もち粉
2026-01-30 21:24:09
1749文字
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それはお前にだけ(噛み合わない僕ら①)


カブミス
学習の成果

城内の小さな休憩所で、カブルーは湯飲みを手に、向かいに座る若い女の子の愚痴を聞いていた。
部署の年配の同僚がまともに働かず、いくら怒っても「それくらい、君がやっておいてよ」とヘラヘラ笑って押しつけてくるのだという。

「それをさ、隣の部署の同期に愚痴ったら『そのおじさん、あなたに甘えてるんだよ』なんて言うの。
なんかもう、おっさん本人よりその同期に腹立っちゃって!」
……なるほど」

彼女は歯がゆそうに握った拳を上下に振った。
カブルーは少し考えてから、慎重に言葉を選んだ。

「『甘えてる』って言われると、『許してあげなよ』とか『受け止めてあげなよ』っていうニュアンスを感じてしまうのかもしれませんね」

「あっ……それだ」

女の子は目を見開いてから、はっと息をついた。
「そうかも。そう言われた瞬間、なんで私が? って思っちゃったんだ」
「一緒に怒ってほしかった時にそう言われると、余計に残念になってしまいますよね。
でも、無理に受け止める必要は、ありませんよ」
「そうよね! 思春期の息子とかならまだしも、なんで職場のいい歳したおっさんに甘えられなきゃなんないのよって話よね」

彼女は少しだけ晴れやかな顔で礼を言い、立ち去っていった。その背中を見送った後、カブルーはふと思った。

(そういえば俺も、エルフのおじさんに甘えられてるな……

昨夜もそうだ。ソファから梃子でも動かないミスルンに、食事を口まで運び、風呂まで抱え上げ、髪を乾かしてやった。
いくら小柄といっても幼子ではない。結構重労働だ。

「欲がない」という事情を抱えてるんだから仕方ない。変な言い方だが、わざわざ心配して見に行く甲斐もあるというものだ。
――と思っていたのだが、同じくちょくちょくミスルンの元に通ってるパッタドルによれば、彼女の前ではそこまで酷くないらしい。

​「隊長? 声をかければ、普通に食事も入浴も済ませてくださいますよ? ……たまに、途中で意識が飛びますが」

つまり、あの人は相手を見て
「どこまで甘えられるか」を判断しているのだ。

そりゃ女性であるパッタドルに風呂の介助までさせてたらまずいけど。彼女がミスルンにあーんして食べさせるのも絵面的にどうかとは思うけど。
俺にばっか、なんで……

ぐるぐると渦巻く思考の結論は、「カブルーなら全部やってくれる」とナメられている、という身も蓋もないものだった。
あの人、欲がない割には面倒くさがるところがあるからな。

別にミスルンの世話をするのは嫌ではない。嫌ならわざわざ見に来ない。

(でもなあ……

……おじさんが甘えても、正直かわいくないですよ」


今日も今日とて、やっと風呂が終わったと思ったら、ミスルンは当然のごとくカブルーにタオルを渡して自分は背を向けて椅子に座る。乾かしてもらえるのが当たり前だと思っているらしいおじさんに、ため息まじりにぽろっと言葉が出た。

すると、ミスルンが不意に振り返った。無表情な顔を小さく傾げ、きょとんとこちらを見つめてくる。

「かわいかったら、いいのか?」

嫌な予感がした。 そして、その予感は裏切られない。
ミスルンは椅子の上でくるりと向き直ると、カブルーの手をそっと両手で包み、自分の頬へと引き寄せた。

上目遣いに目をきらきらとさせ、風呂上がりの上気した頬を恥ずかしそうに緩ませる。
いつもの低体温な声とは正反対の、耳の奥が痒くなるような甘ったるい作り声を出し――

「ね、お願い♡」
 ――完敗だった。

「っ……!!」

カブルーは勢いよくミスルンの顔にバサリとタオルを掛けると乱暴にガシガシと拭き始めた。

「そんなのどこで覚えてきたんですか!!」




ちなみにミスルンがその仕草を覚えたのは、
城下のよく行く屋台で、トールマンの若い娘と勘違いした店主に
「嬢ちゃん、かわいいんだから愛想よくしなよ。
ほら『おじさん、お願い♡』って言ってみな」等と絡まれ続けた結果の学習だった。

……ちょっと待って! そんな手を握ったりまでしてるんですか!?」

「いいや、それはお前にだけ」




……俺だけに特別に甘えてるって言うなら、明日も見に来てあげなくもない。