パラ
2026-01-30 18:47:10
4982文字
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VD類司途中まで


「お兄ちゃん、明日はバレンタインだね!るいさんには何かあげるの?」
「む?」
 咲希の一言に司は固まった。壁に貼られたカレンダーを見ると、今日は二月十三日。明日の欄にはバレンタインデーと書かれている。司の頭の中に恋人の顔がよぎる。優しくて司のことを好いてくれる恋人だ。きっと司のチョコを楽しみにしているはずだ。司は大きく息を吸い込んだ。
「しまった!!!」

「お兄ちゃんバレンタイン忘れてたの?!」
 司はもう夜中だから、と宥められた後に咲希に話を聞いてもらっていた。今年はショーの準備で忙しく、すっかり忘れていたのだ。そうしょんぼり語る司を見て、咲希は眉を下げた。
「アタシも今年はうちで作らなかったもんね……
「とりあえずコンビニで何か買って、後から作ったものを渡すか……?」
 ふたりしてうんうんと唸る。そのとき、司のスマホから三角の粒子が飛び出す。一瞬だけ飛び出して消えたそれはセカイのバーチャルシンガーだろう。何かあったのだろうか。咲希は気づいていないな、と確認し、司は口を開く。
「電話がかかってきたみたいだ、オレは二階に行くな。話を聞いてくれてありがとう、後は自分でなんとかするぞ!」
「うん、なんとかなるといいね!」
 おやすみ、と挨拶をして司は自分の部屋に入った。すると、それを見計らったようにスマホから人影が現れる。KAITOだ。申し訳なさそうな顔をしているKAITOが話を始める。
「こんばんは、司くん。邪魔しちゃったかな?」
「いや、大丈夫だ。どうかしたのか?」
「それがね……

 セカイに降り立った司の前には、灰色のレンガで出来た建物が建っていた。それはあまりにも大きく、そして人が住んでいるにしては真四角だ。司は動画サイトで見たクラフトゲームを思い浮かべる。確か、プレイしていた人がこのような建物を豆腐と呼んでいた。
「これはなんだ?」
 灰色の豆腐を指して、司は首を傾げる。それに対して、KAITOは足元にいたひよこのぬいぐるみを抱き上げた。そのぬいぐるみは剣と盾を持っている。まるで司たちが演じるファンタジーの住人のようだ。そして、KAITOは言った。
「このぬいぐるみくんが言うには、この建物はダンジョンなんだって」
「ダンジョン?」
「ソウ!ダンジョンダヨ!デンセツノチョコガアルンダ!」
 司は首を傾げる。ぬいぐるみが言うには、あのダンジョンはチョコレート迷宮で、中には伝説のチョコが眠っているらしい。ダンジョンに眠るチョコレートの賞味期限とか衛生とかどうなんだ?と思わなくもないが、セカイで生まれたチョコレートだからどうにかなるだろうと司は無理やり納得した。
……伝説のチョコか」
 顎に手を当て考える。伝説という響き、スターにふさわしいのでは? 伝説のチョコを渡されてメロメロになる類を想像し、司の口元は自然に緩んでいく。ついにはむふふ、と笑い出した司を見て、KAITOは困ったように笑った。
「それで、司くんはどうするんだい?」
「もちろん探しに行くぞ、伝説のチョコで類をメロメロにしてやるのだ!さらばだKAITO!情報感謝する!」
 待ってろよ類!と高笑いしながら去っていく司の背中を見送りながら、KAITOは頬をかいた。何の準備もしていないが、司のセカイだから危険はないだろう。帰ってきた司からお土産話を聞くことにして、KAITOはショーテントに戻っていった。
 
「おお、迷宮といった様相だな」
 意気揚々とダンジョンに殴り込んだ司は、感嘆の声を上げた。ダンジョンはまさに迷路という感じで道は入り組み、出口は見えない。そして、どこからかチョコレートのにおいもする。ダンジョンというからモンスターなどいるかもしれないと思ったけれど、その影はない。罠などもなさそうで、単純に入り組んだ道との戦いのようだ。ここに類がいたら効率的な探索方法を教えてくれただろうが、今は司ひとりだ。手当たり次第に進んでいると、開けた場所に出た。
「む?」
 そこには石で出来た台座がある。その上に鎮座していたのは、小さな箱だった。その箱はラッピングされている。それこそ、スーパーやデパートのバレンタイン売り場に置いてあるようなラッピングだ。もしかして、と司は思う。けれど、
「あっけなさ過ぎないか?」
 これでは散歩だし、伝説にしては安すぎる。まさか、ここまで何も起こらなかったのは罠へ誘い込むため……?などと考える。だが、何が起ころうともチョコレートを手にして類を喜ばせたい。その一心で小箱に手を伸ばしたときだった。
「待ってくれ!」
 やたら大きい声で止められて、司は振り向いた。そして、その声の主を見て目を見開く。声の主は鏡を覗いているのかと思うくらい司に瓜二つだった。ただ、彼の格好は司と違う。司より長い金髪を右側で結っていて、白百合をあしらったタキシードを身にまとっている。
「お前、オレか?」
 自分でも何を言っているんだと思うが、こうしか言いようがない。セカイで起こる不思議には慣れたつもりでいたが、もうひとり自分が出てくるとは思わなかった。もうひとりの司は頷くと、一礼した。その様子はとても優雅で、物語の王子様のようだった。
「オレはツカサ・テンマ。並行セカイから来たんだ」
「そうか!オレは天馬司!未来のスターだ!」
 そう名乗ると、ツカサは笑った。しかし、その笑顔にはどこか覇気がない。まるで無理して笑っているようだ。司はどうしても気になって、問いかける。
「なあ、何かあったのか?落ち込んでいるように見えるぞ」
「ああ……恋人と喧嘩してしまって」
「なにっ?!一大事ではないか!」
 ツカサは目を伏せて、笑った。もしかして、ツカサがわざわざ並行セカイにやって来たのは、それと関係あるのではないだろうか。それと、その恋人とはもしかして……
「ルイにひどいことを言ってしまった……。だから、伝説の『仲直りチョコ』の力を借りようと思って来たんだ」
「そういうことだったのか……、よし!」
 司は今にも泣き出してしまいそうなツカサの肩を叩いた。そしてにっこりと笑う。
「そのチョコはお前が持っていけ!そしてこの未来のスター天馬司がお前の仲直りを手伝うぞ!」
……いいのか?」
 くりくりな目がこぼれてしまいそうなくらい見開いて、ツカサは言った。それに対して司は力強く頷いた。そもそも、類と司は喧嘩していないから『仲直りチョコ』に用はないし、目の前で悲しそうにしている人を放っておく選択肢は司にはない。そう伝えると、ツカサは笑った。その笑顔はさっきより力が戻っていて、司も笑い返す。
「さあ、スターペガサス☆仲直り大作戦の開始だ!」
 ふたりの司は拳を突き上げた。

 ツカサのセカイに降り立った司は、大きな城を見て驚きの声を上げた。もうひとりの自分、セカイ転移ときてもう驚ききったと思っていた。そんな司にツカサはここがオレの家だと告げたのだ。いや、まだ使用人とかかもしれないし……と思っていた司だったが、
「オレは王妃なんだ」
 と言われてトドメを刺された。確かに、華美な格好をしている。そう思ったところで、じゃあこのセカイでは類は王様なのかということに思い至った。王様の類、かっこいいだろうな……どちらかと言うと類は従者の役が多いけど、今度王様の役をやってもらおう。そんなことを考えていると肩を叩かれ、司は我に返った。
「司」
「はっ!それで……、そもそも何故喧嘩してしまったんだ?」
「それが……
 ルイとツカサは黒百合の国の国王夫妻だ。普段から公務で忙しいふたりだが、ここ最近は特に忙しかった。ろくに会うこともできず、寂しさが募っていった。そこで、ツカサはディナーを計画したのだ。料理の練習をし、ルイと予定を合わせた。しかし、当日になってルイに急用が入ってしまい、帰ってこなかったのだ。
「それで、オレより仕事の方が大切なんだ、と当たってしまったんだ」
「そうか……
「ルイは民の笑顔のために働いている。それはわかっているが耐えきれなかったんだ」
 ツカサは再びしょんぼりとしてしまった。その手を握り、司は頷く。
「大丈夫だ。絶対に仲直りを成功させよう」

 ツカサの部屋でふたりは話し合いを始めた。議題はもちろん仲直りの方法についてだ。
「仲直りするにはショーだろう!」
 司が言うと、ツカサも頷いた。どうやらこちらのセカイのルイとツカサもショーが好きなようだ。そこで、ツカサが主役のショーをすることになった。ツカサ演じる主人公がチョコレートの妖精に出会って『仲直りチョコ』をもらうという内容だ。このあらすじはダンジョンで実際にあったことを元にしている。
「オレの勇姿が見えんのは残念だが、これでよいだろう!」
 脚本を書ききった司は満足げに頷いた。どうやら、司の姿はこのセカイの住人には見えないらしいのだ。城に入るときも廊下を歩いていても司は誰にも何も言われなかった。おかげで咎められず侵入できたとも言えるが、目立ちたがりの司は残念さの方が強いらしい。
「ルイの予定はみんなが空けてくれたんだ、ぜひ仲直りしておしどり夫婦でいてくれって」
「準備万端だな!では、イッツショータイムだ!」

『黒百合の王子と白百合の王子はいつも仲睦まじく国を治めていました』
 ツカサが舞台に上がる。物には干渉できる司は背景を立てながらそれを見守った。客席を見ると、黒い服の人形と踊るツカサを沈んだ目で見ている男がいる。大きなハットの下から水色混じりの紫髪と黄色い瞳が覗いていて、あれがこのセカイのルイなのだと気づく。司が知っているルイよりおとなしそうな雰囲気だ。
『しかし、忙しい日々の中で王子たちはすれ違い、喧嘩をしてしまいます』
 司が人形を引き離す。そして、ツカサはその場に崩れ落ちた。悲しげな表情で、セリフを言う。
「ああ、オレはどうしてあんなことを言ってしまったのだろう。仲直りがしたい」
『悲しむ白百合の王子は、どんな喧嘩でも食べた瞬間仲直りできるチョコの噂を聞きます』
 ツカサは立ち上がり、背景がダンジョンに変わる。踊りながら冒険の歌を歌うツカサを黒百合のルイが見ている。その目は眩しそうに細められていて、司は安堵した。きっとルイもツカサと仲直りしたいと思っていると確信したからだ。そして、舞台はチョコレートの妖精と出会うところに入った。
「オレは黒百合の王子と仲直りがしたい、そのチョコレートを譲ってもらえないだろうか」
『チョコレートの妖精は、白百合の王子にチョコレートを譲ってくれました。そして、ダンジョンから帰った白百合の王子は黒百合の王子に言いました』
「ルイ、ひどいことを言ってすまなかった。お前がオレのことも民の笑顔も大切にしているのは知っている。オレはそんなルイが好きなんだ」
 そう言ってツカサはチョコレートを差し出す。ルイはそれを受け取って笑った。
「僕こそごめんね。心のどこかで君なら許してくれるだろうと思っていたんだ。君の笑顔が僕の支えだってことに改めて気づかされたよ」
 すっかり仲直りしたふたりを見て、司は微笑む。やっぱり笑顔が一番だ。ツカサがこちらを向き直る。
「何から何までありがとう、司!お前のバレンタインがうまくいくことを願っているぞ!」
「おや、チョコレートの妖精くんがそこにいるんだね?僕からも、ありがとう。君は僕たちの恩人だよ」
 転移の浮遊感を感じて、司はふたりに手を振る。そして、セカイが真っ白になった。

「はっ!」
 司はダンジョンに戻って来ていた。時計を見ると、まだ二十二時だ。幸い、まだ眠気は来ていない。もうちょっとダンジョンを探索してみようと司は歩き出す。
 程なくして、また広いところに出た。やっぱり台座があって、その上にラッピングされた小箱が乗っている。今度こそゲットか?と手を伸ばしたときだった。
「待ってくれ!」
 既視感を感じる。司が振り向くと、そこにはもうひとりの司が立っていた。オレンジのエプロンとたくさんのヘアピンをしている司は、ラッピングされた小箱を指さして、言う。
「その伝説の『ラブラブチョコ』を譲ってくれないか?!」