sima_zzzhw
2026-01-29 23:55:35
5046文字
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道標

神の迷い路イベント中の悠アキ妄想です。
影も形もなかったけど、こっそり会いに来てたらいいな、そして次回は参戦してくれるといいなという願いを込めて


 H.A.N.D本部、その広い敷地内の片隅で。アキラは空を仰ぎながら、大きく溜息を吐いた。
 六課の副課長、月城柳直々に依頼されたパパゴホロウの調査。神の迷い路とも称される原生ホロウが、一筋縄ではいかないことくらい分かってはいたけれど。しかしなにもかもが不可解なことばかりで、一歩前進したかと思えば、それ自体が新たな謎を呼び。もう一歩進んだところで、その道がそもそも間違いだったと知らされる。
 多くの人がアキラの要請で集まってくれているのに、成果と呼べるようなものは何も得られていないのが現状だ。再度溜息をついて、深く項垂れた、その時。
「アキラくん!」
 よく知る声に名前を呼ばれて、アキラは弾かれたように顔を上げた。
「悠真」
 声に応じてその名を呼ぶと、笑顔を浮かべた悠真が小走りにやってくる。仕事とはいえ本部にいるのだし、会えたらいいな程度には思っていたけれど。よりにもよって一番落ち込んでいるタイミングとは。嬉しい気持ちと、今は避けたい気持ちとがせめぎ合う。とはいえ今更逃げることも出来なくて、アキラは精一杯の笑みを浮かべて、そんな悠真を迎えた。
「お疲れ様。って大丈夫?顔色、あんまり良くないけど」
 しかし強がりはあっさり見抜かれて、自然と伸ばされた手が、そっとアキラの頬を撫でる。グローブを外した悠真の手は意外とゴツゴツしていて、熱いくらいの体温がじわりと頬を温めてくれる。ホッと息を吐き、その手に無意識に顔を擦り寄せてから。
 アキラはハッと我に返り、慌てて周囲を見回した。ここは柳が指揮を執る現場、に向かう前の待機所のような場所。外部の人間も多く居るし、悠真がふらふらしているところを見られたら、いつも以上に叱られてしまうかもしれない。
……あのね、言っとくけどサボりじゃなくて正真正銘の休憩中だから。アキラくんがこっち来てるって聞いて、任務の合間に顔を見に来たの。というわけで、はい」
 そう言って悠真が差し出したのは缶コーヒー。素直に受け取れば、まだしっかりと温かい。その熱に彼の気遣いや心配を感じて、アキラはふっと顔を綻ばせた。
「ありがとう、悠真」
「どういたしまして。とはいえ随分難航してるみたいだね?向こうで副課長も頭抱えてたし」
 気遣わしげな視線を向けつつ、その口調はどこまでも軽い。これは単なる雑談。悠真としては、なにやら追い詰められているらしいアキラのガス抜きになればと思って振った話題だったが。残念ながらそんな気遣いは、今のアキラにはあまり効果がなかったらしい。
「そうだね……柳さんは僕を信じて頼ってくれたのに。申し訳ないよ」
 力無く笑って、そう呟く。アキラが精一杯やってくれているであろうことは、普段の彼を知る者なら誰もが分かっているはずだ。勿論、頑張ったから結果が出なくても許される、なんてことはないけれど、そもそもこれはアキラ一人で解決する問題ではない。
 だというのに責任を感じて落ち込む相棒に。悠真は、真面目だなぁ、とどこか眩しそうに微笑んだ。
「あんたに出来ないなら他の誰にも出来ないし、そこまで自分を責めることないと思うよ。責任感強いのはアキラくんの良いところだけど、背負い込みすぎるのも良くないんじゃない?」
「それは、ちょっと僕を持ち上げすぎだ」
 プロキシとしての己に、自信も誇りもある。このホロウに挑むにあたっては、一層気を引き締めていたはずだ。それでも何処かで、自分なら上手くやれると慢心していたのかもしれない。だから、少しも手応えのない今の状況に、こんなにも動揺しているのだろう。
 始祖たる彼の背中は遥か遠く、ホロウに関しても分からないことだらけ。世界は広く、謎に満ちていて。であるならば自分以上のプロキシだって探せばいくらでも居るんじゃないか、なんてつい考えてしまう。
「珍しく弱気じゃん、あんたらしくもない」
 すると悠真は、どこかからかうような口調でそう言い放った。
……僕らしい、とは」
「負けず嫌いで諦めも悪い。プロキシのお仕事に関しては自負心がすごく強くて、やられっぱなしじゃいられない、みたいな?」
 随分と好き放題言ってくれる。悔しいのは、どれも思い当たる節があることだ。とはいえ、である。
「僕からすると、それは君のことのように思えるけれど」
 飄々としていて、本気をあまり見せようとしないけれど。その実ひどく負けず嫌いで、虚狩りの称号を持つ雅にさえ、比べて劣ると言われれば対抗心を燃やす。そしてそれは、仕事や自身の役割への自負でもあるのだろう。
「えぇ?こんなにやる気のない僕が?」
 可愛らしく小首を傾げて、惚けて見せる。その顔をじっと見つめれば、ややあって、悠真は小さく肩をすくめた。
「なんてね、自覚はあるよ。もっとも、諦めが悪くなったのはアキラくんのせいだけど」
「悠真……
 彼の体のこと、病のこと、その先のこと。気持ち一つでどうなるものでもないことは、誰より悠真自身が一番分かっていただろうに。それでも彼は、精一杯足掻いて欲しいというアキラの言葉に笑って頷いてくれた。
 今も。“せい”なんて言いながら、アキラに向ける視線はどこまでも優しく甘やかだ。
「とにかく。任務はまだ始まったばかりでしょ?アキラくんが来てから探索そのものはとても順調にこなせてるって聞くし。調査だって、可能性を一個一個潰していくしかない以上、間違いも失敗も一つの成果だ。アキラくんはもっと胸張ってもいいと思うよ」
 とても丁寧に励まされている。そう気付いて、アキラは悠真からそっと視線を逸らした。
 兄として相手を甘やかすことはあっても、甘やかされることには慣れていない。落ち込んでいる姿を見られただけでもかなり恥ずかしいのに、忙しい最中に気まで使わせて。その癖当人は、そんなアキラを見て何故だかニコニコと楽しそうに笑っているのだから、どう反応したらいいのかも分からない。
……そんなに優しくされても、お店のクーポン券くらいしか出せないけれど」
「えー?他にもっとあるでしょ。それとも分かってて言ってる?」
「なにを……
 その言葉の意味を問おうとアキラが顔を上げれば、指先で顎を掬い上げられ、掠めるように唇を奪われて。鼻先が触れそうな距離で、思いの外真剣な瞳と目が合った。
「僕が優しくするのは、あんたが好きだからだし。欲しいものだってアキラくん以外には無いんだけど?」
……もう、全部あげているのにかい?」
「まだまだ、もっと僕でいっぱいになってもらわないと。こんな我儘になったのもあんたのせいなんだから、ちゃんと責任とってよね」
 恋人という地位を得られたことは悠真にとって望外の喜びで、それ以上を望むのは欲張り過ぎだと分かってはいるけれど。でも、少なくとも自分が元気な間は、他の誰にもこの場所を譲る気はない。
 だが、アキラは大変な人気者だ。彼の掛け声一つで多くの人間が集まる現状を目の当たりにして、つい余計な言葉が出てしまった。この任務中、その心の片隅に少しでも自分の存在を留め置いてもらえたら、なんて。ここへ来たのはただ、珍しく落ち込んでるらしい彼を励ましたかったからなのだが、どうにも格好つかないなと悠真は内心で苦笑する。
 ともあれ、これ以上はボロが出かねない。独占欲なんて見せ過ぎても良いことはないだろうし、それで彼の負担になっては本末転倒だ。
 ふと見れば、なにか言いたげな様子で悠真をじっと見つめるアキラの、その頬が僅かに赤い。人気のない場所とはいえ、外でこんなことをした悠真に文句の一つも言おうと思っているのか、はたまた突然こんなことを言い出した真意を探ろうとしているのか。いずれにせよアピールは十分らしいと悟って、悠真は今度こそ満面の笑みを浮かべた。
「ま、その辺の話はアキラくんのお仕事が一段落してからにしよっか。それよりも、実は聞きたいことがあってさ」
「聞きたいこと?」
「アキラくん、他の課のやつに舐めた口きかれたんだって?僕からしっかりお話しとこうか?」
 ニコニコと笑いながら、お昼ご飯何食べる?くらいの軽さで尋ねられた内容に、アキラはそっと頭を抱えた。
「耳が早すぎる……君、どこでその話を」
 彼はずっと、アキラたちとは別の場所へ外勤に行っていたはずだし、そんなことを柳が悠真に伝えるとも思えない。昨日の今日で一体どこから聞きつけたのか、いずれにせよ、この提案に素直に頷くと不味いことは分かる。悠真の言う通りほんの少しピリついた空気にはなったが、わざわざ六課のエリート執行官殿が出てくるほどのことではない。どころか、今後のことを思えば是非大人しく見守っていてもらいたいのが本音だ。勿論、心配してくれる気持ち自体は有難いのだけれど。
「あの状況なら仕方がない面もあったし、後で謝罪もしてもらったから大丈夫だよ」
「いやいや、こっちから頼んで来てもらった協力者に悪態つくとか社会人としてあるまじきでしょ。まぁアキラくんがそう言うなら今回は黙っとくけど、虐められたらちゃんと僕に言うんだよ?」
 言ったら、なにをどうするつもりなのか。
 最近はどちらかといえば過保護で優しい面ばかり見ていたが、そういえば出会った当初の悠真は、言葉を選ばず言うなら割と物騒な人物だった。いや、今のこの発言自体、優しくて過保護な面の現れではあるのだけれど。
 アキラが再度、大丈夫だと念を押そうとしたその時、悠真の端末がアラームのような音を立てた。
「あー……そろそろ行かないと。まったくさぁ、折角アキラくんが協力してくれてるのに一緒に居られないなんて酷い話だよ。僕もこっちが良かったなぁ」
 パパゴホロウの件が如何に緊急事態とはいえ、六課が担う仕事はそれだけではない。課長、副課長が共に駆り出されている以上、悠真と蒼角が別行動なのは仕方のないことだろう。それは悠真も、そしてアキラだって当然分かってはいるけれど。
 それはそれとして寂しいと思う気持ちも、同じくらい分かってしまうので。
……僕に配置替えの権限はないから、それはどうにもならないけれど。よければ今日、一緒に帰らないかい?送っていくよ」
「え、いいの!」
 その瞳が分かりやすく輝く。が、すぐさまその輝きは失われ、悠真は申し訳なさそうに肩を落とした。
「あぁでも、状況次第では結構遅くなっちゃうかもしれなくてさ……
「構わないよ。今回リンは留守番だし、帰ってもどうせ一人だからね」
「一人、って。衛非地区に帰るんじゃないの?」
「ああ、今回の任務期間中は店の方に戻るつもりだよ」
「そうなんだ……
 そう呟くと、悠真は何事か思案するように顎に手をあて目を閉じた。少しして、良いことを思いついたとばかりにパッと笑顔を浮かべると、アキラの手を取りぎゅっと握り締めた。
「じゃあさ、ウチに泊まれば?お店より僕の家の方が本部に近いし、ご飯だって一人より二人のほうが断然美味しいし。なにより朝夜アキラくんと過ごせれば、僕のモチベもぐぐっと上がるしね」
 一緒に居たいと思ってくれること、こうして甘えてくれること、悠真の中でそれが当たり前になっていることが嬉しいなとアキラは思う。
 それはそれとして、仕事に対するモチベーションなるものが彼のなかに存在しているのだろうか、ふと浮かんだ疑問をアキラはそっと胸の内へと仕舞い込み。気持ちのままに柔らかく微笑んだ。
「悠真が構わないなら、むしろこちらからお願いしたいくらいだよ」
 その答えを聞いて、悠真がやった!と嬉しそうに声を上げる。そうして浮かれる彼を諌めるように、アラームの音が再度辺りに響き渡った。
「はいはい今戻りますよー。じゃあまた後で、アキラくん。無理せず適度に頑張ってね!」
「ああ。悠真も気を付けて」
 さり気なく回収された空き缶と、青空に映える黄色。手を振りながら去っていく悠真を見送ってから、アキラは大きく息を吐いた。たった数分のやり取りですっかり元気になってしまった。我ながら現金なものだと苦笑する。
 励ましてくれたことへのお礼は改めてするとして、その辺りは仕事の面でもしっかりと返していきたい。終わればまた会える訳だし、悠真ではないが、モチベーションは最高潮だ。
 軽く頬を張り、気持ちを切り替えると、アキラもまた自身の戦場へと足を向けた。