りんこ
2026-02-01 22:46:00
4475文字
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寛篤オンリー『日曜日の逢引』記念無配

オンリー開催で嬉しいので作った無配。バレンタインな寛篤話です。15時以降から公開します。(書き直し中なので……)

 ──日車寛見は料理が下手である。
 もちろん、漫画などで表現されるような奇妙な物体を生み出したりする訳ではない。人が倒れたりする訳でもない。そもそも見た目は普通の料理なのだ。しかし、それを口にした人間は皆口を揃えて「微妙」と言うのである。

 きっかけは新宿決戦前、高専校舎内での共同生活である。術師と補助監督の持ち回りで掃除洗濯料理を行う中、日車寛見が料理当番に当たったのだ。料理くらい簡単に熟すのだろう、日車を知る誰しもがそう思っていた。だが実際そうではなかった。

 味がぼやけてる、妙にしょっぱいもしくは甘い、硬さにばらつきがある、なんとなく焦げ臭い……このような原因から日車寛見の手料理に関する最多の意見は「微妙」であるが、次いで「食べられなくはない」それから「我慢できるが毎日はキツイ」もノミネートしている。
 これらの意見もそれなりに三十六歳の心を抉ったが、一番深く刺さったのは「えっ、全然普通だよ!それに俺何でも食えるし」という十五歳の少年、虎杖悠仁の言葉であった。

 ──褒めてもあまりに嘘くさい、されどストレートに不味いと言っても角が立つ。そんな優しい子どもの気遣いに、不惑を前にして足元から崩れ落ちそうになったのは内密にしておきたい。

……という訳で特訓をしたい」
「待て待て待てって、なんで俺が呼び出されなきゃいけねぇんだよ」
「君は料理が得意だろう」
「得意ってわけじゃねぇよ。適当にやってるだけだっちゅーに」
 かくして、日車寛見は高校生以来の家庭科実習を迎えている。三角巾と紺色のエプロンを装着し、高専の調理実習室を借り、講師として高専二年生担任・日下部篤也も招いた。
 人選の理由は主に、年齢が近い・頼みやすい・先日食べさせて貰った残り物全部入れチャーハンが美味であったの3点である。

「俺よりはマシだから問題ない。指導のほどよろしく頼む」
「話聞いてました?もういいけどよ、何作るんだよ」
「家庭の味、肉じゃがだ」
「やめとけって……もっと手軽なモンにしろ」
 目玉焼きとかでいいだろ……と日下部が頭痛でも起こしたような顔で額を押さえる。とは言えど日車の決意は固く、冷蔵庫から素材を揃え黙々と野菜を洗い始めた。

「ハァー……ちゃんと全部責任持って食えよな」
「当たり前だろう」
 皮剥き、一口大にカットと言った下拵えは問題なく進んでいく。肉も野菜も綺麗に大きさが揃えられ、あとは炒めて煮込むだけだ。

「いや、火強すぎるって!あとそんなに掻き回さなくていい!チャーハンじゃねえんだぞ」
「フィーリングでめんつゆ入れたら絶対しょっぱいだろ、しかも希釈タイプじゃねぇか」
「しょっちゅう蓋開けるなって」
「もうちょい甘くても良いよな……要らん要らん、そんなに砂糖を出すな!ちょっとみりん入れて味見する程度で良いって!」
 ──自由過ぎる日車へ日下部の指導が飛び、具材と格闘すること一時間近く。器に盛られた肉じゃががホクホクと美味そうな湯気を上げていた。

「今までで一番美味そうに出来ているな」
「まぁほとんど俺が指示したからな……
 表情に変わりが無いがどこかワクワクしている日車と真逆に、日下部はげっそりとした顔で椅子に座っていた。

♢♢♢

「お前、呪力のセンスはあんだけすげえのに何で味覚だけそんな感じなんだよ。そういう縛り?」
……味覚と呪力は別物だろう。ほら、君の分だ」
 日車から差し出された肉じゃがと割り箸を受け取り、一口目にじゃがいもを頬張る。ホクホクとした触感と甘じょっぱさが口の中に広がった。どこにでもある、普通でほっとする味わいだ。

「どうだろうか」
「おー、普通の味だな。旨いよ」
 日車はその言葉に安堵したように、黙々と肉じゃがを食べ進め、二人の器が空になっていく。一方の日下部は、三角巾を付けたままの日車と向かい合って肉じゃがを食べる姿はなんともシュールなんだろうなと頭の片隅で思うのだった。

「次回も指導を頼みたい」
「えぇ……もう良いだろ、肉じゃが作れたら大体作れるって」
 二人揃って肉じゃがを食べ終わり食器類を片付けている頃、調理実習室の引き戸がガラリと開いた。同時にひょこりと桜色の頭が顔を覗かせ、二人に声を掛ける。

「良い匂いすると思ったら日車と日下部センセーじゃん。どったの?」
「おう虎杖か。弁護士先生のご希望で個別指導だよ、肉じゃが作りの」
…………
 
 虎杖だと気がついた瞬間、日車はすん……と大人しくなった。毎度のことだが日車が虎杖に向ける感情は何なのかよく分からない、だが何となく二人を見てしまうのも失礼な気がするから、プイと目を逸らした。

「あ、肉じゃが作ったん?俺も食べてみたかった」
「だとよ日車。今度食わせてやれよ」
……虎杖に食べさせられるようなものではないだろう」
 太陽でも直接見たのかと言うほど眩しそうな顔を顰めながら日車が呟く。それでも「俺も日車の料理食べたいよ」とニコニコ笑う虎杖に向け、「……検討する」と呻くような声で返答を寄越していた。

「もしかしてココ使うんだったか」
「うん、このあと釘崎達とバレンタインに向けてチョコ作んの。俺はチョコ砕き要因」
「そうかよ。今片付け終わるから待ってろ」
 季節は二月の頭。日下部の脳内に昨日寄ったコンビニで並んでいた色とりどりのチョコレートが思い浮かぶ。現在は毛色も異なり、男女問わず皆でチョコを渡し合って楽しむイベントの側面が強くなった。

「お菓子作りってすげーよな。俺、あんな全部キッチリ計って時間守ってとか向いてねぇもん。日車のが向いてそうだよな」
「そう、なんだろうか……?君のように感覚で食事を作れるのはすごいことだと思うが」
 日車と虎杖の会話を聞きながら、日下部は確かにと内心頷く。最後に辻褄合わせをする料理よりも材料時間手順が厳密な菓子作りの方が日車には向いていると思った。

「オラッ、チョコ作りやるわよ男子共!……って日下部先生と日車さんじゃない」
「あ、釘崎。日下部センセー達が先に調理室使ってたんよ。肉じゃが作ってたんだって」
「え、何で?」
 虎杖の説明に釘崎が怪訝そうな顔をする。それはそうだ、と日車も日下部も双方頷く。

「俺の作った食事があまり美味くはなかったからな。日下部に指導をもらっていた」
……そ、ソウナンデスカ」
 その言葉になんとも言えない顔で釘崎が返事を返す。しょぼくれた日車を連れ帰ろうと、洗い終わった皿を棚に戻し、部屋使っていいぞと虎杖達に声を掛ける。

「火事とか起こすなよ」
「はーい、気をつけます」
 調理実習室を出た後、日車が「菓子か……」と何かを考え込んでいる様子であった。
「バレンタインなんてガキどもは呑気でいいな、つーか女子が作って渡すだけじゃねぇんだな今って」
……君は貰ったことがあるのか」
「あ?ねぇよ、基本義理だ、その辺で買ったヤツ。お前も冥冥からチョコ出されたら気をつけろよ」
 お返しエゲつねぇぞ、と日下部からの忠告を気にする様子もなく、日車は眉を上げて驚いたような表情を見せていた。

「意外だな、君ならいくつか貰っていても不思議じゃないが」
「話聞いてた?別に俺モテたことなんてねぇーからな、お前の方こそ貰ってそうだけどよ。文武両道そうだし」
……基本断ってはいた。特に就職後は面倒になっても困るしな」
「はー、さすが弁護士先生は違うな。俺も手作りとか渡されてみてぇモンだわ」
 その後、日車は何かを考え込んだ様子だったので放っておいた。それ以降は料理指導の話も頼まれなかったため、日車も料理に飽きたのか、なんて呑気な考えでいたのだが──


「これを受け取ってくれないか」
 二月十四日、東京校職員室にて。
調理指導からしばらくして、黒いラッピングに包まれた小箱が差し出された。箱を持っているのはもちろん日車である。

「何これ」
「チョコレートだ」
 どこの店で買ってきたのか、店名も書かれていない菓子を訝しみながらもとりあえず受け取った。
「食べてみてくれるだろうか」
 ずいと日車が一歩こちらに近づいてくるが、妙に圧を感じるのは気のせいだろうか。
「えー……家帰ってからじゃダメかよ」
「それでも構わないが、出来れば君の食べてるところが見たい」
 食ってるところって……と益々訝しみたくなるが、日車が気にする様子はない。ピタッとヨレのない包み紙の包装は既製品のそれだろう。
 ──恐る恐る包装を開けると、そこにはトリュフチョコが6つほど並んでいた。カカオパウダーと粉砂糖が掛けられたものが半々だ。
 日車の大きな目がこちらをじっと見つめる中、そのうちの一つをそっと摘んで口に含む。

「どうだ?」
「どうって……すげえ美味いよ。どこで買ってきたんだ」
 滑らかな舌触りとほろ苦いチョコの味と香りが口いっぱいに広がる。丁寧に作られているのだろうなと分かる味わいだった、という旨を伝えると「そうかそうか」と日車が表情を変えないまま嬉しそうな様子を見せた。

「そいや今時期デパートじゃどこもチョコ買うの並ぶんじゃねぇの」
「いや、大丈夫だ。手作りだからな」
「てづく、り?」
 もう一度箱を見返す。どうみても高級そうなトリュフチョコは、箱に店名も成分表示も書かれていなかった。

「君が手作りチョコを貰ってみたいと言うから作ってみた」
「だからってどんだけ凝ってんだよコレ……お前の料理スキルどうなってんの」
「お菓子作りは化学だと聞いていたが本当だったな、レシピ通りに作ればその通りになる」
 ふふん、と高い鼻を鳴らしながらどうだとドヤ顔を見せる日車に根本的な質問を投げかけた。

「まぁ、貰えるの嬉しいけど……これはどう言う意図で俺にくれてんの」
「どう……と君が喜んでくれたら嬉しい、と思ったんだが」
 日車はそう言って、嬉しくなかったらすまないと急に叱られた犬の様にしょぼくれた様子を見せた。

「バレンタインデーにわざわざ手作りチョコ渡されて、喜んでくれたらって言われたら考えるだろ、フツー」
……それもそうだな。美味く作れたものを君に食べさせたくてつい、迷惑を掛けた」
 垂れた犬の耳が見えた気がするのは幻覚だろうか。不意に可愛い、と思ってしまったのは内緒にしておこう。

「迷惑なんざ思ってねぇけどよ。まぁ貰ったモンは貰ったから早いけどお返ししとくわ」
 ほれ、とポケットに突っ込んであった棒付きキャンディを日車の掌に載せる。ありがとう、と返す日車の姿を見て、バレンタインのお返しは物によって意味があったのではと思い出した。
 だがそれを思い返した時には、すでに日車が貰った飴を口にしていた。

「──ふと思い出したが、バレンタインのお返しは種類で返答が変わるらしい」
 これは考えていいのだろうか?と返す日車の目に思わず顔が熱くなった気がした。