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shirajira
2026-01-29 07:08:15
7228文字
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君はグラムジャムン、ティラミス、たい焼き、あるいはパンケーキ
リクエストいただいた、恋人をお菓子の名前で呼ぶビマヨダ。あんまちゃんと呼んでないかも。
最近ドゥリーヨダナが甘味にはまっているらしい。
「きんつば」
「きんつば
……
?」
聖杯は現界するのに必要な知識を与えてくれるが、何でもかんでも聞けば教えてくれるわけではない。食堂のカウンターにやってきたドゥリーヨダナに突然ぶつけられた固有名詞にビーマが目を白黒させていると、横からエミヤが「和菓子の一種だ」と教えてくれた。
「作り方なら知っているが
……
寒天を冷蔵庫で固める時間が必要だからな、さっと作れるものではない」
どうする、と問いかけるようにエミヤが視線を向けたのは、ビーマではなくドゥリーヨダナだ。ドゥリーヨダナは肩を竦めると「言ってみただけだ。何だったらすぐに出てくる?」と、これもまたビーマではなくエミヤに尋ねる。
「そうだな、出来立てが食べたいのであればホットケーキやクレープ、つまりは粉ものだな。あんこの気分なのであれば
……
ああ、たい焼きはどうだろう。型ならあるし」
「たい焼き?
……
魚にあんこをかけるのか?」
また知らない固有名詞にビーマが首を傾げると、エミヤが笑った。
「ははっ、違う違う。実際に作って見せた方が早いだろう。ドゥリーヨダナ、注文はたい焼きでいいか?」
「たい焼きとやらが何かはわからんが
……
ま、この貴き王子であるわし様に出そうとしているのだ、美味なものに違いない。そうじゃなかったらその時はビーマに食わせればいいだけだし
……
。うん、よかろう!」
何やら偉そうにふんぞり返っているドゥリーヨダナを他所に、ビーマはエミヤが冷蔵庫から出来合いのあんこや小麦粉、卵と材料らしいものを取り出すのを眺めた。
「何か手伝うことはあるか?」
「そうだな
……
カスタードクリームを作ってくれないか?」
「カスタードクリーム?
……
わかった」
疑問は一旦飲み込む。たとえ相手がドゥリーヨダナであろうとも、客を待たせていることは事実である。いちいち質問してエミヤの手を止めるべきではなかった。
「カスタードクリーム、出来たぜ」
「ありがとう。こちらも生地ができた。
……
では」
ガコン、とエミヤがコンロの上に、大きな金型を置いた。生地を流し込むための凹みを見て、合点がいく。
「ああ、なるほど。鯛の形に焼くから、たい焼きってことか」
「その通り。中に詰めるのはクレープと同じで多種多様だが、あんことカスタードクリームが王道かな。一度にたくさん作れるから、今日のおやつとして置いておくのもいいだろう」
言いながら手際よくエミヤが生地を流し込み、あんことカスタードクリームをその上に乗せていく。金型は二つ折りにできるようになっていて、しばらくしたら中身のわからない魚の形をした甘味が出来上がっていた。
エミヤは手際よく耐油紙にたい焼きを挟むと、皿に四つ置いて、ビーマに差し出してきた。
「ちょうどいい、君も彼と一緒に休憩を取るといい」
ウインクと共に告げられた気遣いを、ビーマはありがたく受け取ることにした。皿を持ってカウンターから出れば、四人がけのテーブルを一人で占領していたドゥリーヨダナがこちらに気づいて嬉しそうな顔をした。
「何だ、サボりか」
「ちげぇよ、休憩だ」
「ほほう。かわゆい恋人の顔を見てエネルギーチャージしたい、と。よかろう、存分に眺めるといい」
ドヤ顔をするドゥリーヨダナの正面に、ビーマは腰を下ろす。こいつも普通にしてりゃ見目はいいんだがな、とビーマは思った。あまりに表情がうるさすぎる。そこが好きでもあったが、それ故に何言ってんだこいつ、という気持ちにもなる。
自称かわゆい恋人であるところの男は、もう興味が皿の上に移ったらしい。ドゥリーヨダナの目を輝かせているのが自分でないことを、ビーマは惜しく思う。
こんなでも、ドゥリーヨダナはビーマの可愛い恋人であることは確かなので。
「ふむ。これがたい焼きか」
ドゥリーヨダナが皿から一尾、たい焼きを取った。ビーマも手に取る。背びれの辺りからかじりつくと、口の中にあんこの味が広がった。パリパリしっとりの皮とよく合う。
「んん?」
怪訝な声が聞こえて顔を上げれば、ドゥリーヨダナがたい焼きを頬張りながら眉を跳ね上げ、口をへの字にしていた。本当に雄弁な表情だ。
「どうした」
「中があんこじゃない」
かじりついた断面を、ドゥリーヨダナが見せてくる。ドゥリーヨダナは頭から食べるタイプらしかった。とろりと黄色いカスタードクリームが断面から覗いている。
「ああ、あんことカスタードクリーム、二種類作ったんだってよ。俺のはあんこだった。こっち食べるか?」
交換するか、という意味でビーマは尋ねたが、ドゥリーヨダナは違うように受け取ったらしい。にこっと笑うと、あーんと大きく口を開けた。
子供っぽい、無邪気な信頼をそのまま表したような仕草は、計算ずくのことなのかもしれない。頭ではわかっているが、それでも何か、胸が熱くなる。
これが惚れた弱みってやつか? 惚れたっつーか、ほだされたっつーか。思いながら、ビーマは食べかけのたい焼きをドゥリーヨダナの口許に持っていってやる。ぱくり、とドゥリーヨダナがかぶりついた。
「はむはむ、はむ。ごくん。
……
うむ、悪くない。はむはむ」
「おい、お前ばっか食べてないで、そっちを俺にも寄越せよ」
「ん~? 仕方ないな、ほれ」
「ん。むぐむぐ。ほう、カスタードクリームもいいな。エミヤはチーズを入れることもあると言っていたが
……
」
「しょっぱい系もありなのか? なら今度はそれを作ってこい。どうせ作り方はエミヤから教わったのだろう?」
「横で見てただけだがな。ひき肉なんか入れてもうまいかもなあ」
お互いにたい焼きを食べさせ合う。たまたま近くにいたスタッフや英霊たちは微笑ましいものを見るような、或いは至近距離でヒグマに遭遇したような顔をしていたが、二人はちっとも気にしなかった。
「グラムジャムン」
ドゥリーヨダナの甘味ブームはなかなか終わらないらしい。顔を合わせる度に甘味の名を告げられる。
辛党の男にしては珍しいことだ。思いながら作り置きのシロップ漬けの菓子をサーブしてやる。
昨日はパンケーキ、その前はドーナツ、ティラミスやストロベリームース、チーズケーキやコーヒーゼリーの時もあった。ビーマが作ることもあれば、たい焼きの時のように他のサーヴァントが作ることもある。
飽き性のドゥリーヨダナらしく、注文されるものは毎回違った。ビーマの知る限り、同じものをドゥリーヨダナが口にしたことはない。
「ああ、ドゥリーヨダナ。この間君が注文しようとしていたきんつばを、利休から茶菓子として注文が入ったとかで女将が作ってくれたのが今ならあるぞ。食べるかね?」
エミヤが呼び止めれば、ドゥリーヨダナは「ほう」とまばたきをし、にやりと笑った。
「わし様の注文を覚えているとは、感心感心。よかろう、献上を許そう。で、何が欲しいんだ?」
「ドリンクセットならお代は千QPだ」
「なんだ、何か下心があるのではないのか? わし様口は固い方だし、遠慮なくおねだりしてくれていいのだぞ? 厨房を握る者にはいくらだって恩を売りたいからな!」
「コーヒー、紅茶、緑茶、ほうじ茶、あとはジュースの類いだな。どうする? 私のお勧めは緑茶かほうじ茶だ」
さすがエミヤ、ドゥリーヨダナの面倒な絡みをあっさり躱す。感心しながら、ビーマはドゥリーヨダナが注文したホットのほうじ茶を入れた。なんとなく砂糖を入れたくなるが、マスターの故郷では入れないものらしい。最初は違和感があったが、今ではすっかりこのスタイルに慣れた。
「ビーマ、君も一緒に休憩に入るといい」
エミヤが気を遣ってくれる。本当に毎回ありがたいことだと思いながら、ビーマはトレーに二人分の皿と湯呑みを乗せ、既にテーブルについてビーマが菓子を運んでくるのを待っているドゥリーヨダナの元に向かった。
「
……
なんだ、金色をしてるわけではないのだな。きんつばなんて名前をしてるから、てっきり金色なのかと思ったのに」
目の前に置かれた皿を見て、開口一番ドゥリーヨダナがそう言った。あんこを寒天で固めて炙ったきんつばは、ただただ黒い。
「どんな菓子だか知ってて頼んだわけじゃなかったのか?」
「んー。利休の話に出てきたのをぼんやり聞いただけだなあ。駒姫が甘味に詳しいんで話をしてたら、利休が和菓子もいいとかいって名前をいくつかあげてきて」
エミヤが添えてくれた、黒文字とかいう太い楊枝できんつばを一口サイズに切りながら、ドゥリーヨダナが答える。
「はむはむ。うん、悪くはないな」
だが、やはり違うなあ。小さく呟かれた声を、ビーマの耳はしっかり拾った。
「違うって、何がだよ。何か探してる甘味でもあるのか?」
ドゥリーヨダナの甘味ブームが単に甘味にはまったのではなく、何かを探してのこと
――
名前がわからない菓子とか
――
であるのなら、なかなか終わらないことも合点がいく。どうにも無秩序で方向性の定まらない注文であることには、疑問が残るが。
「ん? んー
……
まあ、そんなところだな」
多弁な男が言葉少なく話を終えようとする。不自然に泳いだ視線を見逃すほど、ビーマはドゥリーヨダナを知らないわけではなかった。
「何だよ、名前がわからねえのか? それとも、食べたこともなくて話に聞いただけの食べ物か? ちっとでもヒントになるものはないのか? 俺が作ってやるよ」
「何だ? やけに食いつくな。何か欲しいものでもあるのか~? 前はいらんと言った小遣いが欲しくなっちゃったのか? それなら素直にそう言えば恵んでやらんことも」
ビーマは手を伸ばして、善意には下心があると決めつける男の手を上から握った。ドゥリーヨダナの耳がほんのり赤くなる。
普段は、何ならまぐあいの最中ですらやかましいやつだなという感想が勝つが、こういうビーマからの素朴な触れあいに照れを見せるところは、素直に可愛いと思う。
「知っての通り、俺は料理人だ。お前に食べたいものがあるのなら、それを食べさせるのは他の誰でもなく、俺でありたい」
何が食べたい? 言ってみろよ。相手の顔を覗き込みながら、すりすりと手の甲を撫でてやると、ドゥリーヨダナの目が泳ぎに泳いだ。あー、だの、えー、だの、言葉にならない声を漏らした恋人は、やがて観念したかのように大きく息を吐いた。
「別に、食べたいもんがあるわけじゃない」
「
……
ほう?」
どうも嘘を言っているようでもなかった。嘘なのであれば、このように歯切れ悪そうにではなく、もっと捲し立てるように言うだろうから。
「なら、何で最近のお前は甘味ばっか頼むんだ?」
「それは、お前に
……
」
「俺?」
ちらりとビーマを見て、拗ねたように唇を尖らせて、それからドゥリーヨダナはこう言った。
ビーマのような甘味を探していたのだ、と。
「何だよ、俺みたいな甘味って」
「知るか。わからんからこうして色々試しているんだ。察しろ」
意味がわからない。更に尋ねてみれば、どうやら発端はマスターらしい。
日本じゃそんなことしないけど、他の国だと恋人をお菓子の名前で呼んだりするって、本当?
マスターはそれをクリームヒルトに尋ねた。クリームヒルトは顔を真っ赤にして「知りません!!」と叫んでいたが、あの様子からするに一度くらい呼ばれたことがあるのではないか、と周回メンバーとして同席していたドゥリーヨダナは推測したし、同じく同席していた項羽も同様の意見だったが、そこはまあ本題ではない。
恋人をお菓子の名前で呼ぶ。そういうのもあるのか。へ~。ふ~ん。
……
自分だけの特別な呼び名、そういうのもいいかもしれん。ドゥリーヨダナは思った。隣にいた項羽も虞美人のことを考えてか、喜ぶだろうと呟いていたし。
よし、ビーマのことを菓子の名前で呼んでやろう。決めたはいいが、ではビーマを呼ぶのに適した菓子はというと、これが難しかった。
やはり故郷の甘味として有名なグラムジャムンやジャレビ? いやいやただ甘いだけではビーマを表すのにはそぐわない。ここはいっそ、故郷の味からは離れてみるのもいいかもしれない。
クリームたっぷりのふわふわのパンケーキはおいしいが、ビーマというには土台が優しすぎる。ティラミスやコーヒーゼリー、コーヒーを使ったものはどことなくビーマっぽい気がしなくもなかったが、いやいや自分があいつに感じているのをただ苦味で表現するのは芸がない。それだけではないのだ。
和菓子というやつは故郷の甘味と違って控えめで、それでいてどこかずっしりとしている。ちょっとビーマっぽいかも。きんつば、名前に金が入ってる。これなんてひょっとしたらすごくビーマっぽいかもしれん。
そうやって、ドゥリーヨダナはあれやこれやと日々色んな甘味を食べていた、らしい。
「
……
もしかして、お前が食堂で俺の顔を見る度に菓子の名前を口にしたのは、試しに俺を菓子の名前で呼んでたのか?」
注文をしつつ、ビーマを甘味の名で呼ぶ練習も兼ねていたんだろうか。ビーマの疑問に、ドゥリーヨダナは「お前にしちゃ物わかりがいいな」と偉そうではあるが肯定で返してきた。
「味がしっくりこなくても、呼んでしっくりくればそれもいいかと思ったが、どうにもな~
……
おい、何だその顔」
「あ?」
ドゥリーヨダナが顔をしかめた。何故そんな顔をするのか、ビーマにはわからない。
「急ににやにやしおって。何だ? わし様のことを馬鹿にでもしておるのか?」
「何でそうなるんだよ。被害妄想が激しすぎるだろ」
咄嗟に口許に手をやりながら言い返す。指摘されて気づきはしたが、口角が上がってしまうのは止められない。
もちろん、それを見逃すドゥリーヨダナではない。「なら何でにやにやしてる。やましいことがないなら隠すな」とまなじりを吊り上げた。
「わし様がお前を恋人として扱おうとしているのが、そんなにおかしいか。まさかお前、わし様のことは遊びだとでも言うのでは
――
浮かれたわし様を笑うために交際を始めたとでも
――
」
「落ち着けよドゥリーヨダナ。お前を笑ったわけじゃねえ。嬉しくなっちまっただけだ」
「あん?」
勝手にヒートアップする男は早めに止めないと、どんなことをしでかすかわからなかった。ビーマはゆっくりと、噛み砕くように言葉を紡ぐ。
「菓子の名前を口にする時、菓子を味わう時、お前は他でもない俺のことを考えてたってことだろ? 俺もなかなか愛されてるなと思って、嬉しくなった」
「
……
恋人を愛することは、別におかしなことではないだろ。たとえそれがわし様とお前であっても
……
今は恋人なんだから
……
」
蚊の鳴くような小さな声で、ふてくされたようにドゥリーヨダナが呟いた。ビーマは「おう」と大きな声で返事をする。
「菓子の名前で恋人を呼ぶ。悪くねえと思うぜ。俺もいっちょ、お前に合う菓子を考えてみるか」
「ほう? 変なもん選んだら承知せんぞ」
「何だよ、変なもんって。そうだなあ、俺のバルフィ、いやグジャ、フルーツたっぷりパウンドケーキ、チョコがけドーナツ
――
」
口の中に涎が溢れてきた。ドゥリーヨダナが「お前今わし様のことじゃなくて、菓子のことだけ考えとるだろ」と顔をしかめる。
「おっと。じゅるり。
……
なかなかこれって決められないもんだな」
「であろう? これが意外と難しい。すぐ見つかると思ったんだがな~」
言いながら、ドゥリーヨダナが一口サイズに切り分けたきんつばを口に運ぶ。ビーマが「あ」と口を開けて見せれば、呆れたように笑って、ビーマの口許にも運んでくれた。
「むぐむぐ。ごくん。
……
ま、今すぐ決めなくてもいいんじゃねえか? 一緒に色々試していけば。毎日呼び名が変わったって、関係が変わるわけでもねえんだし」
「そうすると今日のお前はきんつばということになるな。
……
わし様の、きんつば」
ドゥリーヨダナが急に上目遣いをした。媚びているのではなく、ドゥリーヨダナ曰く自分が最格好よく最美しく見える角度がこれらしい。要するにキメ顔である。実際表情筋の動きが最低限に抑えられているのもあり、やかましさが鳴りを潜めたその顔は、なかなか見目よく見えた。
ビーマの好みからは外れるが。この顔に騙されたやつもいるだろう、という気持ちにもなる。
「おお、わし様のきんつばよ。たくましくどっしりとして、固そうに見えてそうでもなく、それでいて甘いところもある可愛いお前
――
」
「俺じゃなくてきんつばの話をしてるだろ、お前」
わざとテーブルの下でドゥリーヨダナの足を軽く蹴飛ばす。すぐに蹴り返された。ちょんちょんと足を触れ合わせる。
甘ったるい、それこそ菓子のような馴れ合いだ。だが、悪くはなかった。
毎日違う菓子を味わうように、毎日相手との違うやり取りがある。おやつの時間が楽しいように、相手との時間が楽しい。
いつかその時間は終わるとしても。今は素直に、無邪気に、子供のように楽しんだっていいだろう。
「おい、わし様の口説き文句にケチをつけるくらいだ、お前はさぞや立派にわし様を口説いて見せるのだろうなあ!?」
「今の口説き文句だったのかよ。別に菓子の名前はお題じゃねえだろ。なんだっけか、こういうの、確か大喜利って言うんじゃなかったか?」
「ごちゃごちゃとうるさい! いいからやってみろ! わし様がびっしりと赤チェックを入れてやろう」
うるさく喚くドゥリーヨダナにしょうがねえなと呆れて、それからビーマはドゥリーヨダナを菓子の名で呼んだ。
居心地悪そうに、それでいて照れたようにはにかむ顔は、どんな菓子より甘そうに見えた。
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