しげな色。
穏やかにこぼれ落ちる声、言葉。
ほんの僅かな隙間、この身を置けそうに見えた余地。

全て俺のために存在していたわけではない。



……そうだとしても。

────本当に?

うん。本当に。

────それでもいい?

それでもいい。

────それは誰のため?

……自分のため。
大丈夫。案外、悲しくない。

映し出された何もかもが模倣だったとしても、この目に入れば全て等しく新しかった。帰る場所のあった日々、朝日の眩しさ、まだキーケースに入ったままの合鍵。全てをどこかに取り落としてきた器の内側は、いつしかただの空洞ではなく、蓋が閉めきれないほどの記憶で満たされていた。何もかもを受け入れるだけだったこの体も、知らぬ間に取捨選択を覚えていた。譲れないものも、欲しいものも、叶えたくて手を伸ばしたくなるものもできた。繰り返し名前を呼んでくれたから、名前の存在意義を強く実感できていた。
模倣ということは、かつて同じことをあなたに与えた誰かがいる。その誰かのことは知り得ないけれど、その存在のおかげで確かに俺は支えられていたんだ。

フーリー。アンタに救われた過去があって良かった。
アンタの模倣が俺を生んだんだ。

直視したくないものもたくさんあった。言いなりになる他ないと盲信する時間も、飲み込みきれない嫉妬で焼き切れそうな夜もあった。そんな日々の上に、かけがえのない記憶が散りばめられているのも、嘘偽りない真実で。窓の外を眺めるだけでは得られない何もかもが、あの日の出会いから始まったんだ。
この命が在り続ける理由には未だ迷うけれど、共に生きたいと願う動機はある。空っぽだったこの体が空を知ったのは、あなたのおかげであることに変わりはないはずだから。

後悔なんて無い。もう飲み込むだけでは終わらせない。正真正銘、この心が本物だと伝えたい。
鬱陶しいだけかもしれない。必要ないと断ち切られてしまうかもしれない。そんな未来が待っていたとしても、もう立ち止まる理由にはならない。
与えられてばかりで何も返せていないまま、ここで全てを閉じるわけにはいかないんだ。

あの日縁取られた命の形を、あなたにもどうか感じ取ってほしい。


「俺はフーリーの全部が欲しい。でも、何もかも奪って手に入れたいんじゃない」

……アンタの意志で、俺に、全部預けてほしい」

「フーリーのために生きる俺でありたい」

「フーリー」

「一緒に生きたい」





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