いとま
2026-01-31 00:29:02
15661文字
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迷い込む話

pixivに投稿していたものを修正・追記したので、する前の文章を置きます。

 蝉の声が響く真夏。有村すばるは、じめじめとした湿度への不快感と共に目を覚ました。高校に入ってから初めての夏休み。だからといって、友達が少なく家族も忙しいすばるには、遊びや旅行など無縁な話だ。宿題をする以外は、寝て過ごしている。今日だってそうだ。退屈な日々にうんざりしながら、すばるは起き上がった。
 布団を蹴り飛ばしたため掛けていなかったはずなのに、体は汗だくになっている。
とりあえず早く冷たいジュースが飲みたい。すばるは着替えて、二階の自室から一階のキッチンへと向かった。
「うわぁ……
 キッチンの冷蔵庫を開けたすばるから落胆や絶望に近い声が漏れる。
冷蔵庫にあると信じて疑わなかったジュースが入っていない。
 そっか、昨日全部飲んだんだっけ……
自分の計画性の無さを恨みながら、すばるはコップに氷を入れ、水道水で喉を潤す。
……やっぱりジュースが飲みたい。
 外は太陽が照りつけている。夏の太陽は、冬の太陽の控えめさを見習って欲しい。逆に冬の太陽は、夏の太陽の存在感の強さを見習って欲しいが……
 出来る限り外には出たくないが、仕方ない。快適な生活のためだ。
 すばるは綺麗な金髪についた寝癖を直し、財布とスマホを入れたリュックを背負って外に出た。当然だが、部屋の中よりも暑い。一瞬、すばるの脳裏に帰るという選択肢が浮かんだが、頭を振って取り消すと、歩き出した。
 さっさとコンビニへ行って、さっさと帰ろう。


「ありがとうございました~」
 やる気の無さそうな店員の声を背に、すばるはコンビニを出た。買ったものはジュースとお菓子。そしてアイスだ。
 やっぱりこんな暑い日はアイスを食べながら帰るに限る。……いや、別に限りはしないけど。美味しいし冷たいから俺は好きだなってだけで。
 ソーダ味のアイスを袋から出し、袋をコンビニのゴミ箱に捨てる。
 帰路につこうと振り返ったところで、すばるは違和感に気づいた。気づいた、といっても何がおかしいのか理解出来たわけではない。何かがおかしいと感じた程度だ。
 気のせいかな。
 アイスを一口食べ、歩き出すすばる。町はコンビニに向かっている時と同じように見える。いや、同じだ。うるさい蝉の声、光を反射して輝く緑の葉、しつこいくらいに照りつける太陽。周りをよく見ると陽炎が揺らいでいる。全て来た時と同じ。
なのに、何かが違う。
……そうだ。
……人がいないんだ」
 すばるがぽつりと呟くと同時に、蝉の声が止んだ。
 さっきからいくら歩いても人がいない。車も通らない。今は夏休み真っ只中、学生が遊んでいてもおかしくないのに、全く学生を見ていない。
「まさかね」
 すばるは自分の考えに苦笑した。
 人がいなくなるわけがない。偶然が重なって、自分が歩いている道に人がいないだけだ。だが、今も蝉の声は聞こえない。人がいないのは偶然だとしても、蝉の声が止み、静かになったこの町を、どう解釈すればいいのだろう。
自分の不穏な考えをこれ以上深めたくなくて、他のことを考えようとした矢先。
「あっ、やばいな……
 そういえば、弁当を買っていない。
作るのが面倒だから、どうせコンビニに行くなら一緒に買ってしまおうと思っていたのに。幸い、コンビニからはそれほど離れていない。すばるは、早足でコンビニに戻った。アイスは溶けかけている。


「何で……
 コンビニの自動ドアは、いくらすばるが前に立っても開く様子がない。自分で開けようとしたが、微動だにしなかった。それだけでなく、コンビニの中も暗く、店員もいない。
「本当に、誰もいない……、のか……?」
 町に一人だけ取り残された?だとしても、どうして。自分がコンビニの中にいるほんの数分の間に、何があったのだろうか。先程までいたコンビニの店員は、自分がコンビニを出てから数分しか経っていないはずだが、どこへ行ったのだろうか。
 考えても何もわからない。悪い夢か、質の悪いドッキリか。どちらかだとありがたいのだが、自分の置かれた状況から考えるに、それはあり得ないだろう。
 コンビニの前で突っ立っていても仕方がない。
 すばるが別の道を探索することにした、その時。
 数メートル先に人が立っている。黒い服に黒いズボン、ぼさぼさの短い黒髪。服は夏だというのに長袖だ。目付きが悪く、目の下には隈がある。
 不審者といっても過言ではない男は、怪訝そうな顔ですばるを眺めている。
 うわ……、絶対危ない奴じゃん……
 しかし、後ろには開かずのコンビニ。すばるに逃げる場所などない。
「おい」
 どうするか考えていると、男の方から話しかけてきた。
 男の声に反応したように、溶けていたアイスが落ちる。
「な、何ですか」
「お前、どうやってここに?」
 ここ……。こことは、どこのことだろう。
「コンビニに、ですか?」
「違う。ここってのは……、あー……、何て言ったらいいのかな」
 男は困った様子で頭を掻く。
「単刀直入に言うけどな、神隠しにあってんだよ」
「神隠し……? 神隠しって、人がいなくなるやつですよね」
「そうだ。町に人がいないだろ。気づかなかったか?……あぁ、気づいてた。そうか。それは紛れもなく神隠しのせいだ」
 突拍子が無さすぎて、理解が追い付かない。この男は、町から人がいなくなったのは、その「神隠し」のせいだとでも言いたいのだろうか。
「だから、町に人がいないんですか? でも、町の人が全員神隠しだなんて」
「違う」
 すばるが言い切らない内に、男に否定された。
「違う?」
「神隠しされてるのは町の人じゃなくてお前だ、お前」
「俺……
「『ここ』はな、普通の世界とは違う。神隠しにあった奴が迷い込む世界だ」
「はあ……?」
 なんて信じられない話なんだろう。ついていけない。俺がここに迷い込んでいる? 迷い込んだとしたら、やはりコンビニを出た時だ。あの時は帰ろうとしていたため、コンビニのことは気にしていなかったが、あの時にはもうコンビニの中には誰もいなかったのだろう。
 でも、神隠しにあった人がここに来るのなら、何故ここに自分以外の男がいるのだろう。この人も、神隠しにあったのだろうか。
あの、じゃああなたも神隠しに?」
 すばるが聞くと、男は「俺がぁ?」と不満そうな声で聞き返してきた。
 どうやら違うらしい。
「俺が神隠しにあうわけねーだろ。俺は調査で自分から入ったんだよ」
「自分からぁ?」
 今度はすばるが聞き返す番だ。
 こんな意味のわからない場所に、自分から入るなんて正気じゃない。やはり早めに逃げておくべきだった。いや、今からでも遅くないはずだ。
 すばるが小さく助走をつけるように後ろに下がると、男は「まぁ待てよ」と笑みを浮かべた。その笑顔は、お世辞にも良い笑顔とは言えない。
「俺はこういう怪奇現象を扱ってる記者でな。仕事で入ってるだけで好きで入ってるんじゃねえよ」
 そう言って男はポケットから財布を出した。その財布から名刺を取り出し、すばるに向ける。出来れば近づきたくないが、受け取らなくて面倒なことになっても困る。すばるは恐る恐る名刺を受け取る。
「くろや……みき……
 名刺には「黒矢未希」と書かれている。表面をよく観察し、裏返してみたりもしたが、本当に記者で間違いなさそうだ。
 記者というのは本当だが、仕事で入っているだけで好きで入っているわけではない、というのは嘘だろう。黒矢の態度には余裕がありすぎる。暇を持て余して入った、と言われても信じてしまいそうだ。
「ここから出たいだろ?」
 黒矢がすばるの顔を覗き込みながら聞く。
「そりゃあ、出たい、ですけど」
 歯切れの悪いすばるの返答を聞いて、黒矢は「よし」と言ってから歩き出した。
「着いてこい。ここを出よう」
「えっ、で、出るって」
 すばるが出る方法について聞こうとしている間にも、黒矢は遠ざかって行く。こんな場所で離れたらどうなるかわからない。状況を理解してしまい、急に恐怖という感情を抱いたすばるは、走って黒矢について行った。黒矢は怪しいが、一人でいるよりは安心出来る気がする。


「出口が、どこかにあるんですか」
「さあな」
さあな!? すばるは自分の耳を疑った。つい先程「着いてこい」と言ったくせに、黒矢から出た言葉は「さあな」だ。あり得ない。前言撤回、やっぱり一人でいた方が安心出来たかもしれない。
「あなた本当に外に出る方法を知ってるんですか? 知らないなら俺一人で探しますけど」
 すばるが捲し立てるが、黒矢は怯んだ様子はない。
「出る方法は知ってるよ。だけど出口は知らねえ。……そんな顔するなよ、仕方ないだろ、毎回ランダムなんだよ、ここは。出口はトンネルなんだ。ここら辺はもともと行方不明になりやすい地域でな、行方不明だった人が、トンネルで見つかったって話をよく聞くから、間違いない。ただ、そのトンネルに統一性が無いのが、難しいところだな。大体、実を言うとトンネルが出口ってのも俺の考察だ。もしかしたら、偶然出ることが出来た人がトンネルに飛ばされるだけで、出口はトンネルではないかもしれない。……何だよ、ヒントが無いよりはマシだろ。あーもう、例えトンネルが出口じゃなくても、ちゃんと出る方法を調べてやるからあんま睨むなって」
 そう言いながら、黒矢は木の枝を拾い、持った感覚を確かめてから地面に捨てた。
 こいつを少しでも信じて、着いて行こうと思った自分が馬鹿だった。神隠しについて調べてはいるようだが、正体やそれを避ける方法、出現条件等は何もわかっていないらしい。それを咎めると、黒矢からは「だから調べてるんだろ」と、何とも言えない言葉が返ってきた。確かにそうだが、今はそういう話をしているのではない。
 コンビニを出発してから大分経つが、トンネルは一向に姿を現さない。もともと、この辺りにトンネルは少ないのだが、それにしても、これほどたどり着かないものだろうか。
「迷ってません?」
「迷ってんな」
 すばるの質問に、黒矢は雑談でもするかのようなテンションで答えた。
「迷っ……だから着いて来たくなかったんだよ! 何なのあんた! 本当に出る気あんの!?」
「うるせえな、いきなり怒鳴るなよ」
「さっきから我慢してたんだよ!」
「これは俺のせいじゃねえよ。多分特定の場所を通ったら戻されるようになってんだな。ほら見ろ、さっき俺が拾って捨てた木の枝だ」
 確かに、地面に先程黒矢が拾っていた木の枝が落ちている。反論出来なくなったすばるに、黒矢はドヤ顔で木の枝を突きつけた。
「俺の行動に無意味なことなどない。安心して着いてこい」
「はあ……
 疲れる。これほど話していて疲れる人と関わったことがあっただろうか。いや、なかったはずだ。ただでさえ、人付き合いが苦手なすばるにとって、黒矢の存在はストレスの塊と成りかけていた。
 黒矢の言う「特定の場所」を避け、トンネルの方へ向かってはいるが、まだまだ先だ。人もいないし、うるさい蝉の声もしない。だが、暑さだけはそのままだ。
「早く帰りたい
 すばるがぽつりと呟く。呟いた、というより漏れた、といった方が近い。
「ああ、さっさと出口に繋がるトンネルを見つけよう」
……これは、何なんですか?何で俺が?」
 ただ歩いているだけでは、体だけでなく、気持ちまで疲れてしまいそうだ。そう思い、黒矢に神隠しについて尋ねた。
「そうだな……、これは『神隠し』と呼んではいるが、神は関わっていないと思う。これは俺の予想だが、これは霊的なものでも神関係のものでもない。パラレルワールドって知ってるか? いや、知らなくていい。別に知っていても何の得にもならん。まぁ簡単に説明するなら、本来の世界とよく似た別の世界、みたいなもんだな。俺は、ここもそういうもんだと考えてる。パラレルワールドとか異世界とか、そういう謎の空間の類いだとな。何でお前がここに来たのかは知らねえが、ここに繋がるような行動を取ったんだろうな。それは、別の誰かがお前と同じ出発地点から同じ行動をして、同じことを考えていても迷い込むことはない。お前じゃなきゃ駄目だったんだ。お前が明日同じことをしても駄目だろうがな。つまり、今日のお前限定の現象ってことだ。迷い込むのは、必然だったのかもな。……さっきも言ったが、これは俺の予想だ。信じなくていいし、理解出来なくてもいい。ただ、自分の置かれた状況が異常だってことだけは忘れるなよ」
 黒矢は一通り説明し終えると、首を傾げた。
「ん? そういえばお前の名前を聞いてないな。お前、何て名前なんだ?」
 今更か、そう思いつつも、自分から自己紹介をしていなかった。まず、する気にならなかったことを思い出し、改めて自己紹介をした。
「有村すばる、よろしく」
「有村すばるか、わかった。不思議な場所に迷い込んだ有村すばるだな。略してアリスだ。よろしくな、アリス」
 自分は、何故こんな奴に名前を言ってしまったのだろう。すばるに、一気に後悔の念が押し寄せる。
……アリスは、やめてくれませんか」
「は? 似合ってるぞ。金髪に青い目。ぴったりじゃないか。あーはいはいわかった、わかったよ。悪かったって、機嫌悪くならないでくれよ、関わりづれえな」
 悪びれる様子もなく、黒矢は「な、アリス」と続ける。関わりづらいのはどちらだろう。本当に面倒な人だ。元の世界に戻ったら出来るだけ関わらないようにしよう。すばるは心に固く誓った。黒矢の説明に夢中になっていたこともあり、あまり気にしていなかったが、トンネルに近づいていた。曲がり角を曲がれば、すばるが時々通るトンネルだ。これで帰れるのかな。
すばるには、安心する気持ちと不安な気持ちが混在していた。
 トンネルはすぐそこだ。

 トンネルは、最初から存在していなかったかのようになくなっていた。
 目の前には高い壁が立ちはだかり、横を見てもその壁が広がるだけだ。トンネルがあったはずの場所には、ツタが複雑に絡み付いている。
予想はしていたが、実際に目にしてみると、絶望感がどっと押し寄せてくる。
「無くなってる……
「みたいだな。俺はここら辺に詳しくないから知らねえけど、ここには、本来ならトンネルがあるんだろ? 道を間違えたか?」
「いや、たまに通るし近所だから道を間違えるわけがない。周りの景色もいつもと同じだし、トンネルがある場所はここであってますよ」
「ふーん、俺も地図通りに来たつもりだし、間違えてるわけがないんだけどな。アリス、近くに他のトンネルは?」
「近くだと……、えっと、この壁沿いに歩いたらもう一つあったはずですけど」
「じゃあそこに言ってみるか」
 黒矢とすばるは、もう一つのトンネルに向かって歩き出した。
 だが、いくら歩いても壁が続くだけで、トンネルらしいものは見当たらない。むしろ、歩けば歩くほどツタが成長し、壁が緑色に染まっている。
 しばらく歩いていたが、トンネルがないことを確信したのか、黒矢が立ち止まり「なるほどな」と呟いた。
「どうしたんですか?」
 疑問に思ったすばるも隣で立ち止まり、黒矢の顔を覗き込みながら聞く。
「戻るぞアリス、逆だ。逆に向かって歩こう」
 そう言うと黒矢は踵を返し、今までより速く歩き出した。急な方向転換と加速に追いつけなかったすばるは、一瞬で黒矢と離れてしまう。
「いきなりどうしたんですか。今までやる気の無さそうな、ちんたらした早さだったじゃないですか」
 走って黒矢に追いつき、訝しみながらまた質問する。
 黒矢の言動は、すぐに理解出来ないことばかりだ。ただでさえ、意味のわからない場所に迷い込んでしまって混乱しているのに、どこにでもいる一般人のすばるが、怪奇現象に慣れている黒矢の言動に追いつけるわけがない。ここに来てから、付いていけないことが多すぎる。
「ちんたらって……、なんか失礼だな。お前も速く歩け。どのくらいの速度かはわからんが、下手すると間に合わなくなるぞ」
「はあ? 間に合わなくなるって……。てか、さっきから思ってたんですけど、思ってても言わなかったんですけど、もう少しわかりやすく説明してくれません? 俺はあんたみたいにこういうのに慣れてないんですよ」
「あー、そうだな。じゃあ周りを見てみろ」
 すばるは黒矢に言われた通り、歩きながら周りを見渡す。右にはツタが絡みつく壁、左には住宅街がある。地理的には、トンネルがないこと以外はいつも通りだ。
 だけど、壁にも家にも、こんなにツタが絡みついていただろうか。
 よく考えると、普段の世界ならトンネルの壁にもこんなにツタは絡まっていなかったはずだ。家の壁なんてもってのほか。古い家ならツタが絡みついていてもおかしくないが、この辺りの家は最近建てられたばかりで、管理も行き届いている。ツタが絡みつくことなんてあるはずがない。
 ふと後ろを振り返ると、さらにツタが絡みついていた。奥の方は家の壁や屋根が見えないほどに、ツタの葉で埋め尽くされている。そういえば、奥に行けば行くほど、道にもツタが飛び出ていることが多くなっていた。きっと、道の奥は家や壁だけでなく、道すらもツタで埋め尽くされているのだろう。
 黒矢が引き返そうと思ったきっかけ、普段と違う場所。それは
「ツタ……?」
すばるがはっとして考えを声に出す。
「そうだ。奥に行けば行くほどツタが成長している」
「それはわかりました。でも、どうして」
「これは俺の予想だが」
 先程の説明と同じような切り口で、黒矢が説明を始めようと口を開いた時、ツタが突然勢い良く伸びはじめた。引き返す前よりは少なくなっていたはずのツタが、一気に壁や家、道すらも埋め尽くす。まるで、すばると黒矢が外に出るのを拒むかのように。
「くそっ! 走れアリス! 転ぶなよ! 転んだらツタに絡みつかれて二度と出られなくなるからな!」
 黒矢は忠告の後に「転んだら置いて行くからな」と付け足した。言われなくてもわかっている。すばるもツタに気をつけながら、全速力で走り出した。
「俺もあんたが転んだら置いて行くけどね! で? 俺の予想が何なの?!」
「走りながら説明出来るかよ! 次のトンネルはどこだ!」
「俺は無くなったトンネルと今行こうとしてたもう一つのやつしか知らないよ! 大体この先は行き止まりで
「はあぁ!? じゃあ何でこんなとこ走ってんだよ!」
「あんたが引き返したんだろ!?」
「次の曲がり角で曲がるぞ!」
 黒矢がそう言った矢先、見えていた曲がり角がツタで覆い尽くされた。通れる隙間などない。時間をかけて剥がせば通れるかもしれないが、ツタが迫っている今、そんなことをしている余裕はない。
 二人は、その光景を見て絶句した。
「ど、どうすんの! この先は行き止まりだし、長い間工事してて通ってなかったからどうなってるかわからないよ!」
「知るか、んなもん! とにかく走るぞ! 行き止まりは、こう、頑張って越えろ!」
「無茶言わないでよ! 壁だよ!」
 黒矢とすばるが言い争っている間も、ツタは勢いを増して迫って来ている。二人が通った道は、すぐにツタで埋め尽くされた。
 段々行き止まりに近づいている。
 ツタに捕まったらどうなってしまうのだろう。動けなくて絡みつかれたまま一生を終えるのか。例え抜け出せたとしても、こんな場所でどうやって生きればいいのだろうか。出口だと思っていたトンネルも無くなっていたため、出る方法を見つけるまで、どう過ごせばいいのだろう。コンビニの自動ドアを開けようとしたが、びくともしなかった。食料を探すのにも苦労しそうだ。
 そもそも、出る方法なんてあるのだろうか。
今まで聞いていた黒矢の説明は、予想でしかない。本当に出口がトンネルなのか、出る方法があるのかすらも、立証された事実ではないのだ。
 止まった蝉の声、照りつける太陽、誰もいない道。こんな世界に残されるなら、ツタに捕まってしまった方が……
「アリス! あそこだ!」
 悲観的になったすばるの思考に、黒矢の声が切り裂くように響く。
 黒矢が指差す先の壁には、小さくて短いが、確実にトンネルと呼べる空洞があった。
「あのトンネルを目指せ!」
 おかしい。あのトンネルがある場所は、行き止まりだったはずだ。
 トンネルを防ごうとしているのか、ツタがさらに勢いを増す。
 ツタと並走しているような状態になった二人は、力を振り絞り、先程よりも速く走りながらトンネルを目指した。
「うっ」
 トンネルの目の前まで来た時、すばるが何かに躓いた。
 すばるの体が傾く。後ろには、大量のツタが迫っている。
 一体何に躓いたのか。下を確認すると、細いが頑丈そうなツタが右足の靴に絡みついている。躓いた時に巻きつかれたのだろうか。
 そうか、俺はここで……
 自分の状況を理解したすばるは、死を覚悟する。
 トンネルの目の前まで来たのに、出られるかもしれないのに、最後の最後で。
 諦めかけたすばるの腕を、先にトンネルに入っていた黒矢が掴み、自分の元へ引き寄せる。ツタが絡まっていたせいで、右足の靴は脱げてしまった。
 だが、黒矢のおかげで、ギリギリのところですばるもトンネルに入ることが出来た。
「転ぶなって言っただろうが。急げ、ここも危ないぞ」
 安心したのもつかの間、黒矢の言葉を聞き後ろを確認すると、確かにツタの勢いは衰えていない。早くトンネルを抜けた方がよさそうだ。黒矢は、後ろに気を取られているすばるの腕を掴んで走り出した。一瞬見えたすばるを掴む黒矢の腕には、数珠のようなブレスレットが光っていた。
 二人は短いトンネルをツタに追いつかれないように走った。走る音と、ツタの葉が擦れる音、ツタが壁を覆い尽くす音が静かなトンネル内に響き渡る。
 すばるは何故か、このトンネルを抜ければ元の世界へ戻れると確信していた。


 トンネルから出た瞬間、照りつける太陽と共に、蝉の大合唱が聞こえてきた。
息を切らしてトンネルから出てきた二人を、通行人は不思議そうに眺めている。
「戻っ……、て、きた……?」
 すばるは汗を拭いながら辺りを見渡す。いつも通りの町だ。
 振り返っても、ツタは迫っていない。トンネルの先の住宅街も、ツタの絡まる景色ではなく、綺麗な家が建ち並ぶ、いつも通りの景色になっている。
「みたいだな……。はぁー……、思った……、より、苦労した……
 屈んでいた黒矢が、辺りを見渡しながらため息をつく。
「とりあえず……、休める場所に行こう。というか、靴が脱げたんだったな……。お前の家って近いのか?」
「まぁ、近い、けど……
 黒矢はすばるの家で休む気満々だ。正直、こんな奴を家に入れたくないが、一応命の恩人だ。それに、片足だけ靴がない状態で歩き回るのは恥ずかしい。すばるは、黒矢を案内しながら家へと歩き出した。
 あの場所にいたのは一時間ほどのはずなのに、何日も見ていなかった気がする見慣れた町を眺めながら、今度こそ家へ向かう。道中で、すれ違う人にじろじろと見られたが、靴を片足しか履いていないせいだろう。もしくは、怪しい男と歩いているせいだ。後者だと思いたい。
何のトラブルもなく、無事に家に到着した。安心しながら家の鍵を開ける。
 家に入ってすぐにクーラーをつけた。黒矢をリビングの椅子に座らせ、自分も黒矢の向かいに座ろうとしたところで、物足りなさを覚える。
 そうだ、ジュースだ。
 もともと、自分は冷たいジュースが飲みたくてコンビニへ出掛けたのだ。そう思い、リュックから出したオレンジジュースは、とっくに温くなっていた。すばるはすばやく二つコップを出し、氷を入れた。その中にオレンジジュースを注ぐ。この作業をして、ジュースを飲みたかっただけなのに、どうしてあんなことになってしまったのだろう。
 オレンジジュースの入ったコップを、黒矢の前に置く。すばるもオレンジジュースを持って向かいに座りながら、口を開いた。
……教えてよ。あんたの予想を」
 ツタに追われる前に話しかけていた、黒矢の予想。黒矢の話は、怪奇現象に馴染みが無いすばるにとって、突拍子がなくわかりづらいが、あの場所の仕組みだけは聞いて置きたかった。
「わかった。と言ってもな、どこから話せば理解出来る? 怪奇現象に慣れてないお前には分かりづらいんだろ? 俺の話は」
「分かりづらいね。でもまずは引き返した理由からかな」
「引き返した理由か……。お前も見ただろ、あの大量のツタを。出発したコンビニの周りとは大違いだった。ツタってのはすぐ伸びるが、町を覆い尽くすほどの早さでは伸びないはずだ。まぁ、俺らを追ってきた時のツタの成長スピードは桁違いだったが、あれは俺らの脱出を防ぐためで、普段はあの早さでは伸びないだろう。そこまでは分かるな? 本題に入れって顔だな。ツタの話は嫌いか? まぁいい、俺はあれを見て、あの世界はどこかを中心に広がり続けているんじゃないかと思ったんだ。ツタが大量に生えているところは、大分前からあの世界に取り込まれていた場所。あの世界は植物以外の生き物がいないから、ツタを管理する者もいないしな、伸びたツタが家や壁を覆っているのも納得出来るだろ。逆に、ツタが少ない場所、それは最近あの世界に取り込まれた場所だ。コンビニの周りとかだな。コンビニの周りを歩いている時、振り出しに戻される道があっただろ? あれは多分、その先はまだ取り込まれていないからだと思う。広がっている中心も、広がり始めたきっかけもわからんが……。あ? 引き返した理由が分からない? これだけ説明すれば分かると思ったんだがな。つまりだ、奥に行けば行くほど、中心に近づけば近づくほど出口となるトンネルは無くなっていく。あったとしてもあのツタだ。通れるとは思えない。だから、引き返して別のトンネルを探した方が良いと考えたんだ。地図上では行き止まりだったあの場所に、トンネルがあったのは予想外だったがな」
 黒矢はそこまで話して、すばるの出したオレンジジュースを啜った。
 黒矢の話だと、あの世界について大体は理解していても、行き止まりのことは考えていなかったようだ。行き止まりがトンネルになっていなかったら、どうするつもりだったのだろう。
「あのトンネル、あの世界にだけ存在してるものじゃなかったみたいだね。こっちでは行き止まりだったから、あの世界にしかないのかと思ったけど、戻って来てから振り返っても存在してたし。しばらく工事してて通らなかったから知らなかった。あの工事は、あそこにトンネルを造るための工事だったんだ」
「みたいだな。あの周りは最近取り込まれた場所、しかも最近完成したトンネルだ。ツタが侵食していなかったのも納得出来る」
 すばるの説明に、黒矢が頷く。
「あっ、あと、俺は何であの世界に? あんたも、どうやって入ったの?」
「お前が何で入ったのかは知らねえよ。あの周りは取り込まれたばかりみたいだったし、それに巻き込まれたんじゃねえか?」
 黒矢はそう言って少し経ってから、何かに気づいた顔で「そうか」と呟いた。
「行方不明の人が見つかるトンネルに統一性が無いのは、巻き込まれた場所と既に取り込まれている場所が違うからなんだな」
「何の話?」
「お前は今日、コンビニが取り込まれた時に巻き込まれただろ。他の人は、例えばあの住宅街が取り込まれた時に巻き込まれたとする。だとすると、コンビニの先の俺らが出たトンネルはまだ取り込まれてないだろ。以前あの世界から出た人は、その時に取り込まれたばかりの別のトンネルから出たんだ。だけど、その後に巻き込まれた人がそのトンネルを使うことは出来ない。理由はわかるな? 出口は段々と無くなっていく。だから、統一性がないんだ。出口が無くなっていくせいで、ここら辺で行方不明になっていた何人かは出てきてないしな。全員が神隠しとは限らんが。あの世界で熱中症とか栄養失調とかそういうので死んだか、ツタに巻き込まれて死んだか、もしかしたらまだ生きてるかもしれねえけどな。生きてるか死んでるかは、俺らにはどうしようもないからどうでもいい。統一性がない理由は、分かったか?」
「まあ……、何となくだけど……
 正直、あまり理解出来ないが、そういうものなのだろう。黒矢とすばるでは、怪奇現象を経験している数が違う。経験していくごとに、黒矢のように慣れていくのだろうか。
「で、俺がどうやって入ったかだ」
 黒矢はそう言いながら腕を捲った。腕には、先程見えた数珠のようなブレスレットが輝いている。
「それは?」
「怪奇現象を引き寄せるパワーストーンみたいなもんだ」
 怪しい。こいつ、騙されてるんじゃないの? 思ってることが顔に出ていたのか、すばるの反応を見た黒矢は「本物だ」と付け足した。本物か本物ではないかなど、騙された側の黒矢が決めることではない。騙された側は、これは本物だと信じて疑わないものだ。信頼出来ない。
「本当だって。引き寄せるが、取り込まれないようにする、これはそういうもんだ。お前が躓いた時に、靴が脱げただけで済んだだろ。それは、俺がこのブレスレットをしてる方の手で掴んだからだ」
「へぇ……
……信じてなさそうだな」
「逆に信じると思う?」
 確かに、靴が脱げただけで助かったが、それはブレスレットのおかげなのだろうか。
「分かった、信じなくていい。アリスはこれから怪奇現象に関わることなんて無いだろうしな。正直、俺もそこまで信じてない。だけど、今回あの世界に入ることが出来たのは、紛れもなくこれのおかげだ。あと、これは金を出して買ったもんじゃねえ。偽物でも構わないさ」
 一通り説明し、黒矢は捲った袖を戻した。
「他に聞きたいことは?」
「ツタが追ってきた理由」
「ツタが追ってきた理由、か」
 すばるの質問に、黒矢は少し困った様子で顎に手を当てた。
「そこは俺もわからん。中心に行けば何かわかるだろうが、あのツタだ。大分広がっているだろうし、どういう広がり方をしているのかもわからない。弧を描くように丸く広がっているのか、一直線に真っ直ぐ広がっているのか、それとも形などなく、不規則に広がっているのか。しばらく調べる必要があるだろうな。わかったらお前にも教えるよ」
……大体わかった、ありがと」
「ああ、答え合わせもしたし、俺はもう帰るかな。ジュースご馳走様」
 黒矢は椅子から立ち上がりながら、「お前が止めるなら、もう少し話してもいいんだぜ。連絡先とか聞きたいだろ?」と軽口を叩いた。もちろん止めないしいらない。
「いや、早く帰って。そして俺に二度と関わらないで」
「酷い奴だな。俺はお前の命の恩人だぞ? そうだ、名刺の裏に事務所の場所が載ってるだろ。怪奇現象関係で、何か困ったことがあったら来い。どんなに小さなことでも、誇張しちまえばネタになるから大歓迎だ」
 それは、記者としてどうなのだろう。すばるは疑問に思いながら、黒矢を玄関まで見送った。靴を履いてから、黒矢は「じゃあな、アリス」とすばるの頭を軽く撫でた。
 面倒臭い奴だったけど、悪い奴ではなかったな。
 すばるは、閉まる扉を見ながら思った。


 神隠しに巻き込まれてから、数日経ったある日。
 すばるは、名刺の裏に書いてあった建物の前に立っていた。
「ここ、だよな……
 五階建ての小ぢんまりとした建物。名刺の裏には、三階の一室が黒矢のいる事務所だと書いてある。
……本当にここか?」
 事務所の前まで来た。いや、事務所と呼べるほど立派ではない。物置、と言われても疑問を持たないほどだ。それは、廊下の奥にあるからとか、扉が地味だとか、そういう理由ではないと思う。まず、雰囲気から何かが違う。
部屋の悪口を言っていても仕方がない。すばるは、恐る恐る扉をノックした。間違っていませんように。
「うーい」
 中からやる気の無さそうな返事が聞こえた。
どうやら、間違っていないようだ。
「アリス? 二度と関わるなって言ってたくせに、どうしてここに?」
 扉を開けた黒矢がすばるを見ながら、訝しげに首を傾げる。
「あんたこそ、ネタになるから大歓迎って言ったくせに、その表情は何?」
「いや、二度と会うことは無いと思ってたからな。今日はどうしたんだ? また何かに巻き込まれたか? この前は神隠しで不思議な場所に迷いこんでいたアリスだったが、次は人の心を学ばないと一生元の姿に戻らない呪いでもかけられたか?」
「何それ、俺あまりそういう話詳しくないんだけど」
……わかった、気にするな。で? んなこたどうでもいいんだよ、今日はどうしたんだ。ああ、適当に座れ、そこにソファーがあんだろ。何か飲み物出すから」
 言われた通りにソファーに座ったすばるは、部屋の中を見渡す。棚の中にはファイルや怪奇現象を扱った本。部屋の真ん中には、黒矢一人しかいないくせに、デスクが並べられている。
「悪いな、麦茶しかなかった」
「麦茶でいいよ、ありがとう。今日は神隠しについて聞きに来た」
「神隠しについて?」
黒矢はまた首を傾げる。
「数日前に全部話したはずだが? 確かに、また何かわかったら連絡するとは言ったが、残念ながら何もわかってねえぞ」
「うん、だろうね。だから来たんだ。これ見てよ」
すばるは、机の上に地図を広げる。
「何だこれ」
「地図だよ、五年前のね。ここを見て欲しい、あの住宅街のもっと奥の場所なんだけど。スマホで調べたら、ここは五年前までツタで埋め尽くされた家だった。多分、あの世界は五年前にここから始まって、ツタもここから広がってるんじゃないかな。この家は五年前に取り壊されてるからね。今は立派なアパートが建ってるけど。……え? ツタの広がり始めた場所はわかったけど、あの世界がここから始まった証拠がない? これだけわかれば十分だと思うけど。ここからは、調べれば大体予想はつくし。まぁいいや、説明するね。……煽ってないよ、説明するから黙ってて。五、六年前に、ここら辺で誘拐事件があったんだ。今でも未解決で、情報も出回ってないから、誘拐されたのが男か女か、何歳なのかもわからない。だから、未だに時々ネットで話題になってる。これは俺の予想なんだけど、誘拐された人は、このツタ屋敷に監禁されてたんじゃないかな。まぁ、その間に死んでただろうけど。は? それなら取り壊された時に死体が出てくるはず? 確かにそうだけど、それも説明するから黙ってて。例えばの話だけど、取り壊す時、そして建物を建てる時の業者の偉い人が、その事件の犯人だったらどうだろう。あんた、数日前に言ってたよね、何人かは行方不明のままだって。確かに、調べてみたけど何のきっかけもなくいなくなった人ってのは、ここら辺で多いみたいだね。しかも、五年前から増えてる。その内の、最初の方にいなくなった三人。その三人が、そういう工事業者の人間なんだ。あの世界は、被害者の人がツタ屋敷で受けた仕打ちと同じようなことを、犯人である三人に思い知らせるために作った世界なんじゃないかな。ツタが伸びて追って来たり、出口が消えていたりするのは、あの世界に監禁するため。復讐のために作られた世界だったから、そう考えられない? ああ、答えなくて大丈夫だよ、まだ黙ってて。今あのツタ屋敷があった場所に建てられてるアパート、完成した頃からずっと心霊現象が絶えないそうだよ。おかしいよね、あのアパート一回も事故も事件も自殺もないのに。よく調べたら死体が出てきたりしてね。まぁ、あの場所に埋められてるとは限らないけど、死んだのはあそこで間違いないだろうね。この数日間、俺が調べてわかったのはここら辺まで。どこまで合っているのか、どこから間違っているのか、はたまた全て当たっているか全て間違えているか、それはわからない。確認しようがないからね。ただ、あの世界の中心には、五年前と同じようにツタ屋敷が建っているはずだよ。今も広がり続けているのは、まだ犯人がいるからか、それとも二度と止まらないからなのかはわからないけど。どう? あんたは慣れてるんだろ? こういうの。突拍子もない、とか言わないでね。こういうもんなんだろ?」
 説明を終えたすばるは、誇らしげに黒矢に話を振った。
 長い説明のせいで、麦茶に入っていた氷は溶けかけている。
 話を振られた黒矢は、地図をまじまじと見ながら口を開いた。
……なるほどな。ありそうな話だ。間違っていたとしても、近いはずだ。今のところ、それ以外に考えようがないからな」
 黒矢がすばるの考えを肯定すると同時に、麦茶の氷が音を立てた。山になっていた氷は、溶けて崩れてしまっている。
「数日でここまで調べられるとはな。考察も辻褄が合っている。アリス、お前何歳だ」
「十六」
「なら働けるな。どうだ? ここで記者のバイトをしないか?」
 黒矢はすばるの目を見て言った。今までの人を小馬鹿にしたような態度ではない。本気で誘っているようだ。
「遠慮しておくよ、俺は俺でこの経験を生かしてしたいことがあるし、あんたみたいな奴と働くなんてストレスがたまって仕方がないからね」
「この経験を?」
「自分でも、こういう怪奇現象について調べようと思ってる。困ったことがあったら頼ってよ。協力するからさ」
 すばるはそう言いながら地図を畳んでリュックの中に入れ、立ち上がった。
 今日は黒矢に自分の考察を聞かせるためだけに来たため、もうここに用はない。正直、自分でもあの考察で合っているのかはわからないし、黒矢が肯定したからといって合っていると決まったわけではない。だけど、黒矢より先に真実らしき情報にたどり着いただけで満足だ。
「麦茶、ご馳走様」
 いつ飲んだのか、すばるのコップは空になっている。
 すばるは部屋の扉の前で立ち止まり、黒矢の方を向いた。
「あ、頼ってよとは言ったけど、もうあんたとは関わりたくない。どうしようもなくなった時だけにして」
 扉を開け、外に出る。「じゃあね、黒矢」と手を振ってから扉を閉めた。
 得てして、アリスは不思議の国から抜け出した。
 そして、次の不思議の国へと向かうのであった。