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asaumi
2026-01-28 20:30:29
4998文字
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2/8 vrf 新刊サンプル
オメガバース×サスペンス
P72/ A5二段組/ R18
プロローグ
『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』
全ての人間は生まれながらにして平等であると諭す、一度は耳にしたことのある有名な格言だ。提唱した著名人はαだろうか、それともβ? Ωでないことは確かだ。
本当に平等であるならば、世の中の誰もが自由で幸福な人生を送れているはずなのに、実際は賢愚や貧富、貴賎の差が雲泥のごとく存在している。所詮は理想論ではないか。
平等が持つ意味を良く考える。見下すことがなければ、敬うこともない、これは正しい世界なのだろうか。秩序は保たれると思う?
勘違いしないで欲しいが、私は差別や偏見のない社会で暮らしたい。
だが、社会を変えるのは難しい。ある日から思い立ち、差別していた人間を優しく受け入れてはくれない。何十年とかけて戦争しても、どうなるかわからないだろう。ならば、どうするか。差別されていた人間を変えて偏見を受けないようにすれば良い。
誰にも囚われず、何者にも屈せず、ただ「私」が私としてあるために。
これが研究員になった理由だ。生まれながらにしてスタート地点が離れていても、生きている中で努力を積み重ねて幸運に恵まれれば格差は縮まる。
差別がなくなるように、生きやすいように、平穏な日々が送れるように。私は抗っている。
平等と差別は常に隣り合わせであり、どちらも決してなくならない。運命という名の呪縛を断ち切るための唯一の手段だと、今日も白衣に袖を通す。
αもΩも、どんな人間も関係なく、みんな仲良くすればいいのに
―
本当にそう思っている?
第一章 仕掛けられた罠
今日はこれくらいにしよう。
もう夜七時を過ぎている。
分析器とまる一日向き合っていたせいで、凝り固まった肩を片手でほぐしていると、書類を抱える部下に声を掛けられた。
「胡蝶主任が開発したΩ抑制剤の報告書が提出されましたよ」
「先月発売されたばかりなのに、もうそんな時期ですか」
「はい。でも、医療機関から特に重篤な副作用の報告は上がってません」
彼は研究所で随一の好青年として名が通っている。
一緒に開発してきた、若くて優秀な右腕みたいな存在だ。整理整頓が出来ないのが玉に瑕だけれども、雑用も嫌な顔せず引き受け、書類を作るのも早い。
「そうですか、良かったです」
「しかも、従来の薬に比べ効能が抜き出ていて発注がひっきりなし、供給が追いつかないほどです。薬価を抑えたのも良かったですね。上半期の総決算はうちの研究室がもらったも同然です」
「苦労したので、結果が出せて嬉しいです」
「研究には定評がありましたが、証明されましたね」
「幸運に恵まれただけですよ」
「薬液から錠剤に変える構造式、僕には到底思いつきませんでした。さすがは主任、αの頭脳は違いますね!」
出た言葉に心臓が飛び上がった。αである優秀な主任、そう手放しで称賛する部下から顔を背けた。
「こんなにシェアが伸びるとは思いませんでした。なんたって、圧倒的に人口の少ないΩですよ? 数十万人に一人でしたっけ? それとも数百万? 僕、生きていて一人も出会ったことないですよ」そして、彼は禁句を口にする。「本当にΩは金の卵を産むんですね」
高値で売買される金の卵と称されるΩ
―
差別用語で、周囲にΩだと絶対に露見してはいけない理由の一つだ。
嫌な話題になる前に逃げよう。立ち上がる。
「彼らにとって、体調を崩した時に買って飲む風邪薬とは、わけが違いますから」
そう呟いて、研究室から出た。
白衣のポケットに入れた小瓶が、歩くたびに太腿に当たる。中身は発情期が起きた際に興奮を鎮める抑制剤だ。まさしく今話していた、自分が開発した新薬だった。
私が一番、この薬を必要としていた。そして、売れるのもわかっていた。
発情抑制だけでなく予防効果も備える。念願だった。一日に三回、一回飲んだら四時間以上空ける。この鉄則は破れなかったが、治験では効きが良く頻繁に飲むケースは確認されなかった。欠点を強いてあげるなら、常用しすぎると耐性がつき効きにくくなる可能性があることだ。飲まないに越したことはない。
だが日常生活を送るためには必要不可欠なもの
―
大事なお守りであり、精神安定剤だ。毎日、切らさないように必ず量を確認する。常に携帯し、忘れたことはない。発情の周期は安定しておらず、いつ来るかわからないからなおさらだ。
圧倒的に総人口が少ないが、発情期がある以上買い続ける。薬をきらした恐怖はΩにしかわからない。小瓶がΩとして生涯を歩む者にとって、己の理性を繋ぎ止める唯一のよすがだから。
ふぅ、ため息を短くつく。
「感情を制御できないのは未熟者です」
部下の他愛ない言葉に神経を尖らせているのは疲れているからだ。
帰宅するために更衣室に向かうところだった。
「
―
ーお疲れ様、しのぶちゃん。もう夜なのに、今日も熱心だね」
今となっては聞き慣れた、耳の奥が泡立つような甘い声で名前を呼ばれた。
振り向くと、そこは月が照らす研究棟のエントランスで、置いてあるソファに男が座っていた。
ところどころ撥ねた白橡色の髪と虹色の目が日の落ちた夜に映える。長身だからこそ着こなせる藤色の皺一つないスーツを纏い、優雅に足を組んでいた。
一流ホテルのラウンジならまだしも、薬品臭く、真っ白で打ちっぱなしのコンクリート壁で囲まれた殺風景な空間には不釣り合いだった。
「今晩は」
事務的に挨拶をした。
男は実業家であり慈善家として知られている。他に有名な名家で代々から莫大な資産を受け継いだとか、怪しい宗教団体を統括しているだの噂に事欠かない。私にとっては『厄介な相談事』を持ち込んできた依頼人であり、研究のために莫大な援助をする出資者だ。
そして、最も警戒すべきαだ。出会った瞬間にわかった。
距離を保って足を止める。
「
……
アポイントメントは明日のはずですが」
「ごめんね、どうしても顔が見たくて。それに今日は少し、この痣が疼くんだ」
自嘲気味に微笑み、首元を少し緩める。そこには、呪いと称した赤黒く腫れる番の痣があった。
番は三次性徴のαとΩが魂を縛り合う、絶対的な支配と服従の証だ。
目を細めて眉を顰める。
痕を見るたびに、胸の奥で煮えくり返るような嫌悪と、研究者としての使命感を覚える。
数々のαとΩの研究段階の論文を見て、私に直々に頼みたいと言う。
『番を解除する薬が欲しいんだ』
番になると、Ωは他のαやβを惹き付けなくなる利点はあるが、依然として発情期がある。解消できるがαからのみであり、破棄されたΩは精神破壊をきたし廃人同様
―
αも被害があるが個人差があり、軽症であれば重い風邪をひく程度らしい
―
とあまりにも不都合が多すぎる。だから、Ω側にも危険が及ばず番を解除する薬剤の研究を進めている。
番の解消は医学的に不可能に近いとされていたが、糸口を見つけた第一報をすでに論文で出していた。
「番なんてただの呪いだよ」
語ったのは政略結婚の末、望まぬΩの相手を用意されて番わされた悲劇だ。
αとΩの間から生まれる子供はαと決まっているから、娶らせる富裕層が後を絶たない。結果、αの自分もΩの相手も自由を奪われた。双方に添い遂げる気持ちはなく、Ωは他に想い人がいるから解放してあげたい、と神妙な面持ちで訴えた。
研究のために資金援助は惜しまないと言う。提示された額はとても無視できず、たくさんの新薬が出せるに足る。しかも、政治家と太いパイプがあり承認の手助けをしてくれるらしい。これ以上ない好条件だ。
一週間悩んだのちに協力関係を結んだのだった。
「早く、俺を救ってよ。この番を断ち切れるのは、世界でしのぶちゃんだけなんだ」
男が立ち上がり、ゆっくりと距離を詰める。私は少し後ずさった。
「そのために多額の融資もしているし」
何を恐れる必要がある?
Ωの自分にとって脅威であるαの男は『すでに他の誰かの所有物』だ。αは複数のΩを番えない。自分を番にする資格も能力もない
―
その鉄則の守りがある限り安全だ。Ωは誰しもがそう安心する。
「
……
わかっていますよ。試作品は最終調整に入りました。来週には最終の適合試験を始められるでしょう」
一日中、いや、ここ数ヶ月研究室に引きこもっているのは、このせいだ。
成果を試す時がきた。
「場所は俺の家でいいよね」
「ラボでは無理ですか?」
「俺の相手が引きこもってしまってるんだ。衰弱してるし無理かなぁ」
「仕方ないですね、私が行きましょう」
「手間をとらせて悪いね」
「何が起こるかわからないので心電図モニターや酸素ボンベ、副作用に備え応急処置ができる医薬品を送ります」
「買って用意するよ。リストをちょうだい。他に何をすればいい?」
「個室にしてください。そして、ベッドと医薬品以外は置かない。空調は独立しているのが好ましいです」
一般家庭に空調が独立しているも何もないし、感染症治療でもないから必要ない。これはただの嫌がらせだ。
「部屋ならたくさんあるから、何の問題もないよ」
難なく承諾されてしまった。
「
…………
」
「どうしたの?」
思考が乱れて、身の毛がよだつ。
「
……
あなたのうなじから漂う、その匂い
……
吐き気がします。いつもと違うような
……
」
「えーっ、手厳しいなあ。番われてるΩの匂いは番以外のαには不快になるっていうし、しのぶちゃんもαだから仕方ないか。今日は一際、敏感なのかな? そんな時もあるよね」
男は目を細めて笑った。その瞳の奥には、万華鏡の如く七色の色彩が揺れている。
体調のコンディションで匂いは変わるのは確かだ。
この時の私はまだ知らなかった。
男の仕掛けていた罠ーーそれに、まんまと引っかかっていることに。
「もう仕事は終わり? 良かったら食事でもーー」
「残念ですが、これから夜も残業です」
吐き気がすると言っているのに、食事に誘う。その神経が信じられない。しかも、言葉には全く悪気はみられない。こういう時に男の底知れなさを感じてしまう。
「ところで、しのぶちゃんの好きな料理って何? 今度、ケータリングで届けさせるよ」
「生姜の佃煮です」
「え
……
」男は困惑する。「取り扱っているかなぁ」
また、匂いが漂ってくる。匂いが変わった。
心拍数が上がり、呼吸が乱れる。そこで、ハッとする。まずい。今日はαに会うとは思っておらず、安定した日が続いていたから、まだ一錠も抑制剤を飲んでいない。発情は急峻で、身体が熱くなってきた。
「ちゃんとご飯食べてる? 睡眠は? 寝てるの?」
「貴方のせいですよ」
「俺の?」
「早く薬が欲しいんですよね? だから休みなく働いてるんです」
でも元気ですよ、と付け加えた。
「本当? 何だか顔が赤いし、熱があるんじゃない?」
「
……
気のせいです」
そう? 首を傾げる。
「無理しないでね。無事に番を解消できる薬を作れたら、ご褒美にゆっくりさせてあげたいなぁ」
「お気持ちだけ頂きます。研究が生き甲斐ですから」
「頑張ってくれて嬉しいよ」朗らかに優しく微笑む。「本当に、楽しみだ」
男が手を伸ばし指先が頬を掠める。虹の瞳に一瞬だけ、捕食者のどろりとした悦楽が宿ったような気がして眉を顰めた。思わず後退る。
「後悔しませんか?」
「番を解消することを? 後悔しないよ」
万華鏡のように色を変える目から視線を逸らさず言う。
「薬も過ぎれば毒になる
……
貴方にとって薬だといいですね」
「え?」
「いえ、こちらの話です。それではまた連絡します」
「いつでも電話してくれていいからね!」
男の言葉を無視して、足早にトイレに駆け込み個室に入る。
震える手で白衣のポケットにある薬瓶を取り出して、錠剤を急いで口に入れて噛み下す。嘘のように醒めていく。
やはり、あの男は危険だ。薬を飲んでなかったとはいえ、数分、ほんのわずか会話を交わしただけなのに、身体が熱くなり、動悸がした。すぐに当てられてしまう。
αの仮面を被り、ひたすらΩとしての自分を必死になって隠しているのに。
「どうして
……
」
今日も私は己を呪う。
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