いざやと
2026-01-10 11:38:54
7237文字
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ストゥルティ『牡丹と地獄』

一次創作『ストゥルティ』の小説。医者お紅とその助手晴と、創作BLアンリ×フリードリヒの話。
フリードリヒ設定→https://izayato13810.wixsite.com/no13810/sutulti/character/5
アンリ設定→https://izayato13810.wixsite.com/no13810/sutulti/character/6

 愚か者たちの世界、極東の島国にて――
「どうしたんだよおべに、今日は機嫌がいいじゃないか」
 おれ、天狗のはるは縁側に腰かけながら、文机の前に座り書き物をしている赤い眼の少女、お紅に問いかける。お紅は書く手を止めずに口を開いた。
「ふふ、外国とつくにから珍しい患者がくるそうだ」
 お紅はこの島国の妖社会ではそこそこ名が知れている「元人間の妖の専門医」であり、屋号を「鬼牡丹おにぼたん」という。
「へえ? 珍しいって、どんな」
「体の裡がだいぶ化け物に寄って来たという人間と、付き添いの恋人の化け物なんだとさ、ホラ、あの化け狸の婆さん、常夜とこよの紹介だよ」
「ああ、なるほど」
 常夜とは旗師――店舗を持たぬ骨董商――であり、そこにいるお紅のように童女の姿をした狸の妖だ、その年齢はお紅より百ほど上の晴よりもさらに年上である。
「さて、人と人でなしの恋なんて厄介なことをしてる物好き患者を出迎える準備をしなければね、晴や、手伝っておくれ」
「承知した」
 筆を置き顔をあげたお紅の言葉におれは縁側から立ち上がった。

 ■

 数日後、都の隣町にある港近くの茶店の窓際の席におれとお紅はいた。
「患者の恋人はでぃあぶるだというんだ」
「でぃあぶるっていうのは?」
 ううむ、とお紅は湯呑を見つめながら小さく唸った。
「訳本だと「悪魔」というものなんだそうだが……まあ、あたしが診たこともない、この国にいない妖なんだろうね」
「そいつはなんともお紅好みってやつだろうな」
「ふふ、そうだね。 ――ああ、来た」
 お紅の細い指の先に視線をやると、この国では見慣れない容貌の二人組がいた。一人は濃紅こいくれないで大きい、もう一人は潤色うるみいろで小さい。冗談みたいな身長差だ。
「一応聞くけど、小さい方が人?」
「そうだろうね、大きい方に角があるようだし――見かけだけで言えば鬼のようだが……
「まあ紅先生、考え込んじまうまえに会いにいきましょうや」
「ああ」
 そしておれたちは茶店を出た。

 それからしばらく後、「鬼牡丹」の待合室にて。
「フリードリヒ・シュピーゲル、今回の患者だ、世話になる」
「アンリ・ゴーティエ、付き添いだ、よろしく」
 潤色の髪で愛想のないフリードリヒと、濃紅の髪で気さくなアンリという二人組は、性格も対極であるようだった。
「あたしはおべに、医者だ。そしてこっちの黒いのが」
「助手のはるだ、よろしくな」
「フリードリヒ君、早速で悪いが、いくつか検査をさせてくれるかな、血と、髪と……法術による診察も行いたい」
「あ、ああ」
「アンリ君はこっちの問診票を記入しておいてくれないか、よろしく頼むよ」
「わかった」
「じゃあ行こうかフリードリヒ君」
 紅が診療室にフリードリヒを連れて行った、今回の検査でおれの手伝いは必要ないため、アンリという悪魔と二人きりになる。
「なあ、アンリ、おれからも聞いていいか」
おれはアンリが問診票を書き終わった時機を見計らって口を開く。
「いいぜ、何が聞きたいんだ?」
「どうして人間を恋人に?」
「そうだなぁ……
 アンリはしばらく考え込む。
「たまたま惚れた相手が人間だった、ってことになる。だが、俺はフリッツが魔族だったとして、ここまで惚れこんだのかはわからねえな、なら、フリッツの人間らしいところに惹かれたってことになるのかねえ」
「へえ」
「これも問診の一つなのかい?」
「いや、おれのただの興味だ、最近人間に興味があってさ」
「ふぅん」
 アンリがこちらを見ながら目を細めたので、おれはにっと笑った。
「詮索しちまって悪い、紅先生の診察はもうすぐ終わるんじゃないかな」

「よおフリッツ、どうだった?」
「問題ないらしい、だが……
「そこからはあたしが話そう」
 フリードリヒの言葉尻をお紅が絡めとり、話し出す。
「さて、フリードリヒの依頼はアンリとの子を成せるようになりたい、とのことだが、そこはほとんど問題がない。診察の結果、フリードリヒの肉体はほとんど魔の者と同等になってきているんだ。ただ、最後の人を人にするために縛っている理を断ってから、フリードリヒ自身が魔の者になった方が、肉体の負荷の点では望ましい、できることならアンリの眷属になるというのが最適だ、ここまでは問題ないね?」
 フリードリヒとアンリが頷く。
「ただ、その人を人にするために縛っている理を断つってところに一つ問題があるんだ、これさえできればあとはアンリの眷属になればいい、という部分なんだが、ちょうど今ここには材料がなくてね」
「材料?」
「そうだ。とはいえ、手に入れるのは難しいことではない、二人が手を貸してくれるならもっと簡単だ、手伝ってくれるかい?」
 フリードリヒとアンリは顔を見合わせてから言った。
「ああ、わかった」
「もちろん、手伝うぜ」

 ■

 材料を二手に分かれて探すことになった。俺――アンリと晴、そしてフリッツとお紅。俺たちは、霊山と呼ばれる山へ続く道を歩いていた。
 見かけは小柄な少女であるお紅に恋人を任せることに不安がまったくないわけではなかったが、晴が言うにはお紅も相応の実力があるということらしい。
「ずいぶんと過保護なんだな」と晴が笑った。
「フリッツはまだ人間なんだぞ」
「はは、ずいぶん人間を侮るんだな、あんた。人間は強いぞ、この極東だけの話じゃないはずだ」
「だけど……危なっかしいぜ、やっぱり」
「そんなもんかねえ……ああ、こっちだ」
 先導する晴が指さす先には粗末な小屋があった。
「こんなところに材料が?」
「おうよ」
「それにしちゃあ……ただの廃墟に見えるが」
「まあ、ここは昔お堂だったっていうボロ小屋だな、たしか、そう……ここだ!」
 晴は紫色に金の刺繍のポシェットのようなもの――キンチャクというらしい――を取り出して中を探っていた。
「それは?」
 晴の手が小さな何かをつまんでいる。
「灯篭さ、手に持てる明かりだよ、そっちではなんて言うのかな」
「ランタン、かな。……それにしちゃ、ずいぶん小さいようだが」
「小さくしているからな、もちろん、元の大きさはこうだ」
 晴が息を吹きかけると棒状の持ち手がついた木製のランタン――灯篭が何倍にも大きくなった、十分に明かりとして使えそうな大きさだ。側面の木の枠の間に紙が張ってあるようで、紙には鮮やかな赤い大輪の花が描かれている。
「この花は……薔薇じゃないようだが、なんだろう」
「牡丹だ、外国では、ええと……ぴおに、だったか?」
「ああ」
 俺はあまり花には詳しくないが、言われてみればピオニーと目の前の花が結びつく。
「この明かりで何かを探しに行くのかい? 薬草とか」
「違うな、この明かりを外にかけて、と」
 晴は灯篭を小屋の外に持って行った、障子という紙張りの扉に灯篭が影を作るっているのが見える。
「あとは夜が明けるまで戸を閉めて待つだけだ、悪いが晩飯はなしだ」
「かまわないが……なんていうか、これって肝試しみたいだな」
「へえ」と晴が笑う。
「あんたもやったことあるんだ?」
「ずっとガキのころにな、あんたも?」
「脅かす側でならな、都から山に肝試しにきた命知らずの人間たちにいろいろやったもんだよ」
「はは、なるほど」
「そんで、あんたの感想は間違っちゃいない、手に入れるために肝試しをする必要があるんだ、お互い昔取った杵柄だっていうなら簡単なもんさ」
 晴は懐からこれまた小さな竹筒を取り出す、先ほどのように息を吹きかけ大きさを元に戻して、次に取り出して同じように大きさを元に戻した器に竹筒の中身を注いだ、なにやら茶色い液体の匂いを嗅ぐ。
「焙じ茶だ、茶の一種だよ、よかったら飲みな」
「ああ、ありがとう」
 晴に倣い茶杯を傾ける、焦がれたような香ばしさの強い味だが、コーヒーのような苦さはない。
「なあ、ちょっと聞いてもいいか」
「ああ」
 晴に問われて頷く。
「なんだって悪魔が人間と恋仲になったんだ?」
「そいつも問診かい?」
「まさか、ただの興味だ。おれも人間だったんだが……
 晴が語り出す。
おれは誰かに焦がれて人の道から外れたってわけじゃなかったからね、人だったころから性根が人でなしだったのさ。そんなんだから愛だの恋だの、そういうのもよくわからなくてねえ。なあ、あのフリードリヒというのはどういう生い立ちなんだ?」
「それは当人に聞いてくれよ、俺から自慢げに話すってもんじゃない」
「そういうもんかぁ」
 晴はわかりやすくしょげり、すぐに立ち直る。
「じゃあ、あんたは? 悪魔だというが、それはどんなものから生まれて悪魔になってるんだ? そもそも悪魔ってどういった種族なんだ? あんたの生い立ちは」
「一度にたくさん聞かれても答えられるのは一つずつだ。そうだな……
 俺はしばし思案する。
「悪魔っていうのは、共和国の人間からは知恵を持つ魔物で悪の権化だと恐れられている、おおむねは魔界で生まれ育って、俺も悪魔の種族である普通の親から生まれた」
「ふむふむ、それで?」
「悪魔は人間と契約することがある、人間の魂と引き換えに人間では叶えられないような願いを叶えて見せる、大昔は悪魔たちが契約で得た人間の魂を奪い合うために争ったりして、それが次第に派閥になって魔王軍というものができていって、その頃はずいぶんな戦争もあったらしいが……今はそれもだいぶ形ばかりになって、魔王のありかたも変わってきている、今の魔王軍といえばほとんどヤクザ組織のようなものだ、俺も魔王軍としてかつては働いてた」
「へえ……じゃあ、フリードリヒとも契約を?」
「いいや、フリッツは何とも契約することなく魔界で育ったらしい」
「なら、お前さんがフリードリヒと初めて契約するってことになるんだな、眷属にするってのはそういうことなんだろ?」
「それは、そうだな……
 黙り込んだ俺を見て晴が軽く笑う。
「何だ、何もかも織り込み済みってわけでもないのかい? フリードリヒを人じゃなくするためにわざわざこの国まで来たんだろうに」
「正直、俺もまだ……いや、なんて言ったらいいか」
「悩んでる?」
「悩んでるのかな」
――そいつは危ないな」
 晴はぼそりと呟いた。ふっと視界の端で何かが動く。
「おいでなすった」
 何かが動いた所、晴の視線の先を見ると、先ほど屋外にかけた灯篭がふわりと横に動いた、ちょうど誰かが灯篭を手に歩き出したような――
「███さま」
 戸外から女の声がする。名前を呼んでいるようだが、名前は不思議と聞き取れない。
「███さま、███さま、私は寂しゅうございます、どうか、どうか開けてくださいませ」
 いつのまにか吹いていた風に紛れて聞こえてくる声はいかにも悲し気で、風がよほど冷たいのかその声は震えていた。
「なあ、アンリ」
 女の声を背景に晴の声がぽつりと響く。
「例えばこれが、お前さんの恋人の、フリードリヒの声だったとして」
「そんなことは――
「ああ、そんなことはないが聞け、これが恋人の声だったとして、あんたはこのまま扉を開けずにいられるか?」
「アンリ」
 不意に外から聞こえてきたのは紛れもない、フリードリヒの声だった。
「アンリ、開けてくれ」
「フリッツ――
 そんなはずはない、俺の理性が言う。だが、この声はフリッツのものだ、俺の感情が揺れる。
「アンリ、寒いんだ、ここを開けてくれ」
……違う、お前はフリッツじゃない」
「アンリ、寂しいんだ、早く開けてくれ」
 ぐるぐると声があばら屋の周囲を回る。長い髪の人影たちらちらと映る、それはフリードリヒのものにもそうじゃないようにも見えた。
…………なあ、晴」
 俺は晴に顔を向ける、晴は俺の様子を感情のない目でただ見ていた。はたと気づく。
――試されている。
 ならば、ここは。俺は瞑目する。
「お前フリッツじゃない」
 一層風の音が強くなった。
「そんなことを言わないでくれ、頼む、アンリ」
「フリッツならこんなことは言わない」
 それきり俺は黙りこんだ。
 フリードリヒらしき者の声はずっとあばら屋の周りを回り、やっと消えたころには夜が明けていた。

 ■

 材料を二手に分かれて探すことになった。俺――フリードリヒとお紅、そしてアンリと晴。俺たちは、洞窟の中の下り坂を下っていた。生えている植物の様子をみるにかなりの湿気があるはずだが、空気がひんやりして不快感はない。
「お紅、ここは一体……
「昔話をしよう」
 俺の疑問を捨て置き、紅が口を開く。
「昔々――
 ある老絵師がいた、その男は地獄絵を大殿に依頼され、地獄絵があらかた描けたところで老絵師の筆は止まってしまった、弟子を縛り上げても襲わせても最後のところが描けない。老絵師は大殿に言った「私は見たものとしか描けません、どうか車に火を放って、焼き殺される悶える女を見せてください」。
 そこまで聞いて、俺は軽く息を吐いた。
「嫌な話だ」
「全くさね、続きを話そう、そして――
 そして、老絵師の前には車と縛られた娘が用意された、老絵師はその娘の顔を見た、見間違えるはずもない、老絵師の愛娘だ。老絵師が車に駆け寄ろうとすると兵に武器を持って止められ、大殿は車に火を放つように命じた。車はあっというまに燃え上がり、老絵師はすさまじい顔で火を眺めていた。
……
 そこで黙り込んだお紅の顔を見る、お紅は小さく笑い「ほら」と前方を指さした。
 お紅の指さした洞窟の開けた場所、その中央には焼け焦げた構造物とおぼしきものがある、ほとんどが灰と炭になり、元の形は判別できなかったが、車輪のような燃え残りがあり、それが木製の車なのだとわかった。そして燃えさしの中央に――
「もし……そこの御方、そこの――絵師の方」
 鈴を転がすような声とともに燃えさしの中央にある頭蓋骨がカタカタと鳴り、風もないのに灰が舞い上がる、舞い上がった灰は空中で人のような形をとった。
「何だ」
 答えると、灰でできた娘が笑った。
「ふふ、こんなところに来るならば、絵を描かれる方だと思うたのです。ああ――
 灰の娘が俺の目をのぞき込む。娘の眼に当たる部分はぽっかりと穴が空いていた。
「絵を己の業とする者の、本当に因業なこと。あなたに聞きたいことは一つだけです。あなたは――
……
「あなたは、絵と愛する人の、どちらを選び取りますか」
 そんなの、決まっている。
「俺は――

 ■

 俺と晴の二人は霊山を下りていく。
「アンリ、どうもお疲れさん」
「ああ……なあ、晴」
「どうしたい?」
「あんたは……あんたたちは、俺たちを試したのか?」
「そうとも! なにせ紅先生謹製の霊薬は、そんじょそこらの妖がおいそれと手に入れられるものじゃない、材料集めなんてのはただの口実だよ」
「やっぱり……じゃあ、俺たちは何を試されたんだろう」
「そうだな、陳腐な言い方をするなら――
 真実の愛? と言って晴は笑った。

 ■

 俺とお紅の二人は洞窟の出口へと歩く。
「やっぱり、愛する者ってぇのは一味違うね」
「アンリと共に生きるって決めたんだ、だからもしそんな選択があったら、俺は迷わずアンリを選ぶよ、たとえ火の中に突っ込むことになっても……ところで」
「何かね」
「あの物語、続きはどうなったんだ、その老絵師はあの後どうなったんだろう」
――完成した地獄絵はそれはそれは素晴らしい物だった、そして、老絵師は首をくくって死にましたとさ」
……やはり、ろくな話じゃないな。そもそも――
 ――『見たものしか描けない』なんて依頼者に言う画家は二流だろ。と言った俺にお紅は乾いた笑いを漏らす。
「その言葉、他の絵描きの前では言わない方が良いんじゃないかね」
「そういえば、似たようなことを言って誰かに嫌われたことがある」
「アハハ」
 診療所「鬼牡丹」が見えてきた。

 ■

 あたし――お紅が文机の前で書き物をしていると、晴が帰って来た。
「よお」
「『ただいま』くらい言えないのかい、この唐変木」
「ずいぶんな言いようだなぁお紅さんよ、例のお二人、ちゃんと送り届けたぜ」
「ああ」
「その書き物は……?」
「今日の出来事の記録さ、あちらでは『かるて』とか言うんだったか?」
 いや、それは別の国の言葉だったか、と呟きながらも紙から目を離さないあたしを晴は見やる。
「あの二人に、何だって特別に試すような真似をしたんだ?」
 そう、あたしの「人の宿業を断ち切る霊薬」はたしかに珍しいものだが、対価さえ支払えばわりとどのような妖にも売りつけているものではある。
「材料集め、なんて真っ赤な嘘までついて」
「そうだね、あたしは――彼らが、妬ましかったのかもしれない」
「へえ?」
「なにせ、あたしにも届かない思いの一つや二つや百や千……
「はいはい、紅先生に惚れられるなんて、そいつは男冥利につきるだろうね」
 外人の仕草に倣って肩をすくめた晴をあたしは胡乱げな眼差しで見つめる、その目線を無視して晴は口を開いた。
「霊薬を手にした二人は、どこに行くんだろう」
「さあ、あの二人ならどこまでも行けそうだけどね、本当に羨ましいったら」
「珍しいな、お紅先生がそんなにわかりやすく誰かを羨ましがるなんて」
「あたしはお前ほど簡単に人を辞めてないのさ、あーあ」
 あたしは書き終えた記録を脇にやり、文机に肘をついた。
「喉が渇いちまった、晴や、おいしいお茶でも淹れておくれよ」
「あいよ」
 晴は一つ笑って厨に向かった。