usagipai
2026-01-28 00:27:24
2172文字
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誤解

ぬばかん

束の間の休憩時間。
射干玉は、たまたま立ち寄った街を一人で歩いていた。

街にはまだ戦いの爪痕が色濃く残っている。
崩れた建物、焼け焦げた壁、応急処置のままの路地――それでも人の手が少しずつ入り、かつての賑わいを取り戻そうとしているのがわかった。瓦礫の隙間から伸びる草花や、再開した店先の明かりが、それを静かに物語っている。

そんな街並みを眺めながら歩いていると、背後からやけに明るい声が飛んできた。

「あ〜!射干玉みっけ!何してんの〜?」

振り返ると、そこにいたのは晨焔と黎昊だった。
晨焔は春のエリアで買い物をしてきた帰りなのだろう。紙袋を片手に、もう片方の手には買い食い中の串菓子。呑気そのものな様子で、のんびりとこちらに手を振っている。

「散歩ですよ」

射干玉がそう答えると、晨焔は軽く笑って近づいてきた。

「あぁ、もしかして槐焔探してる?」

その一言に、射干玉はわずかに目を瞬かせる。

「なら姫さんの所じゃないかな。今日、連れてかれるの見たし」

「そうなのですか……

射干玉は小さく息を吐いた。思い当たる節があるのか、どこか納得したような、それでいて少し困ったような表情を浮かべる。

「しらねーけどさ。女子会とか言ってたぞ」

横で聞いていた黎昊が、肩をすくめて投げやりに言った。

……どうなんだろうな」

「俺に聞くな」

即座に返された黎昊の言葉に、晨焔はケラケラと笑い、射干玉は小さく苦笑した。

街の復興音と、人々の笑い声が交じる中。
射干玉は再び歩き出す方向を、静かに定め――ようとした、その時。

「まぁアイツはいないけどさ、俺たちの会話相手になってよ」

不意に肩を掴まれ、射干玉は足を止める。

「アンタ神様なんだろ? 暇で死にそうな市民の声に耳を傾けるのも仕事なんじゃない?」

悪巧みを思いついた子供のような笑みを浮かべ、ニヤつく晨焔。
有無を言わせぬまま腕を引かれ、射干玉は半ば強引に連れて行かれた。

辿り着いた先は、タマが経営するお座敷だった。

障子を開けた瞬間、甘く色めく香と、柔らかな灯りが視界を満たす。

「あらあら、珍しいお客様だこと」

艶やかな声と共に現れたタマが、くすりと笑う。

「いらっしゃい、射干玉サマ?」

その場の空気にやや押されながら、射干玉は奥の部屋へと通された。

……で」

畳に腰を下ろしたタマが、じとりとした視線を晨焔へ向ける。

「なんで私まで参加させられてるのかしら……?」

「いいじゃん〜、タマちゃん」

軽く言い放った晨焔の言葉に、空気が一瞬で凍る。

――その名前を呼んでいいのは、カナメだけだからッ!!」

「はいはい、わかったわかった」

耳を塞ぎつつ、黎昊がため息混じりに割って入った。

「はぁ……これじゃ埒が明かん。本題を話してやれ」

「?」

射干玉は小首を傾げる。

「私はただ、二人の話を聞くとしか聞いていないのですが……

「それが違うんだな〜」

晨焔は楽しそうに笑い、指を一本立てる。

「俺たち、アンタを見つけたら“連行しろ”って言われててさ」

「女心を学ばせとけ、って。――おひぃさんから」

その言葉に、射干玉は一瞬だけ目を伏せた。

「あー……なるほどにゃ〜……

タマは扇子で口元を隠し、どこか納得したように頷く。

「それで、わざわざここに連れてきたってわけね……

「ふふ……そうでしたか」

射干玉は静かに微笑み、三人を見渡す。

「それで? 具体的に……私は、どうすればよろしいのですか」

色香と企みが入り混じるお座敷の空気の中。
射干玉は、思いもよらぬ“学びの場”に足を踏み入れたのだった。

一方、その頃。

「あれぇ……今日、旦那様がいたって聞いたけど……

春色の街並みの中、槐焔はきょろきょろと周囲を見回していた。

「どこにいるんだろう……会いたかったなぁ……

射干玉がこの街に立ち寄っていた、という噂を頼りに辿り着いたのは、タマのエリア。
花街特有の賑わいと、どこか甘やかな空気に、槐焔は少しだけ背筋を伸ばす。

――ここに、旦那様が……

そう思った、その時。

とあるお店の障子が開き、中から見覚えのある姿が現れた。

……っ!」

射干玉だ。

槐焔の顔がぱっと明るくなる。

「だ、旦那様……!」

声を掛けようと一歩踏み出した、その瞬間。

射干玉の両脇には、華やかな装いの芸妓が二人。
距離は近く、袖に触れるほどで、楽しげに笑いながら言葉を交わしている。

……え?」

槐焔の動きが、ぴたりと止まる。

「え、え……?」

頭の中で、理解が追いつかない。

……あ、あわわわッッッ……!」

思わず物陰に隠れ、胸元をぎゅっと掴む。

「ど、どういう関係なの……?」

芸妓の一人が、射干玉に身を寄せて微笑む。
もう一人も、くすくすと楽しそうに笑っている。

(こ、こんな……こんな所で……!?)

勝手に膨らむ想像。
槐焔の頬は、困惑と動揺でじわじわと熱を帯びていく。

……わ、私……邪魔……?」

小さく呟いたその声は、賑やかな花街の音にかき消され――
こうして槐焔は、盛大な誤解を胸に抱えたまま、立ち尽くすのだった。