果南(カナン)
2026-01-30 17:11:33
4597文字
Public さめしし
 

いくつもの季節を越えて

さめしし。ワンドロのお題「電話」「おやすみ」で書きました。一緒に暮らす未来のさめししに、フレンズから連絡が来るお話です。
2024年8月から参加してきたさめししワンドロも、今回で最終回とのことで…開催を続けて下さった主催様、読んで下さった皆様に改めて心より感謝申し上げます。お題に沿ってあれこれ考えながら、自分一人では思いつけないさめししををたくさん書けて楽しかったです。本当にお疲れさまでした&ありがとうございました!
初期の頃のお題にはまだ書けていないものもあるので、そのうち書いて本にできたらいいなぁと思っています。


「はぁあ⁈ 今週末⁈……ってもう明後日じゃねーか! 真経津、お前久しぶりに電話してきたと思ったら、いきなり何を……
 廊下から獅子神の大声が聞こえてきて、私は顔を上げた。
 夕食も風呂も共に済ませて、後は眠るだけ。急ぎのメールを一件返す、という獅子神を待ちながら、先にベッドに入って本を読んでいたところだった。もうそろそろか、という頃合いで廊下を歩いてくる足音がしたと思ったら、スマートフォンの鳴る音と共に獅子神が足を止めた。続けてひと言、二言と電話に向かって話す声が聞こえた後、いきなり彼が叫んだのだった。
「え? あぁ、そーだけどよ。何で知ってんだ? じゃあいいでしょ、って……あーもう、わかったよ! わかったから気をつけて来いよ! また適当にいなくなるんじゃねーぞ!」
 獅子神の声は驚いたり戸惑ったりしながら続き、最後はまた大声になった。だが、乱暴そうに聞こえる口調には温かさが籠もっており、語尾からは隠しようのない嬉しさが伝わってくる。いつも気ままで掴み所の無い友人が、今回もまた元気でいたことを喜んでいる、実に獅子神らしい振舞いだった。
 会話の声はそれで終わったので、私は読んでいた本を閉じて、サイドテーブルに置いた。ほぼ同時に寝室の扉が開いて、獅子神が姿を見せる。
「お待たせ、村雨。ごめんな」
 言いながら、まっすぐベッドへ歩いてくる。私は読書用に明るくしていたスタンドの光量を絞って、彼を見上げた。
「今回は、かなりの御無沙汰だったな」
 獅子神は一瞬、訝しげな表情を見せたが、すぐに頷いた。
「あぁ、真経津な。聞こえてた?」
「あなたが、かなり大きな声を出していたので」
「そーだよな。いやぁ、びっくりしたぜ。ホントいっつも急なんだもんなぁ、アイツ」
「真経津だからな、仕方がない。元気そうなら何よりだ」
 獅子神は頷くと、ベッドに入ってきた。
 並んで座り、枕に背を預けてヘッドボードにもたれる。パジャマのズボンに包まれた脚を羽根布団に突っ込みながら、大きくため息をついた。
「いくらメッセージ送っても、なかなか返事寄越さねぇし。かと思ったら、こうやっていきなり電話してくるし。しかも、今週末にウチに来るんだと」
「明後日と言っていたな。叶と天堂が来る日か」
「そーゆーこと」
……久しぶりだな。五人で会うのは」
 静かな寝室に響いた自分の声には、紛れもなく感慨が滲んでいた。獅子神は無言のままで、瞳の青を深くする。
 私と獅子神はそのまま、しばらく黙って各々の思いに耽った。
 銀行の賭場が潰れてから、早数年。水面下で誰がどう立ち回ってくれたのか、私達は逮捕などでそれぞれの生活を奪われることもなく、穏やかに日々を過ごし続けていた。とはいえ、やはり時間はそれなりに流れていくもので、友人である彼らと会う機会は、以前に比べれば格段に減っている。
 叶は有名ストリーマーとしての活動が順調で忙しく、天堂はもっと広い教会で信者を多く募ると言って、郊外へ新たな教会を建設して自身も其処へ居を移した。そして真経津は、あの頃住んでいたタワーマンションを引き払って、今は何処にいるのかもわからない。
 もちろん、メッセージアプリのグループはずっと活用されているし、叶も天堂も機会を見つけては、私と獅子神が暮らすこの家へやって来る。真経津でさえも、時にはこうして直に電話を寄越し、ひょっこりと現われて笑顔を見せるのだ。それぞれらしい振舞い方、互いの遠慮の無さは、私と獅子神を含めて全員が変わっていない。
 ただ、五人で集まる機会が稀になっただけだ。
 たまたま誰かの来訪が重なって、三人か四人になっても、五人になることが無い。
 あの頃、あれほど共に過ごしていたのが嘘のように。
……変、だよな」
 ぽつりと獅子神が言った。
 私は黙ったままで、視線を彼に注ぐ。
「嬉しい……んだよな。また五人で集まって、遊ぶんだろ。たぶん凄ぇ盛り上がって、やかましくて、大変で……オレは料理作って、みんなでそれ食ってさ」
 ヘッドボードにもたれて、前を向いたまま、獅子神はゆっくりと言葉を続けていく。
 薄青色の瞳がふるりと揺れ、額に落ちる金髪が影を濃くした。
「でもさ、わからねぇんだ。本当に、そんなこと起こっていいのか? また同じように、なんて……そんな」
 ひくり、と獅子神の喉が鳴って。
 声は、そこで途切れた。
 彼が嫌がっているわけではないことは、私にはよくわかっていた。むしろ、嬉しくて堪らない。だが、それを素直にそう受け入れていいのか、自分で把握しかねているのだった。

 違法の賭場で、命を賭けて戦い、その中で認め合ってきた友人達。
 共に遊び、共に食べ、濃密な時間を過ごした、得難い彼ら。
 おそらく私達全員が、そのような仲間と時間を持ったのは初めてだった。

 だから、その時が過ぎ去っていくのも、またこうしてやって来るのも、どう受け止めたらいいのかわからない。
 思い出になったと思っていたものが、再び鮮やかに立ち上がる時、またそれを満喫していいのかがわからない。

 はたして、かつてと同じように楽しく過ごせるのだろうか?
 自分がぎこちなくなって、場を台無しにするのではないか?

 そんな不安が、心中で渦巻いているのだった。
 獅子神にも——そして程度の差はあれ、おそらく私にも。

 薄青色の獅子神の瞳は、まだ前を見つめている。風呂上がりで整髪料のとれた金髪が、やわらかく額を覆っていた。色違いで私と揃いのパジャマは、着古す度に買い替えて、もう何着めになっただろうか。馴染んだ布地、シャンプーやボディソープの香り、それらを纏う逞しく健康な体。
 共に暮らすようになって何年経っても、変わらずに魅力的で、愛おしい。重ねた時間は、彼という存在をますます磨き上げるばかりだ。

 そう。私達は誰も、後ろ向きになど生きていない。
 互いにそれぞれの道を、それぞれの方法で進んでいる。

 たとえ離れてしまったように見えても、振り返ればそこには、揃って過ごした時間がある。その時間を透かして頷き合えば、きっと互いの変化も、今も、受け止めて自然に笑えるだろう。
 それがわからんマヌケ共では、ないはずだ。

 私達も、信じればいいのだ。
 私達の、進んできた道を。

……獅子神」
 私は左手を伸ばして、獅子神の左手に絡めた。。
 薬指の銀の輪が、かちりと触れて重なり合う。
「大丈夫だ。叶と、天堂と、真経津だぞ? あれらが要らん遠慮をすると思うか? 好きなように遊び倒して、あなたに我儘な要求をしてくるに決まっている」
「村雨」
 美しい眼をぱちぱちと瞬かせながら、獅子神は呟いた。
 たたみかけるように、私は言葉を継いでいく。
「あなたはそれを怒鳴りつけてやって、美味い料理で唸らせればいい。あなたの料理を前にすれば、いくら彼らでもイチコロだ。日々私に作ってくれているおかげでますます上達した腕前を、思う存分披露してやれ。私はそれを自慢しながら、悠々と私専用のローストビーフを平らげる」
「いや、ちょっと……待て、お前……その……
 獅子神はどもりながら顔を赤くすると、私を軽く睨んできた。
「励ましてくれてるのはわかった。ありがとな。でも何だよ、お前専用のローストビーフって。そんなの、絶対に天堂とケンカになるだろ」
「何を言う。私は今や、あなたの配偶者だぞ。日々寝食を共にし、あなたの深いところまで存分に触れる、あなたに最も近しい存在だ。専用のローストビーフくらい当然だとは思わないか」
「思わねぇよ! せっかく久しぶりに五人で集まれるんだろ、わきまえろ! ンなことしなくても、オレ達が結婚してんのはみんなわかってんだし、揺るがねぇよ! それでも足りねぇなら、ちゃんと好きだってオーラ出しといてやるからそれで妥協しろ!」
 ぐいと逞しい腕で、抱き寄せられた。
 厚い胸に顔を埋めながら、獅子神の背に手を回す。とくとくと速い鼓動を打つ心臓の音が、すぐ近くに感じられた。
 健康で、熱い、獅子神の命。
「わかってんだろ、もう……大好きなんだからさぁ……どうしようもねーの……そんな我儘だって可愛いし、聞いてやりたくなるだろ……でも違ぇだろ……
 ため息混じりに呟き続けるのが、体に響いて伝わってくる。偽りなど微塵も無い、心のままにこぼれる言葉だった。
 さすがに反省しながら、顔を上げる。
「すまなかった、獅子神。あなたの言う通りでいい」
……おぅ」
「その代わり、大好きオーラは全開で頼む。あと、彼らが帰った後で改めてローストビーフを作ってほしい」
「結局、そこかよ」
 くしゃっと顔を歪めて、獅子神は笑った。
 私の大好きな、笑顔。何よりも尊くて、かけがえのない。
 まっすぐに私を見つめ、照らし、包んでくれる。私が彼を愛しているのと同じように、彼も私を愛してくれている。

 いくつもの季節を越えて。
 私達は、ここまで来た。

 これからもずっと、共に歩いて行く。
 遙かな未来まで。
 ずっと、一緒に。

「獅子神」
 手をついて伸び上がって、やわらかい唇にキスをした。
「愛している。いつまでも、ずっと」
「うん。オレもだよ。愛してる」
 獅子神の唇が、今度は私にキスをしてくれる。
 そのまま抱き合って、ベッドに転がった。長い指が、優しく髪を梳いてくれる。
「そろそろ寝ようぜ。お前、明日も仕事だろ」
「そうだな」
「オレも明日は、料理の仕込みとかいっぱいやんなきゃいけないし。久しぶりだなぁ、五人分のメシ作るの」
「あなたなら大丈夫だ」
 ふ、と照れくさそうに微笑んで、獅子神がサイドテーブルに腕を伸ばす。置かれていたリモコンを手に取って、天井の照明を消した。
 スタンドの小さな明かりだけが、彼の金髪を淡く輝かせる。
「おやすみ、村雨」
 私は眼鏡を外して、サイドテーブルに置いた。
「おやすみ、獅子神。良い夢を」
 彼が広げてくれた羽根布団に潜って、枕に頭を乗せ直す。隣に横たわる体のあたたかさを感じながら、眼を閉じた。
 真経津と叶と天堂が、うちに集まったところを想像してみる。今の私と獅子神、今の彼ら。何か、変わるだろうか。
 答えは簡単だった。変わったとしても、同じだ。
 好き放題に遊んで、獅子神の作る料理を堪能して。何かとツノ突き合せては、何事も無かったかのように会話を投げ合う。時間を忘れて過ごすうちに、当然のように夜更かしをして、風呂に入って泊まっていくだろう。この家を建てた時に、ゲストルームは三人がゆうに泊まれる広さでと二人で決めたのが、ようやく本領を発揮する時が来たのだ。そうして朝になれば眠そうな顔で起きてきて、獅子神の整えてくれた朝食のテーブルにつく。  
 きっと騒々しくて、楽しくて、笑顔の絶えない週末。
 同じだ。あの頃と。
「楽しみだな」
 耳元で獅子神が囁いた。甘やかな声が、優しく鼓膜をくすぐる。
「あぁ、そうだな」
 囁き返して、逞しい体を抱きしめる。何をして遊ぶか、どんな料理が食べたいかとひそやかな声で語り合ううちに、緩やかな眠りがやって来て、私と獅子神をあたたかく包み込んでいった。