koto
2567文字
Public れめしし😈🦁
 

グッナイ,グッボーイ.

れめししペーパーラリー企画参加作
熱が出たときの治し方

 ズクッ、ズクッ、ズクッ……。鼓動を打つ度、まるで共鳴するように体中のそこかしこで痛みが走る。それは気のせいにするには主張が激しくて、嫌でも意識してしまう。数センチ身じろぐだけで身体の節々が疼いて軋むような痛みに見舞われた。
 唾を飲み込むと灼けるようにヒリつく喉も、ぐわんぐわんと鳴り止まずに響く頭の中の不快さも、打つ手がない。仕方なく、獅子神は小さく小さく身を丸め、ただずっとじっと耐えている。どんなにつらくても、そうしていれば、気付いた頃には徐々に症状は薄らいでいくはずだから。
 これは幼いころに獅子神が学んだ、慣れ親しんだ対処法だった。
 目をつぶって、一人でじっと。
 そうやって、あのころは終わりのないときを必死に耐えていた。
 大人になった今は、これがずっと続かないことくらい知っている。終わりを知っているから、耐えるのもそんなに大変なことではないはずだった。


 予兆を感じたのは陽が傾いた、夕方の入口くらいの時間だった。最初の異変はトレーニング中に感じた身体の痛み。筋肉痛に似たそれは、しかし負荷をかけた覚えのない場所で生じていた。おかしな力を入れてしまったのだろうか。身に覚えがなく、腑に落ちないままシャワーを浴びていると、今度は眩暈と共に頭が痛みだす。
 ここまできてようやく、獅子神はこれがイレギュラーな状態だと気付く。悪寒と共に嫌な予感は増していき、バスルームを出る頃にはいよいよ怪しくなってきた。放っておくといくらもしないうちに、悪化していくはずだ。じわじわと倦怠感が滲み始める身体に鞭を打ち着替えを終えると、さっそく雑用係を呼びつけた。

 獅子神が雑用係たちに命じたことは、脱水防止の経口保水液、ゼリータイプの飲料、風邪薬と解熱剤。あとは冷却シートとのど飴を買ってくること。そして、買って来て部屋の前に荷物を置いたら、獅子神から再び連絡が入るまではプライベートな居住空間への出入りを禁じた。仕事は書斎などのワークスペースから、いつも来客が出入りするようなプライベートという言葉を取り上げられたダイニングや客間くらいまでの掃除など、最低限の居住性を確保しておくことだけを指示し、そうして獅子神はベッドルームへと引っ込んだ。
 なにやら物言いたげだったが、それを取り合う気力もなくて、ほとんど無視するように、雑用係二人の前をあとにした。極力、弱っている姿を他人に見せたくなかった。見栄とかそういうものではなく、ただ、そうすることに不安を感じてしまうからだ。
 どさりとベッドに横たわった瞬間から、症状は一気に身体中へと広がっていった。



 次に目を覚ましたとき、部屋の中は既に薄暗かった。多分、数時間ほど、それこそ死んだように眠っていたのだろう。自分の呼吸の音が体の内から聞こえてくる。
 ハァ、ハァ、ハァと聞こえる呼吸が、浅く苦しそうだなと自分のことながらどこか遠くで考えていた。熱くて、しんどくて、どうにもならないのに、なんだか滲んでしまいそうな涙は熱のせいなのか、心細さからなのか。
 あぁ、嫌だな……
 何に対してか具体的に浮かばない頭で心がそんなことを零してしまう。
「ん……っ」
 ともすると滲んで零れそうな涙を獅子神はぐっと奥歯を食いしばり飲み込む。鼻がひくひくと微かに動いてしまう。泣き出す直前に堪えてるとなるアレだ。
 引き結んだ唇に入れた力が抜けない。緩めたらきっと堪えていたものが解けてしまう。ひとりぼっちのベッドで心細さに泣くなんて、そんなの御免だと言うのに。
 痛む喉でもう一度、涙の素を飲み込んだときだった。

「起きてる?」

 そんな言葉のあとを追って、ふわりと頭に何かが触れたのが分かる。それが、ゆっくりと動き出し、ああ撫でられているんだと理解した。耳馴染みのいい声の主が手の持ち主で合ってるだろうか。
「っか、の?」
「なぁに?」
 ろくに出ない掠れた声で名前を呼べば、返事が返ってきて。自分で名前を呼んだくせに返事があったことに呆けてしまう。
 だって、居るはずのない人物だ。こんなの都合が良すぎた。
「な、っで」
 疑問を口にしかけたところで咳がこみ上げてしまう。頭を撫でていた手が胸元に移動して、トン、トン、トンとゆっくり一定のリズムを刻み始める。獅子神の中で「なんで?」がまた一つ増える。ただでさえ暗い部屋の中、滲んだ目では叶の姿などよく分からなくて。腕から向こうが本当にあるのかも、なんだか怪しくなってくる。

 徐々に暗さに目が慣れてきて、ベッドサイドに薄ぼんやりと叶の姿が浮かび上がって見えた。それでも、「なんで?」はまだ消えない。
「わり……、めし、きょ……つく、れっな」
 今の獅子神の頭で思い当たるのがごはんを食べに来たのかな、ということくらいで。だから謝った。期待してきてくれたなら、申し訳ないことをしてしまったなと思ったからだ。
 でも、どうやら違ったらしい。胸元を優しく叩いていた手が止まる。体に響く控えめな振動に名残惜しさを覚えてしまう。
「違うよ」
「?」
 なにが違うのか。
 動きを止めた叶の掌が、今度は頬へと移動して包み込む。親指がさわさわと頬を撫でる。壊れものでも扱うみたいに、とても優しく動く。
「たしかに敬一君の作るごはんはおいしいけどさ、その為だけに来てるわけじゃないよ? オレ」
 じゃあ、なんのために来たのか。
 いや、それ以上に、どうして今ここにこうしているのか。
「まずは、ゆっくり休みなね?」
 考えても分からない。まだ熱で朦朧とする頭で獅子神は一つ頷く。

「おやすみ、敬一君」

 その言葉がまるで催眠術かなにかのように作用して、獅子神は一気に眠りに誘われる。寝入りもさっきよりすんなりといけそうだった。手を握られて、更にもう片方の手も重ねるようにして覆われる。
 おやすみ。
 実際にちゃんとそう言えたかは怪しいが、叶には伝わったみたいで、握る手の力が少しだけ増した。

 なんでこんなところに叶が居るのか、理由は何一つ分からないけども、もう、今は深く考えないことにする。もしも仮に、熱が見せた幻だったとしても、とても幸せな気持ちになれたから。握る手の存在が嬉しくて、獅子神はそれに頬を寄せた。


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マシュマロ
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