
→光♀ことジェルさん
雷雲が空を覆うヘリテージファウンド。魔物が蔓延る平野に2人の男女が刃を交えていた。
片方は大鎌を振るう男、片方は槍を構えた女だった。両者怖気ずくことなく相手の出を見計らい攻防を続ける。
男──ザ・タイラントが先に有利かと思われたが女──ジェルも竜騎士であるその身軽さを活かしタイラントの攻撃を躱し空中から飛来し攻める。
微かに息を切らした2人だが、相手以外目に写っていない。
「
……っ! 」
タイラントは攻撃を躱そうとしたが、ジェルの方が一瞬早く、槍先を喉元ギリギリまで向けた。
辺りが静まり返る。聞こえてくるのは風と雷鳴ばかりだ。
ジェルは肩で息をし、口角を上げる。
「今回も僕の勝ちだね」
勝利宣言をされたタイラントの口元は歪む。そして小さく舌打ちすれば手に持っていた大鎌をしまった。それを見たジェルも槍を下ろす。
はぁ〜と大きく深呼吸するとジェルは笑った。負けたことが悔しいのかタイラントは眉間にシワを寄せる。
「まだまだだね」
「
……」
ジェルが肩をぽんと叩けばタイラントは薄紫の瞳で睨みつける。まるで子供のように拗ねているタイラントの様子に「可愛いね」と告げれば「男にいうセリフではないぞ」と冷たく言い放つ。だがジェルは「まだ子供なのに」と言い返す。
「
……帰るぞ」
視線をそらしたタイラントはソリューション9に向かって歩き出した。それを見たジェルはその背中を追いかけた。
「拗ねないでよ」
「拗ねてなどない」
「そういうところだよ」
クスクスと笑えば遂に反応すらしなくなった。だが時間が過ぎればまた口を聞いてくれるのは知っている。
タイラントにとってジェルという女は超えたい存在だった。
外から来た人間であるジェルは魔物の魂を使わずして戦うイレギュラーな存在であった。レギュレーター無しに使い、死を恐れない存在。
それは死を恐れる内部の人間にとって興味深い存在でもあった。
また魔物の魂を使い、戦闘を行うアルカディアにとって彼女は「生身の挑戦者」として一躍有名になった。
そして、影ではリンドブルムと変化してしまったアルカディアのオーナーが指した希望の光でもあったのだ。
彼女がアルカディアの希望となりうるのか、最後の審判として立ちはだかったのが統一王者に座するタイラントだった。
苦戦しながらもタイラントを打ち破った彼女はリンドブルムに立ち向かう権利を得た。そして彼女のおかげでリンドブルムからのオーナーの魂を解放し、魂蝕症に蝕まれた闘士たちを治癒することができた。
もちろん感謝していないことはない。
だが、それでも長年築いてきた努力とプライドがどうしても許せなかった。しかも相手は女性だ。男である自分が唯一勝てない存在。
何故勝てないのか、何が彼女を強くしたのか、知りたいと思う気持ちはあれどそれを素直に出せるほどの性格ではない。
時々こうして手合わせを願う度に己の無力さを突きつけられる。それでも折れないのがタイラントという男だった。
随分と考え込んだ様子を見兼ねたジェルは彼の手を握る。
触れた違和感に気付いたタイラントは立ち止まり、横を向く。
「なんだ
……」
だが振りほどく訳ではない。ふふっと笑ったジェルは「モザイクコーヒーに行こう」と提案する。しばらく考えたタイラントは「貴様の奢りか」と珍しく冗談を言い放った。
「えっ、いや割り勘
……」
「冗談だ」
ふっと笑えば握られた手を握り返し歩き始める。同じエレゼン──こちらではエレダイト族──だが男女の歩幅の差はあるため少し引っ張られる形にはなるが、ジェルもついて行く。
「君そういうこと言えるんだね」
「うるさい黙れ」
「好きなくせに」
その言葉に一瞬だけ身体がビクッと反応したのをジェルは見逃さなかった。
(素直じゃないところが可愛いんだよなぁ)
それを口にすれば手を振りほどかれるのは知っているため、必死に我慢した。
◇◇◇
モザイクコーヒーに立ち寄れば2人はコーヒーを注文する。そしてジェルはスイーツもいつもより多めに購入したのだ。
「
……貴様全部食べるつもりか」
「うん」
「
……正気か? 」
1人分とは思えない量にさすがのタイラントもドン引きする。コーヒーのみを頼んだタイラントは先に席に着き、一口飲んだ。トレーを机に置いてスイーツに口を付けるジェルを横目にゆったりとした時間を過ごす。
緊張がほぐれた所にジェルがドーナツを1個差し出してきた。
「はい」
「
……なんだ」
「食べな」
「
……それは貴様の」
「いや、君のだよ」
そう言ってドーナツ以外にも数個トレーの端、タイラント側に分けて寄せたのだ。
「
……まさか注文しておいて食べきれないのか」
「いや? 奢り」
先程まで割り勘と言っていたのに何故今
……と考えていたが、しばらくしてその意図を察したタイラントは目を丸くしそしてため息をついた。「分かった? 」とジェルがニヤニヤと笑えば「あぁ
……」と小さく返答すればドーナツを口に含んだ。
"君、甘いもの好きなんだね"
以前言われた言葉を思い出す。タイラントは以外にも甘いものが好きだ。だが圧政者としての威厳から甘いものは控えている。先日ジェルに自宅で見つけられたスイーツの件を思い出した。その時に言われた言葉だ。
恐らくそれを覚えていたのだろう。
圧政者が甘いものを注文している、などとバレてしまうことを恐れ外では滅多に食べない彼に対してのジェルなりの気遣いだった。
それに気付き、タイラントはやはり勝てないと察するのだった。
その後案の定ヤーナに見つかった際にはジェルはすかさず「僕が注文しすぎたのを食べてもらってる」と言って事なきを得たのだ。
だがヤーナは知っている。彼がこっそりミルクチョコレートを食べていることを。しかしそれを知らないフリしているのも彼女なりの優しさである。