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ふーこ
2026-01-27 21:10:07
3436文字
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小説
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ēgistī , ēgistī , ēgistī
リュート先生が真面目に生徒へ注意をしているが、理事長は(おまえも昔やってた)と思っている…という、友人が聞かせてくれたネタを魔改造してしまいました。公開のご快諾ありがとうございます。
リュート先生とクラーリィ理事長の今しかできないかもしれない妄想をずっとしています。
「
――
では、次回の実習では今日学んだ魔法を実際にやってもらうことになるから、今から言う注意事項をよく聞いてね」
リュートは板書に区切りをつけて生徒たちを振り返った。話をしっかりと聞いているか確かめるように一人一人の顔を見渡して、最後に教室の後ろにいる人物にちらりと視線をやる。
そこにいる男、クラーリィは手元の書類に目を落としていたが、ふと長い金色の髪の隙間から炯々とした眼光で教卓を見やったのでリュートは慌てて平静を装う。クラーリィは今日、教師になったばかりのリュートの授業を視察するためにそこに立っているのであった。かつての恩師が自分の先生ぶりを見ているかと思うと少し調子が狂う。リュートは緊張しているのだ。
いけない。視察を気にして集中を欠くなんて立派な教師のすることではないだろう。少なくとも理事長ならそんなことはしないはずだ。リュートは軽く頭を振って気持ちを切り替えると授業を続けた。
「まず
……
詠唱を間違えないこと。意図しない魔物の召喚や、術者自身と周囲を巻き込む危険な魔法の誤発動に繋がるからね」
板書をするリュートの背中に生徒たちは真面目に頷いていた。リュートは魔法の知識が豊富で解説も丁寧で親身になってくれる先生、という存在だ。授業の内容を軽んじる生徒はなく聴講態度が荒れる要素はない。
しかし別の理由で思わず私語に走る生徒もいた。リュートは優秀で、生徒たちと歳も近く、外見が整っていて、身分の高さを感じさせないほど優しく面倒見がいい。それらの要素が生徒たちの興味を引いて噂話のタネになってしまうこともままある。
「リュート先生って学生時代から超優秀だったんだって」
「先生は詠唱を間違えたりしたことないんだろーな」
ひそひそとした会話がクラーリィの耳に届いた。あくまで生徒ではなくリュートの視察を目的としているとはいえ、理事長である自分が同じ場にいるときにいい度胸だ、と思う。
しかしそれよりもクラーリィには強く文句を言いたいことがある。リュートが詠唱を間違えたことがないだって?特訓中に詠唱を噛んだリュートの頭を何度叩いて叱ったことか。そして誤って召喚された魔物の対処に苦労したことか。それが今では生徒たちに真面目な顔で注意をするようになって、感慨深いやら己の苦労を思って胃が痛むやら。クラーリィは眉間に深く皺を寄せた。
その様子はリュートの目にも映っていた。ああっ、なぜか分からないが理事長が不機嫌になっていらっしゃるみたいだ。そう察したものの授業を中断するわけにはいかない。
「えっと、それから
……
。周囲を巻き込む危険がないか気にしなくちゃいけないのは、なにも誤発動したときだけじゃないってみんな知ってるよね。発動してすぐに周囲を攻撃する魔法もあるから、くれぐれも慎重に」
リュートは二つ目の注意事項を黒板に書き連ねていく。その隙にまた別の生徒が隣の席の級友に話しかけた。
「特に暗黒魔法が危ないんだっけ」
「そうそう。でもリュート先生はかなり扱いが上手いらしい。教えてもらうのが楽しみだな!」
その会話もまたクラーリィの耳に届く。そして今度はリュートもそれに気がついた。
「こらっ。ちゃんと話を聞かないと実習への参加許可を出さないよ」
「す、すみません!」
そこが静かになったかと思うと、また別の場所で生徒がひそひそと色めき立った。
「きゃあ!こらっ、だって」
「怒っててもかっこいい
……
!」
まるでモグラ叩きの様相だ。クラーリィは手元の書類に『私語の禁止を徹底すること』と書き留めながら、さらに表情を険しくする。私語が止まなかったことも原因の一つだが、それよりもまた彼には言いたいことがあった。リュートの暗黒魔法の扱いが上達するまでには犠牲も多く、一番被害を被ったのは自分ではないかという自信まであると。クラーリィはリュートの召喚したブラッディ・デス・イーターに喰われかけたことだってある。在学中にそんな事故が何度あったかを正確に数えることはできないが、とにかくリュートとの特訓はかなり死の危険と隣り合わせだった。優秀なのは間違いないが、同じくらい無邪気でおっちょこちょいで危うかったのだ。
ミシ、とペンが軋んでクラーリィは我に返る。たまらず溜息が出た。リュートが立派に成長したのは喜ぶべきことだし、授業内容として至極正しいことを言っている。何もおかしなことはないのだが、どうにも学生時代のリュートと現在のリュートの評価がズレていて、つっこまずにはいられない。
「そして、魔法の発動には実は間合いもとても大切なんだ。魔力や法力を武器に込めてる人たちはよく理解していることだよね。実習ではそういうことも勉強していくよ」
「リュートせんせー。ちょっとだけお手本を見せてください!」
今度は私語ではなく挙手をしての発言であるが、間違っても頭に「学術的」とつけようのない、ただの興味本意の発言であることはすぐに分かる。それでもリュートはその言葉を一考の余地ありとした。
「お手本かぁ
……
。でも教室は狭いし、君たちを相手役にするのも万が一のことを考えると危ないし
……
あっ」
あっ、ではない。と、クラーリィが射殺すような視線を向ける前にリュートは教室の後ろまでやってきて師の前で小首を傾げた。かつて彼のかわいい生徒であったときと同じように。
「理事長、もしよろしければお相手になっていただけませんか?生徒たちの勉強にもなるでしょうし」
「本気か?」
「はいっ、本気ですとも」
語気に含めた棘などリュートにはなんのその、かくしてクラーリィは選ばれし者として教室の前に連れられてリュートと対峙した。教室の前方に座っていた生徒は自主的に机を下げ場所を作り、それを見たリュートも片手を空中に振るうと魔法の力で教卓や棚を移動させた。
舞台は整った。クラーリィの意思を完全に置き去りにして。
リュートの手には早くも練習用の、と言っても魔法兵団が使用するものと同じほどの丈がある杖が召喚されており、クラーリィも目を側めて不承不承に自身の杖を手の中に呼び寄せる。
「もちろん魔法はお遊び程度の威力のものを使うけど、一応先生たちの周りに結界を張るね。みんなは間合いに注目だよっ。ではクラーリィ理事長、いきます」
リュートは杖の先に魔力を込めて詠唱を始めた。体重の移動や魔力の性質、そして詠唱している呪文から、クラーリィはリュートがどのように打って出てくるかが簡単に予想できる。これから踏み込みと共に、向かって左から樹木系統の魔法が繰り出されることだろう。
「
――
出でよ、混沌の地界より
……
あっ」
あっ、ではない。クラーリィは瞬時に身構えた。
これは想定外の裏切りだ。間合いを測るもクソもない。リュートが『安穏の樹海』と『混沌の地界』を言い間違えたことに二人が同時に気づいた瞬間、練習用の杖の先から恐るべき魔法が発動し衝撃波がクラーリィの顎を的確に捉えた。脳が揺れ、膝をつく。
「わーっ!クラーリィ理事長、すみません!」
クラーリィは額に青筋を浮かべながら、揺らぐ視界を持ち直した。ちょっと立派になったかと思ったらこれだ。
「すげーっ。リュート先生、理事長倒しちまったよ」
「これでもお遊び程度の威力なのか
……
とんでもないトコに来ちまったな」
「でも、結局間合いは関係なくなかったか?」
結界の外で生徒たちがどよめく。言われたい放題である。クラーリィは最後の理性をもってして生徒の前でリュートを叱りつける選択を回避したが、その代わり後できつく説教をすることを心に決めた。
そしてその前に、正しい教育をしなくてはならないだろう。
涙目で駆け寄るリュートの姿を認めたクラーリィは、その距離をあと三歩、あと二歩と測り、ここという時に素早くリュートの喉元に杖を突きつけ縄状の法力で彼の動きを縛った。
「
……
これで手本になったな?リュート先生」
「は、はい
……
!ありがとうございます
……
。あ、授業の時間もピッタリです」
鐘の音が鳴る。無理矢理に丸くおさめたとしか言いようがないが、おさめただけ偉業だ。クラーリィは魔法の作用と杖をその場から全て消し去ると、鋭い眼差しだけでリュートを呼び出した。リュートは生徒であったころの師の厳しさを昨日のことのように思い出す。新任教師の道行きは、長く険しいようである。
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