みがきにしん
2026-01-30 22:09:42
4382文字
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生身の統一王者の噂

生身の統一王者にはゴシップがない。というよりも、人に向けられる携帯端末を気にせずに出歩くものだから、SNSにその日の様子が溢れているといった方が正しい。が、同時にこんな噂もある――その人をゴシップ狙いで撮影しようすると、例えどんな人混みにいようとも、何故か必ず目が合うのだ、と。

こういうSSが欲しいと思ったので、言い出しっぺの法則を守って書きました。フリーイデアです。

「ヴァンプ・ファタールの新恋人は15歳年上の会社経営者!真剣交際の様子を独占スクープ!」
「夜だけは悪役闘士ヒール!? クルーザー級王者の爛れた生活!」
「驚きの三股! アイドルの裏の顔!」
「とうとう出た、爆ぜる悪意の本音!『善玉闘士ベビーフェイスになりたい!』」
 どの国に行ったとしても、人の興味関心に大きな差はない。エオルゼア地域のゴシップ誌、週刊レイヴンの記事も時にそうであったように、有名人の不祥事、醜聞、恋愛沙汰はいつだって注目の的だ。その内容や真偽はさておいても。
 だからゴシップ記事というものは、エオルゼア地域から遙か海を越えた新大陸、新生アレクサンドリア連王国でもせっせと量産されていたし、そして当地の有名人たるアルカディアの闘士たちは、その格好の標的となっていた。
 さて最近、そのアルカディアにおいて、元より持っている命一つで、魔物の魂を使う闘士たちをことごとく打ち破り殿堂入りした人物がいる。
 生身の挑戦者もとい、今は生身の統一王者と呼ばれるその人は、障壁を越えた外から来た人間であるということだけは知られているが、その来歴はほとんどが謎に包まれている。
 曰く、隣国・トライヨラの王の食客だの、前武王のゾラージャを打ち倒しただの、キープ内で発生した謎の雷に打たれてもピンピンしていただの、先王の客人だとか現在の国の代表者たるスフェーンの友人だの、まあとにかく信憑性のない話ばかりが噂として流れては消え、流れては消えていくばかりで、結局どういった人物なのかはいまいち判然としない。
 要するに、その人は強い注目の的だった。それこそゴシップ誌やゴシップ記事で食べている人間が、揃って注目するような。
 だが一方で、生身の統一王者のゴシップがないのも、また事実だった。
 というよりも、人に向けられる携帯端末を気にせずに出歩くものだから、SNSにはその人のその日の様子が溢れに溢れているといった方が正しい。
 例えばネクサスアーケードの一階で延々何かしらの料理や謎の薬を作っていたり、二階ではマテリアの破片を片手にがっくりしていたり、トゥルービューで『お母さんがいない』と泣いているらしい子どもを慰めながら連れ歩いていたり、レジデンシャルセクターでしょんぼりと落ち込んでいる人の話を聞いていたり、有名漫画家であるガブロの話を聞きながらひどく渋い顔をしていたりエトセトラエトセトラ、とにかくそういった様子が毎日のように撮影されてはSNSに投稿され、そして結構盛り上がっている。
 だから逆に、生身の統一王者のゴシップはない。なくたって、その人が日々どんなことをしてどんな振る舞いをしているのかなんて、SNSを見れば事足りる。
――が、同時にこんな噂もあるのは事実だ。
 その人をゴシップ狙いで撮影することはできない。何故なら、そういった目線でカメラを向けると、例えどんな人混みの中にいようとも、例え遠隔操作したカメラ越しであろうとも、何故かその人と必ず目が合うのだ、と。

 例1:最近アルカディアファンになった青年A

 あー、えっと。そうっすね。うーん。あれってどういったらいいんでしょうね、はは。
 あの日はちょっと用事があって、トゥルービューをアルカディアの方に歩いてたんですよ。その時はまだアルカディアのファンでもなくって、なんか最近盛り上がってんな、動画の再生回数エグいし今度見てみるか、くらいの感覚でした。
 そんな感じだったんで、アルカディアの前が騒がしくても『なんかまた試合あったのかな』って思って、そのまま用事を済ませて帰ろうとしてました。あとちょっと腹も減ったし、トゥルービューの屋台でなんか食べようかなって。
 だから本当偶然だったんですよね。生身の統一王者を見かけたのって。
 たまたま人混みにちょっとだけ隙間が空いて、そんでその向こう側にその人がいたんですよ。よくは見えなかったけど、隣にはブラックキャットもいたかな。たぶん試合終わりだったんでしょうね。
 で、そんときはアルカディアのことあんま知らなかったけど、相手が有名人だってことはなんとなく分かりました。SNSとか見てたらバンバン顔流れてくるし、まあすげー人なんだろうなって。
 だから――まあ出来心というか。『写真撮って友達に自慢したろ笑』くらいの気持ちで端末起動して、ズームして。隙間からどうにかあの人の顔を撮ってみようって。まあ撮れなければそれでいいしと思って。
 その瞬間だったと思うんですよね、目が合ったの。たぶん周りにいた人と話してたんだろうに、ふってこっち向いて。ちょっとの時間だったと思うんですけど、構えてた端末越しにじっと見つめられて
 びっくりして結局ボタン押せなかったんです。人混みの隙間もその後にすぐ埋まってしまって、もう見えなくなってて。
 でも、これは絶対間違いなんかじゃないです。最後にちょっと手を振って貰ったんですよ! オレに向かってファンサしてくれたんす!
 で、まあ、それからですね。アルカディアに通うようになったの。 もうあの人は試合には出ないらしいけどオレは諦めてないです、また会えるのを!

 例2:スキャンダル系まとめ動画作成者B(年齢・性別非公開)

 はい、まあ、スキャンダル系だとうちのチャンネル群は業界で一番デカいんじゃないですかね。再生回数とか登録者数とか、そこらへんで。
 でもね、毎週とか毎日とか更新してたらネタがいくらあっても足りないわけです。人雇って、金ばらまいて情報募集して、それでも全然足りないです。血眼になって探してますよ、ずっとね。
 で、そんな中に生身の挑戦者ってのが出てきたわけです。すごいですよね、生身で魔物の魂を使う相手を倒すって。これまでうちのチャンネルだとアルカディアの闘士はあんまり取り扱わなかったですけど、もうね、最初の試合を配信で見た瞬間にね、ビビッと来ましたよ。これはとんでもなく注目されるなって。
――そっからですね。カメラ付けたドローン飛ばして、その人が居そうな所を張り始めたのは。
 え? 規定サイズ以上のドローンは都市法違反? はは、面白いこと言いますね。そんなん分かってやってるに決まってるでしょ。それでスキャンダルが撮れたら儲けものなのに、わざわざ守るなんてバカのすることですよ。
 ま、とはいえもうあの人相手にはやりませんけどね。というか、やってられないですよ。いくらスキャンダルっぽい場面が出てきたって、その度にドローン打ち落とされちゃね。金の無駄です。機材だってタダじゃ無いんですから。
 その時の様子? ああ、びっくりしましたよ。ジム・トライテールの前だったかな。ドローンはバカみたいにブンブンさせてないで、建物の影に潜ませてたんですけどね、正直、ジムから出てきた瞬間にバレてたと思います。
 まっすぐに見てました。それもドローンじゃなくて付けたカメラをね。ドローンは大型ですから、まあそりゃ目に入れば珍しいでしょう。けどそっちじゃなくて、カメラを見てた。それもレンズ越しにこっちをね。
 こんな仕事してりゃすさまじい現場にもいくらでも行き会います。普段偉そうにしてる芸能人や有名人の愁嘆場にも修羅場にもね。でも初めて驚きで声が出て、悔しいことにシャッターを押し損ねました。
 それが最後のチャンスでしたね。あの人、ポケットから取り出した何か――多分石か何かだと思うんですけど、それをひょいって投げて。ええそうです。ひょいって、軽くね。なのにうちのドローンとカメラがそれでおしゃかになったんです。
 そっからはもうダメです。ずっと見つかって壊されてばかり。うちのチャンネルではもう諦めました。
 やってられないですよ、本当。

 例3:ベテランゴシップ誌記者C(女性)

 生身の統一王者? ああ、あの人はこの雑誌じゃ取り扱わないことが決まってる。SNS見てれば毎日何してるか分かるのに、わざわざ読者が見たがる記事なんて早々書けないから、誌面を割くのがもったいないって編集長の判断だよ。
 そりゃデカいスキャンダルだのなんだのあれば是非やりたいけどね、毎日ソリューション9の中を走り回って人助けしたり料理したり服作ったりしてる様なんてうちの雑誌には似合わないね。取り上げるならきっと別部門の――いっそ手芸雑誌とかならいいかもね。
 ま、でも最初はどうにかスキャンダルはないかって、後輩が何人も追っかけてたよ。例えばセコンドのブラックキャットと不仲になったり、闘士の誰かとロマンスがあったりしないか、みたいなね。
 あはは、ありがちでしょ? でもそういうのを欲しがってる人が山ほどいるのも本当。あたしは元々社会部の記者で、こういうゴシップ誌なんて馬鹿にしてたけど、やってみるとめちゃくちゃ求められてるのが分かるわけ。むしろ会社の不正とかよりこういう身近なスキャンダルの方がずっと読者からは愛されてるのかもね。
 うーん、話がそれちゃった。要するに、生身の統一王者も最初はうちのターゲットだったってことは事実。でも今はそうじゃない。
 なんでかって? 簡単だよ、カメラに上手く写らないからね。何を冗談って、本当だから困ったもんなの。
 あの人ね、カメラの位置がたぶん分かってるの。どうやってるかは全く分からないけど、どこから撮られてるかとかも全部ね。もちろんこっちはプロだから、超望遠のレンズとかも使ってるよ? でもダメ。写そうとした瞬間に後ろ向いてたってすぐに振り返って、それで『見られる』わけ。
 それがね、本当にカメラ越しに視線が合うんだって。下手なホラーみたいでしょ? でも追っかけてた全員が言ってたから、多分事実よ。
 あとはもうね、向こうさんの行動に振り回されるだけ。すぐに人混みの中入って姿を眩ませられるわ、変な格好したりして被写体がめちゃくちゃになるわ、もう全然ダメ。
 ともかくそんな感じ。しかも私生活の殆ど丸出しで、競合のSNSにはあの人の情報が大氾濫。ゴシップ誌としてはもう骨折り損のくたびれもうけってわけで、皆追いかけるの止めちゃった。
 でも本当、どうやってるんだろうね? 超望遠レンズなんて使ってたら、撮影者の姿なんて豆粒なのにね。

 毎日恒例のSNSチェックで見かけた話に、ブラックキャットは目を細めた。それらしいけれど、本当なのだか嘘なのだか分からない噂話なんて、毎日のように出てくる。
 けれどなんとなく気になって、ちょうどジムを訪れていた渦中の人に端末の画面を見せた。
「なんか噂になってるよ」
 けれど相手は、その噂に目を通し――そしていつものようにただ微笑むだけで、何の返事もしなかった。