桜霞
2026-01-29 00:05:40
7942文字
Public 【RKRN】しのぶれど【雑夢】
 

【wip】タソガレドキ忍軍事件帖 ウスキヌガサダケ城攻略之件

もはや事件ではないな? となりましたがケツ叩きの意で公開します。
先日のウェブオンリーで公開した「しのぶれど」スピンオフ作品シリーズです。
めちゃくちゃ悪いお城をやるタソの話になりそうです たぶん
モブがたくさん出ますが、モブの名前は愛すべきふぉろわっさん達と考えました 笑ってください





 勝鬨の声が髑髏をはためかせる。
 タソガレドキが新たに領地を切り取った事実は、情報、或いはかなり信憑性のある噂として周辺諸国を駆け巡った。
 主だった領地の国人は、次に髑髏の眼窩が向くのはあちらか、果たしてこちらかと肝を冷やし、名主たちは惣を組んでタソガレドキの庇護を求めようか、日夜相談が行われるほどだった。一方で、もう間もなく収穫期である秋に入るのだから、しばらく戦はないのではと状況を楽観視する者もいた。いずれにせよこの時期から戦の準備をするのはどの領地にとっても面倒極まりない話ではあるため、誰もが皆タソガレドキの次手を警戒していた。よそ者を見ればそれはタソガレドキから情報収集のために潜り込んだ忍であろうから、よくよく警戒し、いざとなればすぐに上奏せよなどと触れを出す国人まで現れた。
 互いの疑心暗鬼を煽るような政策が出されたところで、既にいくらも穴丑や隠士を用意し桂男の術を仕掛けているタソガレドキは、新しく切り取った領地の検地結果や各家臣に采配する褒賞などで、主に目付や忍軍が多忙を極めていた。
「その話はもう聞いた!」
 甚兵衛の怒号が轟き、障子や枝葉を揺らした。板間に敷かれた地図に書類が叩きつけられ、丁寧に並べられていた木札が四方八方に飛び散っていく。
「情報の裏付けとなるものを持ってこいと言うのだ!! これでは二度手間ではないか!!」
 報告にいくらか膝を前に出していた目付───細田朔定、および忍軍組頭押都翁は、苛立ちを隠さぬ主君の怒声に、嘆息したいのをぐっと堪えた。先に板間に手を着いて低頭の姿勢を示したのは細田だった。
「我が方の不手際、まことに申し訳ございませぬ。しかしなにぶん、戦が続きすぎました故……
「言い訳は無用じゃ!!」
 火に油を注いだかの如き一括が庭の枝葉を揺らす。
「我らは冬が来るまでに最低限バカマツタケを得なければならぬ、おぬしが一番よう分かっておろうが!! 朔定!!」
「は……、」
 朔定が更に深く頭を垂れた。
「これでは動こうにも動けぬ。すぐに物を揃えよ。良いな!!」
「は」
 家臣の低頭へ一瞥もくれず、甚兵衛は足音荒く板間を後にした。気配が完全に遠のく頃、身を起こした朔定がやれやれと嘆息したのにつられるようにして、空気が淀みながらも緩んでゆく。隙を逃さず、組頭は「細田殿、」と膝をにじり寄せた。直後、「結構、」とぶっきらぼうにも朔定が遮る。
「忍軍のためにああしたわけではござらぬ」
……左様で」
 組頭は幾らか言葉を飲み込んだように見えたが、朔定は気に留めた風情もなく、散らばった札を幾つか手に取って懐に片付けた。
「以前から何とはなしに知れていたことではあるが」
 朔定の傍に控えていた侍が、広げていた地図を畳んだ。
「殿直々のご采配であろうと、諸々を貴殿らに任せきりにしていた結果がこれじゃ。今後は、悠長なことを言っておられぬようだの」
 大儀そうに立ち上がりながら独り言ちるようにして、朔定は挨拶も会釈もなしに踵を返した。板間に残る気配が老人ひとりぶんになってから、影が二つほどするりと増える。
「随分と癪に障る言い方でしたね」
 眉間に皺を寄せた若い忍びが吐き捨てる。後から現れたもうひとりの忍が、「よせ、陣左」と声音に飄々としたものを含ませながら笑った。
「誰が聞いているとも知れぬ。城内の陰口は慎め」
 真の𠮟声ではないことが窺えるが、高坂は律儀に反省の気配をにじませ、「失礼をいたしました」と会釈した。
「しかし、殿もおひとが悪い。情報の整合性を取るために組織を冗長化しているなら、そうと仰ってくださればよいのに」
「昆」
 誰かが聞いておるやもしれぬと言うた舌先の乾かぬうちに、と組頭が青筋を立てる。忍───昆奈門はひょいと肩を竦めて見せた。
「で、何用じゃ」
「新しく入った情報があったんで、追加で持ってきたんですが。ちなみに、細田は何を持ってきてたんです?」
「先に得た領地とその組織、物流の繋がり、組織ごとの因縁などじゃが」
「手際がいいなあ。ウスキキヌガサダケと繋がりがあったことは?」
「知れておる」
「じゃ、真新しいのはないですね。ウチでも同じような情報が取れたんだから、それで裏取りが済んだってことになりませんか?」
「ウスキキヌガサダケの方から検める他あるまい」
「そりゃあそうでしょうけど、あの四角四面頑固親父も同じこと考えてるんじゃないですかあ~?」
「二度もかようなことがあってたまるか。行け」
「はいはい」
 嘆息しながら昆奈門が応えた直後、昆奈門と高坂は瞬き一つで板間から姿を消した。
 城内の詰所に移動しながら、昆奈門は「やれやれまったく、息が詰まるったら」と口布を外した。
「それにしても押都の爺さん、珍しくキレてたなあ。細田になんぞ因縁でもあるのかな」
「目付は、我らと同じ領分の仕事をしますから。それ故にということではないのですか?」
「単純にアレの性格が悪いからだろ。仕事はきちんとしすぎなくらいだけど、言葉と態度がだめだね。なんであれで家臣には慕われてるんだか……あ、長烈~」
 仕事だよ~、と伸びる声にも、滲む疲労が見え隠れしている。足を止めて昆奈門の方を顧みた長烈は、蘇利古の雑面故に表情こそ伺いしれないが、全身にいつもの活力の影がない。
「今度はウスキキヌガサダケだってさ」
「また仕事か。人使いの荒い……
「殿がお怒りでさ、サボるわけにもいかなさそうよ」
 昆奈門に肩を組まれても、長烈は払いのけようともせず、勝手にさせ、溜息を吐いた。
「このままでは、雛までも駆り出すことになりかねん」
「いいんじゃない? 穴丑に連絡取るくらい。どうせ、どこもかしこもウチからのよそモンを警戒してるんだろうし。旅の僧より、乞食の子供の方が怪しまれにくいよ」
「皆が皆、お前のようにアホみたいな胆力があると思うな」
「いやあ~、それほどでも」
「褒めとらん」
 お前に構っていたら日が暮れると吐き捨てて、長烈は今度こそ昆奈門の腕から身を捩るようにして抜け出した。
 甚兵衛が躍起になっていたバカマツタケは、ウスキキヌガサダケの領地のうちのひとつであり、此度新たに領地を広げたタソガレドキと接することになった土地でもあった。山々に囲まれたウスキキヌガサダケの本拠地との間には乱伯川と呼ばれる川があり、またこの川には主要な街道も差し掛かっているため、バカマツタケを切り崩されれば、ウスキキヌガサダケにとっては他領との交通の要や物流の入口を失うことと同義であり、秋に得られる穀物や資源だけで冬を越さなければならなくなってしまう。つまるところ、領地を挙げての籠城戦である。
 しかし、タソガレドキも、夏に入ってからの連戦に次ぐ連戦で、対籠城戦ができるほどの体力は、もう残っていない。短期決戦で決着をつけなければ、これまで戦に投じた金銭などを回収できず、冬を越せてもまた新たな戦を仕掛けることができる程度の資金を用意することができないかもしれない。
 もう間もなく金色の稲穂が眩しい秋である。遠方に面倒を見なければならない田畑のある足軽たちは、忙しくなる時期を前に、早々に最前線から離れはじめている。
「では、タソガレドキはすぐには仕掛けてこぬ、と?」
「おそらくは」
 ウスキキヌガサダケ城にて。初老の男が、上座に座る主君に、低頭しながら言った。男の背後には、年若い青年二人が、板間に拳をつけている。
「先日、我が愚息が国境まで遠出をいたしましたところ、村人たちが何やら、見ない顔とやり取りをしていたとかで」
 無言で促された息子が、「は、」と一度身を沈めてから上体を起こし、まっすぐに主君を見つめた。
「戦が一段落ついたことや、もう間もなく秋冬が来ることを理由に、我が国に流れてきている商人や剣客を名乗る者たちが増えているようです」
「そ奴らの中に、タソガレドキからの間者が紛れ込んでいるとも限らん、か……
 険しい顔で思案するウスキキヌガサダケ城主・依田禅伝に、初老の男は、ずい、と膝を進めた。
「タソガレドキは、ひと夏じゅうの戦により、ある程度疲弊しているものと思われます。今すぐに戦を仕掛けるというより、おそらくは、我らバカマツタケ、調略を受けるものと思われます」
……で、あるか」
 調略とは、交渉などにより敵方の将を自軍に引き込む戦略のうちの一つである。
 重々しい嘆息の後、依田の視線が若者二人を見定めるように鋭くなった。
「では、おぬしの息子たちのどちらかに、獅子身中の虫となってもらうしかないの」
「は……
 青年たちは傍目にもわかりやすく、総身に気合を込めた。
「我ら兄弟、とうに覚悟はできております!」
「同じく!」
「うむ! その意気やよし。いずれにしても奥平、おぬしの家の名は残ろう」
「もったいなきご寛恕にて……
 初老の男───奥平直正が、深々と低頭する。
 議論は多少紛糾したが、国境にほど近いサマツの地理に明るいということで、タソガレドキの調略を受けた場合、奥平の次男、直継がバカマツタケを預かることになった。



 数日後、直継は出奔した。供も連れず、家中の者にも告げず、夜明け近くの一際闇が濃い刻限に、ひとりひっそり家を出た。城や屋敷から抜け出すのはいつものことであったから、いずれ戻ってくるだろうと思われているのか、或いは父兄が止めているのか、追手がかかることもなかった。顔見知りの村を幾つか転々とし、遊んでばかりいる放蕩息子として少々自棄になったりやさぐれたりするのは簡単だった。積極的に酒を求めて適度な酔いに任せて父兄へのまんざら嘘でもない文句を言えば、誰も彼もが反抗期か何かだろうと呆れた風情で放っておいてくれた。他所の村へ移るときも、さっさといなくなってくれと言わんばかりだった。
 しかし、どの村にもこの時期に新しく来たよそ者は、稲穂の刈り入れのための日雇いも含めて存在しなかった。或いは、長らく潜んでいるせいで、直継には分からなくなっているだけか。多少荒れた顔の下でタソガレドキの思惑を推測しながら、直継はとうとうウスキミ村に辿り着いた。サマツの中でも端の方にある村だ。普段から他領との交流も盛んで、よく水源に関して揉めたと報告が上奏されるところでもあった。
 報告される揉め事などはただの上澄みなのだろうなと感じられるほど、村にただよう空気は重く、どこか緊張めいたものが漂っていた。ちょっと首を伸ばせば乞食や浮浪者の類がぼろをまとって転がっており、羽虫のたかるに任せている。建物も軒があるだけマシという程度のあばら家で、ごみにするようなものを乱雑にごまかして使っているらしかった。道端に出ているのれんも泥や糞尿に塗れており、なんと書いてあるか分かったものではない。畦道を歩いていれば時折視線を感じはするものの、顧みればそこに人影はなく、分かりにくく稲穂の陰に眼光らしきものが時折ちらついている。
 いつもの景色として、直継は動じることなく、開け放しになっているあばら家の敷居を跨ごうとした。
「てめえ、ふざけやがって!!」
 瞬間、店の中から襤褸の塊が猪突の勢いで吹き飛んできた。咄嗟に飛び退いたすぐ目の前を、薄汚い着流しの男と継ぎ接ぎの着物の少年が胸倉をつかみあってもんどりうっている。
「いけーっ!」
「やっちめェ!!」
「あっ、直継さま」
 どこに潜んでいたのか、あっという間に野次馬の人だかりができあがった。直継も野次に回ろうとして、しかし再度「直継さま」と声に袖を引かれる。
 顔が割れて身分も知れているのなら、無視をするわけにもいかない。これまでに築き上げてきた信用と信頼を損なうような真似はできない。どう転んでもこの辺りは奥平の土地故に。
……なんだ、何事だ」
 へい、と答えたこの辺りのまとめ役の老爺は「つまらねえ喧嘩でさ」となんでもないことのように言った。
「腰の物にケチをつけただのなんだの」
「ええ? 先に絡んだの、お侍の方じゃなかったっけ?」
 枝毛が飛び出てばかりの女が、素っ頓狂な声で当たり前のように割り込んでくる。
「酔っぱらっててさァあ? 面倒な客みたいだから、あの子、のしてくれないかなァ。そしたらその辺に捨て置けるのに」
「無理を言うな! ありゃあ乞食だ」
「ええ? 商売してるって言ってたじゃない」
「ものをよく見ろ! どれも拾いモンじゃろう。それに稼いでンなら、もちっとマシなもん着るだろうさ。空き家になった家を漁ってるような乞食に、大の男を負かせられるものか」
「ふうむ……
 直継は継ぎ接ぎの着物の少年をジッと見遣った。確かに着ているものは布と呼べるかも怪しいほどに薄汚れているし、髪にも艶はないが、伸びる手足は汚れていても細くはなく、また地を蹴る足も力強い。何より着流しの剣客を睨みつけるその眼光は力強くぎらぎらした光に満ちており、飢えているもの特有の、切羽詰まった迫力には程遠かった。剣客の方も同様で、酔っているにしては裾から除く四肢の節々に淀みがない。
……襤褸の少年にしろ、流れの剣客にしろ、この辺りでは新顔だな」
「へえ。比較的新しい流れもんです」
「ふむ」
 思案する素振りを見せた直継は、やがて野次馬をかき分けて騒ぎの中央に無理矢理肩を入れ込んだ。唐突な乱入者に、野次を飛ばしていた者達がどよめく。皆、直継の顔と立場を知っているのだ。直継は野次馬たちの戸惑いを相手にせず、勢いのまま殴りかかろうとした襤褸の少年の腕を掴んで止めた。
「お前、ウスキミ村の方でも見た顔だな。確か、豪族の下男あたりじゃなかったか。こんなところで何をしておる」
「ッ……!」
 少年が瞠目して息を呑む。惚けた「えっ?」が困惑のさざめきを呼んだ。
「あいつさっき、流れの商人だって言わなかったか?」
「乞食だって爺が……
「ほーう?」
 面白がるように前に出たのは、流れの剣客だった。
「さては小僧。おまえ、間者の類か」
「!」
 ぎっ、と音を立てて少年が剣客を睨む。憎悪さえ混じる射貫くような双眸を嘲笑うように、剣客は鯉口を切った。
「首のひとつも切り捨てて、奥平への手土産とするか。酒代程度にはなるだろう」
……!!」
 剣客が抜いた刀を振り上げた。少年の瞳孔が見開く。本気を悟った直継の良心が、彼の手指に隙を生んだ。本能で逃走を選んだ少年の膂力に敵わず振り払われ、剣客の切っ先は髪の数本を斬っただけだった。すかさず踏み込もうとした剣客の目前で、ボンと音を立てて煙が爆ぜる。どよめきと悲鳴を、直継は煙から視界を庇った腕の向こうで聞いた。
 煙が晴れる頃になると、野次馬たちは迷惑そうな顔をしながら三々五々散っていった。村人たちの姿も消えるころには、少年の姿も消えていた。
……おそらくは、タソガレドキの忍だな」
「ほう。なんとも目利きのいい」
 間者をタソガレドキからのものと断じた剣客は、少年の置き土産である商品のひとつを拾い上げた。絵付けのしてある小さな器だ。
「この柄は、この辺りでは見かけん。いかにも都の近くで流行りそうだ」
「ほう。流石は各地を流れる剣客といったところか」
「器を得られるほどの銭は持ち合わせておらぬ故な」
「なかなかに腕の立つ御仁と見ゆるが? 先程の剣筋、どこぞに仕えていたと言われた方が得心がゆく」
……昔の話だ」
 ごまかすように刀の柄に腕を置く男に、直継は晴れやかに笑った。
「よし、おれが父上に紹介してやろう。おれの供回り……にしては年嵩だが。護衛になれ」
「食い扶持をいただけるのであれば、如何様にも。あんたがそれがしの腕に払える禄があるのなら、の話だが?」
「おれは奥平直継」
「!」
 男が目を丸くする。直継は悪戯っぽくにやりと笑った。
「この辺りを有する奥平家の次男だ。剣客のひとり程度、養うくらいの甲斐性はあるさ」
……左様で。いや、大変ご無礼仕った」
「構わぬ。ついてこい。おぬしの名は?」
「柴山長孝と申す」
 柴山は、直継の案内で畦道を進み、やがて山中に分け入って行った。不思議がる気配を感じ取ったのか、直継は「抜け道だ」と短く告げたが、柴山の疑念通り、二人が辿り着いたのは人の気配の薄い御堂だった。
……父君にお目通りがかなうのですか? ここで?」
「いいや? 結局お前は、あの間者を取り逃がしたからな。裏で手を結んで、わざと逃がしたとも見える」
 く、と直継が片眉を吊り上げる。
「おれが、あれだけでお前を信用したとでも?」
……なるほど。噂は所詮、噂か」
「噂?」
 瞬く直継に、柴山は顎をさすった。
「奥平家中では、来るタソガレドキとの戦に向けて、意見が割れているとか。どうも弟君の方が家中唯一反抗しているらしい、と……己がご意向が跳ねのけられでもしましたかな?」
……ああ。若輩故にと、取り合ってもらえなかった」
 直継は、わざと苦々しい顔を作った。柴山何某と名乗った男が、直継を御しやすい若者と思ってくれるように。直継は間を置かずに言葉を続けた。
「ウスキキヌガサダケを取るなら、今が好機だというのに。父上にも兄上にも、野心というものは存在せぬのだ。まこと男とは思えぬ小心よ」
「ほほう。主君の土地を獲るつもりであらせられる」
 吐き捨てた直継に、柴山はわざとらしく感嘆してみせた。直継は勢いのまま、柴山の見え透いた演技に乗ることにした。
「ウスキキヌガサダケは、我ら奥平がいなければ冬を越せぬ。いや、一冬は持とうが、我らが門を閉ざせば、春の種まきまでに多くが凍え、飢え死ぬだろう。せめてタソガレドキに使者を送り、同盟を結ぶなりなんなりせねば、らちが明かぬ。……主家が上へ下へと慌てているばかりでは、尽くす忠義も枯れようというもの」
……ではその野心、我が細田にて生かしてみるか?」
「、なに?」
 直継は弾かれたようにして顔を上げた。柴山は、どこか見定めるようにして直継を見ている。
「貴様のような若輩に、親を、血を分けた兄弟を、手に掛ける覚悟があれば、の話だがな」
 細田。と言えば、タソガレドキでは各地の検察や監視、褒賞の差配などの役割である目付を預かる、元守護代だ。直継の視線は咄嗟に柴山の全身を這った。とても守護代ほどの家中から遣わされた者には見えないが、ようやく指に引っかかったタソガレドキへの繋がりが、興奮を焦燥のごとく加速させる。
「───よかろう。これも乱世の習いなれば。……ただし」
「む」
 直継は、無意識に唇を口の中にしまい、歯で抑え込んだ。留められた呼吸と、じんわりとした圧力が、逸る心の臓を、多少なりとも落ち着かせてくれる。
「戦になるだろう辺りの村々に、庇いの制札を出してもらおう。これは奥平家中の問題。民をいたずらに消耗させるわけにはゆかぬ」
……見事也。その齢にして、あっぱれな領主ぶりだな」
 柴山が苦笑する。直継は、にやりと勝気に笑って見せた。
 どうせ後には戻れない。
 果たして、直継は流れの剣客に騙されて盗賊の塒にかどわかされるといったこともなく、真実細田家に迎えられた。漲る緊張をあと一歩のところでなんとか抑え込みながら、直継は己が家でもあるバカマツタケ城の構造を細田に伝え、攻め手を献策した。
 五日後。
 タソガレドキからの降伏勧告に抗戦の意を示したバカマツタケ城は、髑髏の旗に埋め尽くされることとなった。