あかまる
2026-02-14 20:59:00
3233文字
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幾千の星(恋の落下引力)

1/25レンアイ進化論4の無配。全年齢プラネタリウム小説

遥か遠い宇宙の彼方に、かつて二人の男女がいた。
彼らは研究施設から逃げ出した実験体であり、互いにかけがえのない存在だった。
だが、運命のいたずら、あるいは愚かな人間の過ちによって、二人は宇宙で最後の瞬間を迎える――
互いの胸に飛び込み、光に包まれたまま、二人はこの世界から消えたのだ。
(デコヒーレンスより)



彼が初めてくれた気遣い。唇と唇による触れ合い。修復ではない行動。エネルギーの移動は無いはずなのに、触れあった部分だけじゃなくて身体の奥が熱い。

私たちの結合したエネルギーは体内に仕込まれた破壊の種に作用し、全てが白い光に包まれて爆発した。最後の瞬間まで、彼の腕は私の身体を強く抱きしめていた。

痛みは感じない。ただ、共に逝ける幸せの中で、夏の夜明けの空の色を

――もう一度、見たかった。



***

 沢山の人の声で賑わうショッピングモールを、マヒルと手を繋いで歩く。今日は新しくできた話題のプラネタリウムに来たのだ。抑えきれない興奮に、いつもより大きく腕を振っていると彼に微笑ましそうに見られていることに気付いた。
 いま通っているのがおもちゃ売り場の前というのも相まって、子煩悩な若いパパと歩く小さな子供みたいに見えるかもしれない。マヒルはパパというには若いけど、背筋を伸ばす姿が格好いいし、何もしなくても人の目を引いてしまう人だから。自分の姿を想像して、恥ずかしさに腕を振るのを止めた。

「どうした? 急に元気が無くなったのか」
「別に。これが私の普通だよ」
「じゃあオレが手を振ろう。新しいプラネタリウムを楽しみにしてたんだ」
 先ほどの私のように繋いだ手を大きく振る。私より長い腕に引っ張られて身体が前後に揺れる。怒って隣を歩く彼を見上げると、マヒルがニヤリとイタズラっぽそうな顔で笑った。



 新しく設計されたプラネタリウムは、デートスポットとして話題らしい。館内が少し暗めに設定されて、ホールまでの通路もゆったりとした音楽が流れ、銀河のようなライトアップで彩られている。
 予約したプラネットシートは二人で並んで横になれるような作りになっていた。マヒルのように身長が高く、足が長い人でも納まるようにゆったりとしている。他のお客さんの視線が気にならないようにだろうか。サイドに低めの壁が立てられている。横になった彼の隣に座るとすっと左腕が差し出された。頭を乗せるクッションは沢山あるのに、いつも一番近い位置に寄り添おうとする行動が可愛くて、擦り寄るように頭を乗せた。彼の満足そうな笑い混じりの息が、私の前髪を擽った。
 プログラムが始まり、機械のナレーションが星についての知識を語ってくれる。天球を見上げているとあの時を思い出す。​超新星爆発。一度マヒルと臨空タワーで見た天体現象だ。あの時も彼は隣りにいたけれど、お互いの思いは一方通行で二人の間にはわだかまりがあった。ただ、横に元家族として、立っていただけだ。

 今の私たちはあの時と違う。かけがえのない家族で恋人同士だ。頭の中に浮かんだそれは、私の胸の鼓動を速めて、星なんか見られなくなるほどの気づきだった。 
 うすぼんやりとした星明かりのなか、マヒルの精悍な顔のラインがぼやけて見えた。その目の中に天球の星が反射して、彼の瞳が輝く宇宙に見えた。
 表情はわからない。でもほんの少し辛そうに眉をしかめている。『私を置いて遠い所へ行かないで』なぜかフッと浮かんだその心のままに彼の胸元を握りしめた。

 瞳の星が消えて、私を捉える。目が合った瞬間、彼が息を呑むのが肩越しに伝わってきた。ナレーションの声はしっかり聞こえているのに、言葉が意味を失っていく。私たち二人以外の全てが世界の外に締め出されたみたいだ。
 二人の間の時間の流れが変わり、彼の動きがスローモーションに見える。どちらからともなく、引き寄せられるように唇が近づいた。震える唇がゆっくり重なる瞬間、息が止まる。
 目の前にある愛しい彼の真剣な顔、頭越しに見える満天の星空。私はこの感じを知っている。くらりと目の前が揺らいだ。星の海に飛び込んだような、重力を失ったような感覚に不安を感じて心臓がドクンと跳ねた。
「マ……

 耐えられなくて名前を呼ぼうとした時、唇が強く押し当てられた。よく知っている薄く渇いた唇、漏れ出る熱い息。体の芯を通るように幸福感が押し寄せてきて、縋るように胸元を掴む手を強く握りしめた。
 一度、頭を離した彼は、私の頬にもかするようなキスをして、耳元でシーッと空気を漏らした。
 ハッとして、身が固くなる。そうだ。ここはプラネタリウム。周りに他のお客さんもいる。声を出すまいと身を強張らせる私に、マヒルは次から次へと降り注ぐような口づけをする。音を立てないように緩やかに、温度を分け与えるようなキスを。衣擦れも立てないほど、ゆっくりとした動きで。

 もうその日のプログラムは覚えていない。

 マヒルがそっと離れて、目の前に夜明けの空が戻ってきた。

「本日のプログラムは終了です。ご来場ありがとうございました」

 無重力のようにふわふわと浮かんだ気持ちは重力に捕まり、ずっとこのままでいたいという時間はあっけなく終わってしまった。

 満足げなマヒルに起こされて、衣服のシワを整える。先に立ち上がった彼が手を伸ばす。私に伸ばされたその手のひらを見て、なぜか涙がボロポロと頬を零れ落ちていく。心配そうに眉を落とした彼が、私の涙を拭おうと近づけた手をギュッと掴んだ。そのタコがあるごつごつとした手に頬を摺り寄せた。
 私のおかしな行動に問いかけることもなく、親指の優しい動きが涙を拭う。熱いものが次から次に溢れてきて動き出せない。

 場内整理のOTTOに促されて、マヒルは私を抱き上げた。ショッパーを両手に持って、私も抱えるなんて大変だと頭で理解しているのに、彼の頼りになる肩から顔を離すことができなかった。

 車に戻って、荷物を乱雑に車内に投げ込むと、マヒルは私を抱えたまま後部座席に座る。その頃には私の涙はほとんど止まっており、スンスンと鼻を鳴らすくらいだった。きつく閉じていた目を開いて、彼と向かい合う。昼の青でも、夜の黒でもない。柔らかい紫の瞳が目に入ると、もう一つ涙がコロリと転がった。

「落ち着いたか?」
「わからない。悲しいのか、嬉しいのか、淋しいのか」
「うん」
「ただ、あなたが愛おしくて、離さないでほしいと思った」
「うん」
……もう一度キスしたい」
「オレもだ」

 夜と昼の境目。夜の紫から太陽の白金に変わる色。そこに光が差し込む。マヒルの柔らかく笑った目がずっと細められて、車内の影がゆっくり重なった。長い、長いキス。それはお互いを求めあうような、ここに居ると確かめ合うような、そんなキスだった。

 長いのか短いのかわからない触れ合いを終えて、最後に名残惜し気にちゅっと音を立てて二人の身体が離れる。胸の奥を占めていた不安も寂しさも消えて、いま残っているのは暖かな愛おしさだ。私の表情から感情を読み取ろうとするマヒルに、心配いらないと笑いかけた。

「消えないね」
「消えたりなんかしない」
「あなたの心音、すごく早い」
「今日はお前もだ」
「生きてるって感じ」
「そうだな。オレたちは生きてる」

 抽象的な言葉が私たちの間を飛び交う。お互いそれが何を意味しているのか、完璧に理解できてないけど。今はそのままで良いんじゃないかと、そう思った。ゆっくり瞬きをする瞳が私を映している。私の瞳にも彼が映っているはず。
 彼の指の間に私の指を通して手のひらを合わせる。彼の手のひらから暖かいものが私に流れ込んでくるような気がする。愛おしくてギュッと力を入れると、マヒルも力強く握り返した。
 
 夏の夜明けの色が、とても美しかった。