しまふみ
2026-01-28 16:43:29
4972文字
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循環

obm夢/サタン♡女留学生(前提)/おべいみーメンストの前日譚的なもの/微妙な気持ちになるかもしれない


 穏やかな暖炉の熱が揺れる談話室。満ちた腹を落ち着かせながら、5名の男がだらだらと居合わせていた。そのうちに、溶けるような色香を滲ませた悪魔、アスモデウスが正面に座すマモンに声を掛ける。その甘い風合いの瞳には、好奇と魔性の輝きが満ちていた。
「そういえばさ〜、見た? あの角に新しくできたカフェの店員。」
「あ〜見た見た。明らかにこっち見てたよな。」
「ね〜♪ じゃあ次、あのコでどう? 2週間で。」
「おっ、いいぜ。やってやるよ。」
 言葉を皮切りに、談話室のローテーブルへ四方からグリムが集まる。伸びた指先の色を確認しながら、マモンが声を上げた。
「おい。おまえもやんのかよ。」
「ああ。参加させてもらう。」
 サタンは淡々と言うと、グリムを置いてその場から静かに離れる。本を開きつつ、やや遠くのソファに座した。その落ち着き払った様子を見たのち、マモンは机上へと視線を滑らせ、出揃ったグリムをほとんど本能で勘定しながら溢す。
「サタンもいるなら、マジで作戦を考えねーとな……。」
 新学期早々、寒すぎる懐事情に喘いでいるマモンは、組んだ脚に浮いた靴底で宙を蹴った。目前に折り重なるグリムたちが眩しい。かつてのイカサマから、マモンが賭け金に触れることは許されていなかった。
「この人数は久しぶりだな。」
「だね。ていうか、ベールも金欠?」
 神妙な面持ちで呟いたすぐ下の弟に、アスモデウスが意味ありげに微笑む。それを受け、ベルゼブブは僅かに顔を曇らせた。
「ベルフェになにか差し入れを送ってやりたい。」
 談話室になんともいえない沈黙が落ちる。マモンはその湿気を払うように、ソファの隅で丸まる背中へ、やたらと陽気な調子で声を掛けた。
「よーし、ついでだし、レヴィちゃんもやっか? ……ほれ2万グリム払え。2万グリム。」
「はあ? 冗談でしょ。絶対やんないよ、そんなしょうもない遊び。」
 ポケットに伸びる手を必死に避けながら、レヴィアタンは黙々と指先でリズムを刻む。苦々しい表情を端末で隠し、なんらかのゲームに熱中しているようだった。賭け額増加の企てが失敗したマモンは、面白くなさそうに聞こえよがしなため息をつく。やおらアスモデウスがグリムを簡単にまとめながら声を上げた。
「んー、じゃあ今回はぼく、マモン、ベールそれにサタンの4人ね。」
標的ターゲットは新しくできたカフェの店員。右腕にタトゥーがあるコ。期限は2週間。一番進んだ者が勝ち。最後までいったらその時点で勝ち。証拠になるようなchatのやりとりを残すこと。」
 明示されたルールに、参加者全員が静かに頷く。「あ、そうだそうだ」とマモンが慌てて付け加えた。
「アスモは“魅了”禁止な。」
「も〜、分かってるよ! ほんと失礼。」
 使うまでもないし。アスモデウスが分かりやすくぷりぷりと怒りながら談話室を後にする。それに続くようにして、残りの兄弟も順々に散っていった。ひとり残ったサタンは静かに本を閉じる。
 弟たちによる夕食後の集まりは、ベルフェゴールが三界の交換留学制度に引っ張られてからというもの、誰が仕切るでもなく自然と行われるようになっていた。終始ただの雑談で終わる日や、誰ひとり一言も発さない日、そして今晩のような遊びに興じる日も珍しくない。忙しさに生活を顧みず、家を空けがちな厳格な長兄、ルシファーへの気兼ねもなかった。ひっそりとした不安を分かち合うように顔を寄せあう女々しさを、各々が確かに自覚しつつも、生温い結託に心を休める。
 その例に漏れないサタンも、沈むソファに自嘲気味な笑いを静かに零した。鷹揚な動きでポケットを探り、自身のD.D.D.を取り出す。滑るような動きで履歴を軽く遡り、耳にあてた。

「やあ、調子はどう?」
 数コール後、サタンの取ってつけたような挨拶が静かな談話室に響く。
「はは、そう。今日たまたま見かけてね。……オープニングスタッフは大変だな?」
「うん。そういうわけで、こうやって通話してるのも、頑張る君を労いたいからなんだ。」
「一番近い休みを教えてくれ。もちろん俺が合わせるよ。」
 その後もいくつかのやりとりを済ませ、穏やかな声色のまま静かに通話を切る。暗くなった端末の画面に、見下ろす冷ややかな麗顔が映った。今日のRADからの帰路、兄弟たちと一緒に見かけたカフェの店員。その特徴的なタトゥーには見覚えがあった。つい最近、街を歩いていたところ、気安く声を掛けてきた女。
 件のゲームにサタンが参加するのは今回がはじめてのことではない。彼の生理的なタイミングや、勝利が見えている場合などで、これまでも着実に成績をあげてきていた。今度こそ明確な嘲笑を浮かべながらサタンは記憶を繰る。
――古書のマーケットは来週の休みだったな。
 その期間十日余り。金はいくらあっても困るものではない。泡銭も、適当な使い方をされれば報われるというものだ。サタンは思考を整理しながら、次への流れを画策した。しかし、そのあまりに手応えのないシミュレーションに、もはや心底飽きたように伸びをする。
――とりあえず、名前だけは間違えないようにしないとな。
 その種によっては、舌がもつれるようなものも多いのだ。サタンは最低限の指標を掲げると、ソファから腰を上げ、ゆっくりと自室へ歩き出した。



 一週間ほど経った夕食後の談話室。緩く穏やかな空間を裂くような声が室内に響いた。
「な……え?! もう?! はやすぎね?!」
 取り乱すマモンを無視して、その場にいた全員の視線がローテーブルに置かれたD.D.D.に注がれる。そこには欲と期待に揺れる男女の、生々しいやりとりが残されていた。猜疑の目を隠しもせず、アスモデウスが鮮やかな指先で順にログを追う。画面には、次第に熱を帯びていく店員のメッセージに対し、似たような文体で返しながらも常にどこか整ったサタンのそれが交互に並んでいた。そして決定打となる、欲の余韻を乗せた最後のやりとりは昨日。レヴィアタンの喉からマグマガエルを踏み潰したような呻き声が漏れる。
「文句ないな?」
 サタンは飄々と言い、自身の端末と、賭け金の入った封筒とをテーブルから取ってさっさと懐に仕舞った。
「ないけど……え〜さすがにちょっと速すぎない? ふたりはどこまでいった?」
 いかにも興ざめといった様相でアスモデウスが唇を尖らせ、マモンとベルゼブブを見やる。
「俺はキスまでだな。」
「俺は舌まで。くっそ〜、次で絶対いけてたのに……。」
「そういうならぼくも舌まで。マモンと一緒っていうのが心底不本意だけど。」
 余計な一言に応戦する形ではじまったふたりの喧嘩を後ろで聞きながら、サタンは静かに肩を落とすベルゼブブに向き合った。封筒からいくらかのまとまったグリムを取り出し、手渡す。
「ベルフェへの差し入れの足しにしてくれ。」
……ああ、分かった。ありがとう、サタン。」
 相好を崩したベルゼブブからの素直な礼に、サタンも笑みで返す。そのまま差し入れの内容について詰めていると、一際うるさいマモンの声が会話を遮った。
「俺様のキスは実質セックスみたいなもんだったっつーの! だから俺様が2番!!」
「はぁ〜?! なぁに寝言いってんのさバカマモン!!」
「さすがにキスで完遂判定は草ww」
 聞くに堪えない下等な会話にサタンが眉を顰める。不快感を覚えながらも、黙って談話室を後にしようとしたところ、不意に扉が開きその目前に人影が現れた。

「おまえたち、静かにしろ。」
 低く落ち着いた印象ながら、床を震わせ空間に響きわたるその声に全員の動きが止まる。特に間近に立っていたサタンは耳鳴りに眉間の皺をさらに深めた。
「久しぶりに戻って、珍しく集まっていると思えば……まったく、」
 この馴れ合いの場の起源を解さないルシファーが、苛立たしげに小言を漏らす。サタンは冷めたような視線を投げ、立ち塞がる隙間から退室を試みた。しかし対するルシファーもそれを制するように位置取りを繰り返す。引き睨むサタンを横目に、手荷物も下ろさないまま続けた。
……まあ揃っているのなら好都合だ。よく聞け。」
「言っていた、人間界からの留学生が近々嘆きの館ここに来る。居室はキッチン前のサービスルームだ。」
「別に丁重にもてなす必要はない。ただ、刺激せず、この一年をそいつが無事に過ごせるように、各々最低限の気は配れ。」
 そうすれば元通りだ。最後、呟くように漏らされた一言に、ベルゼブブが顔を僅かに上げる。場の緊張を嗤うようにマモンが口を開いた。
「おっ、丁度いいな。じゃあ次の標的ターゲットはそいつに……、」
「話を聞いていなかったのか? 余計な刺激はするな。万一、その人間が死ぬようなことがあれば磔では済まないぞ。」
「ディアボロの言う『課題』も、ほどほどにこなせ。必要以上の深追いはするな。」
 鋭い視線を受け、マモンは口を噤む。場に静寂が戻ったのを確かめると、ルシファーは「それに」と続けた。
「下品な遊びは金輪際やめろ。俺たちの品位に関わる。」
「元気の有り余っているそこの3名。マモンとアスモデウスとレヴィアタンは今すぐサービスルームの掃除と家具搬入にあたれ。以上だ。」
「なんでぼくまで……。」
 覇気のないレヴィアタンの声が、立ち去るルシファーの背に落ちる。終始、無表情で場を見ていたサタンが、今度こそ廊下に出て自室へと歩を進めた。
――“俺たちの品位”、な。
 普段から家族だなんだと偉そうに説いておいて、いざとなれば権威に竦んで腰巾着に収まる、見下げた家長のいう“品位”とは。サタンは自室の扉を閉め、月光に淡く揺れる塵を睨む。ここ最近のルシファーの言動に、彼は強い憤りと不信を抱いていた。
――あいつが必死に指揮する統制を、いたずらに掻き乱してやるのもいい。
 ベルフェゴールという供物と引き換えに魔界へ喚ばれる『交換留学生』。サタンはまだ見ぬ獲物ターゲットへの接触・干渉を画策し、シミュレーションをする。その薄く形のよい唇が、歪な弧を描いた。



 その日、サタンは賑やかな談話室を前に足を止めた。なかを覗くと、なにやらマモン以下5名の兄弟たちが、部屋の中心でひしめいている。その既視感ある光景に、苦笑いを浮かべながら近付いた。
「あれ、サタン。」
 どうしたの。目聡くベルフェゴールが声を掛ける。それを受け、それまで伏せられていた顔たちが一斉にサタンへ向いた。視線を泳がせながらマモンが呟く。
「お? ……お〜う。久しぶり。な、なんか忘れもんか?」
「まあな。……おまえたちはまだそんな下らないことをしてるのか。」
 腕を組んだサタンが、やれやれといった風情でため息混じりに漏らす。その顔には、いいようのない余裕が滲んでいた。ローテーブルの上には折り重なるグリムの山。
「うっせ。ルシファーにチクんなよ。あっ、あと留学生にもな!!」
 まだ繕うべき体裁が一応あるのか、必死の形相のマモンを見ながらサタンが鼻で笑う。
「わざわざそんな下劣な話を彼女にするか。」
――おまえが言うな。兄弟たちからの物言いたげな視線を一身に浴びながらも、サタンは言葉を続けた。
「懐かしの遊びに躍起になるのはいいが、式の日はちゃんと空けておけよ。万一、誰か欠席にでもなれば彼女が悲しむ。」
「まぁ〜、ダブルブッキングしたところで、こっちをブッチすれば済む話でしょ。」
 生きてれば。間の抜けた音楽を端末から垂れ流しながらレヴィアタンは笑った。アスモデウスがすかさず被せる。
「そーそー、ていうかマモンはふたりのためにこれをやるんだもん。ね〜?」
「おう。ガツンと決めて、大手を振って、堂々参列してやらぁ。」
 頭が痛くなるような様態のマモンを前に、サタンは息をついた。
――ルシファーの心労も分かる気がするな。
 ふと、そんなぎゃあぎゃあと騒がしい群れを一歩引いて眺めるベルゼブブの姿が、彼の視界に入る。団欒を愛でる、その穏やかで暖かな微笑みに、釣られてサタンも笑いを零した。
 泡銭も、適当な使い方をされれば報われるというものだ。