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千代彦
2026-01-29 18:09:55
2005文字
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知らぬ夜
クラブで遊ぶ信洛(未満??)ちゃん
いつからそこに座っていたのか。慌ただしくテーブルの片付けに配膳に、盛り付けにと動き回っていれば、いつの間にか奥のテーブルに座る信一の姿に気が付いた洛軍の動きが止まった。おっ、と小さく声を上げ、手を振れば煙草を摘み持つ指を小さく揺らし、ふぅと煙を吐く信一は今日やるべき仕事を全て終え清々とした表情である。
「信一、声掛けてくれよ気が付かなかった」
「だってお前忙しそうだからさ」
「ふふ、そんなこと気にしなくていい」
そう言い小さく笑ってこちらを見下げる男を見上げながら、信一はグラスに注がれている温いビールを飲み干した。
今夜は特に暑い。冷えたビールもすぐ温く不味くなってしまう。そんな、なにをしたってどうしたって暑くどうしようもない夜にはこれしかない、と信一は思うことがあるらしい。
「なぁ洛軍」
「うん?」
「こういう暑い夜はなぁ」
「うん」
「もう踊るしかねぇ」
「は?」
意味が分からずコテンと首を傾げる男のことを見上げ、信一はまた笑った。
「なぁ仕事何時まで?」
「あの洗い物が済んだら終わりだ」
「おっ、じゃぁ上がったら出かけるぞ」
「え」
「嫌か?」
「嫌じゃないが」
じゃぁ着替えて待ってるわ、と洛軍の〝嫌じゃない〟の言葉に満足そうにまた笑い、信一は店を後にした。
ビルを出ていったいどこへ行こうというのか。こんなに暑いってのにジャケットを羽織り、香水を手首にかけ身支度を念入りにする信一の姿に、今しがた仕事を終えとりあえず汚れたタンクトップを脱ぎ捨てポロシャツを被っただけの洛軍が頭をポリポリと掻く。
「なぁ、俺もなんか羽織った方がいいか?」
「いや?襟付きだし、別にそのままでいいんじゃね?」
まぁでも香水くらいはな、と言い、信一は横の男の頸に手首を当てた。ふわりと爽やかでいて華やかな香りが、手首の熱とともにじわりと移る。
「いい匂いだ」
「そう?お前も香水くらい買ったら?」
「うーん」
「ははっ、買う気無ぇな」
「だってなにを買えばいいのかわからん」
「そうかよ」
じゃぁ今度見繕ってやるよ、言えば突っ立ったままの洛軍が少し不服そうな顔をしている。唇をむいっと突き出し、まるで機嫌が悪そうな子どものような顔つきに、髪を整える信一が鏡越しに吹き出した。
「洛軍、どうした」
「バカにしてるだろ」
「バカになんてしてねぇって、可愛いなぁと思っただけ」
「やっぱバカにしてるじゃないか、香水のことなんて
…
俺にはわからない」
「うんうん、そうな」
と、洛軍を相手にするのはそこまでで。そのあと溢れ出る文句は笑って無視をすると、信一は軽い足取りでもって部屋を出た。
週末のため人で混み合う街中で逸れないようにか、洛軍の手を引きずんずんと、迷わず足を進め向かう先はとあるクラブで。彼は慣れた様子でもって先を歩くと、ここで酒が買えて、あの柱がある辺りが立って見回すのに丁度いい場所なんだと、クラブに慣れていない親友へとどんどん教えてまわる。
「すごい人だ」
「そりゃそうよ、週末だぜ?それに暑いし」
「さっきからその〝暑いし〟がよくわからん」
「だって、なにしてたって暑いんだ、だったらじっとするよか踊っていた方がいいだろ」
楽しいし、と、よくわからない持論を持ち出し洛軍の手を引きフロアに出た信一が身体を揺らす。
大きく、フロアいっぱいに響く流行りの曲に合わせてゆらゆらと、信一が揺れればそれに釣られて洛軍の足も動き出した。曲ごとのノリ方なんててんでわからず、ただ目の前で動くウェーブがかった髪に合わせているだけで。それでもだんだんと楽しいなと思いはじめたのは、目の前の男が心底幸せそうに踊っているのが嬉しいからだ。
「洛軍」
「うん?」
音が大きく、目の前にいるってのになかなか声が聞き取れない。なんとか声を聞こうと、頭を傾け耳を寄せる洛軍の首筋に、煙草臭い手が添えられた。
「あっ」
「洛軍」
熱い手が首を撫でる。長い指が耳を挟んで揉むように、そのまま首筋を撫でて胸元へ。片手で器用にポロシャツのボタンを開け手を差し込みながら、もう片方の手で坊主頭を引き寄せ唇を寄せた信一が小さく笑った。
「お前なんで嫌がんねぇの?」
「信一」
「なんで突き飛ばさねぇの?俺このまま調子に乗るぜ?」
額から耳へ、頬から顎下へと信一の唇が動く。動くたびに鳴るリップ音はフロアで響く曲にかき消される為、二人にしか聞こえていない。
「洛軍」
「
……
っ、あ」
「ははっ」
なんて顔をするんだと、とろりと熱で溶けたような目をしやがる男のことを柱の影に追いやり、信一は目の前の口をキスで塞いだ。角度を変え、まるで貪るような口付けを何度も繰り返すたびにふわりと漂う香水がなんともいやらしく感じ、互いに気分が高まっていくのがわかった。
今夜きっと、親友同士の二人は変わる。
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